P-041 氏族の島に凱旋
氏族の島への帰投は、少し船足を速めているようにも思える。
1日目に停泊した島は、漁場に到着した前夜に停泊した島を遥かに通り越している。
「このまま進めば、明日の昼過ぎには島に着けるにゃ」
「だよなぁ。道理で船足が速かったはずだ。ちょっと緊張して舵輪を握ってたんだ」
舵輪だけなのは何時ものことだが、途中で少し進路を変えたから焦ってしまった。
船足も少し速かったから、前のカタマランとの距離が気になって仕方がないところでの進路変更だったからなぁ……。
「あれぐらいできるなら問題ないにゃ。2人で漁に行くときは夜も走らせてみるにゃ」
「それはちょっと……、だなぁ」
夕食は団子スープだ。
オカズ釣りをしたら、ブラドが2匹掛かったから、タツミちゃんがすり身にして団子にしてくれた。
米粉の団子にもスープが浸みているから、トーレさんに負けてない気もするな。
「ところで、漁果はタツミちゃん1人で運べるの?」
「だいじょうぶにゃ。何度も往復すれば良いにゃ。案大きなハリオは1匹だけで運ぶにゃ」
背負いカゴでの運搬だから30kg程度でも十分に運べるらしい。
結構重かったからねぇ。20kgは越えてるんじゃないか?
「明日の夜は浜でお祭りにゃ。長老達もやってくるにゃ」
「トウハ氏族なら賞品があると聞いたけど?」
「ハリオを突いたら、年号と突いた月を刻んだカップが貰えるにゃ。シドラ氏族は、分からないにゃ」
トウハ氏族の場合は、ということなんだろう。婚礼の航海はトウハ氏族の風習を模擬したらしいから、何か貰えるかもしれない。
ちょっと楽しみになって来た。
「今回の獲物は参加した全員で分割するにゃ。あまり手元に来ないかもしれないにゃ」
「風習なんだから、それで十分だと思うよ。どちらかと言うと、獲物を氏族全員で頂くことに意味があるんだと思うな」
これが新たな若者達の獲物だということで、氏族が祝福してくれるに違いない。
手元にはリードル漁の売り上げが十分に残っている。全くの不漁だったとしても、俺達の生活が成り立たなくなるわけでは無い。
昼過ぎに氏族の島の桟橋が見えてきたところで、船団が解散する。
タツミちゃんが向かった先は、島の南の桟橋だ。南から2番目だから俺にも分かるな。
漁から帰ったバゼルさんのカタマランの右手にゆっくりとタツミちゃんがカタマランを進めていく。
俺達が帰ってくるのを待ち構えていたように、バゼルさんが舷側に緩衝用のカゴを下ろしている。
屋形の屋根の上からトーレさんが手を振っているのは、タツミちゃんが手を振っているからなんだろうな。
甲板のバゼルさんとサディさんに俺も手を振った。
「アンカーを降ろしたら、ロープを投げてくれ。船尾のロープはこっちに投げ込んでくれれば十分だ」
「分かりました。船首に向かいます」
惰性で進んでいるカタマランがゆっくりとバゼルさんのカタマランに寄せていく。
じっと見ていないとわからないくらいの動きだが、船の重量が加わるから、あまり急いでロープを結ぶと切れてしまうらしい。
動きがほとんど止まったところでアンカーを投げ入れ、バゼルさんにロープを投げた。
「こっちはこれで良い。船尾のロープを見てくれ!」
「了解です!」
桟橋への停泊はいろいろとやることが多いんだよね。
屋形の屋根を歩いて船尾に向かうと、すでにサディさんがロープを結び終えていたようだ。
とはいえ、他人任せにできないところもあるから、一応きちんと結ばれていることを確認しておく。
小さな甲板にトーレさん達が乗り込んできて、俺達の漁果を保冷庫の蓋を開けて確認している。
タツミちゃんが相手をしているようだから、手招きしているバゼルさんのところに向かうと、たっぷりとココナッツ酒を注いだカップを渡されてしまった。
「突けたようだな。5YM(ヤム:1.5m)越えとはなぁ……。トウハ氏族でもその大きさを突ける者は片手で足りるだろう。長老も喜んでくれるに違いない」
「フルンネと違ってハリオは運が作用します。俺が突けたのは他の連中よりも運が良かっただけかと……」
「運も腕の内だ。あまり卑下するのも良くないぞ。今夜は浜で盛大な祝いになる。お前達の突いた魚は一括して氏族が買い上げる。婚礼の航海に出掛けた全員で均等割りだが、それは氏族の風習として諦めることだ」
小さく頷いて、ココナッツ酒を一口飲む。いつもよりアルコール濃度が低いのは、バゼルさんが飲んでいる酒をさらにココナッツジュースで割ったのかもしれない。
「運んでくるにゃ!」
3人が背負いカゴに獲物を入れ、俺達の横を通り過ぎる。
トーレさんの担ぐカゴからハリオが首を出しているのが印象的だ。
前もそんな感じで運んでいたけど、やはり大きな得物を皆に見せたいんだろうな。
「本来ならタツミに大物を運ばせるのだがな……」
「あれはかなり重かったですよ。後ろに滑車を突けた帆桁があったから、どうにか引き上げられましたからね」
「あの大きさのハリオも、あの仕掛けで突けたなら教えを乞う者もいるだろうな」
「今回同行した連中には、いつでも見に来てくれと伝えておきました。
