P-058 豊漁は努力次第
ちょっと場違いな席に座らされたが、長老に促されて神亀との出会いと頂いた宝玉について話をした。
最後に、カヌイの婆さん達の見解を付け加えて目の前にあった酒を口にする。
酒よりお茶が良かったな。結構喉が渇いてたんだよね。
30人程の男達と長老がいるログハウスの中は、物音1つしない。3方向に開かれた大きな窓から、虫の音が聞こえてくる。
島だけど、コオロギみたいな昆虫がいるのかもしれないな。
「さても、不思議な話じゃのう……。似た話を思い出してしまったぞ。あれはカイト様の時代であったはずじゃ。オウミ氏族の数が増えたことでトウハ氏族がそれまでの島を譲って、今の島を探したのだが……」
「そうそう、それじゃ。龍神に案内して貰ったということであったな」
「ナギサにその島を見せたのは、何らかの啓示かもしれんのう」
「じゃが、ナギサの乗るカタマランは若者が最初に手にするカタマランじゃ。妻もタツミ1人じゃからのう……。まだ先のことになるに違いない」
「妻が2人に子はおらんとなると、それほど先にも思えぬ。カヌイの婆様達が言うように、再び神亀が現れるじゃろう。今よりは詳しく分かるかもしれんな」
長老達が隣同士顔を見合わせながら話を続けている。
なんかとりとめがないような話なんだけど、もう少し俺達にも分かるように話してくれても良さそうだけどねぇ……。
「それで、結局はどういうことなんだ?」
とうとう我慢できなくなったカルダスさんが大声を上げた。
男達がその言葉に頷いているところを見ると、どうやら皆同じ思いのようだ。
「しばらくその姿を現さなんだ神亀を目にして、宝玉を頂いたのじゃ。シドラ氏族の慶事以外のなにものでもないぞ」
「ナギサが神亀から告げられた思いは、我等にその島を賜るということになるのだろう。だが、それはかなり先の話、少なくとも来年ということにはならんだろう。
ナギサが大型のカタマランを手に入れ、2人目の妻を娶るまでは今まで通りということじゃ」
「俺達がすることは何もねぇ、ってことか?」
「今まで通りで良かろう。まだその時ではない。
じゃが、我等に神亀の真の姿を見せてくれたのじゃ。今までよりも豊漁になるであろうし、そうなるように努力せねばなるまい」
早い話が、『もっと魚を捕れ!』ってことかな?
神亀を見た者は豊漁になるという言い伝えは、見た以上はたくさん魚を捕らねばならないということなのかもしれない。
漁師の努力には目を瞑って、その結果だけを見たなら、確かに神亀を見た者は豊漁間違いなしともいえそうだ。
それって、俺にも及ぶのか?
さらに期待されてしまっても、まだまだ素人漁だからなぁ……。
「半信半疑ではあったが、神亀との出会いが豊漁に繋がるのは間違いないようじゃ。
雨の最中で1日漁をして、タツミがギョキョーに背負いカゴ1つの漁果を運んでおる。3YM(ヤム:90cm)を超えるグルリンが3匹もいたと世話役が言っておった。同じ日に神亀を見たガリム達はどれほどの漁果を運んでくるのか楽しみじゃのう」
ちょっと心配になってきた。
延縄の使い方を変えたし、初日は雨だったからなぁ……。
最低でも1カゴ半を運ばねば、カルダスさんにゴツン! とやられそうだ。
「とりあえず、神亀のおかげで少しは漁果が上がるってことだな。お前らも、頑張るんだぞ! 今まで通りなら龍神の覚えが悪いってことになるんだからな」
カルダスさんの大声に、男達が「「オオォォ!」」と大声で答えている。
冷静に聞くと、各自の努力に期待するということになってるんだけどね。
とりあえずの報告と、男達のやる気が上がったところで、長老に頭を下げてログハウスを後にする。
この後も、いろいろと話があるのだろうが、俺にはかかわらないだろう。
一人で林の中の小道を下って浜に出える。
浜では、10人ほどの男達が焚火を囲んで騒いでいた。たぶん別の船団の連中なんだろう。
結構な頻度で浜で焚火を囲んでいる。
ガリムさん達が帰ってきたら、俺達もあんな感じで酒を酌み交わすことになるのかもしれない。
桟橋をあるいていたら、カタマランからタツミちゃんがぴょんと桟橋に飛び降りて俺を手招きしている。
俺達の船じゃなくて、バゼルさんの船のようだ。
トーレさん達とおしゃべりしていたのかな?
