P-064 船団を2つに分ける?
一夜干し用のカゴを2個背中に背負いながら帰ってくると、バゼルさんに呼び止められた。
バゼルさんの甲板にはカルダスさんとガリムさんまでいるようだ。急いでザルを自分の船の屋根裏に押し込んで戻ることにした。
「大漁だったようだな」
そう言いながらカップを俺に渡してくれたんだけど、ジュースということはなさそうだ。あまり飲まないようにしないと、次の漁の準備が出来なくなってしまいかねない。
「トーレの話では背負いカゴに3つ半ということらしい。2日の漁では俺達をはるかに凌ぐ」
「たとえ西の漁場でしばらく誰も漁をしていないとは言え、少し多かったでは説明がつかん。ガリム達11隻の漁果は、確かに予想よりは多いことは確かなんだが……」
「ナギサほどではないが、2隻ほど抜きんでていたな。話を聞くとナギサの船に近かったらしいんだが……」
「俺も、その理由が知りたくてやってきたんだ。あの海域にそれほど違いがあるとは思えないからな。だが、ナギサの漁果は俺の2倍近い」
ガリムさんまでやってきたのは、そういうことか。
2倍近くも漁果に差が出るとなれば、筆頭としても原因を確認したいということなんだろう。
それが分かれば、次の漁に生かせると考えたに違いない。
3人の視線が俺にずっと向いたままなんだよなぁ。
俺にもはっきりとした原因はわからないが、一番大きいのは最後の夕暮れ時のことなんじゃないか?
「2日の漁ですから、初日は水中銃を使って魚を突き、夜は根魚を狙いました。初日の漁果はタツミちゃんのおかげで、まあまあの成果だったと思います。
2日目は、水中銃を銛に換えての素潜りです。少しオカズが増えましたけど、少しずつ上手くなっているようです。とはいえ、突いた数はタツミちゃん並みなのは仕方がありません。
早めに素潜りを終えて夜釣りの準備をしていた時です。
南に神亀を見つけました。甲羅だけの姿ですが、双眼鏡で確認しましたから間違いなく神亀です。
俺達の船に近づいているようにも見えましたが、夕暮れが始まるころには海中に姿を消しました。
神亀にカップ1杯のワインを捧げて夜釣りを始めたんですが、すぐにシメノンの大群に出会いましたから、漁果があのような結果となりました」
「なるほど、神亀のご利益ってことか! それならあの漁果も納得できる」
「それほどのご利益なのか?」
「ああ、どの氏族に行ってもそのご利益について否を唱える奴はいないだろうよ。『神亀は豊漁をもたらす』ということだな。
ナギサがワインを捧げるのは、タツミの仕業だろう。トウハ氏族の神亀への祈りだな。俺達もその流れを汲んでいるんだから、ガリムも神亀を見たらそうするんだぞ」
「前に見た時は、驚いてしまって直ぐに島に戻ったんだが、そのままそこで漁をしたなら大漁になってたということか?」
「間違いない。とんでもないほどの漁になったはずだ」
がっかりした顔つきのガリムさんと、嬉しそうな顔で頷いているバゼルさん達の表情が対照的だ。
「長老への報告はきちんとするんだぞ。しばらく漁をしなかった漁場に魚が戻ったことは確かなようだ。
神亀のご利益は俺から話せばいいか?」
「そうだな。他の連中にも知らせた方が良いだろう。神亀が氏族の漁場近くを回遊しているなら見る機会もあるはずだ。ナギサの漁果は聞かれたら答えることで十分だろう。あまり期待させるのも問題だろうし、初日のシメノンの数もそれなりに多いことは確かだ。いつシメノンが現れても良いように準備していたからこそ、あの漁果に繋がっているんだからな」
「まったく、ガリムの下で漁をさせるのがもったいない気がするな。リードの指揮下に換えるのも良いかもしれん」
「そうもいくまい。船を手にして半年なんだからな。2人目の嫁を早く決める方が先かもしれんぞ」
2人で酒を酌み交わしながら俺の嫁さんの話を始めたけど、まだまだ先の話じゃないのか?
貰う本人がまだその気になってないんだからねぇ……。
カルダスさん達が帰ったのを見て、トーレさん達が俺の船から戻ってきた。酔っぱらいを相手にしないで3人でガールズトークをしていたのかな?
俺の顔を見て、すぐにお茶を出してくれたのがありがたい。
「それにしても多かったにゃ。私らも西に行くのかにゃ?」
「魚はいるだろうが、神亀はいないだろう。やはり今夜の集まりで場所を決めること人なるだろうな」
「たまにはナギサと漁をするのも面白そうにゃ。それも聞いてくるにゃ」
「そうなると、一気に船団ができてしまうぞ。背負いカゴに3つ半の漁果を運んだからには島の連中に広がっているはずだからな」
「少しずつ運べば良かったにゃ……」
ちょっと反省しているように思えるけど、先頭を歩いていたのはトーレさんだったからなぁ。俺達の漁果を皆に誇りたかったんだろう。
素潜りでオカズを突こうと思ってたんだが、かなり飲まされてしまった。
日が落ちるまでの2時間ほどは船尾から竿を出してしばらくぶりのオカズ釣りを行う。
あまりやる人はいないのは、漁果の一部をオカズ用に保存しているためらしい。
だけど、オカズは新鮮な方がいいに決まってる。少し小さいけれど余れば夜釣りの餌にできるんだからやらない理由はないはずだ。
10匹ほど釣り上げて、半分をタツミちゃんがバゼルさんの船に運んで行った。
今夜のおかずは焼き魚が1品増えそうだな。
今夜もバゼルさんのところで夕食を頂く。
タツミちゃんも手伝ってはいたけど、トーレさん達の調理を後ろから眺めていることが多いようにも思える。
次の漁には、覚えた料理が出てくるかもしれないな。ちょっと楽しみだ。
「それじゃあ、出掛けてくる。明日の出漁先も今夜決まるだろう」
「北西辺りがねらい目かもしれないにゃ。カルダスと上手く調整するにゃ」
「狙うやつは多いだろうな。だが……」
最後の言葉が聞き取れなかったけど、案外反対方向に向かう手もありそうだ。ガリムさんも出掛けるだろうから、明日には次の漁場が分かるんじゃないかな?
