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P-038 裏方さんは大変だ


 沖にだいぶカタマランが集まっている。

 その中を縫うように船を操って参加者をしているのは、ガリムさんの友人の一人なんだろう。

 大役を仰せつかったら、友人もいろいろと協力しなければならないようだ。


「ナギサだな。5番手だから殿の俺の右に位置してくれ」

「了解です。よろしくお願いします!」


 屋形の屋根の上から手を振って赤い吹き流しの船に向かって進んでいった。白い吹き流しを操船櫓の後ろになびかせているから、殿の大役を仰せつかった友人ということになる。

 ガリムさんのカタマランの右手にもう1隻のカタマランが並んだところで、海上に笛の音が長く2度聞こえてきた。

 ゆっくりとガリナムさんが船を進ませる。

 2列縦隊という感じだけど、次の船の出航を白い旗を振りながら合図しているのは先ほど、俺達に船団の位置を教えてくれた男性だ。


 やがて俺達の番になる。

 屋形の屋根で様子を見ていたんだが、俺達の船に城旗が向けられ短い笛の音を聞いたところでタツミちゃんが魔道機関を始動させた。

 

 前を行くカタマランとの距離は50m以上あるから、少しずつ距離を縮めていくのだろう。

 左手に白い吹き流しを付けたカタマランが移動してきて、20m程の距離を空けた。


「だいぶゆっくりだね」

「隊列が整ったところで速度を上げるつもりにゃ。今は1ノッチで動いてるから、何時もよりずっと遅いにゃ」


 島を出て30分もしない内に、だんだんと速度が増してきたのが分かる。

 バゼルさんと同行した時ぐらいの速度になったようだ。

 さすがにこれ以上の速度は出さないだろうけど、このまま2日間掛けて漁場に向かうとなれば、氏族の島から百数十kmほど離れることになりそうだ。


 一端甲板に下りて、カマドからポットを下ろして甲板の隅に置いてある木枠の中に入れておく。

 カマドの火は消えていたけど、まだ熱いからなぁ。もうしばらくしないと飲めないだろう。

 カマドの炭は灰になっていたが、念のために素焼きの蓋を被せておいた。

 せっかく手に入れたカタマランだから、火事にでもなったら大変だからね。

 最後にココナッツを1個割って、中のジュースを水筒に入れる。残った殻の内側をスプーンで削り、真鍮の容器に納めて家形の中にある野菜用の保冷庫に入れておいた。

 真鍮のカップと水筒を持って屋形の屋根に上ると、操船櫓の中のタツミちゃんに預けておく。


「ありがとう。ポットは下ろしといてくれたかにゃ?」

「ちゃんとやっておいたよ。疲れたら言ってくれ。代わるからね」


 前のカタマランとの距離を保ち、左手のカタマランとの間隔に気を付けねばならない。

 速度は自転車より少し速い程度なんだが、周囲の景色があまり変わり映えしないからなぁ。……居眠りしそうな環境なんだよね。

 麦わら帽子にサングラス姿だから、眠そうな表情を直ぐに見ることができない。もう少ししたら操船を代わってあげよう。


 サングラスと言えば、この世界のサングラスは真ん丸眼鏡の種類だけみたいだ。親父が貸してくれたサングラスはレイバンモドキの偏向レンズなんだけど、朝日や夕日の眩しさをだいぶ和らげてくれる。

 ネコ族の人達は猫と一緒で瞳孔が縦長に絞れるんだよね。単なる色付き眼鏡に見えるんだけど、種族の特徴がこの海に合っているのかもしれないな。


 1時間おきに15分ほど舵輪を任せて貰える。

 神経を使う操船だから、疲れるのかな?

