P-091 マーリル無理でも取り込みは参考になる
「大物の取り込みに苦労したのは、俺だけじゃなかったみたいだ」
昨夜の宴会で2日酔いから脱出できたのは、昼過ぎだった。
俺達の船の甲板が広いから、ザネリさんと友人の2人がやって来て次の漁の話を始めたんだが、曳き釣りの対応に皆が苦労していたらしい。
「子育ての最中だからなぁ……。嫁さん連中も苦労しているところだから、諦めることになるんだが、ギャフは使えん。取り込み時にハリスを渡すことになるようだ」
強い引きに対応ができないってことかな?
トーレさんならギャフも使えそうだけど、女性がギャフを使うのは稀なんだろう。
「まあ、そんなわけでナギサの取り込み方を教えて貰おうとしてやってきたんだ。あの変わった仕掛けを使ったんだろう?」
「練習したら、思いの外に使えそうだったんで、やってみました。商船に手直しをして貰ってるんで現物を見せることはできないんですが、これを商船の職人に見せて作って貰ったものです」
屋根裏から、向こうの世界から持ってきた水中銃を見せた。
細いスピアにちょっと驚いているけど、使い方はある程度理解できるみたいだな。
「ガムの力でこれを撃ち出すのか! 銛が小さいがこれではブラドが良いところじゃないのか?」
「4FM(1.2m)を越えるハリオも突けますよ。この小さな銛はスピアと言うんですけど、道糸が付いているでしょう? 魚体を貫通したら外れませんし、この道糸があるから逃げられることはありません。
とはいえ、かなり大きなバヌトスに似た魚がいるとバゼルさんに聞いたことがあります。そんな魚には無理でしょうね」
これでは無理だろうな、と言う目で水中銃を見ている。
使う時に手間が掛かるから早めに卒業したかったけど、今でもたまに使う時があるんだよね。
それでもガイド付きの銛を使うようになって、出番がかなり減っては来ている、
「だが、これなら嫁さん達にも使えるんだな?」
「タツミの練習を見ていたメイリンまでもやっていたんだよなぁ。初めて使ったが、上手く当てていたよ」
「2丁作りましたから、1丁進呈します。嫁さん達が取り込みに使うだけですから、少し小さく作って貰ってます。素潜りでも使えるでしょうが、手返しが面倒です」
「ナギサの銛の腕の話は聞いてるぞ。銛を使わせるとオカズが増えると評判だったからなぁ」
そんな過去の話を持ち出して、皆が笑い声を上げる。
今でも、オカズは出来てしまうんだよなぁ……。経験の差だとバゼルさんが笑っていたけど、ある程度は諦める外になさそうだ。
「なんにゃ、お茶も出してないにゃ!」
ずかずかと甲板に乗り込んできたのはトーレさんだった。直ぐにお茶を沸かし始めると、家形の中を覗いている。
タツミちゃん達に文句を言おうとしたのだろうが、明後日の出漁の準備に出掛けているんだよね。
「いないにゃ?」
「商船に向かいました。次の漁に備えての準備でしょう。何か御用でしょうか?」
「夜釣り用の仕掛けを2つ作って貰いたいにゃ。バゼルの作った仕掛けよりもナギサの方が上手にゃ」
そんなことを言うから、ザネリさん達の視線が俺に向かうんだよなぁ。
「そんな目で見ないでください。至って普通の仕掛けですよ」
「バルタックが釣れるにゃ。バゼルの仕掛けだとブラドとバヌトスにゃ」
そう言うことか……。棚の違いってことだな。
どんな仕掛けを渡したんだろうと考えてたんだが、上針と下針の感覚を両手一杯に開けたものだったに違いない。
ベンチの蓋を開けて、タックルボックスを取り出すと、胴付き2本針の仕掛けを2つ作ってトーレさんに手渡した。
お茶を俺達に配ってくれて、俺の手元を見ていたトーレさんは嬉しそうな顔を見せてくれた。
「漁が出来なくなったら、ギョキョウで仕掛けを売れば良いにゃ。ナギサの仕掛けなら買う人がいるかもしれないにゃ」
「その時にはザバンでオカズを釣った方が良さそうです。でも、まだまだそんな暮らしはずっと先の事ですよ」
「ありがとにゃ!」と言って、トーレさんがぴょんと桟橋に飛ぶと自分の船に戻っていった。
相変わらず行動的な女性だな。
「全く困った母さんだ。ナギサには苦労を掛けてしまうな」
「色々と助けてもらいましたし、今でも俺達を見守ってくれる俺達の母さんみたいな存在ですからね。ザネリさんのように立派な漁師でないところが気になるのでしょう」
「ザネリが立派な漁師? これは仲間内に知らせないといけないな」
「ナギサのお世辞だよ。俺が立派だとしたら兄貴の立つ瀬がないじゃないか」
「まあ、そう謙遜するな。ザネりがそうなら、俺達は優秀な漁師になるんだからなぁ」
一際大きな笑い声が起きる。
まだ中堅に足を踏み出したばかりの連中だからなぁ。中堅として見られることが嬉しいに違いない。
「話を戻すが、ナギサの取り込み方法はそれほど奇異ではないぞ。ナンタ氏族やトウハ氏族の連中は、ナンタ氏族の南東の海で大型のフルンネを狙った曳き釣りを行うらしい。
