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P-075 幻影を見た少女


 カップに砂糖を入れて飲むということを知って、トーレさんは美味しそうに飲んでいた。

 前に飲んだ時には、煮だしたコーヒーをそのまま飲んでいたらしいからね。少しは口当たりも良くなったに違いない。

 とはいえ、「また、ご馳走してもらうにゃ!」と言っていたから、自分で作ろうとは思わないみたいだな。

 確かにお茶に比べて面倒ではあるんだよねぇ。


「たぶん明日になればガリムが伝えるだろうが、お前たちは北西の漁場に向かうようだ。かなり広範囲にシメノンの群れが確認されている」

「シメノン釣りですか! でも、他の船団も向かうんじゃありませんか?」


「そこは漁場を変えることで了解が得られている。同じ氏族同士で諍いを起こすことなどもってのほかだ」


 航程と、少し方角を変えるだけで数か所の漁場になるそうだ。1度出掛ければ、次は他の船団に譲ることで調整を図ったんだろうな。

 長老はかつての筆頭漁師だったらしいから、その辺りの采配には誰も逆らわないようだ。


「夜釣りにも期待できるんでしょうか?」

「少し深い場所にサンゴが繁茂しているぞ。とはいえ、海底は砂地だから上手く投錨するんだな」


 かなり潮通しが良いってことかな?

 となると、シメノンどころかシーブルも狙えそうだ。


 翌日。甲板で3本針の胴付き仕掛けを作っていると、ガリナムさんがやってきた。

 友人と一緒だから、タツミちゃんにお茶を用意してもらう。


「明日の予定だが、夜明けとともに北西の漁場に向かう。日が傾く頃には漁場に着くから、延縄を流せるかもしれないぞ。今度はシメノンの群れが来るかもしれない。準備はしておいた方が良いんだが……。ナギサは何時でも準備してるんだったな」

「餌木を付けたリール竿を屋形に立て掛けておくだけですよ。それでも直ぐに竿を変えられますからね」


「専用のリール竿を作ってたのか! その考えはなかったな」

「手釣りならば、ザルに入れてベンチの中に置いておくだけで十分だと思いますよ。生憎と手釣りの腕が無いんでリール竿を使っているだけです」


 ガリムさんが友人と顔を見合わせてため息を吐いている。

 おかしな話だったのかな?


「明り謙遜は良くないぞ。俺達の船団ではガリムを超える漁果を上げてるんだからな。ガリムが頑張るわけだが、本人には自覚がないときてる」

「乾期が来たら、上の船団にナギサを移動しようという話になってるんだ。腕の良い何隻かが同行して、新たにカタマランを手に入れた連中が俺のところにやってくる」


 まだ1年ちょっとしか経っていないように思えるんだけど、次の船団は誰が筆頭なんだろうな。

 気にはなるけど、バゼルさんがその内に教えてくれるだろう。


「いろいろとお世話になりましたが、それでもまだしばらくは一緒に漁ができますね」

「あまり教えることがなかったけど、ナギサと一緒に漁ができて楽しかったぞ。次のカタマランを手に入れる前に、ナギサが付いたケオを超える奴を何とか突きたいんだがなぁ……」


「その前に、1日でフルンネを3匹突けるようにするのが先なんじゃないか? 」俺達の間でも、少し腕が鈍ってると言われてるぞ」


 友人の言葉にガリムさんが頭をかいて苦笑いをしている。

 本人も自分の焦りに気が付いているんだろう。筆頭の重圧というやつかもしれないな。友人連中には、そんなプレッシャーがないからね。


 ガリムさん達が帰ったところで、商船に向かう。

 果たしてパーコレーターは、きちんと出来上がってるんだろうか?


 商船の店内に入ると、昨日の店員が俺を見つけて2階に案内してくれた。

 少し待っていると、コーヒーを入れたカップをトレイに載せたお姉さんと一緒に店員が入ってきた。


「これがお望みの品です。2個作って試しにコフィを作ってみました。中々良い具合にできますよ。これもその器具で作ったコフィです」


 パーコレーターを見る前に、コーヒーを一口飲んでみる。

 俺には丁度良い感じだ。苦味が何とも言えないな。砂糖が無いのが残念だけど、それは人それぞれだからね。


「これが出来るなら十分です。ありがたく頂きますけど、本当にタダで良いんですか?」

「もちろんです。親方も満足していますよ。『寝る前は酒だが、起きたらこれが一番だ!』と言ってましたし、船長はカフィを毎日飲むんですが、これは別物だと絶賛してくれました」


「案外、賑やかな街で専門店を出したら繁盛するかもしれませんね」

 

 俺の一言に、若い店員が目を大きく見開いた。

 新たな商機を感じたんだろうか?

 しゃれた喫茶店なら客層も良いと思うし、それなりに評判になると思うんだけどねぇ。

 

 店員に礼を言って品物を受け取ったけど、俺のことなど眼中にない雰囲気だ。

 すでに頭の中には喫茶店の構想がぐるぐると巡っているのだろう。


 ネコ族の間で広がるか微妙だけど、好む連中がいたならギョキョーの隣に喫茶店を開くのも良さそうに思える。

 漁ができなくなったら、タツミちゃんと初めても良さそうだ。


 カタマランに戻ると、明日の準備を始める。

 シメノン狙いの漁になりそうな気がするけど、雨期だからなぁ……。

 延縄の仕掛けをもう1つ作っておくか。

 少し枝針の長さを短いものを作っておこう。漁場によって水深がまちまちだから、今までの仕掛けだと場所を選んで流していたからね。


 バゼルさん達も明日に出発するらしい。

 今度は南に2日と言っていたから、大型のカタマランを持った人達は遠くにまで出かけるようだ。

 雨期明けのリードル漁が終われば次のカタマラン、いやトリマランの発注に備えて商船のドワーフと相談するつもりでいるのだが、俺とタツミちゃんで大型カタマランに同行できるんだろうか?


