P-063 神亀が俺達を見ているのかも
ガリムさん達と合流して、船団は東に向かって進む。
隣を見ると甲板で男性が笑みを浮かべているのが見えた。
やはり豊漁だったに違いない。
子の漁場を皆が目指すのは考えてしまうが、長老のことだから10日程のインターバルを設けて、次の船団を送ることになるだろう。
それでも、徐々に漁果が減るだろうけど、急激な漁果の低下は起こらないだろうし、ある程度下がったら再び漁場を閉鎖すれば良い。
そんな漁場がいくつあるんだろうか?
バゼルさんに聞いてみようとは思うのだが、かなりの数になるかもしれないな。
後方に長い航跡を残してカタマランは順調に海原を進んでいる。
たまに舵を交代するんだけど、舵を固定しておけば2人で休めそうな感じだな。本当にまっすぐに進んでいるんだもの。
昼を過ぎた辺りで、微妙に進路が変わる。
氏族の島の周辺は誰もが島の位置を熟知しているのだろうが、生憎と俺達はシドラ氏族の新参者だからなぁ。
タツミちゃんが、たまに海図に書き込みを入れているのは、進路を変えた時に見えた島の特徴なんだろう。
海図には丸で示された島だからね。少しは島の形を書き込んでほしいところだ。
やっと氏族の島が見えた時は夕暮れがせまって、氏族の島が赤く染まっているようだった。
このままだと、桟橋に横付けする時には日が落ちてしまいそうだ。ランプに光球を入れて、帆柱と甲板の上に横たわる帆桁に釣るしておく。
「これだと漁果を運ぶのは明日になっちゃうね」
「一夜干しにしているから問題ないにゃ。着いたら氷を追加するにゃ」
乾物とは言えないけど、水分量はかなり減っているはずだ。1晩程度で傷むということも無いってことだな。
まだ島に到着するには時間がありそうだが、ガリムさんが笛を吹いて船団を解散させる。
暗闇で船団を解散するのは難しいと判断したようだ。
だんだんと暗くなる中、船団を作っていた船が互いの距離を広げ始めた。
船団の後ろに位置していたから、タツミちゃんは少し速度を落として南に進路を変える。
10本は作られている桟橋の一番南から2番目が定位置になってるからね。
他の船も止める桟橋の位置に向かって大まかに進路を変えたようだ。
「桟橋が見えてきたにゃ!」
「なら、船首に向かわなくちゃ」
甲板から屋形の屋根に移動して、島に目を向ける。
俺にはぼんやりした島の形と、砂浜で焚火をしている連中がいるぐらいが目に入るだけだけど、さすがはネコ族だけあってこの暗がりでも桟橋を視認できるらしい。
「バゼルさんの船は見える?」
「たぶんあれがそうにゃ。後ろに着けるにゃ」
カタマランの速度が下がる。
解散してからはそれまでの速度がうそのように速度を落としていたんだが、さらに速度を落としている。
その理由が分かったのは桟橋の先端に誰かが下げたランプを見つけた時だ。
明りがあるのはわかってたけど、それが意味することが分からなかった。
俺達を乗せたカタマランは桟橋から200mほどに近づいていた。
急いで船首に向かいながら、緩衝用のカゴを舷側に落としていく。
バゼルさんのカタマランがはっきりと見えるし、ランプの下でパイプを咥えたバゼルさんがこっちを見ているようだ。
手を振ると向こうも手を振ってくれたから俺達が分かったようだな。
さらに速度が遅くなる。
この辺りの操船は俺には無理だな。桟橋かバゼルさんの船にぶつけてしまうのが目に見えている。
数mに距離が縮まった時に、がくんと体が前に動いた。
スクリューを逆回転させてブレーキを掛けたんだろうが、船首際に立ってたら海に落ちてたかもしれないな。
船が停まったのを確認してアンカーを降ろし、船首を桟橋の杭にロープで結ぶ。
船尾のロープを結ぼうと桟橋から歩いていくと、タツミちゃんが甲板からロープを投げてくれた。
桟橋とカタマランの間が1m以上空いている。少し力を入れて桟橋に引き寄せていると、俺の持つロープにバゼルさんの腕が加わった。
「1人で動くものではない。離れた時はそれを許容することだが、小型のカタマランだから2人ならばなんとかなるぞ」
どうにか桟橋まで数十cmというところまで引き寄せて桟橋の杭にロープを結んだ。
「ありがとうございます。これぐらいなら甲板に渡れますね。漁果がかなり多かったんで明日はタツミちゃんが苦労しそうです」
「終わったかにゃ? お茶が沸いてるにゃ」
桟橋の俺達のところにサディさんが誘いにきてくれた。
どんな漁ができたのかを聞きたいらしい。
バゼルさんも頷いているし、俺の肩を叩くとそのまま自分の船に誘ってくれた。
「タツミも早く来るにゃ!」
誘ってくれるのはありがたいんだが、生憎と夕食がまだなんだよね。
夕食を作ろうとしていたタツミちゃんを、サディさんは連れてこれるだろうか?
