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P-043 たかが銛、されど銛


 深夜遅くまで続いた祝宴をどうにか抜け出してタツミちゃんとカタマランに戻る。

 下弦の月が昇ってきたから、早めにハンモックに入らないと朝になってしまうだろう。

  

「皆が喜んでくれたにゃ。ずっと婚礼の航海でハリオを運んできた若者がいなかったらしいにゃ」

「俺のほかに2人が突いたんだよね。1人だったら目立ってしまったろうな」

「背中の聖姿に、皆が見入っていたにゃ。……動くとは思わなかったにゃ」


 動く?

 そういえば、俺が篝火の近くに向かった時にそんな話が後ろから聞こえてきたな……。


「前足と尻尾が動いたにゃ。やはり聖姿に違いないにゃ」

「俺の筋肉の動きで、そんな風に見えたのかもしれないよ。たまに疼くんだけど、小さいころの怪我の跡なんだから」


 カタマランに到着したところで、ココナッツを割る。

 小さな真鍮製のカップ2つに中身を分けて、酔いを覚ますことにした。

 どちらも同じぐらい飲んだのかもしれない。タツミちゃんの顔も真っ赤になっている。


「明日はのんびり寝ていても良いんじゃないかな。タツミちゃんもたまには寝坊したっていいんだよ」

「日が昇ってから起きるにゃ。あまり寝ていると、ナギサの評判が悪くなるにゃ」


 氏族の女性達は働きものばかりだからなぁ。

 のんびりとした女性を見たことがない。

 たまにトーレさん達が昼寝をする時があるけど、素潜り漁の昼下がりだけのようだ。


 ココナッツジュースを飲み終えたところで、屋形に入りハンモックで横になる。

 穏やかなうねりが伝わってくるから、まるでゆりかごの中にいるようだ。

 自然と瞼が閉じて、睡魔が俺の顔を覗き込んでくる……。


 翌日、甲板に出た時には太陽がかなり上がっていた。

 さすがに昼近くではないんだろうが、10時は過ぎてるんじゃないかな?

 海水で顔を洗ってタツミちゃんを探すと、バゼルさんのカタマランでサディさんと食事の支度をしていた。


 バゼルさんがパイプを咥えながら、俺の船に飛び乗ってきた。

 後ろからトーレさんが両手にカップを持って飛び移ってくる。先祖がネコなんだろうな。身軽な動きで飛び移ってきても、手に持ったカップのお茶をこぼさない。


「もう少しで朝食にゃ。遅いから昼食は作らないにゃ」

 

 俺とバゼルさんの前にお茶のカップを置いて、俺に笑みを浮かべて教えてくれた。

 機嫌が良いんだけど、何か良いことがあったんだろうか?


「昨夜のナギサを見てから機嫌が良い。自分の子供ではないんだが、トーレ達にはそんなことは関係ないんだろうな。

 長老も驚いていたぞ。背中の聖姿が動くのを見たのかもしれない」


 御他のカップを持ちながら、トーレさんの機嫌の良いわけを教えてくれた。

 タツミちゃんも同じようなことを言ってたけど、肝心の持ち主が動いたという自覚がないんだよなぁ。


「歩いた時に背中の筋肉の動きが、そんな風に見えたんでしょう。何度も言うようですが、傷跡ですよ」

「その傷跡がどのようにしてできたのかをお前が知らぬなら、それには何らかの理由があるのだろう。

 聖痕は、龍神の牙が貫通した傷跡にできる。聖印は龍神の髭が額を貫抜くことで具現化する。

 ナギサの両親がナギサに何も教えなかったのは、本人達にもその傷跡の原因に納得できなかったのかもしれんな」


 物心つく前に、何かがあったということなのか?

 毎年必ず親父の実家に向かうのも、それに関係しているのかもしれない。

 部活を1週間休むのは、さすがに顧問や部長も良い顔をしないんだが、一度俺だけ残ると言ったら、親父が学校に怒鳴り込んできたからなぁ。

 モンスターペアレンツというわけではないんだろうけど、故郷に伝わる儀式は学校の部活より優先すると言って、日本における天皇陛下の役割まで話を持っていくんだからねぇ……。

 部活の顧問が歴史の先生だったから、どうなることかと部長と一緒に2人の討論を聞いていたんだが、やはり伝統は守るべきだと顧問の先生が折れてしまったのを今でも覚えている。


「どうした?」

「いや、ちょっと昔を思い出してたんです。やはり、何かあったのかもしれませんね。でも、今ではどうでも良いことです」


「確かめる術はない……。だが、この世界では龍神が我等に与える最上の契約の印でもあるのだ。

 長老が言うように、かつてアオイ様の長男が背中に持った聖姿とは少し異なるが、聖姿にほとんど似たものであるなら、それなりの加護はあるのだろう。

 一緒に漁をしても不漁がなく、それまで突いたことがないハリオを突けるのだ。

 上手く若者達に溶け込んでくれることを皆が願っているぞ」


 これまでは声を変えられるまで動かなかったけど、これからは同世代の連中に声を掛けてみるべきなのかな?

 昨夜の祝宴で隣に座ったオルバンさんや、ガリムさん達と交流を深めれば彼らの友人達とも仲良くなれるはずだ。


「食事ができたにゃ! こっちに集まるにゃ」


 タツミちゃんの声に、俺とバゼルさんが腰を上げる。

 かなり暑くなってきたから、バゼルさんのカタマランの甲板には竹で編んだ屋根が引き出されていた。

 食事が終わったら、俺の船にも帆布をタープのように引き出しておこう。


「それにしても大きなハリオだったにゃ。あの辺りにいるなら、少し東の漁場に出掛けても良さそうにゃ」

「俺にも突かせるのか? たまには良いが、先にカルダスが出掛けそうだな」


 筆頭を自負する漁師達が動くということなのかな?

