P-078 俺達のトリマラン
エメルちゃんを乗せて漁に出ると、ガリムさん達が笑みを浮かべて俺達を見守ってくれていた。
さすがにザバンを下ろしての漁はしないけど、エメルちゃんもそれなりの銛の腕を持っている。素潜りで突いた魚はタツミちゃんより2匹少ないだけだし、中型のブラドをしっかりと突いてきた。
いつもより獲物が多いのは人数が増えたせいなんだろうけど、これなら十分に暮らしていけそうだ。
料理もタツミちゃんをしっかり手伝っていたからね。
夜釣りでは、急にシメノンがやってきたので俺の竿を譲ることになってしまった。
急遽手釣りで挑んではみたものの、タツミちゃん達の半分も釣れなかった。
もう1本、シメノン用の竿を作っておくことになりそうだ。
〇〇ちゃんを伴った2回目の漁が終わって島に帰ってくると、バゼルさんのカタマランが停泊していた。
隣に船を停めるのを待って、トーレさんが甲板に乗り込んできた。
「数が多ければ手伝うにゃ!」
「2人で運べるにゃ!」
タツミちゃんが断っているけど、トーレさんがタツミちゃんの肩越しに保冷庫の中身を確認しているようだ。
2つの背負いカゴに漁果を入れると、仲良く桟橋を歩いて行った。
トーレさんと一緒に見送ると、俺に顔を向けて笑みを浮かべる。
「結構獲れたみたいにゃ。十分暮らしていけるにゃ」
「何とかですよ。エメルちゃんの腕も確かですね。助かりました」
「カルダスが来てるにゃ。こっちに来るにゃ」
やはり俺達の漁が気になっていたんだろう。
ここで待つより、バゼルさんの船で待っていた方が良いかもしれないな。
「帰ったな? 2人でカゴを背負えるなら1人前だ。銀貨1枚を超える漁をあの船団でするなら十分に中堅と言えるだろう」
「エメルちゃんも一緒でしたからね。銛の腕もありますし、シメノンは俺より数を上げてます」
俺の言葉にカルダスさんが笑みを浮かべる。
末娘が一番可愛いと言われるぐらいだから、カルダスさんも気になっていたに違いない。
「早く船が来ると良いな。すでに嫁入りの準備はできてるぞ。ナギサの船が来るのを待つばかりだ」
「やはり船が小さいですからね。今回は船団の他の船と合わせてザバンを使いませんでしたが、ザバンを使えばもっと数が出たように思えます」
うんうんとカルダスさん達が頷いている。
ザバンの補助で広範囲に素潜り漁をする。それがネコ族の漁の仕方なのだろう。
シドラ氏族はトウハ氏族出身の人達が多いから、トウハ氏族の素潜り漁の影響を色濃く受け継いでいるらしい。
「すでに乾期の中頃だ。ナギサの船は4か月と聞いたぞ。そろそろやってきても良さそうに思えるんだがな」
「魔道機関は魔石8個だろう。俺達と一緒に行動できるだろうから、リードル漁までは面倒を見てあげんといかんだろうな」
「船団を率いる役目がある。まだまだ他の連中には引き継げんからな。悪いがバゼルに頼むことになりそうだ」
「航程2日程の漁場をいくつか教えてやろう。いつも船団と一緒とは限らんだろうからな」
ん? 船団はいつも行動を同じにするんではないということか?
詳しく聞いてみると、2,3隻で別行動をすることもあるらしい。
俺をのけ者にするようなことにはならないと言っていたけど、その時に出掛ける漁場を提案するだけの知識を付けてやろうということらしい。
「そういうことですか。少しずつ集団から離れていくということなんでしょうね」
「とはいえ、それができない連中もいる。腕は良いんだが漁場を決めかねる連中だな。俺が率いる船団はそんな連中だ」
筆頭は苦労するってことだな。
いつも酒を飲んでいるのは、そういうわけだったのか。
バゼルさんが氏族の筆頭をうらやむことが無いのも理解できてしまった。
「あまり愚痴を言うなよ。これから数年も続ければ長老見習いでニライカナイの船団を率いるんだからな」
「そっちの方が楽かもしれんぞ。元筆頭が3人で合議ということだからな」
「たまに大喧嘩を始める時があると、リードが言っていたそんなことをしたら長老達が嘆くだろうからな」
船団を率いる者が3人いるんだ!