「戻りました。バゼルさんはもう少しかかるみたいです」
「いつものことにゃ。神亀の話はどうなったにゃ?」
「少なくとも近々の話ではないと言ってました。それと漁を頑張るようにと」
「そうなるにゃ……。でも、神亀を見たなら不漁にはならないにゃ」
トーレさんの言葉の裏を先ほど知ってしまったからねぇ。努力しないと報われない、まあその通りなわけだ。
勧められるままにワインを頂き、その夜は早めにハンモックで横になった。
翌日は、ウキでは珍しい快晴だ。
漁で使った漁具を水洗いして、竿には軽く油を塗る。
予定ではガリムさん達が夕暮れ時に帰ってくるはずなんだが、漁果が気になるな。下手をすると親父殿からゴツン! とやられそうだからね。
昼近くに島にやってきた商船に出掛けると、神亀から頂いた宝玉で瓔珞を作ってもらおうとしたのだが……。
「男が瓔珞だと! 王都の貴族でもない限りそんな無駄なことはせんほうが良いぞ。
無くすのが嫌だというのは分かるから、腕輪にせい!」
客より自分の意見を優先する職人に出会ってしまった。
それもそうかと、宝玉を見せた途端に彼の顔色が変わる。
「話には聞いたことがある。長命のドワーフでさえ、一生見ることが出来ぬものがほとんどじゃろうな……。材料はあるか……。ワシにその腕があるか……」
ぶつぶつとつぶやく声が聞こえてきた。
「2時間待て。値段は銀貨1枚で良い。そう心配そうな顔をせんでも良いぞ。これを持ち逃げしようものなら、ニライカナイとの戦が始まりそうじゃわい」
珍しい宝石なんだろう。すぐにそれを手に入れた経緯がばれるということになるのかな?
「お任せします。それでは2時間後に」
宝玉を置いて商船の2階にある小さな会議室を出た。
浜を少し散歩してくるか。
行ったり来たりはしてるんだけど、のんびりと歩くことはなかった気がするな。
浜で遊ぶ子供達の姿を見ながら時間を潰したところで、商船に戻って時計を確認する。まだ30分ほど間があるな。商船の品ぞろえを見ながら時間を潰すことにした。
商船だからか、ある意味カタログのようにたくさんの品を並べている。足りなければ次の便で運んでくるということになるんだろうな。
釣りの小物を棚近くに用意された小さなカゴに入れていく。
ヨリモドシやスナップに丸環などはある程度持っていた方が、その場で仕掛けを改良できるからね。
釣り針を手に取って眺めていると、気になったのか店員が近寄ってきた。
「何か欠陥でもありましたでしょうか?」
「いや、良く作ってあると感心してたんだけど、この釣り針を改良することはできるかな?」
「釣り針をですか?」
釣り針そのものは、あまり変化がない。大きさが異なることと、末端のハリスの抜け止めが変わっているだけだ。
俺が手にしたのは延縄に使う少し大きな釣り針なのだが……。
「このカウンターに置くと、釣り針がきれいに横になるよね。俺が欲しいのは、少しねじれた釣り針なんだ。メモがあるかい。……こんな感じにねじれた釣り針ができるかな?」
メモを見た店員が首を傾げている。
釣り針として役に立つのか考えているみたいだな。
「ドワーフの職人が乗船しています。確認してきますが数はどれほど?」
「20個ほど欲しい。できれば30個あればありがたい」
俺に頷いて、すぐに奥に歩いて行った。
できるとは思うんだけど、案外職人はこだわりがあるからなぁ……。
売り場のリールを手にして感触を楽しんでいると、先ほどの店員がやってきた。
「申し訳ありませんが、ちょっと職人に説明をしていただけませんか? 曲がったことが嫌いな連中でして……」
「良いですよ。どうしてそんな釣り針が欲しいか、を教えれば良いんですね」
