P-059 向上心が大事らしい
「ほう! 瓔珞ではなくバングルにしたのか。その方が漁の邪魔にはならんだろうな」
「でも値段が銀貨1枚だったんです。あまりに安いので最初は嬉しかったんですが、だんだんと不安になってきました」
俺の落ち込んでいる様子がおかしいのか、バゼルさんがパイプを咥えたまま笑みを浮かべている。
「ドワーフ族は我等よりも遥かい寿命が長い。彼等の価値観が俺達と異なるのは、そのせいなのかもしれんな。
彼等の望みというか生き甲斐は、何を世に残したかにある。
それが自らの師匠を越えたものであるなら、彼等の仲間内での評価も高まるようだ。
渚の依頼は、王族の依頼を受けるよりも難しいと判断したのだろうな。
場合によっては報酬も必要としないらしいぞ」
宝玉の希少価値ということなんだろう。
いかに王族としても手に入れることができないなら、それを身に付けるためのバングルを作ったということでドワーフ族の中での評価が高くなるってことか。
職人の誇りを形にしたということになるのかな?
「そう言うことなら、安心できます。ついでに、こんな釣り針を作って貰ったんですが、試してみませんか?」
「なんだ、曲がってるんじゃないか?」
やはり、そう感じるよなぁ。
釣り針の形については、今の形で満足しているみたいだな。
向こうの世界では、それこそたくさんの釣り針の種類があったんだけどねぇ……。
「向こうの世界で、ネムリバリと呼ばれる釣り針なんです。曲がっているというより捻ってあるんですけど、そのおかげで掛かった魚が外れることが少ないんです。
延縄に使ってみようと、作って貰ったんですがドワーフの職人さんと一悶着ありました」
「まがったことが嫌いな連中だ。これは理由を知らなければ怒り出すのは間違いないな。ありがたく貰っておく。この季節は延縄だからな。直ぐに結果が分かるのも良い」
半信半疑の口調だけど、試したら分かるんじゃないかな。
俺も、自分の仕掛けを手直ししないといけない。
バゼルさんの船を下りて、自分の船に向かった。
タツミちゃんがカタマランを磨いていた。
木造ではあるけど、あちこちに真鍮製の部品がある。油を含んだ布で磨けばいつまでも綺麗に光っているだろう。緑青色も捨てがたいが、あれは一種の錆びだからなぁ。渋い色合いは俺の趣味ではあるけど、船主としては失格と言われかねない。
「手伝うよ!」
「もうここで最後にゃ。漁が終わったらいつも磨いてたにゃ」
タツミちゃんが大きく背を伸ばしたところをみると、本当に作業が終わったようだ。
ベンチに腰を下ろして、ココナッツを割って飲む。
「夕方にはガリムさん達が帰ってくるにゃ」
「豊漁だと良いんだけど……」
「神亀を見たなら、間違いなく豊漁にゃ」
例の話だな。豊漁となるように頑張って漁を下に違いない。
休憩を終えると、屋根裏からカゴを取り出して延縄仕掛けの釣り針を交換する。数個残った釣り針で胴付き仕掛けを2個作った。
夜釣りだって、取り込みの時にバラしてしまうことだってある。
次の漁が、楽しみになってきたな。
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夕暮れ前にガリムさんが率いた船団が帰ってきた。
黄色の旗は結構目立つ。たぶん直ぐにこの船にやってくるに違いない。
お茶の準備をとタツミちゃんに頼もうとしたら、ココナッツを割ってココナッツ酒の準備をしていた。
一応、慶事ってことなんだろうな。
「どうやら帰ってきたな。どれ程の漁果を持って来たのか楽しみだ」
「若手ですから、その辺りは考慮すべきかと……」
「分かってるさ。だが一番気にしてるのは親父の方だろうな」
やはりカルダスさんと比較されるんだろうな。
筆頭の子供には生まれたくないと皆が思ってるんじゃないかな。
タツミちゃんが俺達の前に酒のポットとカップを置いて、バゼルさんの船に歩いて行く。夕食の準備を手伝うのかな?
