P-088 彼らなりの工夫
「済まんな。皆で押しかけてしまって」
「トーレさん達に頼まれてますし、バゼルさんには今でもお世話になってます。ザネリさんは俺にとっては義兄の1人ですよ」
俺の言葉に大きな笑みを浮かべると、俺の肩をパシッ! と叩く。
「嫁は2人とも末っ子なんだ。義兄はたくさんいるんだが……、俺にも義弟がいたんだな」
「ナギサにそんなことを言われたら、変に兄貴ブルに違いないにゃ。義兄の矜持はあるのかにゃ?」
メイリンさんがザネリさんに苦言を言ってるけど、本人は笑みを浮かべたままだ。
「曳き釣りと延縄は大型船団で散々していた漁法だ。ナギサには負けないと思うんだけどなぁ」
「やはり、ヒコウキと潜水板ですか?」
俺の問いに頷いて、仕掛けの説明をしてくれた。
バゼルさんと同じような仕掛けだ。取り込みはリール竿ではなく手釣りと同じになるようだ。
慣れれば、その方が手早いのかもしれないな。
仕掛けの流し方や取り込みの方法を、夕食を食べながら教えてくれた。
バゼルさんの場合は、見て覚えたようなところもあるけど、義弟だと言ったからかな? 丁寧に身振り手振りを添えて教えてくれる。
ガリムさんよりザネリさんの方が、カタマランを手に入れたばかりの新米漁師の指導に向いているんじゃないか?
「ヒコウキから伸ばすハリスの長さを2種類持つんですか!」
「一応、基本は8FM(2.4m)なんだが、10FM(3m)の仕掛けも持ってるぞ。疑似餌であるルアーの色も大事だが、俺はハリスの長さも大事なんじゃないかと思ってるんだ」
値も族では珍しい、工夫ができる人物のようだ。
俺が頷いていると、タツミちゃんがザネリさんに顔を向けた。
「ナギサは3種類持ってるにゃ。左右の竿で仕掛けを変えることは度々にゃ」
「ヒコウキと潜航板ってことか?」
「先ずは魚がどちらに掛かるかですね。その後はハリスの長さを変えます。場合によっては、船の速度を変える時もありますが、歩くくらいの速度では、これを使うんです」
手を伸ばしてベンチの蓋を開けると、集魚具を取り出した。真鍮製の花びらのような板が太い糸に5枚取り付けた代物だ。
花びら部分は、花びらの肩端に穴を開けて真鍮製の針金を通してある。太い糸でそれらを結んでいけば、水中でクルクルと回る集魚具になる。
「これは凝ってるなぁ……。効果はあるのか?」
「良い型のグルリンが釣れます。シーブルならこっちですね」
少しねじった真鍮の板だ。長さは30cmほどだが、板の左右に穴を開けて金属製の輪を取り付けてある。
「水中に入れると微妙に揺らぐんです。それが後ろに付けた疑似餌に誘いをかけるのかもしれません。それにこの板自体が水中でキラキラ動きますから、群れの1体に見えるのかもしれません」
ザネリさんは急いで夕食をかき込んで、俺の仕掛けをしげしげと眺めている。
行儀が悪いと思ったのかな? メイリンさんが呆れた表情で夫を眺めているんだよなぁ。
「驚いたな。やはり聖姿を背負うだけのことはある。これは広めても構わないか?」
「お任せします。予備の仕掛けがありますから、試してみてください。釣れなければ外せますからね」
「試してみよう。3日間漁をするつもりだから、仲間にも試して貰うつもりだ」
どれだけ効果があるのかを、他者の意見も聞きたいということなんだろうか?
そういう考え方は船団の筆頭として必要なんだろうな。
食事が終わると、タツミちゃん達はミリアちゃんを家形の中で抱かせてもらっているようだ。嬉しそうな声が聞こえてくる。
俺とザネリさんは、甲板でココナッツ酒を飲みながら、パイプを楽しむ。
まったりとした時間が何とも心地良い。
たまに、漁の話をぽつりぽつりとザネリさんがしてくれるんだが、大型船団の漁は、各氏族の選抜とも言える連中が集まっているからだろう。その日の漁果で一喜一憂しながらココナッツ酒を皆で酌み交わすらしい。
「良い経験になったよ。何故そいつらが俺達より多く漁果を得たのかを、誰かが問えばきちんと答えてくれるし、答えられなくとも仕掛けや着いた場所を教えてくれる。やはり銛の腕はトウハが一番だし、曳き釣りはナンタが一番だ。
だけど、ナンタ氏族に挽き釣りの仕掛けを教えてくれたのはトウハ氏族のアオイ様だったらしいぞ。アオイ様のような聖痕の持ち主になりたいと、今の持ち主達は頑張っているんじゃないかな」
カイトさんやアオイさんは、氏族という枠を超えて活躍していたみたいだ。
俺にそのようなことはできるとは思えないけど、工夫したことはなるべく皆に伝えていこう。
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東に2日船を走らせた夕暮れ時、船団の速度が低下し笛の音が聞こえてきた。
今日はここで停泊するのだろう。適当にアンカーを下ろしていると、ザネリさんのカタマランが近づいてきた。ロープを投げてくれたので、急いで船首の横木にロープを縛りつける。船尾の方はタツミちゃんが受け取っているはずだから、屋形の中を通って船尾の甲板に向かった。
エメルちゃんがロープを結ぼうとしていたので、後を引き受けるとタツミちゃんと一緒に夕食の準備を始めるみたいだ。
「厄介になるよ!」
「遠慮はいりませんよ。ここが漁場ですか?」
俺達の船にザネリさん一家が乗り込んでくる。
メイリンさんは、すぐにタツミちゃん達の後ろで料理を見守ってくれている。今日の料理は期待できるかな?
