P-072 魔道機関が多くなりそうだ
やがて雨期がやってきた。
雨期の前にリードル漁を行って、上位魔石を3つに中位魔石を4つ、それに低位魔石を12個手に入れる。
シドラ氏族の他の連中が手にした魔石は、中位魔石を数個に低位魔石を十数個というところだから、上位魔石を俺が得られることは大きなアドバンテージになる。
氏族とトーレさん達に低位魔石を渡して、残りをタツミちゃんがギョキョーのセリに任せたみたいだ。
セリで得た金貨は別にして、残りの銀貨をタツミちゃんが皮袋に入れて保管している。
俺にも数枚渡してくれたから、漁具の修理に使えばいい。
「これで金貨が9枚になったにゃ。銀貨もたくさんあるから中型船は作れるにゃ」
「金貨15枚になったところで次の船を頼もうよ。少し改造したいし、タツミちゃんだって要望があるんじゃないか?」
「少しずつまとめてあるにゃ。でも全部付けることはできないと思うにゃ」
「そこは2人で相談しよう。場合によっては俺の考えとぶつかってしまいそうだからね」
時間はたっぷりある。
アオイさんの船を作った商船も分かったから、俺達の意を汲んでくれるに違いない。
それにしても、トリマランとはねぇ……。
喫水を浅くしたかったのかな? 大型化したら操船が難しくなりそうだし、桟橋への着岸や離岸だって難しそうだ。
待てよ……。
離着岸や漁場での繊細な操船を容易にする手段があった。確か……、バウ・スラスターとかいう船体を横に動かすスクリューがあったはずだ。
アオイさん達のことだ。バウどころかリアにも付けたんじゃないか?
リアのスクリューは横だけでなく自在に動かせるなら、漁場の位置決めや、延縄の取り込みにも利用できそうだ。
それに、左右のスクリューに向きを合わせれば、船の速度も上げられそうだな。
2つの大型魔道機関にバウスラスター、船尾に設ける可動式のスラスターとロクロを動かす魔道機関……全部で5つも魔道機関が搭載されるのか。
確かに大型になってしまうし、トリマランにしたことも理解できるな。
「次の船は、真ん中にもう1隻の船を付けるよ。バゼルさんの船より大きくなるけど、操船は今よりも簡単にできるようにするからね」
「大きくなるほど難しくなると、母さんが言ってたにゃ」
「アオイさん達の船に似せるつもりだ。最初は戸惑うかもしれないけどね」
アオイさんという言葉を聞いて、タツミちゃんがちょっと目を大きくした。
いろいろな逸話がトウハ氏族の中で伝わっているのかな?
バゼルさんの話では、いろいろと船を作ったらしいからね。でも最後は普通の中型船を作って3人で漁をしていたらしい。
やるべきことをやったということなんだろうな。
最後は原点に戻るんだから、周囲の連中も納得できたんだろう。
海面に浮上するなんてバゼルさんが言ってたけど、木造で水中翼船をよくも作れたと感心してしまう。
「かなり大きくなるのかにゃ?」
「全長で50FM(15ⅿ)ぐらいになるかもしれない。バゼルさんの船は40FMだったよね」
「10FM(3m)も長くなるにゃ!」
その分、甲板を広げられるだろう。屋形も大きくできるに違いない。
雨期は館の中にいることが多いんだから、広い方が良いと思うな。
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雨期の漁は曳き釣りと延縄が主流になるが、晴れているなら素潜りだってできる。
新たに作った銛を、柄の太さと同じ位の30cmほどの竹筒に差し込んで使ってみると、竹筒できちんと狙った先に銛が飛び出していく。
手で握るよりは遥かに狙いが正確だ。タツミちゃんにも作ってあげたら、すぐに使いこなして大きなブラドを突いてきた。
