P-042 島を挙げての大宴会
いつまで経ってもタツミちゃん達が帰って来ないのを心配していると、バゼルさん達が笑い声をあげた。
心配そうな顔をして桟橋を見ていた俺に気が付いたのかな?
「トーレ達は浜で宴会の準備をしているはずだ。何といっても獲物が多いようだし、島にいる一同が集まってくるからなぁ」
「俺達は準備が出来てからで十分だ。浜に大きな篝火が焚かれ手からでも十分だろう」
「それはバゼルさん達だからであって、俺達若者は違うんじゃありませんか?」
「そうだったか? まあ、ナギサ達は主役だから、ガリム達が準備しているだろうな。必要ならガリム達から指図があるかもしれんが、何も言われていないだろう?」
確かに聞いてはいない。
だけど、暗黙の了解ということもあるようにおもえるんだけどねぇ。
タツミちゃん達はちゃんと役目をこなしているようだし、ちょっと不安になってしまう。
「ガリムが得意げな顔をしていたから、一発殴っておいた。たまたまを自分の腕だと勘違いするようでは困るからな」
「3度続けば、褒めてやるんだぞ。お前は昔から手が早いからなぁ」
豊漁が3度続けば、船団を指揮する者の腕を認めようということらしい。
何を持って豊漁というのかわからないので聞いてみると、具体的な数字が帰ってきた。
船団で一番漁果の少ない者の収入が、銀貨1枚を超えれば豊漁だし、銅貨30枚を下回れば不良ということらしい。
「最下位の漁果で判断するんですか?」
「そうすれば、船団の評価を上げるために、そいつの漁を皆で是正してくれるはずだ。少なくとも船団の筆頭ともなれば、船団を作る連中の得手不得手を把握しておく必要があるだろうな」
それなら、氏族筆頭であるカルダスさんは全ての漁を無難にこなすことになるんだが、果たしてどうなんだろう?
「俺だって人並みだと思ってるのは、素潜りに延縄ぐらいのものだ。人それぞれに得意な漁があるからな。上手く組み合わせて、全体の漁果に極端なばらつきが無いようにすることが大事なんだ。ナギサも将来は筆頭もしくは次席になるんだから、覚えておくんだぞ」
いくら何でも、筆頭は無理だろう。
ネコ族の新参者には荷が重すぎるし、まだ自分の得意な漁がなにかもわかっていないぐらいだ。
2人の酔っぱらいから船団の心構えを説かれていると、いつの間にか夕暮れが迫っていた。
浜を見ると大きな焚火が作られ、その周りに小さな焚火がいくつか見える。
「あれは篝火ですか!」
「おう、ようやく火が点いたな。人影が見えるだろう? あれはカヌイの婆様達だ。
龍神様への感謝の歌と舞をしているはずだ。退屈だから、男衆はあまり見ることはない。あの篝火を囲んでいるのは女衆達がほとんどだ」
「だが、そろそろ腰を上げたほうが良いだろうな。感謝の舞には長老達が集まってからだぞ」
「遅参すると文句を言われそうだな。どれ……。ナギサ上着を脱げ、出掛けるぞ!」
ガリナムさん達が肩を組んで桟橋を歩き始めたけど、少しよろよろしている。
1人じゃ歩けないから、2人で肩を組んでるのかな?
それほど飲まなくても良いように思えるんだけどねぇ。
砂浜に出ると、よろよろがもっと酷くなる。
砂に足を取られるからだろうが、カルダスさん達にはこの祝宴に役目が無いのだろうか?
あったとしたら、代役を用意しておいた方が良さそうに思える。
どうにか焚火に到着すると、俺を見つけたガリムさんが席を案内してくれた。
やはり役目を貰うと、いろいろと使われるようだ。
「親父達は、長老の近くの席だ。俺達は海側の席になる。ナギサが大物を突いたからなぁ。今回は皆が喜んでくれている」
案内された場所には、ベンチ代わりの丸太が置いてあった。
すでに一緒に出掛けた男性達が座っているから、俺が最後になるようだ。
俺達の後ろの席にはタツミちゃん達が並んでいる。
今回の婚礼の航海に参加した俺達だけの特別席らしい。
俺達の横にガリムさん達が友人達と一緒に並ぶようだ。
すでに龍神への感謝の儀式は終わったらしい。
俺達抜きで良いのかと思ってしまったけど、それが風習であれば致し方がないことなんだろうな。
人の思考で神を計ることなど不可能だ。風習だと割り切っておこう。
やがて長老の一人が席を立つと篝火の前に足を運ぶ。
恭しく海に頭を下げたところで、少し後戻りをして大声で話を始めた。
老人なんだけど、声は大きいな。まだまだ現役でも行けそうに思える。
「シドラ氏族は新興の氏族だ。おかげで漁場に事欠くことはないが、トウハ氏族の風習を我等も取り入れたからこの方、ハリオを目にしたのはあまりなかった。
今回、ハリオが5匹と聞いて皆も心が躍ったろう。
まずは、それを突いた者達に氏族から感謝をして、皆で久方のハリオを味わおうぞ!」
周りから大きな歓声と拍手が起きたところで、長老の下に足を運んだのはカルダスさんだった。
あれほど、よろよろしてたんだけど、しっかりした足取りをしている。
決める時には決められるってことかな?