ミリアちゃんを抱いたタニアさんがザネリさんの隣に腰を下ろす。
「ちょっとオカズを釣りますんで、見ていてください」
屋根裏からオカズ用の竿を取り出して、船尾に竿を出す。
直ぐに当たりが来た。
カマルだが、島で釣れる大きさよりもやはり大きいな。
数匹連れたところで、エメルちゃんに引き渡すと竿を仕舞っておく。
「なるほど、そうやってオカズを釣るのか」
「夜釣りの餌にもなりますからね。明日は延縄を仕掛けるんでしょう?」
ザネリさんがパイプを取り出すと、タニアさんが屋形の扉近くに置いてあるベンチに移った。子供にタバコの煙がいかないようにとのことだろう。船尾側に弱い風が吹いているから、ここで楽しむ分には問題はないだろう。
「朝方仕掛けて、東に向かって曳き釣りをするんだ。延縄を仕掛けたら、緑のリボンの上に白いリボンか旗を出してくれ。……そうだなぁ、この辺りに集まってくれればいい。7隻だから150FM(45m)ぐらいの間隔で南北に並んで船を進める。曳き釣りは初めてじゃないだろう?」
「バゼルさんに教えてもらいましたし、ガリムさんの船団でも何度かやりました。もっとも、ガリムさんの船団は乗ってるのが2人ですから」
「苦労したろう? 曳き釣りは3人以上欲しい。氏族の島の北東に大きな海域があるんだが、そこでのマーリル漁は男2人が最低条件だ。2家族で曳き釣りをするんだがめったに掛からないと親父から聞かされたな」
マーリル? 初めて聞く魚だ。男2人というんだからかなりの大物なんだろうな。
滅多に釣れないなら、無理して釣らなくても良いように思うけどねぇ。
オカズ用に釣り上げたカマルはスープの具になったようだ。
人数の多い食事は賑やかなものだ。それだけでも美味しく感じるな。いつもよりも少し味が違うのはメイリンさんの監修によるものに違いない。
食事が終わると、タツミちゃん達はザネリさんの船に行って、屋形でスゴロクをするらしい。
俺達にココナッツ酒を置いて行ったけど、全部飲んだら明日の漁ができなくなりそうだな。
パイプを咥えながら、ザネリさんと酒を酌み交わす。
酒豪というわけではないらしく、俺と同じようにちびちびと飲んでいる。
「水深は俺の背丈の3倍ほどだ。海底にサンゴはあまりないんだよなぁ。東西に溝がいくつも走っているんだ」
「素潜りでも行けそうですね?」
「乾期なら素潜りが一番だ。両手ほどのフルンネが群れているぞ」
「となると、延縄もフルンネが掛るんでしょうか?」
「雨期にはあまり姿を見せないそうだ。狙いはシーブルだな。片腕ほどの奴が掛るらしい」
なるほど。そうなると枝針の長さが短い方が良いのかもしれない。先ずは長短を交互に結んである仕掛けを流してみるか。
2日目はその結果で仕掛けを変えても良さそうだ。
「曳き釣りの獲物も似た感じだが、たまにマヒマムが来るぞ。フルンネ並みに大きくなるようだ。マヒマムが釣れるのはこの辺りからだな。他の氏族では見かけないらしい」
どんな魚だろう。
ザネリさんの話を聞くと黄緑がかった体色でおでこの発達したクロダイを横に引き伸ばしたような形らしい……。
そんな魚がいるんだろうか?
頭をひねって考えていると、突然脳裏に該当する魚が浮かんできた。
シイラに違いない。確かにおでこが発達したクロダイを横に伸ばしたような姿だ。
「かなりの引きだと聞いたことがあります。銛で突くのは難しいでしょうね」
「泳ぎの達人だな。まぁ、水中であまり見かけないだろう。マヒマムは水面近くを泳ぐんだ」
潜って水面近くの魚を突こうとは、誰も考えないだろう。
下から突く魚はハリオなんだけど、水面近くを泳いでいるわけではない。
曳き釣りの獲物は、最低でも片腕以上だというから、タモ網での取り込みは様子を見てということになりそうだ。予定通りに、水中銃をセットして船尾に置いておいた方が良いのかもしれないな。




