P-045 道標は浜の石積
氏族の島を出て2日目。船団は東に進路を変えて進む。
島をよく見ると、たまに砂浜や岩場の上に石積みが見える。昨日気が付いたんだけど、あちこちの島にあるんだろうな。
昼近くと夕暮れが迫るころ、双眼鏡で眺めると必ず見ることができる。
「航路の目印にゃ。氏族で知られた漁場へ行くための目印にゃ」
「個人的に見つけた漁場はそうじゃないってこと?」
舵輪を握ったタツミちゃんが、首を傾けて考えている。
どう伝えたら良いのか迷ってるのかな?
「バゼルさん達が代々伝えている漁場もあるにゃ。バゼルさんと一緒に漁をした時にはそんな場所が多かったにゃ」
詳しく聞いてみると漁場の大きさが関係しているみたいだ。
3隻で漁をするのがやっとの小さな漁場なら、共有してもあまり意味はない。石積みを作って航路を明確にした漁場は20隻ほどで漁をすることができる漁場になるとのことだ。
さらに大きな漁場もあるらしく、それらは大型船を母船として漁がおこなわれているとのことだ。
バゼルさんの次男が参加している船団のことだな。
「もう直ぐ漁場にゃ。石積み3個の島を通り抜けたら、北に進路を変えるはずにゃ」
「だいぶ日が傾いてきたけど、夕暮れ前には到着できるのかな?」
「船団の速度は変らないにゃ。十分到着できるにゃ」
どんな場所なのかな?
ブラドが多いということらしいから、サンゴの穴がいくつも点在しているような場所、もしくは深い溝が幾重にも重なったような場所かもしれない。
溝が深ければフルンネやハリオの回遊も考えられるけど、そんな話をしていなかったから、やはりサンゴの穴なのかもしれない。
船団が来たに進路を変える。右手に見える島の砂浜に3つの石積みが見えた。
なるほどねぇ。これなら迷わずに漁場に向かえるだろう。
北に向けて島2つを越えたところで、船団の速度が低下した。
1隻のカタマランが左手に動き速度を落とす。船団の船が通り過ぎる都度、旗を振って大声を上げているところを見るとこの海域が漁場らしい。
「かなり広い漁場だ。サンゴの穴を探して明日に備えるんだぞ!」
「了解です。漁場はどこも同じような感じですか?」
「穴の大小があるが、それほど変わらないぞ!」
タツミちゃんがカタマランの速度を上げる。
屋形の屋根に上って偏向レンズのサングラスで海を見ると、なるほどサンゴ礁にいくつもの穴が開いている。
大小はあるようだが、おおむね直径20mに満たないものだ。
穴を巡ってブラドを突くことになりそうだな。
「どの辺りで漁をするにゃ?」
「あまり変化がないけど、出来れば穴が接近した場所が良いだろうね。まだ日暮れには早いから、少し北東に向かってくれないか?」
12隻のカタマランが思い思いの場所にアンカーを下ろし始めたのを横目で見ながら、速度を落として船団の外れに向かう。
しばらく進むと、3つの穴がくっついたような穴を見付けることができた。
ここで良いんじゃないかな?
穴の端にカタマランを停めれば、夜釣りも期待できそうだ。
「速度をもっと落としてくれ。少し右手に向かってくれれば、大きな穴があるぞ」
「あれにゃ! 大きいけど島にだいぶ近いにゃ」
確かに近くの小島から200mほどの距離だ。
だけど黒々とした穴だから水深はあるんじゃないかな。
船首に立って、カタマランを穴の外れに誘導する。
穴の中心は避けたいし、サンゴ礁にアンカーを下ろすと引き上げるのが面倒だ。
「停めてくれ!」
片手を大きく上げて声を出すと、カタマランが急停止した。片手でザバンを固定しているロープを握っていたから良かったものの、握ってなかったら海に落ちるところだった。
スクリューを逆回転させて、急制動を掛けたんだろう。
確かに良い場所に留まったけど、前もって言って欲しかった。
船首に置いてあるアンカーを投げ入れて、ロープを握り静かに海底に下ろす。
何時ものように投げ入れたら、魚も驚くに違いない。
今夜は夜釣りだからね。なるべく魚を散らさないようにしないと。
ロープの目印で水深を確認する。
おおよそ7mだから、島に近い割には水深がある。海域の中心部だとさらに深くなるのかもしれないが、10mを越えるようなら素潜りは辛くなる。
丁度良い水深じゃないか? これなら夜釣りもそれなりに期待できそうだ。
船尾の甲板に向かうと、タツミちゃんが夕食を作っていた。
屋形の屋根からリール竿を4本取り出して、仕掛けを取り付ける。
「シメノンは来ないと思うけど、準備はしておくよ。タモ網も出しておくからね」
「タモ網を使うような魚は釣れないと聞いたにゃ。でも用意は必要にゃ」
たまに大物が出るということなのかな?