バゼルさんとパイプを咥えていると、桟橋を歩いてくる足音が聞こえてきた。
案の定、やってきたのはカルダスさんとガリムさんの2人だ。
甲板に煙草盆を囲んで車座になり、ココナッツ酒のカップを配る。
「一番が1カゴ半だな。この時期にあれだけ獲れれば長老も喜んでくれるはずだ」
「やはり神亀を見た時に不漁が無いってことだな。そうなると1つ問題が残ってしまったな」
そう言ってガリムさんにバゼルさんが顔を向けた。
今回の漁の目的延縄を潮流に乗せて漁をすることだった。その成果が、神亀の出現で曖昧になってしまった。
「雨期は未だ続きます。次にもう1度試してみますよ」
「だが、延縄を固定しないとなれば場所取りが問題だ。十数隻だからなぁ」
「今夜長老と相談だな。たぶん2つにわけることになるかもしれんぞ」
「仲間と相談してみるよ。2つだな」
うんうんと頷いているけど、上手く分けないとクレームが来るんじゃないかな。
「だけど、やはり2人なら延縄を流した方が色々と都合が良いのは確かだ。2日目はシーブルがたくさん取れたからな」
「俺の方も、道糸に沿ってロープを張ったんだ。引き上げがかなり楽になったよ」
ロクロを次の船に付けるのは確定だな。
曳き釣りは、掛ったら船を停めるのが厄介だ。大物は釣れるが数が出ないなら、サンゴの穴で釣りをしても良いように思える。
「まあ、2か月もすればリードル漁だ。それが終われば今度は素潜りだ。それまでに長老に説明できるようにすれば良いだろう」
「1回じゃダメだということか?」
「当たり前だ! たまたま魚の群れがいたなら、豊漁になるだろからな。何度も試してみて、常に豊漁なら使えるということになる」
別に豊漁でなくとも良いんだけどね。
固定した延縄よりも引き上げが楽になるだけで俺には十分だ。
だけどカルダスさん達は、シドラ氏族の安定した漁果を考えなければならないからなぁ……。
「今夜は、俺と一緒だ。漁の報告は船団の筆頭の勤めだからな」
「ナギサの一件がある。次の漁場は少しもめるかもしれんな」
困ったことだと、バゼルさんが呟いている。
神亀は豊漁をもたらすという言い伝えがあるらしい。
となれば、普段でも魚が濃い場所ならとんでもない漁果を得られると考えてるのかもしれない。
新規の言い伝えは、神亀を見たことでさらに漁に励もうとする姿勢が、豊漁をもたらしたと俺には思えるんだけどねぇ……。
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明日は出漁、という前日の昼下がり。
ガリムさんが友人を連れてやってきた。
タープの日陰に2人を誘うと、タツミちゃんがお茶を出してくれる。
「いやぁ、暑いなぁ。これだけ暑いと雨が欲しくなるよ」
「まったくだ。それにしても屋根を布にしたのか……。屋根から引き出す屋根よりも使えそうだな。俺の船にも付けてみるか」
やはり他人の船は気になるようだ。
色々と付けたからなぁ。だけど次の船はもっと増えそうだ。
「明日からの漁だが、やはり船団を分けることにしたんだ。この前の漁で振るわなかった連中を俺とナギサが率いることにした。俺達並に魚を獲れるならハザエムが率いても問題はない。更に漁果を伸ばせるに違いない」
延縄が得意な連中と、まだまだの連中を分けたということか。
特異な連中の腕をさらに伸ばして、不得意な連中にはじっくりとガリムさんが教えるということになるんだろう。
ガリムさんが率いる船団全体としては魚果が上がることになりそうだ。
「それでだ。1度連中にナギサの仕掛けを見せてやってくれないか? 連中だって親の仕掛けを見て育ったはずだ。基本は分かるんだろうが、応用が利かないのが俺達ネコ族の欠点だからなぁ。見様見真似だけでは、結果がどんどん悪くなってしまいかねない」
「お見せすることは構いませんが、俺の場合は我流ですよ。バゼルさんの仕掛けを見せて貰って作った代物ですから」
「それだ! それを見せてもらいたい。基本はバゼルさんの仕掛けだろうが、バゼルさんから譲られた仕掛けではないはずだ。そこにお前の工夫が入っていると俺達は思っている」
それほど変わった仕掛けではないんだけどなぁ……。
とりあえず頷いて了承を伝えると、嬉しそうな表情を浮かべて帰っていった。
夕暮れ前には数人を引きつれてやってくるに違いない。
「ガリムもいろいろと考えているようだな」
入れ替わりにバゼルさんがやってきた。
甲板に腰を下ろしたバゼルさんに、お茶のカップを勧める。
「俺の仕掛けを見ても、参考になるとは思わないんですけどねぇ」
「だが、ナギサは俺の仕掛けを見て自分の仕掛けを作ったんだろう? 十分に参考になるはずだ。と言うより、ナギサの仕掛けを見て疑問を浮かべるようでなくては将来が心配になってくるな」
延縄仕掛けを始めて作ったのはカイトさんらしい。中々自分の思う仕掛けが出射なくて散々改良を重ねたらしいのだが……。
「カイト様の次にやってきたアオイ様もいろいろと苦労していたようだ。カイト様の延縄は全長が20FM(フェム:60m)を越えるものだったらしいぞ。
3人の嫁と力を合わせても引き上げることができないような仕掛けだったから、ロクロを作って引き上げたらしい。
アオイ様が作った延縄は今の俺達が使っているような短い仕掛けだ。場所を気にせずに使えるし、嫁と力を合わせれば引き上げることもできるからな。
そうなると、3人目のナギサが作る仕掛けは俺も気になるところだ。
最初は俺の仕掛けそっくりだったが、次は道糸にロープを使っている。今度は釣り針だからな」
「なるべく苦労しないように考えてるだけですよ。それにしてもカイトさんは偉大ですね。そうなると当時のネコ族の人達の苦労が分かるような気がします。
たぶん大幅な魚果を上げなければならない状況だったんでしょう。その為に延縄をカイトさんは取り入れたんだと思います」
「そこまで分かるのか? 当時は大陸の王国間で争いがあったらしい。ネコ族からもたらされる魔石と漁果が戦を左右するとまで言われたようだ。
危うく属国以下の扱いになりそうだったらしいが、カイト様のおかげでニライカナイを作ることが出来たのだ」
生産性を無視した要求をすれば、反乱に繋がりかねないんだけどねぇ。
ましてや、ある限度を超えた要求をしたなら一気に生産性がゼロに近付くことを知らなかったのだろうか?
そんな治政を行うような王国とは、早めに縁を切るのが一番だったろうけど、直ぐにと言うこともできなかったんだろう。
ネコ族の絶対兵器であるリーデンマイネを完成させるまでは、じっと忍んでいたのかもしれないな。