「まっすぐに銛が進むにゃ!」
「ガリムさん達にも教えてあげよう。ガリムさん達なら今までの方法でも十分だろうけど、狙い通りに銛が伸びるから少し距離を取れると思うよ」
あまり銛先を近付けると魚が逃げてしまう。その辺りは漁師と魚とのかけひきになるんだろうけど、たとえ10cmでも離れて銛を打てるなら精神的にも楽になるだろうな。
ガリムさんが俺達を率いていく漁場は、いつも魚が豊富だ。
氏族の島に近い場所は、俺達初心者用にバゼルさん達も漁を控えてくれるのだろう。
それともあまり大物がいないから、魅力がないのかな。
たまにやってくるフルンネも1mを超える程度だ。多くは50cm程度のブラドになってしまう。
「今日はこれでおしまいにするにゃ!」
昼を過ぎたところで、素潜りを止める。
タツミちゃんはお昼寝を楽しみ、俺は夜釣りに備えて準備を始める。
早めに終わらせて、オカズのカマルを釣りたいところだ。オカズにはもちろんだが、やはり新鮮な切り身の方が魚の食いつきが良いからね。
数匹目のカマルを釣り上げた時だった。
突然、脳裏に不思議な情景が浮かび上がる。
一面に泡立つ海域に俺達3人が唖然として見入ってる。
タツミちゃんが神亀の甲羅を見失わないように操船をしているのだが、いつもと操船の感覚が異なるらしい。
何度も、手元を見ながらの操船だ。
泡立つ海水が操船の邪魔をするのだろうか……。ふと船尾を見ると、船尾の板が外れていた。そこから見る海面に位置がいつもと違って、近くに見える。
喫水が上がっているのだろうか?
あまり長く痛くはないのだが、神亀はさらに泡立つ海域へと俺達を案内しているようだ……。
「どうしたにゃ?」
突然の声に後ろを振り返ると、心配そうな顔をしたタツミちゃんが俺を見ていた。
さっきのは幻影だったのか……。
ひょっとして、近くに神亀がいるのだろうか?
辺りを眺めていると、遠くの島影に何かが浮かんでいた。
「あれって、なんだろうね?」
「……神亀にゃ! 私達を遠くから見守ってくれてるにゃ」
タツミちゃんが手を合わせて頭を下げている。
神亀は龍神の眷属ということだ。俺も軽く頭を下げる。
タツミちゃんが思い出したように屋形の中に入ると、カップ1杯のワインを持って出てきた。
神亀の見える方角の海にワインを注いで、もう1度祈りを捧げている。
「今夜は豊漁にゃ! 直ぐに夕食を作るにゃ」
早めに夜釣りを始めるってことかな?
手伝えることはないから、すぐに夜釣りができるように準備だけはしておこう。もう1度仕掛けを確認して、釣り針を軽く研ぐ。
餌木を付けたリール竿も用意はできているけど、餌木の針はあまり研いでいないことを思い出した。
まだまだ夕食には間があるから、のんびり研いで時間を潰そう。
まだ夕暮れに間がある時間帯だけど、俺達の夕食が始まる。
雨期の最中なんだが、今日は雨は降らないみたいだな。西の空には雲が全くない。
「今日は晴れてくれたけど、明日はどうなるかわからないね」
「たぶん雨にゃ。雨期には晴れが2日続くことがないにゃ」
そうなのかな? 俺には明日も良い天気に思えるんだけどね。
夕食が終わりお茶を飲んでいると、西の空が赤く染まってきた。
30分も経たぬうちに日没になるだろう。急いで2つのランプに光球を入れて、いつもの場所に吊り下げる。
パイプに火を点けて、雄大な景色を眺めながら残ったお茶を頂いた。
日が落ちたところで、夜釣りを始める。
昼に釣り上げたカマル3匹の切り身が餌だ。釣り針にチョン掛けしたところで、仕掛けを投げ入れる。
糸ふけが出たところで急いで棚を取り、竿先を動かして魚を誘う。
昼の海底にはブラドが沢山いたんだが、初めに掛かるのは何だろう?
