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P-062 不思議な夢


 1時間も経たない内に、シメノンの群れが去っていった。

 オケに甲板にシメノンを集めると、11匹になった。明日も釣れると良いんだけど、シメノンは気ままに海をめぐっているように思えるからなぁ。

 これだけ釣れただけでもありがたく思わねばなるまい。

 

 タツミちゃんが釣果を捌き始めたから、俺は竿を軽く水洗いして屋根裏に仕舞い込んだ。それが終わったところで甲板を海水で洗い流す。あちこちにシメノンの墨が付いているし、乾くとなかなか落ちないらしい。

【クリーネ】を使う手もあるけど、それなら【シュトロー】で保冷庫の氷を作るべきだろう。

 魔法が使えるのはありがたいけど、回数に限りがあるのが問題だ。タツミちゃんが7回だし、俺が10回だからね。

 まだ数回分が残っているから、保冷庫と野菜庫に氷を追加しておこう。


 タツミちゃんの作業が佳境に入ったところで、屋根裏からザルを取り出す。3つあるけど、さすがに3つを使う時はまだない。

 ザルに魚を開いて丁寧に並べていく。

 見上げれば満天の星空だ。良い一夜干しになってくれるんじゃないかな。

 屋形の屋根にザルを乗せたところで、タツミちゃんとワインを飲む。

 小さな真鍮のカップに1杯だけだけど、1日の〆はこれが一番だろう。


 翌日は、水中銃ではなく銛を使う。

 島でのオカズ突きの成果が試されるところだ。

 先ずはブラドを1匹突いたけど、エラ近くだから合格範囲じゃないかな。

 さらにブラドとバヌトスを突いたところで一休み。甲板でココナッツジュースを飲んでいると、タツミちゃんも獲物を突いて上がってきた。

 

「これで2匹目にゃ! ブラドがたくさんいるにゃ」

「バヌトスもだよ。下の方にいるんだけど、ブラドが突けるならその方が良いね」


 なんといってもブラドの方が値段が上だ。バッシェはさらに上なんだけど、泳いでいる時にはバヌトスと見分けがつかないんだよなぁ。

 バゼルさんぐらいになるとわかるんだろうけど、俺の場合は圧倒的に経験が少ないからね。

 とりあえず数を突けば問題はないはずだが、オカズが増えるのも問題だ。

 丁寧に正確に狙うことを心掛けてはいるんだが……。


 昼を過ぎたところで素潜りを止める。

 クーラーボックスを引き上げると、甲板を押してタツミちゃんの作業台の傍に運んだ。

 クーラーボックスの蓋を開けてにんまりしながら包丁を握っている姿は、とても年頃の娘さんとも思えない。

 だけど器量よしで思いやりのある俺の良い嫁さんだ。料理の腕はトーレさん達と比べるのは酷に思えるけど、だんだんと上達してるんだよね。

 嫁さん達の料理の腕は、結婚してから上がるんだろうな。

 

 まだ日中だから、屋根には干さずに、カゴに入れて捌いた魚を保冷庫に仕舞い込む。

 夕食後の夜釣りで数が増えることに期待しよう。


 保冷庫の蓋を締めたタツミちゃんが、舷側から南の海を眺めている。

 じっと目を凝らしているのはなぜなんだろう?


「何か見つけたの?」

「たぶん……、神亀にゃ。遠くだから良く見えないにゃ」


 それならと、屋形の中の俺のバッグから双眼鏡を取り出した。

 タツミちゃんが教えてくれた海域に双眼鏡を向けると……。


「神亀の甲羅だよ。これで見てごらん!」

 

 双眼鏡を渡して使い方を教えると、すぐに南へ双眼鏡を向けた。


「ほんとにゃ。こっちに来ないのかにゃ」

「神亀を見たら豊漁なんだろう? 今夜は期待できそうだね」


 周囲を見渡すと、俺達の船が一番南にいるみたいだ。双眼鏡でどうにか甲羅と分かるぐらいだから、他の船でも気が付く人はいないんじゃないかな?