「やってるな! 延縄はすでに持っているだろうに?」


 甲板に乗り込んできたのはバゼルさんとカルダスさんだった。

 シドラ氏族筆頭が、俺のところにやってくる理由がわからないんだけどなぁ。

 桟橋を隣のカタマランから走ってきたのはタツミちゃんだ。

 カルダスさんに軽く頭を下げて屋形の中に入っていった。


「2つ作ってはあるんですが、少し枝針のハリスが長いんで、短い仕掛けを作ってたんです。俺の身長もありませんから、これならサンゴの上を流せます」

「そういうことか。まあ、結果は教えてくれよ。俺達の仕掛けは身長よりは長いからな。たまにサンゴに引っ掛かるのは、よく聞く話でもあるんだ」


 タツミちゃんが俺にココナッツを放ってくれた。

 割って欲しいのかな? ポットに蒸留酒を入れてるからココナッツ酒を造るのだろう。

 俺が鉈を振るう姿を見て、バゼルさんが両手を差し出した。

 見ていられなかったんだろう。あまりやってないからねぇ。隣のカルダスさんが苦笑いで俺達を見ている。


「そのうち慣れるだろうよ」

「漁の腕それなりだが、生活が少しなぁ」


 仕方がない話だ。少しはできるんだけど、結構失敗も多い。

 タツミちゃんがたまに唖然とした表情をしていたけど、かなり不器用な人間だと思っていたに違いない。


「2つ先のリードル漁で、次の船を作るという話を聞いてやってきたんだ」

「聖痕の持ち主なら嫁になりたい娘はすぐにでも集まるだろう。だが聖姿となると……」


「アキロン様は、最後までナディ様と2人だった。そしてあの事件だからなぁ。娘達が足を踏み出すだけの思いが無いのも困ったものだ」

 アキロンさんが老衰で亡くなった時の出来事は、まるで神話のようだったらしいとトーレさんが言ってたからなぁ。その光景を見たのはトーレさんのお母さんらしい。

 トーレさんに詳しく話してくれたみたいだ。


「長老がカヌイの婆様に相談する始末だ。まあ、分からなくもねぇ。俺が長老ならもっと先に相談に行ってたはずだ」

「まさか俺の2人目の嫁さんを相談事で決めたと!」


 それって親が決めるような話じゃないように思えるんだけどなぁ。一番大事なのは本人同士の思いじゃないのか?

 

「いや、無理やり決めるわけじゃねぇ。カヌイの婆様達もアキロン様の前例を知っているし、トウハ氏族のカヌイの婆様の位置にしばらくナツミ様がいたからな。

 アキロン様とナディ様のことはあらかじめ婆様達に知らせてくれたようだ。あの怪異にも婆様達は驚かずに、その後の混乱を治めてくれたと聞いている」


 ナツミさんの予言ということなんだろうか。

 俺と同じく向こうの世界から来た人間のはずだ。予言者ではないと思うんだが……。

 待てよ、俺がたまに見るあの幻影と同じかもしれない。

 女性だということもあるんだろう、もっと鮮明な映像を目にしていた可能性もありそうだ。


「婆様達が龍神に祈りを捧げてくれたようだ。そして、1人の娘が婆様達のところに現れた」

「不思議な夢を見たらしい。泡立つ海の上を3つ並んだ舟艇を持つ船に乗っていたらしい。2日続けて同じ夢を見たことから怖くなって婆様達を訪ねたらしいのだ」


 やはりこの世界には神がいるんだろう。

 その娘さんが見た光景は、俺が幻影としてみた光景と同じものに違いない。


「婆様達は、笑みを浮かべて頷きあってたそうだ。祈りが通じたということになるんだろうな。その理由を聞かせて娘を納得させたらしい。

 2隻目の船を手に入れたら、すぐにナギサに娶らせるからな。俺の末の娘、エメルをな」


 カルダスさんの末娘だって!

 バゼルさんが同行してくるわけだ。

 

「エメルなら良く知ってるにゃ。おとなしい娘にゃ」

「一応、仕込んであるから今からでも構わんが、船が小さいからなぁ。それに今年15歳だから2つ先のリードル漁が終わってからなら都合も良い」


 ネコ族の成人は16歳だった。

 タツミちゃんはその前から来てたけど、あまりしきたりを破るのも問題だろう。

 

「雨期が明けたらたまに漁に連れて行ってくれ。島の住人なら幼いころから知っているだろうが、ナギサはちょっと異なるからな。

 それと、長老、いや俺も嬉しいところだ。ナギサもタツミもこの島で生まれたわけではないからな。同じシドラ氏族ではあるが、中にはそれを気にする連中もいる。表立って言葉にしなければ、それはあきらめるしかねぇことだ」


 しかし、俺にはちょっとわだかまりがあるんだよなぁ。

 そんなことで2人目の嫁さんを選んで良いんだろうか?

 タツミちゃんは嬉しそうに目を輝かせているんだけど……。


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