店員が頷いてくれたから、やはり心配した通りだったということなんだろう。
案内されるままに2回の小さな会議室に向かうと、顔中髭だらけのドワーフの職員が座っていた。
「お前さんか、こんな曲がりくねった釣り針なんぞ欲しがる奴は!」
「依頼したのは確かに俺ですけど、可能でしょうか?」
「ドワーフ族に可能かを問うとは良い根性だが、生憎とワシは曲がったことが大嫌いなんじゃ。釣り針を曲げるなんぞ酔狂にもほどがあるぞ。少し根性を直してやろうと思って呼んだんじゃ。先ずはそこに座るがいい!」
お説教ってことか
だけど、勘違いしているようにも思えるんだけどなぁ……。
それにしても、中々面白いドワーフの職人だ。ツルハシまでまっすぐに作ったことで里を追い出されたらしい。
しばらく我慢してひたすらお説教を聞いていたんだが、どうにか一息つきそうになったところで、俺の話を聞いてもらうことにした。
「さすがドワーフ族の職人だけのことはあります。自説を曲げずにひたすら鉄を鍛えたことは、俺もそうありたいと願いたいところです。とはいえ、ご覧の通り漁で生計を立てている者ですから、これからも漁で暮らすことになるでしょう。
漁にはいろいろな漁法がありますが、大きくは釣りと銛に区分けできるでしょう。
なぜ、曲がった釣り針が欲しいかは、その漁法と相手となる魚にあるんです。
釣り針に餌を付けて海に垂らせば、そこに腹をすかせた魚がいるならすぐに食いつくでしょう。
問題は、その後です。
魚だって生き物です。俺達に釣り上げられないよう必死で釣り針から逃れようとします。
この時、釣り糸が緩んだら、魚から釣り針が外れてしまうことが多々あるんです。
普通の釣り針は、このように平ですよね。緩めば、ほら取れてしまうでしょう?
取れないように、返しと呼ばれる先端の構造はあるんですが、あまり返しを大きくすることはできません。
ですが、この釣り針がねじれていたらどうでしょう?
簡単に外れることはないはずです。
魚を捕って暮らしを立てる以上、俺達も漁法や漁具の改良に試行錯誤を繰り替えしています。
作るのが、職人の信念に反するのであれば、他を当たります。考えたなら先ずは試す、
これはドワーフ族の鍛冶の基本ではないんですか?」
長い話になったけど、目の前の職人はジッと話を聞いてくれた。
少し喉が渇いたからお茶を手にすると、そのタイミングで扉が開く。
「聞かせてもらったぞ。さすがは宝玉を託されるだけのことはある。これがバングルじゃ。王都であっても奇異には思われぬし、漁の邪魔にもならんじゃろう。
それで、お前はどうするんじゃ? お前の信念も分かるつもりじゃが、こいつの思いも俺達同様真剣なものだ。戯れではないならドワーフ族としてもそれにこたえるべきとおもうのだが?」
「まっすぐに生きようと思っておったが、いつの間にか根性が曲がっておったようじゃ。ワシへの依頼じゃ。ワシが作ろう。明日にでも取りに来るがよい。値段はこの釣り針の値のままじゃ」
「ありがとうございます!」
互いに手を握ったところで商船を出た。
右腕にしっかりと固定された感じだな。これなら外れることはないだろう。
宝玉が銀のバングルに埋まっているように見えるんだけど、どのようにこれを作ったのか想像もできない。
まるで細密画のよう細かな線画がバングルの裏に描かれていた。魔法の世界でもあるようだから、魔法陣の一種なんだろう。傷がつかないように裏に描いたんだろうが、これで銀貨1枚だからねぇ……。
ドワーフ族の製品の対価なんだから、本来は金貨を積むことになりそうなんだけどなぁ……。
本日で、ストックが無くなりました。これからは隔日投稿になります。




