P-070 聖痕の保持者
「ナギサの収入は別として、オルバス達の船団の収入は最低でも80デルを越えている。俺が率いた連中で一番少なかったのは50デルをどうにか超えた感じだな」
「次は逆にすることになるだろうが、どこに向かうんだ?」
「今夜長老と相談だ。それにしても真珠を手に入れたとはなぁ……。やはり、聖姿の加護は半端じゃないってことなんだろう」
翌日の昼過ぎに、ガリムさん達の集まりに加わって漁を振り返ることになった。
ヤシの木陰に集まった数人の中に加わるのは少し早い気もするんだが、ガリナムさんが是非にと俺のところまでやってきたからね。
ガリムさんの立場を考えて、彼に従って来たんだが……。
「ブラドが多かったな。目移りするほどだったが、夜釣りはバヌトスばかりだった」
「仕掛けが悪いんじゃないのか? ナギサは同じ海域でシーブルをたくさん上げてるぞ?」
夜釣りの仕掛けは向こうの世界で言う胴付き仕掛けだ。仕掛けの先端に意思の重りを木綿糸で結び、2m近い道糸の中間に2本から3本の枝針を30cmほど出す。
バヌトスばかりと言っていた男性の仕掛けを聞いてみると、やはり俺とは少し違っているな。
仕掛けの下に付ける木綿糸の長さが15cmほどだし、途中の枝張りの間隔は40cmほどで、枝針のハリスの長さも20cmほどのようだ。それで、3本の枝針を出しているらしい。
「俺達は2本なんだが、3本使っているのか!」
「俺なりの工夫だが、それほど変わらないな。それで、ナギサの仕掛けは?」
「仕掛けの長さは同じ位です。3つほど違いがありますね。1つ目は重りの木綿糸の長さで俺の場合はこのパイプほどの長さにしてます。2つ目は枝張りの長さです。やはりこのパイプの長さぐらいありますよ。3つめなんですが、俺の仕掛けは3種類あるんです。
1つ目は枝張りを仕掛けの先端からハリスの長さに程の箇所に下針を結んで、2YM(ヤム:60cm)ほど上に上針を結びます。狙いはバヌトスにブラドですね。
次は3本針の仕掛けです。今度は下針から1YN半(45cm)おきに2つの枝針を付けます。これは素潜り時にバルタック(イシダイ)を見掛けた時に使います。
最後の仕掛けは、2本バリですが下針と上針の間隔を5YM(1.5m)にしてます。シーブルを釣り上げたのはこの仕掛けです」
数人が俺の話を聞いて顔を見合わせている。魚に合わせて仕掛けを作るなんてことをしなかったんだろうか?
「全く驚かされるな。漁場に合わせて仕掛けを変えているのか……。場合によっては嫁さんと仕掛けを変えて様子を見ることもできるわけだ」
「ハリスの長さが長いと絡まらないか?」
「そこは仕掛けを投入する仕方でどうにでもなるぞ。少し沖に投げ込めば良いんだ」
作ってみるのかな?
明日も休養だから丁度良い暇つぶしになるんじゃないかな。
「ナギサの3本バリを作ってみよう。さすがに5YMに間隔を開けるのは度胸がいるな。だが実績もあるようだ」
「明日は休みだし、商船だっているんだからな。俺は3種類を作ってみるつもりだ」
「なら、ヒヨッコ達にも教えてやらんといけないぞ。それはベネルト、やってくれるか?」
「ガリムに教わったら今より酷い仕掛けになりそうだからなぁ。了解だ。今日中に教えてやろう」
ココナッツを割ってジュースを飲みながら、パイプを楽しみながら漁の仕方を話し合う。こんな集まりが何カ所かで行われているようだ。
嫁さん達も似たような集まりを持っているのかもしれない。
タツミちゃんも誘われているのだろうか? シドラ氏族に生まれたわけでは無く、トウハ氏族の出なんだけど、この島にも知り合いはいるのだろう。
トーレさんもトウハ氏族の出らしいから、同じ年頃の娘さんを紹介してあげたかもしれないな。
「しかし、大きなケオだったな。無理やりに一夜干しにしていたようだが、あんなのを屋根に干したのか?」
「口からエラにロープを通して、帆桁の滑車のフックに引っ掛けたんですよ。あれより大きな魚もいるんでしょうけど、そうなると銛がリードル漁の銛になってしまいます。あれと今使っている銛の中間が欲しいですね。それとオカズ用の銛の柄を少し長くしようかと……」
「カイト様やアオイ様はいろんな種類の銛を持っていたそうだ。相手に合わせて銛を作っていったらしいが、俺達はリードル漁の銛を省けば、先端が外れる銛と外れない銛の2種類になってしまうな」
うんうんとガリムさんの話に回りの連中が頷いている。
60cmほどまでを狙う銛と、それ以上の魚を突く銛ということなんだろう。
だが、ガリムさん達の銛を使って、あのケオが獲れただろうか?
突けるだろうが、引き上げるのは難しそうに思えるんだよなぁ……。
「ナギサはこれぐらいの魚なら、あの変わった仕掛けで突くんだろう?」
オルバスさんが両手を使って長さを示したくれた。およそ50cmと言うところだな。
「そうなりますね。とはいえ事前の手間がありますから、今はオカズ用の銛で狙った場所に銛を突く練習をしてます。今日も朝方やってきたんですが……、タツミちゃんが良いオカズができたと言ってましたから、まだまだですね」
「その内に上手く突けるようになるさ。何て言ったって背中の聖姿が後押ししてくれるんだ。頑張れよ!」
オルバスさんの励ましに、皆が笑みを浮かべている。
漁果を誇ることなく、いまだに初心者用の銛で練習していることに好感を持ってくれたのかな?
