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P-039 大きなハリオ


 婚礼の航海2日目も、順調にカタマランは進んでいる。

 昼を過ぎたところで、少し東に進路を変えたようだ。3つの小さな島を迂回するように回り込み、南東方向へと船団は向かっている。


「さすがにこの辺りまで来たことは無かったね」

「素潜りは最初のカタマランを手に入れた者達だけだと、トーレさんが言ってたにゃ。でも曳き釣りなら、漁をしても良いらしいにゃ」


 銛の洗礼を、あまり受けたことがない魚ばかりなのかもしれない。

 それだけ氏族の風習を大事にしているに違いない。漁場はたくさんあるんだから1つぐらいは若い連中に譲ってやろうということなんだろう。


 日が傾き始めた頃、船団の速度が緩やかになって来た。

 何だろうと思って家形の屋根に上って前方を眺めると、目の前に大きな海域が広がっていた。

 東西それに南に見える島は一番近くとも数km先のようだ。

 なるほど、素潜りは若者達に譲っても、曳き釣りの漁場としては手放したくないのも理解できる。


 水深は? と水底をみるとぼんやりとした塊がいくつも見える。

 何となく連なっているようにも見えるが、かなり大きな割れ目がいくつも東西方向に連なっているからなんだろう。

 

 大きく笛の音が長く聞こえてきた。

 紅白の旗を振りながら、ザバンが船団の中を移動している。

 どうやら、ここからは各自の判断ということらしい。


 近付いてきたザバンが、赤か白の吹き流しのカタマランが見える範囲で自由に停泊して良いと伝えてくれた。


 波はあるものの、うねりはほとんど無いから2kmほど離れてもガリムさんの船を確認できるだろう。

 さて、どの辺りにカタマランを移動しようか……。


「どこに行くにゃ?」

「そうだなぁ……。やはり、南西かな? 明日の成果が良くなければ、南に向かおう」

「一番端ってことにゃ。それなら、今から移動するにゃ」


 カタマランを右に回頭して南西方向に向かう。海域の真ん中を目指す連中が多いけど、これだけ広いと目移りしてしまう。


 30分ほどカタマランを進ませても、まだ赤い吹き流しを視認できる。

 あまり遠くに向かってもねぇ……。ちらりとタツミちゃんに顔を向けると、小さく頷いて魔道機関を停止させた。

 屋形の屋根を歩いて船首の甲板に向かい、アンカーの石を投げ込む。

 するするとロープが延びていく。

 2mごとに結んだリボンが水深を知らせてくれる。斜めになったロープの4つ目のリボンが海面に出ているから水深は6m程になりそうだ。

 

 船尾に向かうと、すでにタツミちゃんが夕食の準備を始めていた。

 早めに食事を終えて明日の準備を始めるつもりらしい。

 俺の方は、食後でも十分だ。

 ザバンやカヌーを使わずに甲板から直接だから、水中銃とシュノーケリングの準備だけになる。直ぐに終わってしまうだろう。


 ランプに光球を入れて、保冷庫にも数本の氷柱を魔法を使って入れておく。

 明日までには、ほとんど解けてしまうだろうが保冷庫の温度を下げておけば、明日は氷柱が融けるのを抑えらるだろう。

 

 夕食は少し柔らかめの炊き込みご飯に、野菜のスープ。

 香辛料がたっぷりだけど、スープに酸味が突き過ぎているように思うな。

 まだまだトーレさん達の腕に到達するのは難しいみたいだけど、この味にだんだんと慣れてしまうのかもしれない。


「今日は夕暮れに間に合ったにゃ」

「明日は早いんだろうけど、寝ていたら起こして欲しいな」

「素潜りは、日が昇ってからにゃ。それでも起きない時にはちゃんと起こしてあげるにゃ」


 上手く突ければ良いんだけどね。

 ハリオが1匹混じれば、タツミちゃんも喜んでくれるに違いない。それに、トーレさん達も期待しているようだ。

 他の6隻の同世代の連中も俺と同じように、今頃は家族からの重圧を感じているに違いない。

 今夜は眠れるだろうか?