ですが、基本は変わりませんよ。獲物に静かに近づき銛を放つ。確かに少し距離を離すことはできますが、あまり離れれば狙いが狂いますからね」
「銛を使う腕が必要なことに変わりはないということか。確か銀貨5枚だったな。低級魔石1個で作れるなら、銛を使う腕に悩む連中が買うかもしれんな」
上手く使えなくて、俺を恨むなんてことはないだろうな。
俺だって銛で突くことはできる。だが狙いが狂いやすいから水中銃を使っているだけなんだが……。
「バゼルさんにタツミちゃん用の銛を作って頂きましたが、俺も1本作ってみようかと思ってます。やはり商船で銛先と柄を手に入れるんでしょうか?」
「銛先は商船で買うしかない。種類がいろいろあるぞ。銛の柄は炭焼きの老人達が片手間に作っているから、それを貰って自分に合わせることになる。代金は取らんが、タバコの包みを1つ渡せば義理は立つ」
自作するしかないのか……。
漁場までの航海は俺の仕事はほとんどないから、時間潰しに丁度良いかもしれない。
ゆっくり時間を掛けて作れば納得いくものができるだろう。
「だが、銛はすでに持っているんじゃないのか?」
「どちらかというと、練習用です。子供達がこの沖合でおかずを突いているとタツミちゃんから教えてもらいました。
今回の漁だって、俺が銛をきちんと使えるなら、さらに漁果が増したはずです」
俺の言葉に、バゼルさんが笑みを浮かべる。
水中銃の便利性も理解しているんだろうけど、手返しの悪さが問題だと思っていたのだろう。
「ニライカナイの海域は広い。そこにはいろんな魚がいるんだ。カイト様やアオイ様も相手に応じて銛をいろいろと作ったらしい。
ハリオで満足することは良くないぞ。アオイ様はお前のカタマラン並みの魚さえ突いたらしい。もっとも引き上げるのに半日は掛かったらしいがな」
ワハハハ……、と笑い声をあげている。
一体何を突いたんだろう?
そんな大物だとしたら、水中銃では無理だろうな。銛を何本も打ち込んで動きを止めることになるんだろうけどね。
「ガリムの指揮はどうだった?」
「なんだ、なんだ。俺の子供の心配か?」
甲板に乗り込んできたのはカルダスさんだ。シドラ氏族の筆頭なんだけど、バゼルさんの友人の1人だから結構顔を見る機会が多いんだよなぁ。
「ガリムさんのおかげで問題なく漁場に付けました。ガリムさんの友人達もいろいろと協力してくれましたし、次に出航するときには旗を入れる竹筒を操船櫓の後ろに付けておけと指示してくれました。
出航時は他の船団との区別をして、準備完了も旗で知らせるようにとのことでした」
「ほう! それはガリムの考えじゃなさそうだが、それを教えてくれる友人がいるんだから問題はねえだろう。慣れれば、どれが自分の船団かわかりそうなものだが、最初だからだろうな」
嬉しそうにバゼルさんから受け取ったココナッツ酒を飲んでいる。
ガリムさんが末っ子だからだろう。案外心配性な親父さんだ。
「それにしてもだ。ギョキョーの前は人だかりだぞ。あれほど大きなハリオはシドラ氏族始まって以来だろうな。トウハ氏族ともなれば何人かはいるだろうが」
「銛でもトウハ氏族に並んだということだろう。生憎と今夜食べてしまうことになるが」
「皆で、それを味わえるんだから長老も喜ぶんじゃねぇか。次も仕留めてくるんだぞ。何回か商船に運べば嫌でもトウハ氏族の連中が知ることになるからな」
ネコ族はニライカナイという大きな国を作っているのだが、その中には6つの氏族があるようだ。オウミ氏族を中心に、北のホクチ、東のトウハ、南のナンタに西のサイカ、それに新興氏族であるトウハより南東にあるシドラ氏族だ。
氏族間での交流は、アオイさん達の努力で盛んに行われているらしいが、いまだに氏族間での優劣を競う気持ちがあるんだろうか?
あまり問題にならないと良いんだけどねぇ……。
「それで、変わった仕掛けで突いたと聞いたが?」
「持ってきます。商船のドワーフの職人に作ってもらいました」
筆頭漁師には早めに見せておこう。
自分のカタマランに戻って屋形の屋根裏から水中銃を引き出して、カルダスさんに渡した。
じっと眺めている。ココナッツ酒を2杯も飲んでいるんだけど、酔ってはいないようだ。
「石弓の弓の代わりをガムで行うってことか! 武器としては使えんだろうが、これであの大きさのハリオを突けるのが信じられんな」
「その理由は、銛先に結んだ紐にあるんです。延縄の親綱に使える道糸ですから、ハリオを力任せに引き寄せられます。
もう少し太い銛先でも良かった気もしますが、鋼製らしく獲物から引き抜いても曲がりはありませんでした」
「……だが、使うのが面倒に思えるな」
「ナギサは子供用の銛を作ると言ってたぞ。手返しを考えれば俺達の使う銛が一番なんだが、ナギサは銛を打つのが今一なんだ」
「初心に帰るってことか! 大物を突くのに道具に頼りたくないってことだな。気に入ったぞ! 2人目の嫁さんは俺の娘をやろう」
「まだ14だろうが? 2人目を勝手に決めると嫁さん連中が怒り出すぞ」
バゼルさんの言葉に、カルダスさんの表情がしぼんでいく。
ネコ族の主導権は嫁さん達に握られているのかもしれないな。