 見えたとしても、小さな岩礁を思い浮かべるような大きさだ。


 日が傾く前に、銛を片付けて今度は釣り竿を取り出しておく。昨夜はシメノンの群れがやってきたけど、今夜も来るだろうか?

 神亀の姿を見たぐらいだから、期待が高くなるんだよなぁ。

 

 タツミちゃんが夕食の準備をしながら、時々南を眺めている。

 神亀は動かないで同じ場所にいるんだが心持こっちに近づいてきてないか?

 そんな感じに見えるのも夕暮れが近づいてきたからなんだろうな。


 ランプは付けているけど、まだ西の海に日は落ちていない。落ちるまでには30分ほど間があるんじゃないかな?

 そんな夕暮れを眺めながら夕食を頂く。

 明日は島へ帰るから今夜が最後の漁になる。少しでも漁果を増やそうと、どの船でも夕食は早めにとっているはずだ。


 食後はお茶の前に、タツミちゃんがカップにワインを注ぐ。いつもは2つなんだけど、カップが3つあるんだよね。

 その理由はすぐに分かった。カップの1つを神亀のいる方角の海に注いで手を合わせる。

 思わず俺も頭を下げたけど、神亀への豊漁の願いということなんだろうな。

 それが終わると、互いにカップをカチンと合わせて、沈む太陽を眺めながら味わうことになった。


 あまり酒に強いわけではないからね。お茶を飲みながら仕掛けに餌を付けて投入する。

 新鮮な餌だったから俺が失敗した獲物に違いない。

 そういえばスープに大きな魚の切り身が入っていたんだよね。今回は2匹ほど失敗したのかもしれないな。


 次は頑張ろうと決意を固めていると、竿先に当たりが来る。

 この引きは……、等と考えていると一気に竿が絞り込まれた。「し科さず大きく合わせるとポンピング動作で道糸を巻きとる。

 ジージーとドラグが鳴るから少し締めこんで道糸の出を抑えながら巻き取る。


「大物かにゃ?」

「大きいよ。この引きはバルタックに間違いないな。タモ網をそろそろ沈めといてくれ!」


 石鯛特有の引きだから間違いはない。

 カサゴは最初は強いけど、だんだんおとなしくなるし、ブラドは強い引きというより重い引きなんだよね。

 シーブルは、バイクでも引っ掛けたかなという感じで一気に引いていく感じだ。

 だんだんと引きで魚が分かるようになってきたのは、それだこの世界に染まってきたからなんだろう


「エイ!」

 

 大声を上げながらタツミちゃんがたも網を引き上げた。

 50cmを超える立派なバルタックだ。幸先が良いのはカップ1杯のワインのご利益かもしれない。

 さて次も大物を狙うぞ!


 夕暮れが終わると、満天の星空に変わるまでそれほど時間を要しない。

 夜釣りを始めて1時間も過ぎると、近くの島でさえ星明りの下では黒い影にしか見えないんだよなぁ。

 夜釣りをしながら、周囲の海を眺めるのは退屈しのぎではなく、シメノンを見つけるためだ。

 すでに竿は用意してあるからいつでも始められるんだが……。


「いたぞ! シメノンだ。南に群れている」

「あれにゃ! すぐに始めるにゃ」


 バタバタと仕掛けを巻き取ったり竿を交換したりと忙しく立ち回る。

 すぐに餌木を投げ込んでシメノンを釣り始めたけど、カウントダウンの途中で手ごたえが伝わるほどだ。

 かなり群れが大きいんじゃないか?

 どんどん釣り上げては甲板に投げ出して次のシメノンを狙う。

 甲板を動き回るシメノンをたまにタツミちゃんが回収しているんだけど、桶に結構溜まっているんだよなぁ。

 

 やがて、ぴたりと当たりが無くなった。

 群れが去ったようだ。

 後ろを見て思わず口が大きく開いてしまった。声さえ出ない。


「桶に溢れるほど釣れたのは初めてにゃ」


 確かにあふれてる。30匹をはるかに超えてるんじゃないか?