各氏族の漁場の大きく離れて、母船を伴って漁をしているからだろうな。
大型の魚が多いらしく、商会ギルドも船団の動きに合わせて専用の運搬船を派遣しているらしい。
任期は3年らしいから、リードさんの代わりに誰が向かうんだろう?
氏族の将来の人材育成を兼ねているようなところもあるようだから、ガリムさん当たりが選ばれるのかもしれないな。
「こっちにナギサが来てるにゃ!」
トーレさんの大声は、桟橋を歩いてきたタツミちゃん達を見つけたらしい。
カゴを戻してバゼルさんの船に乗り込んでくると、俺の隣に2人が座った。
その姿を見てカルダスさんが笑みを浮かべている。
「大漁だったようだな?」
「銀貨1枚を超えたにゃ。父さんの言う通りの腕にゃ」
「やっていけるってことだな。帰って母さん達に教えてやれ。心配していたようだからな。準備はできているようだから、ナギサの船が島に着次第嫁入りで構わん」
うんうんと頷いて、俺達に頭を下げると手を振りながら桟橋を歩いて行った。荷物を持って行かなかったのは、またやってくるつもりなんだろうな。
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何度かエメルちゃんを連れて漁に出掛けたが、タツミちゃんとも仲良く操船をしたり魚を捌いていた。
ネコ族の女性達は皆仲が良いのかもしれないな。
一夫多妻の風習は、女性の数が圧倒的に多いことにも起因しているようだ。
漁を終えて島に帰ってきた時だった。桟橋に停泊している商船の後ろに大型のカタマランが見えた。
操船櫓の後ろにマストが突き出している。船尾方向に帆桁のような腕木を出しているのは、俺が発注したトリマランじゃないのか!
「タツミちゃん。出来たみたいだよ。あれが俺達の新しい船だ」
「あれにゃ! かなり大きいにゃ。私に操船できるかにゃ?」
「ゆっくり動かせば大丈夫さ。この船より小回りは効くからね。使い方を教えるけどタツミちゃんならすぐに動かせると思うよ」
嬉しさと不安で少し複雑な笑みを浮かべているけど、作ってしまったからには今更どうしようもない。
後は慣れるしかないだろう。
とはいっても、バウスラスターとリアスラスターが無ければ桟橋に停められそうもない感じがするな。
いつもの桟橋には、バゼルさんのカタマランが停泊していた。
その後ろに船を停めると、タツミちゃんが漁果を背負いカゴに入れ始めた。
今回は中型ばかりだけど数が出たからね。2回に分けて運ぶことになりそうだ。
「相変わらずの漁果だな。トーレ! 手伝ってやれ」
「そんなに獲れたのかにゃ? んにゃ! だいぶあるにゃ」
とコトコトやってきたトーレさんが保冷庫を除いて驚いている。
直ぐに船に戻ると自分の背負いカゴを持ってきて保冷庫の魚を入れ始めた。
「商船が引いてきた船ですが、どうやら俺が頼んだ船のようです。タツミちゃんが戻り次第引き取りに行こうと思ってますが、この場所に停めても良いんでしょうか?」
「桟橋の一番外れだから大きくても問題はあるまい。それでこの船は?」
「確か、引き取ってくれると聞きました。値段は安くてもかまいませんが、あてはあるんでしょうか?」
「作って3年も経たんからな。買いたい者は大勢いるはずだ。今夜確認してくるが、値段は金貨2枚だぞ。シドラ氏族内での取り決めだからな」
それで十分だ。
2隻は必要ないし、当座の資金にもなる。リードル漁が振るわなくとも、上位魔石の代替えに使えるだろう。
バゼルさんの船の甲板で、サディさんが入れてくれたお茶を飲みながらパイプを使う。
俺達の新しい船があの大きな船だと聞いて、サディさんが驚いて船を見ているんだよな。
「立派な船にゃ。聖姿を背に持った若者にふさわしいにゃ。慣れたら1度乗せてほしいにゃ」
「慣れるのに苦労しそうです。タツミちゃんが不安そうな顔をしてましたからね」