 それはそれで島の話題になりそうな気もするけどねぇ。


「明後日には、北に向かうかもしれないにゃ」

「今度は北なんだ。狙いは?」

「大型のブラドにゃ。夜釣りでもたくさん上がるみたいにゃ」


 ガリムさん達が情報を仕入れてきたのかな?

 それとも、祝宴の手伝いで小母さん達から情報を貰ったのかもしれない。


「情報の出所は、たぶん長老だろう。フルンネを突けずともブラドなら問題ないはずだ。バヌトスならさらに容易だろうから若者達の漁にちょうど良いと思ったに違いない」

「長老の役目も大変そうですね」


「なるべく皆が獲物を持ち帰れるようにといつも考えている。漁から戻った筆頭は、漁場とその漁果を報告しなければならない。

 カルダスがいつも嫌がっているんだが、役目を持った以上はやらねばならないからな」


 尊敬されるのは、そんな役目をこなしているからでもあるんだな。

 俺には出来そうもないから、皆の隅にいるよう心がけよう。

                 ・

                 ・

                 ・

 ギョキョーでも、漁具が買えるとは思わなかった。

 子供用の銛先とガム、それに銛先を止める金具をタツミちゃんに買ってもらい、銛の柄は炭を購入しに出かけた時に、爺さん達から譲って貰うことにした。


「まだ子供は生まれないだろうに、気の早い奴だ」

「俺が使うんですよ。銛が思ったように狙えないんで、オカズ用の魚で練習しようと考えました」


 俺の答えが面白かったのか、数人の爺さん達が手を休めて笑みを交わしている。

 俺を手招きして、縁台に座らせるとお茶まで出してくれた。


「その歳で、子供の真似をするってことか……。やはり、背中の聖姿は伊達ではないのう」

「お前さんは、適当に済ませたんじゃなかったのかい? 嫁さんが俺達にまで獲物を配ってくれたぞ」


 売り物にならなかったということらしい。爺さん達の黒歴史なんだろうけど、今では良い思い出ということなんだろう。一服しながら、そんな話で盛り上がっている。

 だけど、それだけ子供時代のおかず突きや釣りは大事だということだ。

 釣りはともかく、12歳で銛を貰うらしいからそれで日々のおかずを得るために素潜りを繰り返せば必然的に基礎はできるということになるのだろう。


「やはり数が大事だと思うんじゃが……」

「売れない魚を突いて数を伸ばすのは、龍神様の覚えも良くないと思うぞ」

「今更だが、子供時代にもう少し腕を上げておくべきじゃったな……」


 人生の黄昏を迎えてると、自分の通ってきた道を振り返ることが多いんだろうな。

 老人たちの会話を聞いていると、突然肩を叩かれた。


「だが、お前さんなら間に合うってことだ。しかも自分で気付いたところが偉いところじゃな」

「なるべく小さな魚のエラ付近を突けるようにすれば良い。嫁さんには呆れた目で見られるじゃろうが、な~に、スープにはなるじゃろう」


「最後は、カマルを突けるまでになれば良いんじゃが……」

「お前さん。それができたのは聖痕を持った連中じゃぞ。だがナギサなら……」


 老人たちの視線が一斉に俺に向けられた。

 期待の籠った目で見つめられてもなぁ。


「練習して同世代の腕に迫ろうとする未熟ものですよ。あまり期待されても」

「驕ることなく未熟を自負するぐらいじゃから、背中に聖姿を持つのじゃろうな。他の若い連中に見習わせたいぐらいじゃ」


 爺さんの一言に、他の爺さん達も頷いている。

 ひょっとして、炭を買いに来るたびに漁をする男達は爺さん連中の説教を聞いているんだろうか?

 ちゃんと聞かないと炭を手に入れられないんでは、神妙に聞くことになるんだろうけどね。

 

 お茶の礼を言って、さりげなく縁台にタバコの包みを置くとカタマランに戻ることにした。

 頂いた銛の柄は、俺の身長ほどの長さで少し細身だ。

 子供用としては少し太いらしい。若い嫁さん達の銛に使えるかと思って長く残っていたらしいから、ある意味在庫処分になるんだろうね。

 

 砂浜に小さな焚火を作って、柄の曲がりを治す。

 焚火で絵を炙りながら何度も繰り返していると、ガリムさんが友人を連れてやってきた。

 焚火でパイプに火を点けると、面白そうな顔をして俺の様子を眺めている。


「銛の柄だろう? だいぶ念入りに直しているな」

「少し細いんじゃないか? 嫁さん用の銛だろうが、婚礼の航海で銛を壊した様子はなかったはずだが?」


 俺の様子が気になったのかな?

 十分に大物を突けるだけの銛を持っているのに、新たな銛を作る理由が分からなかったんだろう。


「俺の銛ですよ。オカズ用の魚を突こうと思っているんです」

「オカズなら釣りの方が確実だろうに?」


「小さいのが突けるなら、大きいのは容易です。俺の銛の腕はガリムさん達には及びませんからね。面倒な仕掛けで魚を突いてるんです」

「それを見せてもらおうと、ナギサの船に行くところだったんだ。見せてくれるか?」


「良いですよ。ちょっと待ってください」


 焚火に砂をかぶせて火を消すと、かなりまっすぐになった柄を持ってガリムさん達の先を歩く。

 ガリムさん達は、この銛の意味が分からなかったのかな?

 もっとも、子供時代に毎日のように銛を手に浜で魚を突いていたから、今更ということなのかもしれない。

 だけど爺さん達の話では、「それで満足するようでは……」とも取れるんだよなぁ。

 たかが銛、されど銛。

 簡単な漁具だからこそ、奥が深いのかもしれない。


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