P-083 船団の編成が中々決まらない
リードル漁の前に、バゼルさんに引き連れられて漁に出掛けてきた。
トリマランが桟橋から横滑りして離れる様子や、その場で向きを変えることに驚いていたザネルさん達だったが、さすがに他の氏族と腕を競って来ただけのことはある。
中型のブラドを誰よりもたくさん突いているんだよなぁ。
あれは俺には無理だ。どうにかガイド付きの銛で数を上げられるようになったけど、やはりシンプルな構造の方が良いってことをまざまざと分からせてくれる。
「数では勝ったけど、やはり大物が突けるのが凄いよなぁ。俺があの大きさを揃えたら、数で負けていたと思うぞ」
「そんなことは無いですよ。俺も数を出したいんですが、まだまだ腕がそこまで至っていませんから」
「あの銛も中々だよ。できればサイカやホクチの連中に教えてあげたいぐらいだ」
「あれを使わないと、オカズが増えるんです。でも俺のように腕が今一なら、使ってみるべきでしょうね」
ザネルさんが、うんうんと頷いている。
1つ作って、ニライカナイの合同船団に向かう連中に渡してあげよう。
「銛の下手な連中はここにもいるだろう。できたら俺に渡してくれ。長老のところで皆に見せてやろう」
バゼルさんも、それなりに評価してくれた。
だけど、これに頼るようでも困るんだよなぁ。俺みたいにオカズになる魚が増えてしまう時に考えるべきだと思うけどね。
「2日後には、リードル漁だ。タニアが臨月ではトーレを置いていくことになるな」
「母さん、申し訳ないがよろしく頼むよ」
「任せるにゃ。でも、リードル漁が終わってからかもしれないにゃ」
女の勘と言う奴かな? でも、何時生まれても良いように準備はしておくつもりなんだろう。1人でカタマランに残されるよりも、トーレさんがいれば心強いに違いない。
結局、リードル漁の最中には生まれずに、漁から帰った翌日にタニアさんは女の子を出産した。
ミリアとカヌイのお婆さん達が名付けたのは、ニライカナイの風習なんだろう。
親が名付けるわけでは無いようだ。
しばらくは家形の中で赤ちゃんの世話に掛かりきりになるようだから、ザネルさんと
メイリンさんの2人で頑張ることになるんだろう。
ミリアちゃんが生まれたその後で、商船が2隻のカタマランを曳いてきた。どうやらザネルさんの船のようだ。
今夜は魔石のセリがあると聞いたので、俺も約束を果たしに青い線の入った旗を掲げた商船へと向かう。
「ありがとうございます。神殿から頼まれていましたので、どうしても欲しかった品です。これで、トリマランの支払いは全て終えましたので、契約書にその旨を記載させていただきます」
「セリだとやはり高くなってしまうのかい?」
「ええ、どうしてもそうなってしまいます。ましてや上位魔石は数が数個ですから、私のような商人にはなかなか手が出ないんです。火の神殿からの依頼ですから、あまり値が上がってしまうのも考えものですからね」
この世界の神殿ともなれば寄付金が多いと思うんだけど、話を聞くとそうではないらしい。
福祉政策というのが今一らしいのだ。それを補うのが神殿の神官達だというんだから、頭が下がる。
何に上位魔石を使うのかは分からないけど、標準価格である金貨1枚は仕方がないとしても、セリでむやみに上がった魔石を買うとなれば、それだけ福祉に使える金額が減るということになるんだろうな。
「本来なら、俺達も寄付をすべきなのでしょうが……」
「この御恩で十分です。神殿には正直に報告いたしますよ」
ネコ族の信じる神は龍神様なんだけどなぁ。
ここは、龍神様に目を瞑って貰おう。
何度も礼を繰り返す店員に、軽く手を振って商船を後にした。
気になるのは、船団の再編になる。
バゼルさんの若手組から、2人目の嫁さんを貰ったばかりの組に入るということになるのかな?
ある意味、ガリムさんを跳び越えてしまったような気がしないでもない。
必ずしも、漁の腕と言うことにもならないだろう。
似たような腕の漁師達で船団を組む、と思っていたんだがそうでもなさそうだ。
「ナギサじゃないか! こっちだ!」
俺を呼んでいたのは、ガリムさんだった。
数人の仲間と共に、ヤシの木陰でパイプを咥えている。
「しばらくです。どうにか大型船を手に入れて、2人目の嫁さんがやってきました」
「エメルなら、ナギサに丁度良いだろう。親父も嬉しそうだったぞ」
「結構、銛を使いこなしますよ。タツミちゃんだってそうですから、俺もうかうかしてられなくなりました」
「謙遜は良くないぞ。ナギサの銛を見せて貰ったよ。やはり工夫ができるのは凄いことだと思った。こいつは早速作ったからな」
ガリムさんが友人達と笑い声を上げる。
頭をかきながら一緒に笑い声を上げた友人は、俺と一緒でオカズが多いってことなんだろうな。
少し改善できるなら、嫁さんだって喜んでくれるに違いない。
ガリムさんがココナッツのカップを渡してくれた。中身はココナッツ酒に違いない。
ありがたく頂いて口を付ける。
「問題は、大型を突けないんです。あの仕掛けですからねぇ。銛の柄を太くできません」
「大型は、ナギサ達に任せるさ。俺は中型で十分だ。大きいのが欲しい時には、曳き釣りをすれば良いんだからね」
「曳き釣りで釣った一番でかいやつでも、片腕の長さじゃなかったのか?」
「あれはグルリンだぞ! お前が釣った一番大きいのは、確かに長かった。4FM(120cm)のバルだったからなぁ」