夜釣りの1番の楽しみなんだよね。枝針の間隔が広いから、底物から中層まで狙える。
五目釣りになってしまうけど、いろんな魚と出会えるのが面白いところだ。
「掛ったにゃ!」
右舷で釣りをしていたタツミちゃんの竿が大きくしなっている。
必死に竿を抑えているから大物みたいだな。道糸が沖に向かって走る様子がないところを見ると底物なんだろうが……。
やがて、リールで道糸を巻き取り始めた。魚の体力が尽きたのだろう。
釣り竿の根元から伸びた紐がベンチの足に結ばれていることを確認して、竿を置くとタモ網を手にタツミちゃんの傍に向かった。
「大物みたいだね?」
「私が釣られそうだったにゃ! でも何とかこらえたにゃ」
笑みを浮かべて教えてくれたけど、さて相手は何だろう?
タモ網を海中に沈めて、魚が上がってくるのを待つ。
やがて見えてきたのは、黒い姿だった。
まだ体力を温存してるのかな?
俺が沈めたタモ網に魚がゆらりと入ったところを、すかさず引き上げる。
バタバタともがいているけど、甲板に投げ出したところをタツミちゃんが棍棒でポカリ! 良い音がするんだよなぁ。
「バヌトスにゃ。2YM(60cm)近いにゃ」
「底物は中々体力が尽きないからね。頑張ったね!」
「次も大物を釣るにゃ!」
獲物を保冷庫にそのままいれたのは、まとめて捌くつもりのようだ。
俺も頑張らないと……。
不思議なことに、その夜は俺の2倍ほどタツミちゃんが釣り上げた。
場所が良かったのかな?
明日の夜は頑張らないと、俺の立場が微妙なものになりかねない。
「それにしても、タツミちゃんは釣りが上手いね」
「たまたまにゃ。ナギサが作ってくれた仕掛けも良い感じにゃ。今日は下針ばかり掛かってたにゃ」
中層を泳いでいた魚が、少なかったということだろうか?
底物より中層を泳ぐ魚の方が値が良いから、どうしても中層に棚を合わせてしまうようだ。
その点タツミちゃんは、夜釣りの定石ともいえる底物狙いを続けていたのだろう。
やはり物事に常識はあるんだろうな。
中層魚を大量に釣ろうなんて考えは、邪道なのかもしれない。
明日は、棚を下げて底物を狙っていこう。上針の位置はかなり上なんだから、中層を群れる魚が来れば食いついてくるに違いない。
捌き終えた魚の開きをザルに並べて甲板に並べる。
雨期の一夜干しはあまりやらないようなんだが、今のところは星空だ。
寝ている間に急な雨になっても困るから、帆布のタープを張っておく。
そういえば、ここにきてから横殴りの雨にあったことがないんだよな。いつも真上から滝のように降ってくる。
タープの下なら雨に当たることも無いだろう。
念のためにベンチと木箱で甲板から上にあげておいたから水浸しになることも避けられるだろう。
ワインをカップに1杯頂いて、これからのことを話し合う。
話題は、どうしても次の船になってしまうんだよなぁ。
タツミちゃんが作ったリストを読み上げてくれたけど、タツミちゃんなりにいろいろと考えているようだ。ランプを帆柱に掲げるのも、帆柱に滑車を付けて、下から上げられるようにするのは俺も賛成だな。
「ナギサのカヌーならカタマランからの上げ下ろしが格段に楽にゃ。この間のリードル漁でバザンの上げ下ろしに苦労したにゃ」
「だよなぁ……。できれば屋形の横に吊り下げることでも良いのかもしれない。少し考えてみるよ」
パイプの灰を煙草盆の金具でかきとると、残ったワインを飲みこんで2人で屋形に入る。
今日の仕事は全て終わった。
明日も一日忙しいんだろうな。




