P-079 トリマランに引っ越しだ
湾内をゆっくりと南下していつもの桟橋付近に近づいたところで、今度はリアスラスタだけを使って移動する。
魔石6個の魔道機関を半ノッチにすると思いのほかゆっくりと動いてくれる。
タツミちゃんが、恐る恐るリアスラスタの向きを変える舵輪を動かしているけど、結構うまく動かしてるんだよね。
「大きいけど何とかなるにゃ」
「桟橋から2FM(6m)ぐらいに停めれば、だいじょうぶだ。前と後ろのスラスターで桟橋に付けられるからね」
タツミちゃんが前を向きながら、うんうんと頷いて聞いてる。
バゼルさんのカタマランでは3人が船尾に集まってこちらを見てるんだよなぁ。あまり緊張させないで欲しいところだ。
カタマラン1艘分ほどの距離を開けて、桟橋の横にうまく止められた。
タツミちゃんが少しほっとした表情をしている。
「次は、バウスラスターを使って、船首を桟橋に近付けるんだ。移動方向はこのレバーを使って、魔道機関の出力はこのレバーだよ」
「やってみるにゃ。少し近付ければ良いにゃ?」
「慣れるまではゆっくりやればいいさ。緩衝カゴを下ろしてあるから少しぐらい強く当たってもだいじょうぶだよ」
タツミちゃんがレバーを少し動かすと、船首がゆっくりと桟橋に移動していくのが分かる。慣性が働くからすぐにレバーを戻したけど、左側の船首が桟橋から1mほどの距離で上手く止まったみたいだ。
「上手いじゃないか! 次はリアスラスターだ。スラスターの働く向きがこの指示計の針の方向で分かるから、小さな舵輪で真横にしてから魔道機関を動かせばいい」
教えたとおりタツミちゃんが舵輪を回してリアスラスターの向きを変える。
少し出力があるけど、ゆっくり動かすなら問題はないだろう。
完全に真横に動かすことだってできるんだけど、2つのスラスターの微妙な操作がいるだろうから無理は禁物だ。
船尾が桟橋に移動すると、どうしても船首が反対側に回ろうとする。
船尾が桟橋に近づいたところで、今度は船首をもとに戻す。
めんどうだけど、どうにか2回目にリアスラスターを動かしたところで、桟橋に50cmほどに近付けることができた。
急いで船首に向かいロープを桟橋に投げる。
続いて船尾にむかくぃ同じようにロープを投げて桟橋の柱に結わえていると、船首側のロープを結んでくれているバゼルさんの姿が見えた。
「手伝っていただき、ありがとうございました」
「なに、これぐらいは皆がやっていることだ。それにしても大きいな。変わった動きをしていたから、トーレ達がはしゃいでいたぞ。全く未だに若いころのままだからなぁ」
何となく嫁さんを自慢しているようにも聞こえる言葉だけど、トーレさんとサディさんはそんな感じがする。
小母さんというよりも、近所の元気なお姉さんという感じだからね。
「大きいけど、何とか動かせるにゃ。いろいろ付いてるけど、使い方もわかってきたにゃ」
「明日は、漁をしないで近くの島を巡ってみよう。早く操船に慣れないといけないからね」
「トーレ達が行きたがるだろうな……。乗せて行ってくれないか?」
「良いですよ。タツミちゃんに助言してもらえそうですし」
さて、いよいよ引っ越しだ。
2年も経っていないけど、俺達の暮らしていた船だから思いでも多い。
次の持ち主がどんな暮らしをするのかわからないけど、いろいろ改造しているから便利に使えるんじゃないかな。
バゼルさんの船から俺達の船に渡って、荷物を運びだす。
生活用具はタツミちゃんが担当して、俺は漁具を運び出す。
やはりいろいろとあるんだよなぁ。こんなに荷物があったとはねぇ……。
銛や竿を手に何回も往復することになったけど、日が傾く頃にはどうにか一段落することができた。
船の隅々まで調べて残ったものが無いことを確認したけど、再度タツミちゃんが確かめている最中だ。
「銛の数があれほどあるとは思わなかったぞ。リードル漁の銛を含めても5本で済ませる連中がほとんどだ」
「タツミちゃんの銛だってありますからね。それに練習用の銛だって俺にとっては大事な銛です。リードル漁の銛だけで4本ですから、確かに多いと言えますけど」
「責めてるわけではない。どちらかと言えば感心している方だな。俺達にとっては同じ銛に思えるんだが……。カイト様やアオイ様はそれこそ銛の数が多かったと聞いている。獲物の大きさだけでなく、種類によっても使い分けたらしい」
汎用ではなく専用ということなんだろうな。
さすがに獲物の種類で使い分けようなんてことは思わないが、大きさでは区別している。
釣り竿は3種類になってしまったが、これは漁法がまるで違うからね。
曳き釣り用、夜釣り用、それにシメノン用だ。それ以外にオカズ用の竿が2本あるけど、タツミちゃんはあまり使ったことがない。
「漁法によってどうしても竿が異なりますからね。手釣りなら汎用性もあるんですが、俺には手釣りは向いていないようです」
「慣れれば竿を減らせるんだが、無理をすることはない。ナギサの漁果は中堅並みだ。それもあって大型にしたんだろうが、あの動きには驚いたぞ」
「たくさんレバーが付いてるにゃ。いったい魔道機関をいくつ付けたにゃ?」
引っ越しの手伝いをしながら俺達のトリマランを見てたんだろうな。
それぐらいはかまわないけど、正直に答えるべきなんだろうか?