バルはダツの呼び名だ。あの嘴は長いからなぁ。
俺も一緒になって笑い転げる。
些細なことで競い合いながら酒を酌み交わしているんだから、ニライカナイは平和に違いない。
「何時も、皆で飲んでるんですか?」
「何時もというわけでは無いんだが、ザネルさん達が帰ってきただろう? そうなると、次に大型船と一緒に漁をするのは誰になるんだろうってなぁ」
長老達の会議が気になるてことなんだろうな。
日陰には数人がいるんだけど、ガリムさん達と似通った年代の男達は十数人いるらしい。
派遣枠は3人になるらしいから、5人に1人というわけだ。
間違いなく、この中の1人は対象になるに違いない。
「ガリムは新人の指導があるから対象外だ。気を揉むことも無いんじゃないか?」
「いやいや、ザネルさんだって指導をしてたんだ。案外、俺じゃないのか?」
誰が選ばれても、自分の事のように喜んでくれるに違いない。
口は悪いが、良い友人達じゃないか。
「俺の親父はナギサを押していたぞ。シドラ氏族を新興氏族と陰口を叩く連中もいるらしい。だが、ナギサがそんな噂を払拭してくれるはずだと言ってたな」
「お前んところもか? 俺の親父も似たようなことを言ってたな。聖痕の持ち主達も参加したそうだから、それに倣うという事かもしれんな」
せっかくシドラ氏族の一員となって、皆と一緒に暮らし始めたんだ。
あまり生活環境が激変するような場所には行きたくないな。
それに、あの幻影も気にかかる。早い内に確認をしておきたいところだ。
「出来れば、断りたいですね。どうにかニライカナイの暮らしにも慣れてきたところです。競い合うほどの銛の腕はありませんし、俺が参加したならシドラ氏族の男達は朝寝坊と評判が立ちそうです」
「ハハハ……。ナギサはそうだったな。タツミが俺の嫁さんに教えてくれたよ。起こさなければいつまでも寝ているってな」
皆の笑う声に顏が赤くなってしまう。
道理で浜で行きかう女性達が、俺の顔を見て笑みを浮かべるわけだ。
「それでも素潜りは俺達と同じぐらい突けるし、漁果をギョキョーに届けて銀貨を受け取らなかった時は片手で足りるんじゃないか?
俺達が指導することはほとんど無かったはずだ。親父からも、ナギサには漁場を教えるだけで良いと言われてたんだ」
良い漁場がどこにあるか。海底を眺めてもある程度は分かるけど、サンゴ礁が微妙な潮の流れを作る。
その流れに乗って回遊魚達がニライカナイの海域を巡っているのだ。
長い年月で、各氏族が漁場を開拓していったに違いない。
母船を中核にした大型船団を作った時には、それこそ数年がかりでアオイさん達が漁場を各氏族の漁場の外側で探したらしい。
氏族の漁に影響を及ぼさないようにとの配慮だろうな。
全く頭が下がる人物だ。
「俺の親父は、ナギサには別命があると言ってたぞ。タツミはトウハ氏族の出だが、ナギサが俺達の島に到着する前に、トウハ氏族を出発している。それに俺の妹も不思議な夢をカヌイの婆さんに話したらしい」
「何か起きるってことか? アオイ様達の時代に南の島が吹き飛んだらしいぞ。その時の津波でナンタ氏族の連中は半分になったと聞いたことがある」
「俺も聞いたし、婆さんが話してもくれた。あの時にアオイ様とナツミ様がいなかったら、ニライカナイの島に大陸の連中が住み着いただろうってな」
「実は、俺も何度か不思議な幻影を見たんです。神亀を見たときでしたから、直ぐにバゼルさん達にも伝えましたし、カヌイの小母さん達にも話してあるんですが……」
2人の嫁さんと大型の船、そして泡立つ海域。
オウミ氏族の聖痕の持ち主がやってきた時にもその話をしたことを教えてあげた。
「聖痕の保持者も、そうなのか! ナギサの話を聞いて少なくとも10年以内と言ったんだな?」
ガリムさんの問いに頷くと、急に皆が静かになってしまった。
「起きるってことだな。だが、被害の情景を伝えてくれなかったのが分からんな」
「俺達に影響がないか、それとも防ぐことができないのか……。確かにナギサを派遣するのは長老も躊躇うに違いない。それで、あの大きな船を作ったんだろう。早めに行った方が良いのかもしれないぞ」
「オウミ氏族の聖痕の保持者は南東が気になると言ってました。ニライカナイの船団の漁場の外側まで出掛けてみようかと」
「あの船団は俺達のカタマランで3日先の漁場を巡っている。そうなると、ここから5日は進まねばならないぞ」
「ナンタ氏族の南で爆発した島はトウハ氏族の島から5日以上の距離があったそうだ。かなりの被害を受けて長老の1人までもが無くなったらしいぞ」
「離れているようでも、案外近いってことか……。ますます、会議の行方が気になってくるな」
誰か偵察に行って、ログハウスの外から聞き耳を立てれば良いように思えるんだけどねぇ。
それは俺達には関係ないこと、と割り切っているのもおもしろいんだよね。
ちょっと俺には理解できないネコ族の人達ではあるんだが、悪人と言われる人に会ったことが無い。
皆立派に子育てをしているし、氏族全体で見守っているんだろうな。
だが、1つ問題も見えてきた。
才能を伸ばす教育が出来ていないように思える。
子供が氏族社会に迷惑を掛けずに過ごせるように、との教えが優先しているのだろう。
それは良いことなんだろうけど、社会としては停滞してしまうんじゃないかな。