 タツミちゃんが「よいしょ!」と言いながら木箱を桶の傍に移動してさっそく、捌き始める。

 今夜の夜釣りはこれで十分だろう。それよりも、獲物を一夜干しするザルが足りないんじゃないのか?

 代用品を何にしようと考えながら、とりあえずは一服することにした。


 3枚のザルを使ってもまだシメノンが残っておいた。最後の手段とタープの上に並べたんだが、タツミちゃんが使っていた箱を踏み台にしての作業だ。もう2枚ぐらいは用意しておかないといけないのかもしれないな。


「どうにか、終わったにゃ!」


 ワインを真鍮のカップに3個注いで、1つを俺に渡してくれた。

 1個はやはり神亀への感謝のようだ。何か祈りの言葉を呟いてタツミちゃんが海へと注ぐ。


 カチンとカップを鳴らして、互いに笑みを浮かべてワインを楽しむ。明日は島へと帰るだけだ。

 もう1杯ぐらいは飲めるかもしれないな。


「商船が来てたらワインを何本か買っておくにゃ」

「バゼルさん達ならココナッツ酒だと思うんだけど、その辺りも悪人しておいた方が良いかもしれないよ。だけど、漁果が多い時には2人で祝いたいよね」


 たぶん帰ったら帰ったで、皆と酒を飲むことになるんだろう。

 豊漁だと言っては飲み、不漁の時は次を期待して飲む。

 平和な暮らしだと思うな。

 カイトさんの時代には大陸の王国がたまに干渉してきたらしいけど、そんな話を聞くことも無い。

 何かあれば、バゼルさんが教えてくれるとは思っているんだが。


 2杯目のワインを飲んで、少しほろ酔い機嫌分でハンモックに入る。

 豊漁だとやはり嬉しく感じるな。

 にんまりとしながらいつしか眠りについた……。

                 ・

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                 ・

 周囲の海が波立っている。

 心なしか海水温も高く感じるんだが、一番驚いたのはサンゴの穴にも、少し深い場所で見つけた海底ん溝にも魚がまるでいない。

 小さな魚や、ロデニルでさえどこにもいない。

 良い場所だと思ってたんだが、これではねぇ……。

 海面に浮上してシュノーケルの海水を吐き出して、息を整える。

 場所を替えようかと、カタマランに急ぐ俺の目に映ったのは、甲板で遠くの島をジッと見ている2人の妻の姿だった。

 何を見ているんだろう。

 身じろぎもせずに、ジッと見続けている。

 船尾に下ろしたハシゴを伝って、甲板に上がった俺は、2人の見ている島に目を向けた。


 動いている!

 左手の島に向かって近付いているように見えるのだ。

 造山活動が始まったんだろうか?

 それとも火山活動なのかもしれない。


「急いで帰るぞ!」

「そうにゃ。早く知らせるにゃ!」


 俺達は弾かれたように動きだした。

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「そろそろ出発にゃ!早く起きないと置いてかれるにゃ!」


 体を揺すられて起こされた。

 何か夢を見ていたようだけど、あれはどういうことなんだろう?

 カラーで周囲の情景が思い出せるほどに、妙に生々しかったんだとなぁ。

 予知夢ということなんだろうか?


「まだ、ぼうっとしてるにゃ」

「ごめん、ごめん。今日は島に帰るんだったよね。早く朝食を食べてガリムさん達のところに集まろう」


 甲板に出て、顔を洗う。

 昨夜屋根に乗せたザルは全てタツミちゃんが回収してくれたようだ。館の壁に3枚のザルが立てかけてあるのは、タツミちゃんでは手が届かなかったんだろうな。

 ザルを仕舞いこみ、半分だけ開いておいたタープを丸めて帆柱の根元に縛り付けておく。


「ぐっすり寝てたにゃ?」

「そんなに寝付いてたかな? 実は不思議な夢を見てたんだ……」


 朝食を頂きながら、俺の見た夢を話してあげる。

 頷きながら聞いているんだけど、やはり現実離れした夢には違いないね。


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