 興奮した頭を、ワインで誤魔化して寝ることになるんだろうな。

                 ・

                 ・

                 ・

 翌日目が覚めた時には、屋形の船首にある扉から日が差し込んでいた。

 ちょっと寝すぎた感じだけど、まだタツミちゃんが起こしに来ないから、それほど寝過ごしたわけでは無いのだろう。

 サーフパンツに袖無しのラッシュガードに着替えたところで甲板に出ると、タツミちゃんがスープの味見をしていた。


「ちゃんと起きられたにゃ!」

「でも、だいぶ日が昇っているよ。今日は頑張らないといけないんだよね」


「たっぷり食べて、大きいのを突いて来るにゃ。もう直ぐできるから、顔を洗ったらココナッツを割って欲しいにゃ」


 タツミちゃんの依頼に頷いたところで、海水を桶に汲んで顔を洗う。

 ネコ族に風呂の概念は無いようだ。【クリル】で体どころか衣服までの汚れを落とせるからだろう。

 一度豪雨中に甲板に出て、シャワー代わりに雨に打たれていたら、トーレさんが呆れた顔で見ていた。

 滝のような雨だし、海水よりも温度が低いのが良い感じだった。


 顔を洗ったところで、屋形の中のカゴに入れてあるココナッツを取り出し、鉈を使って殻を割る。

 中身はポットに入れておけば、朝食後のお茶代わりになりそうだ。


 甲板の真ん中に木箱を移動して板を乗せるとテーブルになる。

 真鍮製の深皿に、チャーハンのようなご飯を盛って、スープを掛けたものが俺達の朝食だ。

 先割れスプーンを使って早速頂いたが、食事に集中できないんだよね。

 どうしても視線が周囲の船に向いてしまう。


「まだ誰も潜っていないんだね」

「ガリムさんの合図待ちにゃ。準備が出来たら操船櫓の屋根に白い旗を掲げるにゃ。合図は屋根で赤い旗を振ると教えてくれたにゃ」


 ガリムさんの友人達が、俺達の船を回って教えてくれたんだろう。

 ガリナムさんの引き立て役ともなれば、色々と苦労があるんだろうな。これも日頃からの友人関係を大事にしているからに違いない。


 食事が終わると、屋形の屋根裏から水中銃2つに銛を1つ取り出して、屋形の壁に立て掛けておく。

 倒れないように軽く紐で柱に結わえ付けたのは用心のためだ。

 

 買い物カゴに入れたシュノーケリングの装備を身に付けて、ドワーフ謹製の水中銃を傍に置いた。

 帆桁のクレーンモドキに荷揚機の先には、1mほどのロープを輪にしておいたから、大物が獲れた時には鰓穴に通してフックに掛けるつもりだ。

 動滑車を使っているから、タツミちゃんでも持ち上げることができるだろう。

 大物の獲れる頻度が高いようなら、魔道機関を利用したロクロを取り付けたいが、このカタマランは小さいからねぇ……。


 ココナッツジュースを飲みながら、周辺の船の様子を眺めてみた。

 やはり、不安なんだろう。俺と同じように甲板や家形の屋根の上で周りの様子を眺めている連中がほとんどだ。


 そんなことを考えていると、屋形の屋根にいた男が、甲板へと飛び下りたのが見えた。

 遠くのカタマランの屋形の上で赤い旗が振られている。

 始まりの合図だ!

 

 急いでマスクを被り水中銃を手にする。


「合図が見えた。行ってくるよ!」

「頑張るにゃ! 大きなハリオが良いにゃ!」


 タツミちゃんに笑みを返してシュノーケルを咥える。

 そのまま甲板から海中に飛び下りると、先ずはシュノーケリングで海中の様子を眺めることにした。


 タツミちゃんの希望は叶えてやりたいけど、果たしているのかな? そして俺にちゃんと突くことができるのかな……。

 

 水深は6mを越えているみたいだ。

 洗濯板のような起伏が幾重にも南北に連なっている。

 1つの割れ目の深さは1m~2m程もある。その割れ目に沿って大型の魚が移動しているのが見えるけど、あれはフルンネに違いない。


 先ずはフルンネからになりそうだな。

 水中銃のゴムを引いて、スピアをセットする。スピアと水中銃を結ぶ道糸の絡みを解いて、セーフティを掛けた。

 息を整えて軽く吐き出してゆっくりと海底に向かう。

 岩肌を齧っているように見えるが、何か住んでるのかな?


 数mまで距離を詰めた時だ。

 ゴォ―……という、音が聞こえてきた。

 ハリオの群れか?

 その場で低い姿勢を取り、水中銃を海面に向けてセーフティを外す。


 上手く頭上を通ってくれれば良いのだが、泳いで追い付ける速さじゃないからなぁ。

 海面の光を背に、黒い姿が次々と頭上を通り過ぎていく。

 大きな群れがこの海域に入って来たに違いない。

 水中銃のスピアの先を通ると思った瞬間、俺の左指はトリガーを引いた。

 

 水中銃を握った腕が前に持っていかれる。

 しっかりと刺さったようだが、しばらくは力比べが続くんだよなぁ……。無理やり、海面に力づくで浮上すると新鮮な空気を肺に吸い込んだ。

 まだぐんぐんと俺を持って行く。

 魚と反対に泳ぎながら抵抗していると、やがて大人しくなってきた。


 ゆっくりとタツミちゃんの待つカタマランに泳いでいく。

 かなりの大きさだから、あまり速く泳げない。結構疲れるから、甲板で少し休憩することになりそうだ。

 

「ハリオだ! フックを下げてくれないか」

「ナギサが一番にゃ! 直ぐに下ろすにゃ」


 フックに巻き付けておいたロープをハリオの口からエラに通すと、タツミちゃんに手を振った。

 甲板でロープを引いているんだけど、あまり引けないようだ。

 水中銃を甲板に置いて、船尾のハシゴを使って甲板に上がる。


「重いにゃ! どれぐらいの奴にゃ?」

「かなり大きいよ。トーレさんだって喜んでくれるんじゃないかな」


 2人で引けば、それほど苦も無く獲物を引き上げられる。

 船尾の倒した板まで胴体が上がったところで、ロープを掴んで甲板に引き摺った。


「大きいにゃ! 5YM(ヤム:1.5m)ぐらいありそうにゃ」


 タツミちゃんが直ぐに包丁を使って捌き始めた。

 さすがに開いて一夜干しには出来ないから、エラと内臓を除去するだけらしい。

 ベンチに座って、タツミちゃんの包丁裁きを眺めながらお茶を飲む。

 

 先ずは幸先が良い感じだ。

 少し休んで次を狙ってみよう。運が良ければ、遭遇した群れが戻ってくるかもしれない。


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