「魔道機関を5つ乗せてるにゃ! 舵を使わないでも方向を変えられるから便利にゃ」
タツミちゃんがトーレさんに答えてくれたけど、そうなると……。
横に座ったバゼルさんに顔を向けると、俺に顔を向けていた。呆れた表情を通り越しているんだけど、やはり搭載しすぎたのかな。
「一体どこにそんなに付けたんだ! 2つで十分だろうに」
いきなり怒鳴られた。やはり酔狂が過ぎたかな。
そんなところにエメルちゃんを連れたカルダスさんがやってきたし、トーレさん達も興味深々でココナッツ酒の入ったポットを用意してきたから、詳しく話すことになってしまった。
話が終わると、トーレさん達はタツミちゃんを連れてトリマランに向かって行った。
皆嬉しそうに出掛けて行ったけど、やはり1度は操船をさせてあげないと満足してくれないだろうな。
「例の話ってことか……。トウハ氏族はタツミへの神託だと言っていたようだな。タツミをシドラ氏族に送り出したのもそれが原因だろうし、新たに仲間になった聖姿を背中に持つナギサは度々不思議な幻影を見ているようだ。
そして俺の娘も、ナギサと似た幻影を見てるってことは……、やはり起こるに違いねぇ。ナギサがその場所を確かめたいと思う気持ちは理解できるが、それにしても魔道機関を5つとはなぁ」
カルダスさんの話は、感心してるように聞こえるけど、最後は呆れてるんだよなぁ。
シドラ氏族の多くも、呆れることになるんだろうか?
「ナギサはその場所を確認するということか? ん!……妻が2人荷大型の船……、条件が揃っているぞ」
「ああ、揃っている。向かう先は東、もしくは南東だろう。北ならホクチ氏族に何らかの神託が下るだろうし、南ならナンタ氏族になるだろうからな」
「でも、直ぐには出掛けませんよ。俺もシドラの一員ですから漁をしないと暮らしに困ります。リードル漁が終えたところで、10日程の調査を行うぐらいにしたいと思ってます」
俺の話に、2人が頷いてくれた。
その都度、結果を聞きたいに違いない。何の異常も無かったと聞くだけでも安心してくれるだろう。
だけど、カルダスさん達の話では、龍神の神託は違えることがないとのことだ。
それは、確実に起きる。
俺が2人目の嫁さんを貰って大きな船を手に入れた後に……。
「様子を見に来たんだが、あれだけ大きな船なら3人で動かす方が良いだろう。今夜にでも嫁入り道具を担いでくる。このまま仲良く暮らしてくれ」
「まだ16歳になってないんじゃありませんか!」
「構うことはねぇ。長老達が『特例じゃ!』と言ってくれたぞ。婆さん連中は、カイト様も『特例じゃ』と言っていたからな」
「先例がカイト様では、誰も文句は言えんな。今後は特例が増えるんじゃないか?」
俺の抗議も、2人にはどこ吹く風だ。
流されてるなぁ……。ここにも流されてきたんだよな。更に色々と流されてしまうんだろうか?
カルダスさんが嬉しそうに桟橋を歩いて帰る姿を、バゼルさんと見送った。2人で顔を見合わせて溜息を1つ。
「あいつも、子供は可愛いのだろう。だが、ナギサの妻になるなら安心できるだろうからな」
「至って普通の男ですよ。漁の腕はまだまだ未熟です」
「フフ……。だいぶオカズになる魚が減ったと聞いたぞ。今ではたまに失敗するだけらしいな。タツミの目で見て一人前なら、シドラ氏族では十分な腕だ」
トウハ氏族は、銛の腕を誇っていると聞いたことがある。
タツミちゃんはトウハ氏族の出だから、小さいころから父さんの銛の腕を見て育ったに違いない。本人だって結構な腕だからね。
バゼルさんに俺の腕を褒めてくれたのかな? やはり継続は力ってことなんだろう。
練習がどうにか実を結んだに違いない。
「凄い船にゃ! 明日は一緒に慣らし運転に付き合うにゃ」
トーレさんとサディさんが、バゼルさんに無理を言っている。
バゼルさんが笑みを浮かべて頷いているから、バゼルさんも乗りたいってことなんだろう。
「エメルよ。カルダスがカゴを担いでくると言っていたぞ。今夜からナギサの妻になれるな」
「本当にゃ! あの大きな船なら安心して暮らせるにゃ」
エメルちゃんがタツミちゃんと一緒に飛びあがって喜んでるし、トーレさん達は笑みを浮かべて2人を見ている。
「今夜はご馳走にゃ! 商船が来てるし、買い物に出掛けるにゃ」
4人で出掛けて行ったけど、背負いカゴをトーレさんが背負ってるんだよなぁ。あれに一杯の買い物をしてくるんだろうか?
「まあ、めでたいことだ。これでシドラ氏族の中堅の仲間入りだな」
「そこまでの実力はありませんよ。それで、バゼルさん。俺達が今まで使っていたカタマランの引き取り手の方をよろしくお願いします」
「今夜にでも確認してこよう。祝いの方は早めに始めるからそれほど時間も掛かるまい」
今夜から2人の嫁さんか……。どんな暮らしになるんだろうな。
新たなトリマランは桟橋への停船に最初は苦労しそうだけど、船の前後に設けたスラスターの使い方が分かれば横にだって移動できる。
今度は操船を2人で行うことになるから、交代しながら遠方の漁にも向かるはずだ。
大きな魚を突けるんじゃないかな? 大物用の銛を明日は研いでおいた方が良さそうだ。




