P-080 トリマランを動かしてみよう
今日はトリマランの試運転を行うということで、ハンモックから起きると屋形の中には誰もいなかった。
昨夜は結構飲まされたからなぁ。
どうにかハンモックに入ったのは覚えてるんだけどね。
甲板に出ると、トーレさん達がいる。思わず首を傾げてしまったけど、海水で顔を洗えば少しは状況が見えて来るんじゃないかな?
「そこに座ってるにゃ。皆朝食を終えてるから、温めてあげるにゃ」
「済みません。でも、どうして?」
「この船を動かすのを手伝ってあげるにゃ!」
要するに、自分達も動かしたいってことなんだろう。
リゾット風のご飯にスープが掛けられた朝食を食べながら、あちこち動きながら船の様子を確認しているトーレさん達を眺めることになった。
「ようやく起きたな。トーレ達がうるさくて堪らん。一度舵輪を握らせてやれば満足するだろうからよろしく頼んだぞ」
「はあ……。わかりました。珍しい船ですからね。甲板がかなり広いですから、一緒になるときは、この船で食事をしましょう」
「確かに広い。そうさせてもらうよ」
桟橋から話し換えてきたバゼルさんだが、嫁さん達のはしゃぐ様子を眺めてため息をついている。
それがトーレさんだと思えば、あきらめもつくんじゃないかな。
俺の朝食が終わるのを待って、出航の準備が始まる。
アンカー代わりの石を引き上げて、トリマランと桟橋をつないだロープを解く。
「バウスラスターとリアスラスターを使えば、桟橋から横に移動するよ。一緒に動かすんだけど、リアスラスターの出力が大きいことに注意して!」
操船櫓の下から大声を上げると、タツミちゃんが手を振って答えてくれた。
操船櫓の中には、タツミちゃんとエメルちゃんがいるんだけど、屋形の屋根にはトーレさんが扉越しに2人を覗いているし、梯子の上にはサディさんが同じように頭を操船櫓に入れている。
操船の仕方を確認してるんだろうか?
まっすぐ走らせるだけなら、カタマランと変わらないんだけどなぁ。
「後ろを見てて欲しいにゃ。ゆっくり動かすにゃ!」
タツミちゃんの声に周囲を確認したのだが、桟橋でパイプを咥えながらこちらを見ているバゼルさん以外に人はいないし、近づいてくる他の船も今のところはいないようだ。
屋形の扉付近から、キュイン……と音がした。
ゆっくりと桟橋からトリマランが離れ始める。
ほとんど平行移動している感じだ。スラスターの出力が異なるんだけど問題なさそうだな。
10m以上離れたところで、ゆっくりと右に回頭しながらトリマランが進みだす。
舵を使わずにバウスラスターと船尾の魔道機関を使っているようだ。
海洋民族だから、船の操作は天性のものがあるのかもしれない。
湾の入り口に向かって、トリマランが進みだした。
半ノッチ以下に出力を絞っているんだろう。今までのカタマランとこの辺りは大差ないように思える。
「南は障害があまりないにゃ。島もいくつかあるから舵取りの練習にも最適にゃ」
「前を見ててほしいにゃ。操船は順番にゃ」
操船櫓の上では、交渉が始まっているのかな。
とりあえず俺の仕事はなさそうだ。新しい延縄作りの続きをしていよう。
甲板の大きさは横6mで縦は5mを超えている。
10人ぐらいなら余裕で宴会が出来そうだ。
屋形の屋根裏から、カゴに入った延縄仕掛けを取り出す。漁の道具は船尾のベンチの腰板の下に入っているから、店開きは船尾近くにしよう。
日差しが強いので、帆布氏のタープを引き出しておく。雨除けの屋根なんだが、布が厚いから日除けにもなる優れものだ。
延縄のロープに15本の釣り針を仕掛け終えて、ロープに小さなウキを取り付けてる。
枝針2本おきに取り付けていると、いきなり今までとは異なる船の動きが始まった。
思わず、操船櫓を見上げたけど、タープに隠れているんだよなぁ。
直ぐに収まったところを見ると、バウスラスターを使ったのかな?
舵を使わずに向きを変えられるのが面白いと遊んでいるのかもしれない。
もうすぐウキを付け終わろうとする頃に、トーレさんとエメルちゃんが甲板に下りてきた。
「昼食を準備するにゃ。新しいカマドを見ると嬉しくなるにゃ」
カマド近くに吊り下げられたカゴからココナッツを2個取り出して、ジュースをポットに入れている。大きく空いた穴にスプーンを入れて、中身をえぐりだしているのはココナッツミルクを作るためなんだろうな。
「これを飲んで待ってるにゃ」
エメルちゃんがココナッツジュースの入ったカップを渡してくれた。
食事となれば、そろそろ店じまいにした方が良いだろう。
まだまだ時間はたっぷりある。
道具を片付けて、船尾のベンチに腰を下ろしながらパイプを咥える。
かなり島から離れたようだけど、この辺りに来たことはあるんだろうか?
