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P-054 豪雨の中で


 朝早くに氏族の島を出て、一路南へと船団が進んでいく。

 夕暮れ前には到着するとの話だが、最初の航海から比べてだいぶ船足が速まっているのが屋形の屋根の上から見ていてもよくわかる。

 前を進むカタマランの航跡がだいぶ伸びているんだよね。たまに航跡のうねりのような波に乗るからカタマランが少し揺れる時がある。


「やはり雨が降るにゃ」

 

 タツミちゃんの言葉に西を見ると北西に大きな雲があった。


「昼すぎ辺りかな?」

「それより前かもしれないにゃ。船足を速めるのはあの雲を見たからにゃ」


 豪雨の中で遅くに漁場に着くのは考えものだとガリムさんが判断したということなんだろう。

 僚船が見えなくなるほどの豪雨だから振り出したら船を停めるか、歩くぐらいの速度で走らせることになってしまいそうだ。

 

 さらに船足が速まってきた。

 カタマランの操船櫓にある魔道機関の出力を調整するレバーは3つのノッチがある。

 通常は2ノッチと呼ばれる巡航位置なのだが、それより出力を上げているのだろう。

 3ノッチまでは無理なく魔道機関が動くとは聞いているけど、そんな速度を出す船は少ないようだ。

 魔道機関を動かしているのは相反する魔石の反発力らしいから、出力上昇は魔石の寿命を削ることに繋がるとバゼルさんが教えてくれた。

 カタマランの速度と魔石の寿命は比例するのではなく、指数関数的に上がってしまうらしい。

 普通に使えば数年以上持つらしいから、一年に何度か3ノッチ近くで船を走らせるなら、それほど影響はないんじゃないかな。


 いつものように、たまに舵を交代する。

 甲板でお茶を作って持ってきてくれたタツミちゃんが、西の空を見上げている。


「そろそろ降り出しそうかい?」

「お茶を終えるころには振り出すにゃ。タープを作っておいてほしいにゃ」


 操船櫓の中にある小さなテーブルにお茶のカップを置いてもらって、タツミちゃんと舵を代る。

 急いで甲板に降りると、帆桁の根元に巻いて置いた帆布を広げて、船尾に2本の柱を立ててタープを作る。

 結構役に立つな。竹で作った茣蓙のような屋根を皆は利用しているんだが、雨が滴るらしい。

 俺達の船はそんなことがないから、タツミちゃんも気に入っているぐらいだ。

 トーレさん達が聞きつけて、バゼルさんに同じものを作るように言っていたらしいけど、作ったのかな? 今度よく見てみよう。


 屋形の屋根に上って少し冷めたお茶を飲んでいる時だった。

 いきなり土砂降りの雨が降ってくる。

 雨音に交じって笛の音が聞こえてきたのは、速度を落とす合図なんだろう。

 船足が途端に遅くなった。


 すでにびしょ濡れだけど、仕事はあるんだよなぁ。

 甲板に降りて、ランプに光球を入れると柱の上部に吊り下げる。

 視界は悪いけど、明りはそれなりに見えるから他の船との衝突を防ぐことができる。


「下にいるよ。舵を代って欲しい時には声を掛けてくれ」

「しばらくはだいじょうぶにゃ。でも左右を見てほしいにゃ」


 それぐらいは言われなくてもするんだけどね。

 タツミちゃんに「了解!」と言葉を掛けて屋形に入る。先ずは着替えておこう。


 今日は後ろから2番目の左側だから、右手と後ろに船がいるはずだ。

 ほとんど船の姿が見えないけれど、ランプの光は確認できる。

 50mほど離れて航行していたのだが、速度を緩めたから現在は30mほどに接近しているはずだ。

 俺達の船のランプが見えるなら航行に問題はないのかもしれないな。

 それに、運が良いことに南西に進路を変えた後だった。

 タツミちゃんの話では、このまま漁場にまっすぐということらしい。

 3時間ほど豪雨が続いて、再び青空が戻ってきた。

 西には次の雲が控えているけど、漁場に向かう俺達にとっては都合がいい。

 少なくとも現在地が周囲の島から判断できるだろう。


 タツミちゃんも、漁場には詳しくないから、船団とともに船を進めているだけらしいが、おおよその位置は分かると言っていた。


「到着は夕暮れより少し前になりそうにゃ。あれだけ船を速めたけど、雨で遅れたから帳消しにゃ」

「でも船足を速めたから、到着が日のある内になったんだろう? やはりガリムさんは船団を指揮するだけの腕があるんじゃないかな」


 できれば次の豪雨の前に到着したいところだ。

 今夜の夜釣りは豪雨の中で行うことになりそうだな。

                ・

                ・

                ・

 広い海域に到着したのは夕暮れ時だった。

 まだ日が暮れるまでには間があるから、船団が解かれて皆がそれぞれ釣りが出来そうな場所を探して離れていく。

 俺達もサンゴの穴を探してカタマランを進めて、海底の色が濃くなった場所に錨を下ろすことにした。


「あまり海底が良く見えないけど,アンカーのロープは2FM(フェム:6m)近かったよ」

「夕食を作るにゃ。ナギサは先に釣りを始めても良いにゃ」


 夕食に時間が掛るってことなんだろう。

 屋形の屋根からいつも通りにリール竿を4本取り出し、タツミちゃんが保冷庫から出してくれた切り身を餌に釣りを始める。

 豪雨がやってきたら、すぐにタープの下に逃げられるようにして、魚を誘う。


 すぐに当たりが来た。

 軽く合わせて獲物を取り込む。

 バヌトスだな。30cmを少し超えたぐらいだから、バヌトスとしては中型と言えるだろう。

 夜釣り用に買い込んだ桶にポイと投げ入れて、次を狙う。

 