バゼルさんの甲板に足を踏み込むと、バゼルさんが船尾のベンチの腰を下ろしていた。
隣に座るように手招きしてくれたから、頭を下げて腰を下ろす。
「それなりに獲れたのか?」
「それなりと言うより、大漁そのものです。明日はタツミちゃんが運ぶのに苦労するかもしれません」
一夜干しのザルが足りなくてタープまで使ったと言ったら、トーレさんが驚いている。
遅れてやってきたタツミちゃんを捕まえて、詳しい話を聞きながら夕食を作り始めたんだが、話を聞きながら包丁を使うんだから凄いとしか思いようがない。
「2晩続けてシメノンとは、中々巡り合えないぞ。ガリム達も大漁ということになるんだろうな」
「その辺りは、明日のギョキョーで分かると思います。しばらく漁場を開けるとやはり魚が多いですね」
うんうんとバゼルさんが頷いている。
やはり、長老の考えをガリムさんの船団で確認したというところなんだろう。
「神亀を見たにゃ!」
「見たにゃ。その夜は沢山釣れたにゃ!」
「ほう、神亀はナギサを見ているのかもしれんな。神亀を見る者は豊漁が約束されていると言われているが、ナギサの話を聞くと場所か、神亀かで迷いが出そうだ」
「俺達がようやく見つけたくらいですから、船団で神亀を見たという者がどれだけいるのか分かりません。
タツミちゃんがワインをカップに1杯海に注いでいましたけど、神亀への捧げものはそれで十分なんでしょうか?」
「それで十分だ。ワインでなく、ココナッツ酒でも構わないが、ナギサ達は余りココナッツ酒を飲まんからな」
「やはり神亀はネコ族を見守ってくれてるにゃ。2日の漁でカゴ3つ分はあるみたいにゃ」
「その辺りも確認しておかねばなるまい。そうか……、神亀がシドラ氏族の海にいるんだな」
あんな大きなウミガメが泳いでいたら魚が逃げそうなものだけど、現実は魚の群れを率いているらしい。
それで豊漁になるのなら、酒をカップ1杯捧げたくなるのも分かるような気がする。
少し遅くなったけど、久しぶりにトーレさん達の料理を味わう。
やはりタツミちゃんと尖って味が絶妙だ。タツミちゃんも頑張っているんだけど、この味に到達するのはかなり時間が掛かりそうだな。
「たくさん食べるにゃ。まだまだ育つにゃ!」
相変わらずトーレさんにとって、俺達は手の掛る子供なんだろうな。そんな思いを浮かべるんだけど、手に持った皿をトーレさんに渡してしまうんだよね。
「俺達は明後日に出掛ける。この季節は銛を試したくなるからな」
「ですね。2日目は俺も銛を使いましたけど、2匹がオカズになってしまいました」
「最初から比べれば、格段の進歩だ。銛は簡単な造りだが奥が深い。大物を突くには是非とも銛を使いこなせるようにしなければならんからな」
「頑張ります!」と答えてはみたものの、かなり先は長そうだ。
食事が終わると、ココナッツ酒が出てくる。俺達のカップは少しココナッツジュースが多いとサディさんが言ってたけど、やはりワインよりはアルコール度が高く感じるな。
カップ1杯で止めておかないと、明日の午前中が無くなってしまいそうだ。
バゼルさんと船尾のベンチに腰を下ろしながら、パイプを楽しむ。
何時の間にか、俺もタバコを吸うようになってしまったけど、この世界ではタバコの害というものが無いらしい。
とは言っても、「あまり吸い続けると素潜りがきつくなるぞ!」とバゼルさんが言ってたから、ほどほどにと言うことなんだろうな。
タツミちゃん達のスゴロクが終わったところで、俺達のカタマランに引き上げることにした。
明日の朝食もご馳走してくれるとトーレさんが行ってくれたんだけど、何時もご馳走して貰ってばかりなんだよなぁ……。
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翌日。朝食を終えるとトーレさん達に手伝ってもらいながらタツミちゃんが獲物をギョキョーへと運んで行った。
3人の背負いカゴだけでは足りずに手籠まで使って運んで行ったから、バゼルさんが目を丸くして見ている。
「大漁だとは聞いていたが、あれほどとはなぁ……。ギョキョーの前にいるのはカルダスだろう。どれ、俺も行ってみるか!」
「俺は、一夜干しのザルを手に入れてきます。丁度商船も来てるようですし……」
老人達への報酬にタバコの包を1、2個付け加えるのが氏族の習わしらしい。買い置きが無くなってるから、自分の分も合わせて手に入れてこよう。
「早めに帰ってくるんだぞ。カルダスがやってくるだろうからな」
桟橋を2人で歩いていると、バゼルさんが思い出したように呟いた。
だろうな。あの漁果だもの。
だけどガリムさんが率いて行った、他の船の漁果も気になるところだ。俺達だけが大漁だったとは思えないんだよなぁ。