「トーレさん、ここはどのあたり何ですか?」
「ナギサ達が漁をする場所から少し東にゃ。魔石8つの魔道機関が2つに魔石6個の魔道機関を合わせると、かなり早く進めるにゃ」
そんなことまでやってたんだ。
まあ、いろいろ試してみれば従来のカタマランと異なった操船ができるようになるんだろう。
「これなら、故障しても帰って来れるにゃ。遠くに出掛ける時には誘って欲しいにゃ」
「バゼルさん次第ですよ」
俺の言葉を聞いて残念そうな表情をしてるけど、バゼルさん相手に駄々をこねるに違いない。
トーレさんは子供時代の心を今でも持っているんだろうな。
それも素敵なことだと思ってしまう。
夕暮れに染まる氏族の島に帰ってくると、トーレさん達がトリマランのカマドで料理を始めた。
パイプを咥えながら、船尾でオカズの竿を出す。
「こっちの甲板が大きいから、一緒の時はこっちで食事にすると言ってたにゃ。エメルに料理を教えてくれるから、ちょうど良いにゃ」
「トーレさん達の料理は何時も美味しいからね。タツミちゃんだって負けてはいないよ」
ちょっとしたリップサービスにタツミちゃんが微笑んでくれた。
やはり、自分の料理を褒めてもらえるのは女性にとって嬉しいことなのだろう。
タツミちゃんが桟橋に下りて行ったのは、バゼルさんを呼んでくるのだろう。
やがてやってきたバゼルさんは、カルダスさんまで連れてきた。
「かなり速い船のようだな。変わった動きをするが桟橋に停める時には役立つにちげえねぇ」
「俺達のカタマランで2日の距離を1日半で進めるならいろいろと便利になるだろう。ガリム達と分かれて漁に出掛掛けるなら、南東に向かったらどうだ?」
「あそこか! 岩の切れ目が長く続いているんだが、幅が無いからなぁ……。船団を率いていくには適さない場所なんだが」
2人でサディさんから受け取ったココナッツ酒を飲みながら、俺の行き先を決め始めた。
適当に出掛けてみようと思ってたんだけど、そんな場所もあるんだな。
船団には適さなくとも、2、3隻での漁なら十分に可能なんだろう。
「できれば連れて行って欲しいところですが?」
「俺は船団を率いているからなぁ。バゼルならだいじょうぶだろう。結構大きな奴がいるぞ。夜釣りはシーブルの群れに期待することだな」
底釣りは数が出ないということなのかな?
シーブルを期待するなら、青物の回遊コースになっているってことだろう。となると、シメノンだって期待できるはずだ。
「いつ出掛けます? 食料はかなり買い込んでいますから、明日にでも出かけますか」
「そうするか。明日出に出漁するつもりでいろいろと準備はできているようだ。トーレ! 明日出漁できるか?」
「だいじょうぶにゃ。ナギサ達の分まで食事を作ってあげるにゃ。でも料理はこっちで作るにゃ。カマドがゆったり作ってあるにゃ」
トーレさんの言葉に、隣のカマドの鍋をかき混ぜていたサディさんまでこっちに顔を向けて頷いている。
ゆったりしているといっても、カマドの間隔が20cmほど広がっただけなんだよなぁ。それだけでも作る側としては大きく思えるのかもしれない。
「船を作るには、嫁さん連中の意見がどうしても入るからなぁ。この船の甲板が広いこともあるんだろう。俺達の船でやると、漁に支障が出そうだ」
「それほど開いているわけではないんです。握りこぶし2つ分ぐらいなんですけどね」
「タツミの思い付きではあるまい。ナギサの考えなんだろう? 屋形側の壁に棚まであるし、あの台は普段は壁に立て掛けてあるのか……」
調理台があるだけでも便利に使えるだろう。前の船ではタツミちゃんが木箱を多用していたからね。
野菜を入れたザルを置いたり、下準備の魚をちょっと置けるだけでも便利なのだろう。
トーレさんがこのトリマランで料理をしたくなるのが嬉しく思える。
「やはり大きいといろいろと便利に使えるってことか。だからと言ってむやみに大きくしても操船が面倒だからなぁ」
「それで、魔道機関が5つってことか? 全く上位魔石様様ってことだな」
「できたにゃ!」の言葉を聞いて、甲板を広く開ける。
10人以上でも一緒に食事ができそうだ。
料理が並ぶ前に、カルダスさんが慌てて帰っていった。
「嫁さん達が夕食を作って待ってるはずにゃ。エメルの様子を見に行ったといえば、少しは小言が少なくなるかもしれないにゃ」
「相変わらずだな。だがカルダスには出来すぎた嫁達だぞ」
「中々に芯がある嫁さん達にゃ」
サディさんとバゼルさんの会話について行けそうにない。
カルダスさん夫婦の悪口ではないようだけど、ネコ族の女性に「芯のある人物」と表現される性格に悩んでしまうんだよなぁ。
トーレさんも大きな鍋を運びながら頷いているから、共通認識なんだろう。
俺には、トーレさんが芯のある人物に思えてならないが、トーレさんにしてみれば自分は極めて普通だと思っているに違いない。




