P-089 大物は水中銃で取り込む
翌朝、タツミちゃんに起こされて甲板に出ると、隣に留めてったザネリさんのカタマランが無かった。
寝ている間にロープを解いて、延縄を仕掛けに行ったらしい。
「私達も早く仕掛けるにゃ。その間にご飯が炊けるにゃ」
「そうだね。場所はここでも良いように思えるんだ。流れはどうかな?」
潮流は西に向かっている。
船を動かさずとも、仕掛けは西に流れていくから都合が良い。
昨夜釣ったカマルを切り身にして、延縄仕掛けの釣り針にチョン掛けする。
バレーボールぐらいの浮きに仕掛けを結び付けると海に投げ込んだ。
潮流に乗って、ゆっくりと仕掛けが出ていく。絡まないように気を付けながら流していくと、仕掛けの最後に旗の付いたウキを結んで、投げ込んだ。
するすると伸びるウキに結んだ紐が延びたところでアンカーの石を投げ込む。
長さ30mほどの仕掛けだが、さて結果はどうなるのかな?
朝食は孵化したバナナとココナッツジュースだから、健康的なんじゃないかな?
かなり作ったみたいだから、お腹がすいたらオヤツ代わりに頂くことにしよう。
食事が終わると、曳き釣りの準備を始める。
曳き釣り用のリール竿を屋根裏から取り出して船尾に設けたベンチの端にある穴に竿尻を差し込んだ。
舷側に設けた曳き釣り用の竿は、前のカタマランで使って竿だ。船首の甲板からギャフを使って2本とも横に展開する。
曳き釣り用の竿には洗濯ばさみを先端に移動させる紐が付いているから、選択ばさみを引き寄せて、リール竿の道糸を挟みこむ。
洗濯ばさみを竿の先端まで移動させたところで舷側に付けた金具に軽く巻き付ける。
せっかく竿の先端に丸い金具を付けて紐を通すことで選択ばさみを移動する仕掛けにしたのだが、前のカタマランでは紐を固定する場所が無かったんだよなぁ。
今回のトリマランには、真鍮で作った『エ』型の金具を左右に付けてある。巻き付けるだけで固定できるから便利に使えそうだ。
道糸の先端には片側にヒコウキ、もう1方には潜航板を取り付ける。
ハリスの長さは5mを使おう。プラグは向こうから持ってきた15cmほどの銀色と明るいオレンジの2つを使う。
いつの間にかトリマランが動いていた。
ゆっくりと船団の船の集結に向かっているようだな。
次々と船が南北に並んでいく。
俺達の船はそのまま東に向かって、並んだ一番北側に位置するようだ。
隣の船を見ると、家形の屋根で周囲を見ているザネリさんがいた。
同じように引き釣り用の竿を横に張り出している。
後は仕掛けを落とすだけの状態だから、ここに並ぶということはいつでも始められるという意思表示にもなるのだろう。
そうそう、水中銃も準備し解かないといけないな。
屋根裏から取り出してベンチに立て掛けておく。ついでにタモ網も結わ付けておいたロープを解いて、ベンチに置いた。これで準備は完了かな。
鋭い笛の音が海上に響く。
ゆっくりとトリマランが東に向かって進み始めた。
トリマランが隣のザネリさんの船から少し距離を離している。俺の手を振っているザネリさんを見て、俺も手を振って応えた。
頑張れよ! ということなんだろうな。
10分ほど走らせると、操船櫓の上からエメルちゃんが他の船が仕掛けを下ろしたと教えてくれた。
いよいよ始めるのか。
仕掛けを放り投げたところで、道糸を伸ばしていく。
10m間隔で道糸に目印を付けてあるから30m程伸ばしたところでリールをロックした。
次の仕掛けも同じように投げ込むと、屋根代わり野タープを半分巻き取っておく。
操船櫓が見えるから、タツミちゃん達が俺の様子を見られるだろう。
麦わら帽子にサングラス姿になったところで、パイプにタバコを詰め込む。
とりあえずは待つことになるからね。
左手に見えるザネリさんのカタマランでも、船尾に座ったザネリさんがパイプを咥えているようだ。
バチン!