 もう少し休んでも良いんだけどねぇ……。


 日が高くなるにつれ、直射日光がかなりきつくなってきた。屋根から下りて、甲板の上に半分ほど張った帆布の陰で、近くの島を眺める。

 スピアや銛は十分に研いであるから、時間を潰す手段がないのが問題だな。


 昼食は、蒸したバナナにお茶という簡単なものだ。

 操船櫓の窓を開けて、舵輪を握るタツミちゃんと屋根の上で取る。

 片手運転だけど、ほとんど真っ直ぐに南に進んでいるから、周囲の船の間隔に気を付ければ十分らしい。


「夕食は、炊き込みご飯にゃ」

「オカズが釣れれば良いんだけど……」

「干物があるにゃ。出汁が出るから美味しいにゃ」


 燻製だけでなく干物もあるのか。今まで食べたことは無いように思えるんだけど、炊き込みご飯に入っていたのかな?


「燻製じゃなくて、干物なんだ」

「自家製にゃ。オカズのカマルを日中も干せば干物になるにゃ」


 作ったのはトーレさん達ということなんだろう。

 オカズ用の魚が多く獲れた時に作っていたのかもしれない。

 一夜干しならあまり固くはならないんだが、日差しが強い日中に干せばカラカラになってしまうんだろうな。

 そんな干物は商船に売れないんだろうか?


 タツミちゃんに聞いてみると、干物を大規模に作っている氏族があるそうだ。サイカ氏族は大陸に近いこともあって、小魚の干物作りを生業にしていると教えてくれた。

 他の氏族の収入源を脅かさないという暗黙の了解があるのかもしれない。


 ネコ族の漁には、そんなところがいくつかあるんだよね。

 どう見てもイセエビとしか思えないロデニルは、自分達で食べる分を取るだけだ。ロデニル漁は、素潜りが出来なくなった漁師が専業で行っている。

 ブラドより高値が付くらしいけど、素潜りができる者は他の魚も手に入れられるし、何と言ってもリードル漁ができる。

 それを考えてのことなんだろうけど、たまに食べる焼いたロデニルは美味しいんだよねぇ……。


 日がだいぶ傾いてきたころ、さほど大きくない島の砂浜沖に俺達は投錨して停泊する。

 各船の間隔は30m程開いているから、潮流で船の向きが変わっても接触することは無いだろう。

 タツミちゃんが料理を始めたのを見て、オカズ用の釣竿を出す。

 2、3匹釣れれば夕食に色どりが加わるはずだ。


「早速竿を出してるな。どうだ? 航海は問題なかったか」

「ご苦労様です。順調そのものですよ!」


 ザバンを漕いで、回っているのはガリムさんの友人の1人だ。

 俺の答えに手を振って次のカタマランに向かってザバンを漕いでいった。

 船を手に入れたばかりの連中が7組だからだろう。ガリムさん達の気苦労はかなりの物に違いない。


「トウハ氏族は新たな船を手にした者達だけで航海をするにゃ。シドラ氏族は少し心配症にゃ」

「それだけ俺達が心配なんだと思うよ。過保護にも思えるかもしれないが、氏族の風習として定着したんだろうね」


 よくも、カイトさんやアオイさんは、そんなトウハ氏族の風習で大物を突けたと感心してしまう。

 親父や伯父さん達の話を聞くと、銛を使うのは上手かったらしいけど、さすがにそれで暮らしを立てている種族に比べると腕は落ちると思うんだけどなぁ。

 2人とも聖痕という印を腕に持っていたらしいけど、その御利益ということになるんだろうか?

