P-082 シドラ氏族で一番の朝寝坊
小さな漁場だけど、確かに大きな魚が多い。
バヌトスが多いようにも思えるが、2日間の漁の間に、数回フルンネの群れがやってきた。
どうにか数匹を突いたけど、90cm近い良型だったし、エメルちゃんは大きなブラドを突いてご機嫌だった。
素潜りを終えて、パイプを楽しんでいる時だった。
遠くの海域を、10隻以上のカタマランが南に向かって進んでいくのが見えた。
「船団を率いてるのは誰だろうな? もう1日進んで漁をするのだろう」
「船団なら遠くで……、と言うことですか。リードル漁が終われば俺もあの中にいるのかもしれませんね」
「ナギサの腕なら、どこの船団に入っても問題はないにゃ。沢山魚を獲って、皆に披露するにゃ」
サディさんには、俺の腕が十分に中堅だと思えるんだろう。
漁具を改良して使っていることを知らないのかもしれないな。
「腕もまだまだですし、経験だって氏族の同じ年頃の連中とは比べ物になりません。
こんな銛を使っているんですよ」
屋形の屋根裏から、銛を1本取り出した。
竹筒のガイドにトリガー付きの銛だ。
バゼルさんに手渡すと、銛をしげしげと眺めながら使い方を確認している。
「なるほど……。これなら真っ直ぐに銛が出て行くな。急にナギサの腕が良くなったと思っていたのだが、これがその理由だったか」
「おもしろそうな仕掛けにゃ。私にも作って欲しいにゃ!」
トーレさんは珍しいものが大好きだからなぁ。
「良いですよ。トーレさんとサディさん、それにエメルちゃんの銛を作ってみます。慣れた銛は、そのままにしておいてください。使い難い時には、今までの銛を使えば良いんですから」
女性の持つ銛は、嫁いでくるときに父さんから貰った銛だからね。一生大事にしないといけないだろう。
子育て中は、たっぷりと油を塗って保管しているに違いない。
「タツミも使っているのか?」
「使ってるにゃ。トウハ氏族の中堅以上になれるにゃ」
タツミちゃんの言葉に、バゼルさんが再度銛を見ている。
たったこれだけで……、と言う感じだ。
その銛の仕組みを、さらに発展させた先には水中銃が見えてくる。
水中銃は確実ではあるんだが、手返しが悪いのが難点だ。
素早く動き回るバルタックなどには適しているんだけど、あまり見かけない魚なんだよなぁ。
「リードル漁までに作れるか? 船団の再編を行う場で、皆に見せてやろう」
「下手でも名人になれるなら、皆が欲しがるにゃ」
「でも、問題もあるんですよ。大型が突けないんです」
「柄が細くなってしまうからだろう。だが、俺達は大物を誇る氏族ではない。中型まで狙えるなら十分だ」
50cmを越えるぐらいまでは十分に使える。いつもフルンネやハリオを狙うわけでは無いってことだな。
水中銃のスピアの柄は細いけど、あれは銛先に紐を通しているからね。
「明日は2ノッチで帰るにゃ。日の出前に出発するから、ちゃんと起きるにゃ」
「夕暮れ前に到着できそうですね」
「早くしないと、ギョキョーが閉まってしまうにゃ。ナギサは寝てても構わないにゃ」
いや、絶対に起こして貰おう。さもないと夕食まで飯抜きになりそうだ。
食後のココナッツ酒を頂いたところで、早々にハンモックで横になる。
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翌朝目が覚めた時には、すでにトリマランが動いていた。
あれだけ早く寝たんだけなぁ……。甲板に出てみると、まだ朝日が昇り始めたところだった。
一体、何時に皆は起きたんだろう?
「起きたにゃ? 直ぐに朝食を出すにゃ」
タツミちゃんが操船櫓の上から振り返って言葉を掛けてくれた。
直ぐに、操船櫓から下りてきたところをみると、エメルちゃんが舵を握っているみたいだ。
「早起きだなぁ……。バゼルさんが呆れてたんじゃないか?」
「トーレさんが朝食を取り置いてくれたにゃ。直ぐに温めるにゃ」
俺の事を読まれたたか!
まあ、だいぶ早起きにはなったけど、ネコ族の人達には敵わないな。
温めたリゾットスープを頂くと、スープん香辛料で目が覚めてくる。
とりあえず俺の仕事はないんだよなぁ。トーレさん達もそれを知っていたから、寝かせておいてくれたんだろうけどね。
「今度は、タツミちゃん達が起きた時に起こしてくれないかな。そうでもないと、シドラ氏族一番の朝寝坊になってしまいそうだ」
「みんなは、そう呼んでるにゃ。急に早起きになったら、魚が獲れなくなってしまうと言ってたにゃ」
酷いことを言われてるみたいだが、そこまで朝寝坊だったかなぁ。
でも、魚が獲れなくなっては大変だから、少しずつ起こして貰うことになるのかな?
食事が終わると、俺にお茶のカップを渡すとタツミちゃんが操船櫓に上っていく。
今日は、ここでのんびりしているしかなさそうだ。
通り過ぎる島を眺めながら、パイプを楽しむ。
あまり、のんびりしているのも気が引けるから、漁具の手入れをすることにした。
今日中には島に付くらしいから、桶に一杯の水を汲んで、リールの塩抜きをする。
仕掛けも簡単に洗ったところで、釣り針を研いでおく。
研ぎ終わった釣り針を、料理用の油を入れた竹筒に浸して乾かせば錆びることは無い。
夕暮れ前にどうにか氏族の島に到着できた。
直ぐにタツミちゃん達が漁果を背負いカゴでギョキョーに運んでいく。
2日の漁で2カゴなら豊漁と言っても良いんじゃないかな?