「アオイ様が乗っていた船を模したと聞いたぞ。タツミはナツミ様とは比べられんが、その血を引いている。すぐに自分の思い通りに動かせるようになる」
バゼルさんがナツミさんの逸話を話してくれた。
少しは脚色が入っているんだろうけど、トウハ氏族一番と言うよりも、ニライカナイで一番の操船の名手だったらしい。
「操船自慢の女達がしり込みするようなサンゴ礁を最大船速で抜けることもできたようだ。船を横滑りさせながらサンゴ礁の迷路を航行できるのだからすごい腕だな。
そのサンゴ礁は今では立派な水路ができている。自在に通り抜けられるのがナツミ様だけではなぁ……」
ナツミさんの操船の腕よりも、その水路を作ったのが神亀だということに驚いてしまった。
アオイさんの時代は神亀がアオイさん達にいろいろと協力してくれたみたいだな。
「こっちにいたにゃ。ギョキョーの小母さんが驚いていたにゃ。一緒の船団の漁果はどうにかカゴに一杯にゃ」
「それでも奴らにとっては大漁と言えるだろう。今の船を俺の船の隣に移動させてから引き取りに行ってこい」
「あの船がナギサの船にゃ! 早く引き取ってくるにゃ!」
トーレさんに急かされて、とりあえずはバゼルさんのカタマランの隣に船を移動する。
この船にも愛着はあるんだが、3人で暮らすとなればやはり少し狭いようだ。
次の持ち主は誰になるんだろう? タツミちゃんが大事にしていた船だかラ、同じように大事に乗ってくれる人達なら良いんだけどね。
「終わったにゃ! 直ぐに引き取ってくるにゃ」
「あの大きさですから、ゆっくりと持ってきます。引っ越しは明日になるかもしれません」
「早めの終わらせて少し走らせてみるにゃ。出ないと船団に付いていけないにゃ」
それもそうだ。引っ越しは今夜の内に済ませないといけないかもしれないな。
タツミちゃんが今までと同じように操船できないと、ガリムさん達と一緒に漁に出掛けられなくなってしまう。
タツミちゃんと顔を合わせて頷くと、急いで商船に向かった。
商船の店員も俺が来るのを待っていたみたいだ。すぐに契約書の確認を済ませて、金貨15枚を受け取ってくれた。
契約書に金貨15枚の支払いを受けたことを記載して、再び俺に手渡してくれる。
「これで、あのトリマランはナギサさんのものです。残金の上位魔石2個は次のリードル漁を終えた時にお渡しください」
「2か月先になるけど良いんだよね?」
念を押して確認しておく。
笑みを浮かべて頷いてくれたから問題はないってことだな。
新しい船に、ザバンで送ってくれた。やはり桟橋に停めるのは難しいと判断したんだろう。
タツミちゃんと一緒に操船櫓に上がると、タツミちゃんがレバーの多さに驚いている。
「こんなにたくさん動かせないにゃ!」
「そうでもないよ。この2つ並んだレバーと舵輪は、今までのカタマランと同じだ。右手に並んだレバーの横に絵が描いてあるだろう?
こっちは船首に付けたバウスラスターで、このレバーがスラスターの方向だ。その下がバウスラスター用魔道機関の出力レバーだよ。
その下がリアスラスターだ。小さな舵輪と指示計が付いてるだろう?
小さな舵輪でスラスターの方向が変わる。その方向がこの指示計に表示されるんだ。
バウスラスターを右手に倒して、リアスラスターの指示計を右にすれば、このトリマランは真横に移動する。
今までの船は舵を上手く使って桟橋に停めたけど、今度は桟橋近くに船を停めればスラスターだけで桟橋に停められるよ」
とりあえずはやってみようと、商船とつないだロープを解いて、船首の錨を引き上げた。
舷側には5つの干渉用のカゴが下げられているから、このまま桟橋に向かっても問題はないだろう。
先ずは方向を変えてみるか。
バウスラスターを使うと、その場でゆっくりと回頭が始まった。
タツミちゃんが目を丸くして俺の操船を見ているけど、これがバウスラスターの利点なんだよね。
桟橋でも何が始まったのかと、足を止めてみている人もいるみたいだ。