 夕食ができた時には3匹のバヌトスを釣り上げていた。

 大きくはないけど、2人で釣るなら一晩で10匹を超えそうだ。

 仕掛けを巻き上げて夕食を頂く。


 海に目を向けると、ポツリポツリトランプの明りが見える。

 互いにだいぶ離れているようだ。一番近い船でも300m近く離れているんじゃないかな。

 これだと、豪雨になったらランプの明りさえ見えなくなりそうだ。

 

 夕食を終えて、タツミちゃんがお茶を出してくれた時だ。

 いきなり豪雨が襲ってきた。

 タープのおかげで濡れることはないんだが、さっきまで見えていたランプの明りがまるで見えなくなってしまった。


「やはり降ってきたね。明日には止んでほしいけど……」

「雨期はまだまだ続くにゃ。曳き釣りをしないで延縄で頑張るにゃ」


 今回の目的は延縄だからね。

 潮流に合わせて流す漁法でどれぐらい魚が掛かるか……。できれば曳き釣りよりも数を上げたいところだ。

 延縄を引き上げるまでは、底物釣りで獲物を増やせるし、晴れれば素潜りだってできるだろう。

 延縄に付けるロープは30mほどのものにしてあるから、他の船の仕掛けに絡まることも無いだろうし、釣りをする妨げにもならないはずだ。


「さて、雨の中だけど釣りをしようか!」

「少しでも釣れれば獲物が増えるにゃ。考える前に動くことが大事だと母さんが言ってたにゃ」


 俺はほどほどが良いと思うんだけどなぁ。確かに動くことは大事だけど、やはり考えることも必要だと思うんだよねぇ。


 甲板の左右に竿を出して夜釣りを始める。

 豪雨だけどタープの中なら濡れることはない。足が濡れるのはしょうがないけど、海水より冷たい雨は濡れても心地良い感じがする。

 このまま降ってくれれば、今夜はシャワー代わりに豪雨を利用させてもらおう。


 ブラドを2匹釣り上げたところで夕食になる。

 すでに日は落ちているから夜食というのが正しいのかもしれないけどね。

 何時ものリゾット風のご飯にスープを掛けて頂く。今夜はマンゴーのような果物がデザートで出てきた。

 果物も手に入るんだ。でもドリアンはネコ族だから絶対に手にしないと思うな。


「珍しいね!」

「ギョキョーで売ってたにゃ。たまに商船が運んでくるらしいにゃ」


 上手く手に入ったってことかな?

 甘い果肉が喉を滑っていく。さて、今夜は頑張るしかなさそうだ。


 そんな気合を入れて2人で夜釣りを始めたのだが、3時間で4匹のブラドはあんまりだと思うな。


「場所が悪かったのかもにゃ」

「どこでも同じだと思うんだけどねぇ……。


 明日に期待して、今夜はここまでにしよう。

 竿を片付けると、衣服脱いで2人で天然のシャワーを楽しむ。

 長く豪雨に打たれていたくはないけど、10分程度なら冷たい水が気持ちいい。


 翌日も、昨日の豪雨が続いている。

 これでは素潜りもできないから予定通り延縄を潮流に乗せて流すことにした。

 最初のウキを投げ込むと、船尾の方向にゆっくりと流れていく。

 次々と餌を付けた枝針が海の中に消えていく。

 最後のウキを投げ入れて、細いロープが延びていくのをしばらく眺めていた。


「あれで掛かるのかにゃ?」

「基本は今までと同じだよ。釣りをしてたまに眺めよう。獲物が掛かればウキが動くんじゃないかな」


 もっとも、あのウキを動かすとなれば2ヤム(60cm)を越えるだろう。前回はそんな獲物がたくさん掛ったけど、今回はどうなんだろう。


 あまり心配しないで、とりあえずは釣りを始めよう。

 濡れるかもしれないから、2人とも水着での釣りだ。誰も見ていないし、豪雨の中だからTシャツを着る必要もない。たまにタープからか体を出すから麦わら帽子は被っている。


「昼から釣れるのかにゃ?」

「2本バリの間隔が広いから、シーブルが掛かるかもしれないよ。とりあえずは昨夜の不漁分を取り返したいね」


 さて何が釣れるんだろう?

 しばらく日中の釣りはしてなかったけど、豪雨の中だから夕暮れ近い明るさだ。改めてランプに光球を入れて俺達のカタマランがいることを示しているぐらいだ。


「掛かったにゃ!」


 タツミちゃんが竿を握ってリールを巻こうとしている。

 かなり大きいんじゃないか?

 仕掛けを巻き上げて、タモ網を手に取る。

 タープから出ると、豪雨に打たれながら魚が上がってくるのを待つことにした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 南国で経験したスコールは、まさに描写通りで、雨に打たれると痛く感じる位だから釣りは難しいだろうなぁ、と納得してしまいます。 [気になる点] 何度も「豪雨の中で」という題名がある、というのに…
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