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乾期の終わりのリードル漁が近付いてきたころ、氏族の島に3隻のカタマランが帰ってきた。
ニライカナイ全体で母船を使った漁が行われている。
シドラ氏族の中ではバゼルさんの次男が参加していたのだが、これで派遣期間が終わるそうだから、新たには件数ることになるのだろう。
6つの氏族から3隻ずつ派遣されているようだから、ある意味各氏族の将来を担うことになるのかもしれないな。
希望を募ると収拾がつかなくなるらしいから、長老達の裁可に従うことになるらしい。
結構、長老の役割は多岐に渡っているように感じる。
婚姻に反対する親の説得も長老の役目と聞いて、空いた口が塞がらなかったからね。
ザネルさんのカタマランは、俺が乗っていたカタマランと同じ大きさだ。
2人目の嫁さんがやってきたし、タニアさんのお腹は何時生まれても良いぐらいに大きくなっている。
俺達のトリマランに驚いていたけど、「さすがは聖姿を持つだけのことはある」と言って笑顔で俺の肩を叩いてくれた。
「ナギサのカタマランで食事をするにゃ。ザネルの船は未だ来ないのかにゃ?」
「リードル漁を終えた頃にやってくるはずだ。親父と同じ大きさだから子育ても楽じゃないかな?」
「リードル漁の間に、長老達が船団を割り振ってくれる。ナギサもガリムの船団を離れることになるだろう。一緒の船団になれば良いのだがな」
「色々と漁を覚えてきたぞ。だが、ナギサの漁も見てみたいな。未だに不漁を経験していないと聞いたぞ」
「銛はかなりマシになったにゃ。おかげでオカズに回ってこないにゃ」
「聞いたぞ。5匹突いて2匹がオカズだったらしいな。それでも突けるだけマシだ。サイカの連中は5匹突いたら3匹は間違いなくオカズだからな」
それでも、3年を過ぎる頃にはかなりマシになったらしい。
やはり仲間と競って、腕を磨いた結果なんだろう。
「曳き釣りはナンタ氏族だな。ホクチの連中はオウミと一緒で、何でもこなせるんだが漁果はそれほどでもなかったぞ」
うんうんと頷きながら、バゼルさんがココナッツ酒を飲みながら聞いている。
リードル漁に向かう前に、もう1回は漁に出られそうだな。
夕食を頂きながら漁に話が移ると、ザネルさんが目を輝かせている。
自分の漁を見せたいんだろう。
となると、やはり素潜り漁になるのかな?
「ザネルのカタマランの魔道機関は魔石が6つだったな。4日の漁で良いだろう。ナギサ、済まんがザネル達を乗せてやってくれないか?」
「良いですよ。タツミちゃん達もだいぶ操船になれたようですから、速度を上げてもだいじょうぶです」
「俺のカタマランでは遅いと?」
「ナギサの船は俺と同じく8個の魔石を使った魔道機関だ。ザネルの船の2倍とは言わんが、かなり速度を上げられる」
「次のカタマランは魔石を8つ使った奴なんだ。島を離れるほどに大型がいるからね」
ザネルさんの嫁さん達が笑みを浮かべているから、2人の意見もしっかりと取り入れた船なんだろう。
タツミちゃん達も興味深々のようだ。
「それにしても大きいなぁ。操船に苦労してるんじゃないか?」
「大丈夫にゃ。明日の朝に分かるにゃ」
バウスラスターとリアスラスターの扱いを、すっかり自分の物にしているからね。
桟橋への停泊やサンゴの穴の縁に、今ではピタリと合わせられるようになっている。
「大きな操船櫓にゃ。あれなら回りもよく見えるにゃ」
「見せてあげるにゃ!」
エメルちゃんがメイリンさんを連れてハシゴを上っていった。直ぐに「なんにゃ!」と大声が聞こえてきたのは、初めて見るんだからそうなるよなぁ。
「驚いてるにゃ。私も開いた口が塞がらなかったにゃ」
「魔道機関のレバーと舵輪だけだろう? 海図を置く台ぐらいはあれだけの大きさだからあるだろうけど……」
やがて、茫然とした表情のメイリンさんが操船櫓から下りてきた。
「あれは、参考にならないにゃ。レバーだけで5、6個あるし、舵輪が2つも付いてるにゃ。どうやって動かすのか想像もできないにゃ」
「舵輪が2つ? 予備ってことか」
「スクリューの向きを変えられる仕掛けなんです。さすがに、航海用のスクリューは無理ですが、小さいスクリューを魔道機関ごと回転させられるようにしてあります」
「何とも不思議な動きができる。明日の朝には分かるだろうが、俺達に必要とは思えないな。強いて言うなら、船尾の覆いに隠れているロクロは使えるかもしれん。延縄の仕掛けを巻き取るために付けたようだぞ」
ロクロは帆桁の滑車の巻き上げにも使える。
大物釣りをしてもこれなら何とかなるだろう。俺達3人での漁なんだから、苦労を減らせるようにしたいところだ。