小さなカゴを持っているのは、記念品ってことに違いない。
タツミちゃんがそんな話を教えてくれた。
「今回は都合5匹のハリオが島にもたらされた。我ら新興の氏族ではあるが、銛の腕はトウハ氏族にも並べるであろう。
婚礼の航海でフルンネを島に持ち帰った者には我等よりカップを送る習わしであるが、ハリオを突いた者にそれで良いのかと迷ってしまう。
だが、これも先例があるようだ。皆も不服かもしれんが、品物を送るより称賛を送ることで彼らを讃えようぞ。
先ずは、ナギサだ。
都合3匹のハリオを突いて、その中の1匹は5YM(ヤム:1.5m)を超える。さらに4YM近いフルンネを3匹突いている。
ニライカナイの中で、シドラ氏族にナギサありと讃えられるにそうは時間を要しないかもしれんな」
長老の手招きで、席を立って長老の前に歩いていく。
そんな中でどよめきが起こる。
なぜか後ろの方で俺を指さして騒いでいるようだ。背中の傷跡を始めてみる人が多いんだろうか?
「……見たか!」
「見たぞ! 一瞬だが確かに動いた……」
そんな声が聞こえてきたが、傷跡が動くわけはない。
俺の体の動きで、そう見えたんだろう。
ちらりと後ろを振り返ると、膝を着いて両手を合わせて拝んでいる小母さんが見えた。
篝火の周りは男性だけだったから、そろそろ料理が出来上がったので運んでいる途中だったのかもしれない。
だとしても、拝むのはどうかと思うな。
ニライカナイのネコ族の人達は敬虔な龍神様の信者だとしても、背中の傷跡を拝むのは偶像崇拝ということになると思うんだけどなぁ……。
「後ろが騒がしいが、気にせずともよい。ナギサの背中を始めてみる者もいるのだからな。 これが記念品じゃ。錫製のカップじゃが、年号と月、それに突いた獲物の数を刻んでおる。初心に帰る記念とするがよい」
「ありがとうございます!」
恭しく両手で小さなカップを受け取る。
錫製だと言ってたけど、たまにワインを飲む真鍮製のカップと同じような形と大きさだ。
トロフィーカップのように仰々しくないから、数個揃えてワイン用のカップにしても良さそうだ。
長老に頭を下げて、数歩下がるとカップを高く上げて皆に見せる。
途端に歓声と拍手が上がった。
数秒ほどそのままの態勢を維持して、皆に頭を下げて席に戻る。
隣の席の男が俺の肩を叩くと、身を乗り出して肩を叩いてくる連中まで現れた。
氏族は1つの家族という感じなんだよなぁ。
見知らぬ世界ではあるけど、親身になってくれる人がたくさんいるんだから。
婚礼の参加者が次々と名を呼ばれる。
この世界では苗字という概念はないらしい。強いていうなら俺の場合はナギサ・シドラということになるし、シドラ氏族の中で区分するときは親の名が名前の後ろに続くようだ。
バゼルさんが自分の名を使うことを許してくれたから、ナギサ・バゼルとなるんだが氏族の中でそんな言い方をする人はいないんだよね。
慣習の一つだと教えてくれたけど、千人にも満たない数の中では特に必要はないようだ。
7人全員がカップを受け取ると、女性達がココナッツのカップを入れたカゴを持って俺達の中に入ってくる。
肩ぐるしい儀式が終わって祝宴の始まりということなんだろうな。
全員にカップが回ったところで、筆頭カルダスさんが篝火に進み出る。
「さて、宴会の始まりだ。我等の糧を与えてくれる龍神様に感謝して……、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
若い女性達が大きなザルを運んでくる。
数人がかりで運んできたのは、俺が突いたハリオの姿焼きだ。
切り分けているのはトーレさんに見えるんだけど、先ずは長老達ということなんだろうな。
あのまま回っていくと、俺のところに来るときには頭と尾だけになりそうな感じだ。
そんな心配をしていると、次の大きなザルが運ばれてきた。
今度は、俺達が最初だけど切り身はそれほど大きくない。二口ほどで食べらる大きさだ。
7人での漁果も、氏族全体ともなればこれほどの量になってしまうんだろうか?
「何を悩んでるんだ?」
「いや、かなり突いたと思うんですが、皆で分けるとこれほどかと思ってしまって……」
「まだ儀式の途中だよ。俺達が突いてきたハリオを皆で味わう。ハリオなんて俺達が食べられるのは、この祝宴だけだからな。皆が食べたところで、料理が運ばれてくるのさ」
隣の男性はオルバンと名乗ってくれた。俺より1つ年上で、ハリオを1匹突いたらしい。
「ハリオは待つことが大事だとよくわかったよ。だけど運もあるのも理解できた。潜っていられる時間内に群れが頭上を通過する機会は中々あるものじゃないからね」
「運も腕の一つだとバゼルさんが言ってましたよ」
「確かにその通りかも……。妻のエクトは、自分の祈りが通じたんだと今でも言ってるよ」
「エクトさんも素潜りを?」
「ああ、ブラドを7匹突いてくれた。俺より腕があるんじゃないかな」
良い嫁さんみたいだな。
そういえば、仲が悪い夫婦の話を聞いたことがない。
仲が悪ければ一緒に漁もできないからなんだろうけど、嫁さん達の棍棒裁きを常に見ているのも要因の1つかもしれない。
大きな歓声が上がった。
篝火に目を向けると、小母さん達が列を作って料理を入れたカゴを運んでくるところだった。
改めて酒が回り、小母さん達が取り分けてくれた料理も回ってくる。
小さなザルに、いろんな具材の炊き込みご飯を乗せたバナナの葉が並べられてしまったし、大きなバナナの葉が目の前に敷かれてチマキや団子が乗せられる。
こんなに食べられるんだろうか?
ちょっと心配になってくるけど、料理は全て美味い! の一言だ。
食べたことがある料理でも味付けが微妙に変わってるんだよなぁ。
こんな大規模な祝宴でなくとも、女性達が集まって料理をする機会が多いのは料理教室の意味合いもあるんだろう。