自分の船に戻って、頂いたココナッツ酒を飲みながら漁具の手入れを行う。
昼間もそれなりに行ってはいたんだが、銛先はいくら研いでもそれで良いという限界はなさそうだ。
スピアの予備も含めて一通り研いだところで軽く油を塗る。
海の上だからすぐに錆びが出てしまいそうだ。
船の真鍮の部品類はタツミちゃんがいつも綺麗に油を塗って磨いているから、まるで新品のように見えてしまう。
「相変わらずだな」
バゼルさんが甲板に乗り込んで船尾のベンチに腰を下ろす。
カマド近くに置いてあった煙草盆を渡してあげると、さっそくパイプに火を点けている。
「ナギサの漁果を見て、皆が西に向かうという始末だ。全く目先にしかとらわれんとは嘆かわしいな」
「長老は許可しなかったんじゃないですか?」
「ガリムが向かった漁場は1回休ませると言っていた。その南北にある漁場を中堅達で漁をする。
俺達は北に2日の漁場になる。ガリム達は東に1日というところだな。
お前たちが次に向かう先はフルンネが群れているはずだ。上手く突けばカゴ1杯以上にはなるんじゃないか?」
「頑張れよ!」と言って自分の船に帰っていく。
すぐに、タツミちゃんが帰ってきたから、明日の朝早くに出発するのだろう。
「今度はどこにゃ?」
「東に1日とバゼルさんが教えてくれた。フルンネがたくさんいるらしいよ」
途端に笑みを浮かべているけど、タツミちゃんにフルンネは突けるのだろうか?
タツミちゃんが突いた一番大きな魚は60cmに少し足りないブラドだったんだよね。
それでも突けるだけの力量があるんだから、さすがはトウハ氏族の出身ということになるんだろう。
「私もフルンネに挑戦してみるにゃ!」
「頑張ろうね!」
明日はタツミちゃんの銛をもう1度良く研いであげよう。
・
・
・
翌日の朝。ガリムさんが友人を連れてやってきた。
漁場の連絡なら1日地でも十分だろうと思っていたんだが、ガリムさんの話を聞いて驚いてしまった。
「船団を2つに分けると?」
「結局は俺が率いることになるんだろうが、明日出掛ける漁場の先にもう1つ漁場があるんだ。それで、島から1日半の漁場俺が6隻率いていく。ナギサはこいつ、オルバス達と7隻で1日の距離にある漁場で漁をしてくれ」
「漁場なのか、ナギサの腕なのか、それとも神亀なのかを確かめてみたいんだ。何度か行き先の漁場に近い漁場があったなら船団を分けて行いたい。率いる連中もその都度変えれば文句は出ないだろうが、しばらくはよろしく頼むよ」
なるほど、おれの魚果が多い理由を知りたいということになるんだろうが、たまたまのようにも思えるんだよなぁ。
俺にガリムさん達のような腕があるわけではないからね。
「分かりました。オルバスさんに同行します。そうすると出発は?」
「明日の朝は変わらないが、俺達はのんびりと1ノッチ半で航行するさ。夕暮れ前には 到着できる。ガリム達は1日半を1日で向かうんだから、2ノッチ半というところだろう。前回と同じように飛ばしていくはずだ。
それでだ。同じように船が並ぶから紛らわしくなるはずだ。俺達は黄色の旗の上に、赤いリボンを巻いて区別する。これを渡しておくよ」
2mほどの赤いリボンだ。
これなら区分けも便利に違いない。
「出発は日の出を合図ってことですか?」
「その通り。ナギサが寝坊助なのは皆が知ってるが、タツミはそうじゃないだろう?
良い嫁さんを貰ったと皆が言ってるよ」
かなり困った男だと俺のことを噂しているようにも思える一言だけど、タツミちゃんが褒められるのは悪い気がしないな。
頭を掻きながら苦笑いで答えておこう。
「フルンネがいるらしい。無理の腕が試せるぞ!」
「昨夜の内に銛を一通り研ぎ終えましたよ。今は、タツミちゃん用の銛です」
「タツミはトウハの出だからなぁ……。案外フルンネを突くかもしれんぞ」
そんなことを言いながら席を立った。
次の船団仲間に伝えに行くんだろう。やはり船団の筆頭ともなるといろいろな仕事があるんだな。
カルダスさんがたまにやってくるのは、島の筆頭として俺達の様子を見ているのかもしれない。
そういう意味では、今の立ち位置が一番良いのかもしれない。
無理せずに氏族に溶け込んで暮らしができれば十分だ。