 親父達の話では、向こうの世界ではそんな話を聞いたことも無いから、この世界にやってきた時に、神様からの贈り物となるのだろう。

 俺の場合はそんなものは一切ない。背中の傷跡を聖姿とバゼルさん達は言ってるが、これは向こうの世界で得たものだ。


 それにしても、この傷はいったいどうして着いたのか分からない……。

 その話になると親父達は口を閉ざすし、伯父さんは知っているのかもしれないが、20歳になったら教えるとだけ告げて黙ってしまった。

 物心つく前に、俺がいたずらして家庭内で事故ったのかと思っていたのだが、この世界に来る時に感じた、背中の傷ん疼きが心臓の鼓動と違っていたのを今でも覚えている。

 ひょっとしたら、伯父さんの住む海で何らかの出来事があったにかもしれないな。


「何を考えていたにゃ?」

「ああ、背中の傷跡を考えてたんだ。いったいどこで、どんなことで付いたのかを誰も教えてくれなかったんだ」


 急に黙ってしまったから、タツミちゃんが心配そうな顔を俺に向けている。

 だけど俺の話を聞くと、急に笑みを浮かべて鍋のスープをかき混ぜ始めた。


「聖姿にゃ。事故でもなく、誰かに傷つけられたわけでもないにゃ。龍神様の祝福にゃ。生まれた時に付いていたはずにゃ」


 カイトさんとトウハ氏族の女性の間に生まれた娘には聖印と呼ばれる赤い宝石が額に合ったらしい。

 アオイさんとナツミさんの子供にも同じ様に聖印があったらしいが、もう1人の嫁さんとの間に生まれた息子には聖姿があったということだ。


「アキロン様の背中に合った聖姿とナギサの背中の聖姿は少し違ってるにゃ。でも、似すぎているにゃ。だからカヌイの婆様達が聖姿に次ぐと言ったと思うにゃ。

 私も、今のナギサの聖姿で良いにゃ。

 アキロン様と同じなら……、海から嫁さんがやってくるにゃ。そして死んだ時には2柱の龍神になって氏族の島を去っていったにゃ……」


 思わずタツミちゃんに顔を向けた。

 龍神は、元は人だったということなんだろうか?


「若い時にはまるで人魚のようだと噂されていたにゃ。長い間潜っていられるし、漁に出て不漁は一度も無かったと聞いたにゃ。

 そうそう、子供のころは神亀に乗って漁をしていたらしにゃ。

 海からやってきた嫁さんは、始めは言葉も料理も満足じゃなかったらしいにゃ。カタマランを操船させると、何時の間にか神亀が背中にカタマランを乗せていたと聞いたことがあるにゃ」


 トウハ氏族の島で実際にあった話だと、バゼルさんも話してくれた。

 まだ100年も経っていないのに、そんな伝説めいたことが会ったのだろうか?

 トーレさんのお祖父さんは、その光景を実際に見たらしい。

 それ以降は、龍神の姿を見たものはいないし、神亀も海中を動く巨大な影として、たまに見られるだけになったということだ。

 

 千年も前の話ならともかく、100年も経過していないとなれば、誇張部分はあるにしてもかなりの真実がその中にあるはずだ。

 どこまでが真実なんだろう? あまりネコ族の人達の伝承を否定するのも考えものだ。

 ここは、大人の対応で聞き流しておけば良いんじゃないかな。


 夕食が始まった時には既に夕暮れが終わっていた。

 ランプの明かりの下で2人だけの食事が始まる。20cmほどのカマルは丁度2匹釣れたから、焼き魚になって食事に色を添えている。


「あまり釣れなかったね。カマルならどこでも釣れると思ってたんだけど」

「頻繁に釣る場所ならたくさんいるにゃ。ここは余り船が泊まらないに違いないにゃ」


 カマルも学習するってことかな?

 餌が豊富なら魚も留まるだろうが、そうでないならさっさと回遊してしまうってことらしい。


「明日は漁場だから期待できるけど、オカズ用の竿は出さない方が良いのかな?」

「大物が釣れるかもしれないにゃ。釣った魚は持ち帰れないにゃ」


 漁ではあるんだが、普段の漁とは異なるってことか。

 ちょっともったいないように思えるんだけど、それは明後日の素潜りに期待すべきなんだろうな。


 食事が終わると、2人でワインを楽しむ。

 満点の星空の下。カップ1杯のワインを飲みながら肩を寄せ合う。

 精一杯頑張れば、結果が伴わなくともタツミちゃんは満足してくれるかなぁ……。



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