何でも、マーリル漁の訓練だということらしいが、5FM(1.5m)を越えるフルンネが掛かるらしく、取り込み時には銛を打つそうだ。
銛を打って弱ったところをギャフで取り込むと誇らしげに話してくれたな」
「アオイ様が教えてくれたそうだぞ。おかげで今でも、トウハ氏族とナンタ氏族が一緒に曳き釣りをしていると言っていた」
「俺達は、そこまで大物を狙おうとは思わないが、そんな取り込みがあるなら俺達が似たことを始めても問題は無さそうだな。次は延縄とサンゴの穴での釣りだから、帰って来てから商船に頼めば良いだろう」
俺達がそんな話をしているところに、タツミちゃん達が戻ってきた。
片手に持っているのは、頼んでおいた水中銃だ。早速作ってくれたんだな。
「ナギサの名前を言ったら、これを渡されたにゃ」
「ありがとう。……これが、一回り小さくした水中銃です。1丁はザネリさん、持ち帰ってください。メイリンさんなら問題なく使えますよ」
「これか! ありがたく頂いておくが、支払いはするよ。これでいくらなんだい?」
「前に持っていた水中銃が銀貨3枚でした。これはその水中銃を持ち込んで2丁作って貰ったんで2丁で銀貨4枚です」
「銀貨3枚ということだろうな。メイリンが使えるなら助かる」
それなら俺達も、と言う目で仲間が見ている。
案外普及するかもしれないけど、使い方を間違えないで欲しいところだ。
友人2人が帰っていくと、入れ替わりにメイリンさん達がやってくる。その後ろからバゼルさん達もやってきたから、俺達男3人組はザネリさんの船に移動することになった。
「邪魔だと言われたくないからなぁ。それで、ここでオカズを釣るのか?」
「いつの間にか俺の役目になってしまいました。明日は岬の方に行って銛の練習ですが、今日は竿で釣ることにします」
ザネリさんが、呆れた目で俺を見てるんだよなぁ。バゼルさんは苦笑いを浮かべてココナッツ酒を飲み始めた。
30分ほどで数匹釣れるんだから、結構やっている人もいるんだが、ザネリさんはやらないみたいだな。
「さんざんやったからなぁ。たまにメイリンが竿を出しているよ」
「オカズにはなるし、何といっても餌に使えますからね。2日目ならともかく最初の夜は必要になるでしょう?」
「作りおきを塩漬けにしてるんだ。ナギサも塩漬けを少し作っておいた方が良いぞ」
そういうことか。
小さな木箱に入れて保冷庫に入れておけば半月以上使えるらしい。それを食べようなんて考えるなよ、と言われたけど別に食べても良いんじゃないかな?
魚を捕りに来たエメルちゃんに獲物と釣竿を渡したところで、俺もパイプに火を点けて2人の傍に胡坐をかく。
俺達の漁果が良かったようで、バゼルさんも安心しているようだ。初級の漁師仲間から中堅見習いのようなザネリさんの船団に参加したからだろう。
案外バゼルさんよりもトーレさん達の方が心配していたんじゃないかな。
「次は曳き釣りではなくサンゴの穴を狙うそうだな?」
「少し獲物が大きくて苦労していた船が多かったからね。穴を狙うなら嫁さん2人も協力できるし、赤ん坊もカゴに入れておけば安心だ」
カゴに入れておくのか……。
まだハイハイはしないだろうけど、小さい内は 目を離せないんじゃないかな。
俺達の子供ができるのはまだ先になるだろうけど、出来たら賑やかになるんじゃないかな。
食事の知らせを受けて、トリマランの甲板に移動する。
釣り上げたカマルはから揚げに化けていた。結構おいしんだよなぁ。今日もお代わりが出来そうだ。
「マーリルという魚の名を聞きました」
「マーリルなら北西の海だ。1日も向かえばその海域になるんだが、先ずは釣れないぞ。万が一、釣れたとしても10FM(3m)を超える魚だ。大型カタマランを半日も引いていたという逸話もある。取り込みを含め3家族は必要だろうな」
最初にマーリルを島に運んだのはアオイさんらしい。15FM(4.5m)もの大物だったらしい。それに釣ったのではなくて突いたというから驚きだ。
「ナツミ様の操船はトウハ氏族の伝説になっているからなぁ。マーリルを突く船を作って、マーリルを追いかけたらしい。張り出した船首にアオイ様が銛を手にしていたそうだ」
まるで突きんぼ漁そのものだ。
となると、マーリルはカジキということになる。あれは大きくなるらしいからなぁ。
「なるほど、おおよその見当は付きました。たぶん銛で突くのはアオイさんぐらいでしょう。カイトさんもできなかったに違いありません。ナツミさんの操船の腕とそれにこたえられる船があったということでしょうね」
「そういうことだ。30前後の連中が、たまに漁に向かうらしいが、さすがに曳き釣りでの漁になる。トウハやナンタ氏族の、毎年恒例の行事になっているな」
今ではお祭りになってるのか。案外アオイ杯なんて名前がついていたりするんじゃないかな。
仲間意識が強い種族だから、そんな催しには皆が飛びつくみたいだ。




