P-050 朝から忙しい
翌日は、朝から大忙しだ。
とりあえず朝食を頂いたところで、延縄の仕掛けを下ろす場所をタツミちゃんと相談する。
とは言っても、同じ初心者同士だからねぇ……。とりあえず、南西の方に仕掛けを下ろして曳き釣りを始める場所に向かおうということになった。
食事が終わるとタツミちゃんが操船櫓に上がって、カタマランを南西方向に移動を始める。
俺は家形の屋根裏からザルに入れた延縄の仕掛けを取り出した。
12本の枝針にカマルの短冊をチョン掛けにすると、再び屋根裏から目印用のウキとアンカーとなる握り拳2つ分ぐらいの石を取り出した。
延縄仕掛けの道糸の先端に付けた金属製の輪に、目印用のウキとアンカー代わりの石を太い組紐で結んでおく。
延縄仕掛けの末端にも同じように目印用のウキとアンカーを結んだから、後は投げ込むだけになる。
「良い場所は見つかった?」
「どこも同じに見えるにゃ。2人分ぐらい水深がありそうにゃ」
変化に乏しいってことかな?
まあ、練習みたいなものだからねぇ。2匹も掛かっていたなら上出来かもしれない。
「それじゃあ、この辺りに流してみようか? 船を東に向けてゆっくりと進めてくれ」
「分かったにゃ。歩くより遅いぐらいで進めるにゃ」
カタマランが大きく左に回頭すると、東に船首を向けてゆっくりと進み始めた。
アンカーを投げ込み、続いて目印用のウキを投げ込む。
ザルの中からするすると仕掛けが引き出されていくのを見ると、何となく気分が良くなってくる。
たまに道糸に付けた握り拳ほどのウキが引っ掛かるから急いで引き出してやる。
延縄の長さは30mほどだ。
道糸が無くなりかけたところで目印用のウキを投げ込み、最後にアンカーとなる石を落とす。
「終わったよ!」
「あれにゃ! 目立つから探すのに苦労しないで済むにゃ」
ドッジボールほどの大きさの目印用のウキには2mほどの竹竿が差し込んである。
竹竿の先端に各自が思い思いの目印を付けているんだが、俺達の場合は鯉のぼりを作って結んである。
長さ50cmを越えるぐらいの鯉のぼりだけど、赤と青に染めてある。
まだ朝が早いから風もあまりないんだが、尾をひらひらさせているのが良く見えるんだよね。
俺達のカタマランの柱の上にも、少し大きいのを作って目印にしても良さそうだな。
カタマランが速度を上げて東に進む。
今度は曳き釣りだ。
集結場所には10分も掛からないだろう。
今度は家形の屋根裏から曳き釣り用の竿を2本取り出した。
竹を割って張り合わせた頑丈な竿は2mにも満たない。曽於竿に取り付けたリールは商船で売れ残っていた大型のリールだ。リールに巻いた道糸は延縄の親綱となる道糸と同じ太さだから、これを引き千切るような魚なら先にハリスを切るだろう。
船尾の左右のベンチの端に空いた穴に竿尻を差し込むとリールがベンチから少し浮いた状態になった。
真っ直ぐに上を向く竿は少し奇異な感じもするけど、曳き釣りの仕掛けを実際に曳く竿は別だからねぇ。
リールから道糸を引き出して、先端のフックにヒコーキ仕掛けを右手に、潜航板仕掛け左のリールに取り付けた。
問題は、曳くプラグの選定だ。
商船から、色や大きさを変えて数個手に入れたし、向こうの世界から持ってきたタックルボックスにも3個入っていたんだが、いざ選ぶとなると迷ってしまうな。
時間帯や釣る獲物、それに釣り場の水深辺りを考えて選ぶのだろうが、生憎と俺にはそんな情報を考えることなどできない。
ここは勘で行くしかなさそうだな。
10cmほどのプラグを4つ選びだした。虹色に銀色がヒコーキ仕掛け、赤と金色が潜航板仕掛けだ。
何も掛からないようなら、プラグを交換すれば良いだろう。
何事も経験ってことだな。
「白い吹き流しの船がやってくるにゃ!」
「俺達の確認ってことじゃないかな? ガリムさんの友人達も苦労してるね」
「ナギサだな! もっと南だ。1隻ポツンと浮かんでいる船の右手だ。
曳き釣り時の僚船との間隔は30FM(ヘム:45m)だ。あまり近づくと仕掛けが絡んでしまうからな。もう直ぐ全部揃うだろう。
出発は笛が合図だ。聞こえない船もいるだろうから、聞こえたら、笛を吹いてくれ」
「了解です!」
手を振って応えると、満足そうな顔をして次の船に向かって行った。
集結地点に近付いた俺達を、どうやら曳き釣りのスタート位置に案内してくれる役目を仰せつかったらしい。
若手を育てるのは年長者の勤めと思っているのかもしれない。
ガリムさんの友人付き合いだけでは、こんなことまで行わないんじゃないかな?
俺も、そんな時代が来るのだろうか? ちょっと心配になってきた。
タツミちゃんが指示された場所にカタマランを進める。
指定位置に着いたところでアンカーを投げ込むと、タツミちゃんが操船櫓から下りてきた。
今日は長いからなぁ。身支度をきちんと整えるのかな?