「あいつらにも教えてやろう。俺達の船団で一番の稼ぎ頭は、いまだに子供用の銛でオカズを突いているとな。それを笑う様なら伸びしろは無さそうだが、昔の銛を研ぐようなら期待できそうだ」
「ああ、そうだな。それぐらいの気持ちを持って欲しいところだが、そろそろお開きにしよう。ベネルト、頼んだぞ!」
それぞれ自分の船に帰っていくようだが、ベネルトさんだけは小さなカタマランがt流れている桟橋へと歩いて行った。
俺もあの場所に留めるべきなんだろうか? バゼルさんは隣が空いていると教えてくれたんだが……。
商船に出掛けて、店員に銛先を見せて貰う。
60cmぐらいまでの魚を突く銛なんだが、いざ銛先を見ると迷いが出るな。
銛先の開きやシャフトのシャフトの長さが色々とあるようだ。
しばらく悩み抜いて、シャフトに長さが45cmほどで銛先の開きが中指の先ほどの物を選んだ。シャフトの太さは5mmを越えていそうだ。これなら曲がることは無いだろう。
シャフトの根元に穴が2個空いている。これは絵から外れないように紐を通す穴のようだ。紐よりは確実だろうと、銅の針金を2m程買い込むことにした。
銛の柄に付ける金具に、接合部に巻き付ける太い木綿糸に接着剤、それとガムを4本購入して、銀貨2枚を支払う。
タバコの包を3つ買い足して、炭焼きの老人達のところに向かう。
今度は、柄を手に入れなければならない。
「こんにちは!」
「誰かと思ったら、噂の本人じゃな? だいぶ大きなケオを突いたのう。あの大きさはワシも初めて見たわい」
「さすがは聖姿を背負う者じゃな。ワシも10年若ければあれぐらいは突けたと思うんじゃが……」
「無理無理……。お前さんが突いた一番大きな奴はフルンネじゃったな。3YM(90cm)だと覚えておるが?」
「後3年も泳いでいれば4YN(1.2m)にはなったわい!」
そんな話で賑わっている。中が良いんだか悪いんだか……。まあ、悪友同士ということになるんだろうな。
「大きな奴は何とか突けるんですが、漁で暮らす以上は2YM(60cm)ほどの魚を突く方が良い漁師だと俺は思ってます。前に頂いたオカズ用の銛を使ってるんですが、やはりもう少し大きい方が良いと思いまして」
「なるほどのう。少年達が使う銛では大物は突けんわい。待ってなよ」
老人が持って来たのは長さ2.4m程で太さが2.5cmほどの銛の柄だ。
何度か炙って曲がりを直した跡がある。
「頂いてよろしいんですか?」
「お前さんが使ってくれるなら、ワシも嬉しいよ。シドラ氏族の良い漁師になってくれよ」
お金を渡そうとしてもガンとして受け取らないんだよなぁ……。いつものように、タバコの包を2つ置いて炭焼き小屋を後にした。
カタマランに帰ってくると、タツミちゃんの姿が見えない。
俺と同じように、友人のところに出掛けたのかな?
ココナッツを割ってジュースを飲みながら、貰った柄の長さをどうするか考える。
オカズ用の銛は1.8mぐらいだし、大物用の銛は2.4mほどだ。となれば、2.1mにするか。
カタマランを購入した時に、合わせて買い込んだ大工道具のノコギリを使って柄の片側を2つに割っていく。
銛の柄が入るんだから15cmは斬り込みを入れなければならない。更に、柄の抜け止め用の穴もあける必要があるんだよなぁ。
先は長いけど、暇つぶしには丁度良いし、きちんと作ればいつまでも使えるだろう。
慎重に作業を進めるから、気疲れしてしまう。
道具を置いてパイプに火を点ける。
いつの間にか覚えてしまったが、あまり使うと素潜りに支障が出ないとも限らない。
何時もパイプを咥えている男達もいるようだけどね。
「銛を作ってるのか? この間も銛を作っていたが」
「あれはオカズ用の銛ですよ。これは2日目に使う銛です。俺の銛も良いんですが、先端が外れますから数を出すには少し……」
「片付けて俺の舟に来い。カルダス達も来ている」
氏族筆頭だからなぁ。漁師の地位的には雲泥の差があるんだが、バゼルさんの船の隣に停泊しているからなんだろうか?
意外と息子のガリムさんより俺と会う方が多いようなきがするな。
片付けを終えたところで、バゼルさんの船に向かう。
俺を見付けたバゼルさんが隣に来るように、手で甲板をトントンと叩いている。
座った途端に、カルダスさんが並々とココナッツ酒を注いだカップを渡してくれた。
これで明日は朝食が食べられなくなりそうだ。
「こいつがナギサだ。シドラ氏族の名をニライカナイに掲げてくれるに違いない」
「初めてだな。オウミ氏族のレイネイと言う」
違う氏族からやってきたみたいだ。
それなら俺を紹介する必要も無いと思ったんだが、握手しようと男が伸ばしてくた右手を見て驚いた。
腕に何かが埋まっている。
白い水晶のような代物がしっかりと埋まっていたのだ。




