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P-060 資源の保護


 雨期が終わりに近付く頃には、眠り針を使用する漁師が多くなったようだ。

 さすがに夜釣りの仕掛けまでに使うようなことはないのだが、延縄に使うと以前より確実に釣果が上がったようだとカルダスさんが教えてくれた。


「ただ釣り針をひねっただけなんだがなぁ……。それだけで針掛かりした後で逃げられないとは使ってみて誰もが納得したにちげえねぇ」

「雨期の延縄が楽しみになったと夜の集まりでも話題になっている。それに潮流に乗せて流す延縄も若手の間で評判らしい。息子達も早速始めたらしいからな」


 バゼルさんの船に遊びに行ったら、カルダスさんと酒盛りの最中だった。

 早々に帰ろうとしたら、掴まってしまったんだよなぁ。

 カップに1杯のココナッツ酒で開放してくれればいいんだけど……。


「それで次はどこに向かうんだ?」

「俺達の筆頭次第です。今夜にでも浜で仲間と相談するんじゃないでしょうか」


「まったく、良い友人を持ったものだ。俺なんか、バゼルにモリナーだからなぁ」

「今でも愚痴は聞いてやってるじゃないか。文句を言われる筋合いはないぞ」


 この2人も長い付き合いなんだろう。

 筆頭をくじ引きで決めたらしいから、幼馴染3人組の腕はほぼ互角ということなんだろうな。


「だいぶ雨の降りが弱まってきた。次の満月はリードル漁になるぞ。ちゃんと銛は手入れしているんだろうな?」

「前の漁が終わった時に、水で良く洗って研ぎなおしておきました。それからは氏族の島で休んでいるときに油を塗っています」


 うんうんとカルダスさんが頷いている。

 手入れの方法としては十分だと思ってくれたかな?


「それに比べてガリム達は、慌てて銛を研いでる始末だ。あれだとかなりさび付いているにちげえねぇ。酒を飲む暇があったら銛をとぐべきだ」

「お前だって、真っ赤な銛を持ち出したことがあった気がするんだが?」


「まだ覚えてるのか!」なんてバゼルさんに絡んでいる。

 やはり良い友人関係が続いているとしか思えないな。


 雨期が終われば今度は素潜り漁の季節になる。

 カルダスさんではないが、錆びた銛では突いた魚を逃がしてしまうこともありそうだ。

 乾期の漁具の手入れを、早めに始めたほうが良いのだろう。

                 ・

                 ・

                 ・

 シドラ氏族の一大イベントであるリードル漁を無難に終えると、延縄と曳き釣り用具の塩を洗い流して屋根裏に保管した。次の出番は半年後だ。屋根裏は風通しが良いからあまり漁具が傷むことはないようだ。


 素潜り漁をどこで始めるかは、ガリムさん達がいろいろと情報を集めているようだが、長老に漁場を告げると、少し行き先が変わったようだ。


「真西に向かった連中がいないそうだ。西に1日半の場所に深い溝が南北に走っているらしい。『様子を見るのも良いかもしれぬ』と教えてくれたよ」

「大物が期待でおそうですね。当然出掛けるんでしょう?」


「もちろんだ。銛を研いでおけよ。木登りが上手い連中がココナッツを取りに行ってるから分けてもらえるはずだ」

「いつも貰ってばかりなんですが……」

「気にすることはない。ナギサのおかげで雨期もそれなりの収入があったからな。皆が喜んでいるよ」


 そういってくれるのはありがたいんだけど、いつも貰ってばかりなんだよね。浜で飲むときにはいつもワインを1ビン持っていくんだけど、それだけで良いのだろうかと考えてしまう時がある。


「出発は明後日の朝だ。できれば日の出前にしたい」

「1日半を1日で進むつもりですね。了解です」


 屋形の中でタツミちゃんも聞いていたはずだ。

 傷んだ衣服を繕っているようだけど、少しぐらい穴が開いても気にはならないんだけどなぁ。

 向こうから持ってきたTシャツは3枚だけだ。2枚を交互に着ていたから、まだ新品が1つ残っているし、ガリムさん達も似たようなシャツを着ているところを見ると、カイトさんやアオイさんが広めたのかもしれない。

 値段的にもブラド2匹程度なんだから、穴を繕うより購入したほうが良いのかもしれない。

 とはいえ、衣服を繕いながら暮らす時代が長く続いていたのだろう。

 食事だって、炊き込みご飯の具に米粒が付いていた時代もあったとバゼルさんが話してくれたことがある。

 かつては貧しい漁村だったに違いない。リードル漁でさえ、かいとさんがやってくるまでは半分程度の数を手にするだけだったらしいんだが、カイトさんの時代の暮らしが想像できないんだよなぁ……。


「変わった釣針や延縄の使い方の工夫を教えてあげたにゃ。それに感謝してのことだから、『ありがとう!』と言えば十分にゃ」

「なんか貰い物の方が多いように思えてね」

「気にすることはないにゃ。次にまた教えてあげれば良いにゃ」


 タツミちゃんがそういうなら、それがネコ族の考え方ということになるんだろう。

 ここはタツミちゃんの言う通りにしておこう。


 日が傾く前に、オカズを突きに南の岬に向かう。

 この辺りは少年でも上級者ということになるんだろうな。

 あまり少年達に会うことはないんだが、たまに会う少年の桶の中には中型のカマルやバヌトスが入っている。

 