その時に慌てないように準備しておけば安心できる。。
日が落ちる前にランプを2個取り出して、光球を中に入れた。
屋形の近くと帆桁の先寄りに吊り下げて、俺の準備が終わる。
海面に20個以上のランプの明かりが反射して、中々綺麗だ。
イカは光に集まる習性があるから、案外シメノンが来ないとも限らない。
屋形の壁に立て掛けた、シメノン用の竿を見ながら思わず笑みを浮かべる。
夕食はリゾットにスープを掛けたような品だ。
エスニック料理に似た感じがするんだよね。香辛料が強い味にもだいぶ慣れてきた感じだ。
タツミちゃんが作る食事の中で一番多いんだけど、何時もお茶漬け感覚で食べている。
「明日は、これにブラドの切り身を入れたいね」
「バヌトスの方が美味しいにゃ。ちゃんと突くから期待してても良いにゃ」
バヌトスはカサゴの一種だからブラドよりは動きが鈍い。
そういう意味では突きやすい魚なんだが、値段が安いんだよねぇ。味はバヌトスの方が良いから理由が分からない。
大陸で暮らす連中の味の好みもあるのかもしれないな。
食事が終わると夜釣りを始める。
餌は昨夜釣ったカマルの切り身だ。胴付き仕掛けの2本の釣り針に短冊のような形で餌を付けると仕掛けを下ろす。
そこに着いたところで、50cmほど棚を上げて、竿を軽く上下させた。
短冊だから、これで踊るような動きになる。
さて、何が釣れるかな?
1分も経たずに、当りが腕に伝わる。
竿の引きと強さで、おおよその魚種と大きさが分かるようになってきた気がする。
これだと、バヌトスだろうな。大きさは40cmというところだろう。
リールを巻き上げながら、タツミちゃんに首を振った。
ちょっとが狩りした表情だったが、食事の後片付けを終えたようで、自分の仕掛けを下ろそうとしていた。
「よいしょ!」と言いながらバヌトスを甲板に上げると、釣り針を外してクーラーボックスの中に入れた。
たっぷりと氷が入っているから、ある程度溜まったらタツミちゃんが捌くつもりのようだ。
「今度は私にゃ。絶対、ブラドにゃ!」
「良い漁場だね。俺も次はブラドが来ると良いんだけど……」
そんな会話をしながら、夜釣りが続く。
4時間程で12匹だから、まあまあの漁だ。
タツミちゃんが開いた魚を大きなザルに並べる。これぐらいは手伝っても良さそうだ。
最後に館の屋根にザルを乗せて、落ちないようにザルに付けた紐を屋根に結んでおく。
「終わったにゃ。皆はどうだったのかにゃ?」
「俺達よりも多かったかもしれないよ。俺よりずっと長く漁暮らしをしてきた人達ばかりだからねぇ」
お茶と蒸したバナナを温めた物が夜食になる。
後は寝るだけだから、あまり食べないでおこう。
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タツミちゃんが朝食の支度をしている間に、素潜りの準備をしておく。
初日だから、水中銃を使うが、タツミちゃんは自分の銛を早々と屋根裏から下ろして甲板の隅に置いている。
魔法を2回使って氷柱を4本取り出し、保冷庫に入れておく。
昨夜タツミちゃんが作った氷柱はだいぶ小さくなっているけど、これで日中は持つんじゃないかな。
クーラーボックスには氷柱を1個半分に割って入れておいた。
クーラーボックスをロープで吊るして、船尾の板を外した場所に吊り下げた。ガリムさんはカゴを下ろしているようだが、2、3匹突くごとに甲板に上がって保冷庫に入れておくよりも便利に使える。
専用の木箱を作ってもおもしろそうだ。木箱の断熱効果はかなりのものだ。
俺と、タツミちゃんの素潜り装備も甲板に出しておく。これで準備は完了になるはずだ。
「朝食を食べてから始めるけど、かなり水深があるから注意して欲しいな」
「そんなに深くまでは潜らないにゃ。深ければ大きい魚がいるとは限らないにゃ」
確かにその通りなんだけどねぇ……。やはり、潜ってしまうんだよなぁ。
朝食は軽めに済ませる。
少し温めのお茶を飲みながら体を休めていると、あちこちで海に飛び込む姿が見えた。
もう、始めるのか? 少し早いようにも思えるのだが……。
「甲板に屋根を作った方が良さそうにゃ。朝早くに西の空に雲がある時には、雨が降る兆しにゃ」
「降るのは昼過ぎだろうけど、作っておくよ。館の扉も閉じた方が良いのかな?」
「扉を閉じて、窓を少し開けておくにゃ」
屋形の窓は、羽あげるような形で外に開く。開いても、屋根のようになるから雨が屋形の中には入らないようにする生活の知恵なんだろうな。
帆桁の根元に巻き付けておいた帆布を開いて、大きなタープを作る。
強い日光も遮ってくれるから、明日の夕暮れまでこのままで良いだろう。
準備が整ったところで、サーフパンツ姿になり、装備を身に付けた。
水中銃を手にしたところで、着替え中のタツミちゃんに先に行くことを告げる。
さて、どんな魚がいるんだろう。
シュノーケルを咥えた口元が笑みでゆがむ。
甲板から飛び込んで、シュノーケリングをしながら穴の際を観察する。
大きい奴なら、シュノーケリングで見つけられるんだが、生憎とこの辺りは中型が揃うと言っていたからなぁ……。
息を整えながら、水中銃のゴムを引く。
スピアと水中銃を結んだラインの絡まりを解したところで、海底に向かってダイブした。
穴に向かってサンゴが張り出した下に潜んでいることが多いから、ゆっくりと1つずつ確認していく。
直ぐにこちらに顔を向けているバルタックを見付けた。
40cmを越えていそうだ。
慎重に狙いを定めながら、スピアを近づける。
距離が1mを切ったところでトリガーを引く。
少し狙いが逸れたようだ。それでも頭の後部を貫通しているからバルタックに逃れるすべはない。
ラインを引いてサンゴから出すと、海面に向かって浮上する。