ココナッツを1つ割って、ジュースを水筒に詰めておく。
温くなったお茶をカップに入れて、とりあえず喉を潤す。
俺の方は麦わら帽子に安物のサングラスで十分だ。タープを作れないから、だいぶよれよれになって来たTシャツを上に羽織っている。
グンテも短パンのベルトに挟んであるから準備は問題なさそうだ。
残りのお茶を飲みながら甲板を眺めて、船尾の板がそのままだから、ストッパーを外して外側に倒しておく。これで獲物を引き上げるのが楽になるだろう。
念のために、タモ網と棍棒もベンチに用意しておいた。
笑いたくなるような念の入れ方だけど、いざという時に近くにあれば使えるからね。
「準備は終わったのかにゃ?」
「後は舷側の竿を展開するだけだ。お茶が温くなってるから、直ぐに飲めるよ」
袖無しシャツに短パン、縁の狭い麦わら帽子とサングラスがタツミちゃんのいで立ちだ。
カップにお茶を注いで、俺が舷側の竿を展開する様子を見ている。
展開と言っても、船首側に倒れた竿を横にするだけなんだけどね。
金属製のヒンジでしっかりと舷側に固定されているからそれほど苦も無く竿を横にすることができる。
長さ3mほどの竿だが、竹を割って密に組み合わせた頑丈な竿だ。先端に金属製の輪が取り付けられており、その輪に太い組紐が通してある。輪にしてある組紐に洗濯ばさみのような木製の摘み具が付いているから、それに曳き釣り用の道糸を挟みこめば曳き釣りができる。
「これで終わったよ。後は仕掛けを投げ込むだけだ」
「大物が掛かったら、船を停めて手伝うにゃ」
「掛かれば良いんだけどねぇ……。あまり期待はできないけど、大きいのが来たら手伝って欲しいな」
うんうんと頷いて、タツミちゃんが操船櫓に上がっていく。
左右のカタマランを見ると、竿を伸ばして色々やっているな。だけどそれが一段落するのはそれほど時間は掛からなそうだ。
屋形の屋根を通って船首に向かう。
出発前にアンカーを引き上げねばならないが、まだ白い旗を立てていない船もあるようだ。
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北から、笛の音が聞こえてきた。
聞こえたら笛を吹けと言われているからだろう。だんだんと笛の音が近づいてくる。
大きく笛を2回吹いたところで、急いでアンカーを引き上げるとタツミちゃんに手を振る。
途端にカタマランが前進を始めた、屋根を歩いながら周りを見ていると、北の方がカタマラン2隻分ほど先を進んでいるように思える。
だが、直ぐに横に並ぶんだろうな。
速度は、歩く程度だが、曳き釣りは速ければ良いということでもないらしい。
速度は赤い吹き流しをなびかせているガリムさんの船に合わせる外はないだろうから、あまり気にしないでおこう。
「始めた船もいるにゃ!」
「俺達も始めるよ。準備はできてるから、仕掛けを落とすだけだ」
操船櫓を過ぎて甲板に下りようとした俺に、タツミちゃんが声を掛けてくれた。
さて、あまりグズグズしてると文句を言われそうだ。
直ぐに仕掛けを落として、道糸を選択ばさみに挟みこんだ。
組紐を使って竿の先端部まで洗濯ばさみを移動させると、リールから道糸を引き出す。
とりあえず30mで良いだろう。10mずつ道糸に糸を巻いてあるから、送り出す長さを知ることができる。
できれば色が変わっていると良いんだけど、贅沢を言えば切りが無くなってしまいそうだ。
2つの仕掛けを落としたところで、船尾のベンチに腰を下ろす。
後は当りを待つだけになる。
たまに左右の僚船に目を向けるが、釣れた様子は無さそうだ。
しばらくはこの状態で東に進むことになるのかな?
パチン!
弾くような音が聞こえて右の曳き釣り用の竿が真直ぐに伸びた。
急いで左側のリール竿を持ち上げて道糸を巻き取る。潜航板が竿先に届いたところで、グイグイ引き込んでいる右側のリール竿を手にして道糸を巻き始める。
けっこう強い引きだ。 グイグイと言うよりグーンという感じだから、間違いなく青物に違いない。
竿を立てて、下ろしながら道糸を巻き取る。
ポンピングと言われる動作だが、ともすれば竿を持っていかれそうになる。
リールのストッパーを外して、強い引きの時には指先でリールのドラムにブレーキを掛ける。
引きが強いのは、カタマランが進んでいることもあるんだろう。
やがて引きが弱まって来る。どんどん道糸をたるませないようにして、巻き込んでいると、ヒコーキが海面に見えてきた。あの先3mに獲物がいるんだよなぁ。
タモ網を手元に置いたところで、手元に来たヒコーキを持つ。
リール竿はベンチに下ろして、ハリスを手にした。
唯に絡めないように注意しながら手繰り寄せると、水面下に黒い魚体が見える。
シーブルならたまに白く見えるんだが、そんなことが無いんだよなぁ。
タモ網を下ろして、魚体を誘導する。
魚体がタモ網に半分ほど入ったところで勢いよくタモ網を引き揚げた。
重い!
持っていたハリスを投げ捨て両手で外に向けた板に引き上げると、甲板に引き摺る。
「グルリンにゃ! 幸先が良いにゃ」
タツミちゃんが操船櫓から飛び降りると、棍棒でグルリンの頭を一撃する。
動かなくなったグルリンを保冷庫に投げ込むと、急いで操船櫓に戻っていった。
2分ほどだけど、無人運転じゃなかったのか?
どうやら引き上げを始めたところで船を停めていたみたいだ。
左右のカタマランはずっと先に行っている。
「次を釣るぞ。船を進めてくれ!」
「分かったにゃ。前に遅れないようにするにゃ」
船が進み始めたところで、再び仕掛けを投げ入れる。
プラグの選定はあれで良かったのかもしれないな。
次に釣れるのは何だろう?