 小ぶりの銛だから取り回しは良いのだが、狙いが微妙にぶれることが分かってきた。

 この銛で練習をすれば俺も名人に近付けそうな気もするんだけど、獲物を持ち帰った時のタツミちゃんの表情は今一なんだよなぁ。


「上手く突けたのはトーレさんに分けてあげるにゃ。こっちは団子にするにゃ」

 

 何匹かは3枚に下ろして、塩を振りバナナの皮に包んで保冷庫に入れておく。

 日持ちのする餌にするんだが、そのまま食べても良いように思えるんだよなぁ。

 不思議なことにネコ族には刺身にして生魚を食べる習慣がない。

 寄生虫を怖がっているのか、それとも加熱することで何らかの毒性を弱めているのかよくわからない。

 タツミちゃんに聞いたら、昔からだと言っていたし、シーブルの切り身に魚醤を付けて食べようとしたら、トーレさんにスプーンを持つ手を握られて止められたことがあった。

 

「生食するのは野蛮人にゃ!」と言われたんだけど、そうなると日本人は全て野蛮人になってしまう。

 まあ、100年ぐらい前までは、首狩りの腕を誇っていた民族だからねぇ。今ではそんな連中はいないんだけど、俺にも先祖の血が流れてはいるんだよなぁ……。


「ほう! 島に帰ると魚肉団子がいつも食べられるな」

「申し訳ありません。まだまだ銛が苦手でして……」


 夕食はバゼルさん達と一緒に食べる。

 トーレさん達が料理上手だから俺としても嬉しいし、タツミちゃんはどうしたら美味しい料理になるのかをトーレさんの隣で研究しているらしい。


「中々食べられないんだが、魚肉を何種類か混ぜ合わせるのが美味しさに繋がるらしいぞ。俺の好物の1つだからな」

「今日の団子にはロデニルが入ってるにゃ。ナギサが捕まえてきたけど、この岬にもいたみたいにゃ」


「俺だって小さい頃はあそこでだいぶ捕まえたぞ。今ではあまり見かけなくなったのは、俺達が捕まえすぎたのかもしれんな」

「だいぶいましたよ。食べるだけと聞いてましたから、3匹で終えたんですが」


「それでいい。ロデニルをギョキョーに下ろせる漁師と船は決まっている。だが、俺達が食べる分なら問題ない。焼いても良いが、魚肉団子に混ぜると、確かに一味変わるな」


 そんなことを言ってると、次の素潜りでトーレさん達から依頼されるんじゃないかな?

 いや、トーレさんのことだ。自分で潜って取ってくるに違いない。


 食後は、カップ半分ほどのココナッツ酒を頂き、夜が更けたところで俺達のカタマランに帰ることにした。

 ハンモックに揺られていると直ぐに眠くなってくる。

 波に揺られながら眠りにつくのが心地よい。


 翌日、俺が目を覚ました時には隣のハンモックは空っぽだった。

 衣服を整えて甲板に出ると、前に泊っているカタマランからタツミちゃんの声が聞こえてくる。

 どうやら、トーレさん達と朝食を作っているようだ。

 それを考えると、俺も少し早起きになったのかな? 個々の暮らしにもだいぶ慣れた感じがする。


 穏やかな海を眺めながらパイプを咥えていると、タツミちゃんが桟橋を歩いてきた。


「起きたにゃ! 雨期は終わったけど今日は雨が降るかもしれないにゃ」

「綺麗に晴れてるよ。さっき起きたところなんだ」

「朝食が出来たから起こしに来たにゃ。直ぐに食べられるにゃ!」


 バゼルさんの船に歩いて行くと、甲板に腰を下ろす。

 バゼルさんが、俺を見て笑みを浮かべているのは、珍しく早起きしたからに違いない。

 トーレさんなんか、空を見上げてるんだからなぁ……。


「だいぶ俺達の暮らしに慣れた感じだな。それが続けば良いのだが」

「努力はしてるんですが、何分寝坊ばかりしていて母親に叱られていたんです」


「早起きは、基本にゃ。早く起きれば漁で魚が1匹多く獲れるにゃ」


 早起きは三文の得という奴なんだろうな。確かに漁に出る時間を早めれば、それだけ漁の時間を長くできるんだから間違いは無さそうだ。


「ナギサは明日出掛けるんだったな?」

「ええ、ガリムさんが西に1日半の漁場と言ってました」


「あそこか……。バルタックも突けるぞ。昔は良い漁場だったんだが、近頃誰も行った話を聞いたことがない。長老もそれが気になるんだろうな。

 上手く行けば、スレていない魚ばかりだ。頑張れよ」


「頑張ります!」と応じたけど、誰も行かなくなった理由は何なんだろう?

 直ぐに思い浮かぶのは、漁場が荒れたということだった。

 いくら良い漁場でも、毎日誰かが漁をすれば、少しずつ魚は減ってしまうに違いない。


 長老達が俺達を派遣するのは、漁場の回復を確認するために違いない。俺達の腕で豊漁ならば、バゼルさん達が向かえば倍する漁果を運んでこれるだろう。


「昨夜の話し合いでは、長老達は漁場を最低でも10日は空けたいと言っていた。俺達の漁場は広いから、そのように荒れた漁場を作らないようにとのことなんだろうが、面倒な話だ」


 資源保護について考えているようだ。

 ネコ族のほとんどは漁で暮らしを立てているから、いつまでも漁場を残したいということに違いない。

 そうなると、漁場選びが難しくなりそうだな。


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