洗濯ばさみが音を立てて道糸を外す。
掛ったぞ。急いでリール竿を手に持つと道糸のたるみを取るようにリールを巻いた。
操船櫓からタツミちゃんが降りてきて、もう片方のリール竿を手に持つと急いで巻き取り始めた。
早く巻かないと絡みつく可能性もあるからね。
引きが強い。トリマランの速度が遅くなっているけど、大物ぞろいと言っていたからなぁ。引きは下ではなく横だから、間違いなく青物には違いないんだが……。
「こっちは巻き上げたにゃ!」
「ありがとう。大きいよ。中々手元に寄ってこない!」
タモ網を持っていつものようにタツミちゃんが俺の右手で道糸の先をジッと見ている。
どうにか巻き取っているんだけど、中々ヒコウキが見えてこないな。
やっと飛行機を手にしたところで、今度は手でハリスを手繰り寄せる。
引きもかなり弱まってきた。
「見えた! 大きいにゃ」
「タツミちゃんタモ網でなく、水中銃を使った方が良いかも!」
どう見ても1m越えの奴だ。
ゆっくりと、慎重に手繰り寄せる。
魚に空気を吸わせればおとなしくなるんだが、まだまだたまに強く引いて潜ってしまう。
獲物が海面に顔を出したその時、バシュ! と鋭い音を立ててスピアが魚体に突き刺さった。
頭近くだから、途端に獲物の抵抗がなくなる。
スピアの穂先に結び付けた組紐を引いて、甲板に取り込んだ獲物は1.2m近くもあるバッシェだった。
「大きなバッシェにゃ。後は任せて仕掛けを入れるにゃ!」
「頼んだよ!」
再び左右の曳き釣り用の竿に道糸を通して、仕掛けを投げ込んだ。
幸先は良さそうだ。それにしても大きかったなぁ……。
昼近くまで東進した釣果は、バッシェが2匹にシーブルが3匹だった。
ザネリさんの合図で時計周りに回頭すると、今度は西進しながら曳き釣りを行う。
「曳き釣りは大きいのが掛るから楽しいにゃ。でも、こんなに大きいのが揃うのは珍しいにゃ」
エメルちゃんが操船櫓から降りてきてお茶を沸かしてくれた。
真鍮のカップに半分ほどのお茶を頂きながら、だんだんと大きくなってくる西の雨雲を眺める。
「もう少し小さい方が、数を上げられる気がするな。でも、大きいと嬉しいよね」
うんうんとエメルちゃんが頷いている。
売値が少し高くなるようだけど、ここまで大きいのもねぇ。
お刺身にするんだったら良いんだけど、一夜干しで島に運んで燻製だからなぁ。
「延縄を仕掛けた場所に戻るころには大雨になりそうだ。目印を速めに見つけてほしいな」
「だいじょうぶにゃ。あの双眼鏡を使ってみるにゃ」
口径30mm、6倍の双眼鏡だけど、親父が持っていたやつだから安物ではなさそうだ。
だけど会場で使うなら、もう少し視野が広い方が良いんだけどなぁ。
バゼルさんの笛を合図に仕掛けを取り込む。
取り込むだけなら簡単なんだけど、左右に張り出した竿を戻すのが少し面倒くさい。
屋形の屋根の上から、ギャグを使って船首方向に曲げたところで、船首側から再度ギャグで引き寄せるようにして折り曲げる。
この作業を簡単に行う方法も考えないといけないな。
「見つけたにゃ! 近くまで寄せて後進させるにゃ」
「了解。こっちは準備できてるよ!」
ロクロを覆った帆布を外して、皮手袋を付ける。
今回は動力を使えるからかなり楽に引き上げられるんじゃないかな?
アンカーの石と目印のウキを引き上げたところで、軽く組紐を引いて感触を確かめる。
鈍い引きが伝わってくるから、1匹は確実だ。
「掛ってるよ!」
隣でタモ網を持って待ち構えているエメルちゃんに伝えると、嬉しそうに笑みを浮かべて頷いてくれた。
ロクロに組紐を1回転させてロクロを動かし、手元を強く引くとゆっくりと組紐が引き上げられる。
強く引けば巻き上げられるし、引く力を緩めればフリーになる。
なかなか便利に使えそうだ。
最初の枝針のハリスが見えてきた。
どうやらかかっているらしく結構雲紐を引っ張っている。
ロクロの組紐から、枝張りのすぐ近くの組紐に持ち替えて、ゆっくりと引いてくると、グングンと引きが腕に伝わってくる。
曳き釣りの獲物より小さいかな?
これならタモ網で行けそうだ。
「タモを入れてくれ。もう少しで上がってくる」
俺の言葉にエメルちゃんがタモ網を海に入れてくれた。
魚の引きをあしらいながら引き上げたところでタモ網へと誘導する。
「エイッ!」
掛け声を上げながら、エメルちゃんがタモを引き上げて甲板に獲物を下ろすと、頭に棍棒をお見舞いする。
ポカッ! という音がすると、甲板でバタバタ音を立てていた獲物の動きが収まったようだ。
そっちはエメルちゃんに任せて、次を引き上げよう。
2匹目を取り込んだところで、豪雨が襲ってきた。
慌てて、半分巻き取っていたタープを展開したんだけど、2人ともずぶ濡れ状態だ。
まだ半分以上枝針が残っているから、このまま引き上げよう。
豪雨の中で4匹を引き上げると、最後のウキが手元に戻ってきた。
このまま流して夜半に引き上げようと、新たな餌を付けて再び延縄を流す。
今度はアンカーを落とさずに船尾の端に置いておく。
数時間流すだけだし、この豪雨だからなあ。果たして釣れるのか疑わしい限りだ。
船首の甲板からアンカーを下ろすと、タツミちゃんが操船櫓から降りてきた。
エメルちゃんが着替えている間にランプ2つに光球をいれて、甲板の明りと俺達の船の位置を知らせるために帆柱に掲げた。
俺も着替えて来るか。すっかりずぶ濡れだからね。




