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P-037 出発前夜


「日中、船を進めて夕暮れ前に近くの島の沖合で停泊する。漁場まで2日の距離だ。

 漁場で2日間素潜り漁をすることになる。

 狙いは、トウハ氏族であればハリオだが、シドラ氏族ならフルンネで十分だぞ。だが、ハリオを群れが現れたら少しは銛の腕を見せてみろ。上手く突ければ、嫁さん達も喜んでくれるはずだ」


 ガリムさんの説明に、焚き火を囲む全員が周りの男達に視線を向け始めた。

 技量の再確認をしているのだろうが、俺で止まるんだよなぁ……。

 いつの間にか、全員の視線が俺に向かっている。


「確かに、ナギサの腕は良い。すでにハリオを3匹も突いている。それも4M(ヤム:1.2m)を越える獲物だ。

 フルンネもそれぐらいになるのはいるが、多くは3YM(90cm)止まりだ。すでに突いた連中もいるだろうが、かなり難しいぞ」


 今度はガリムさんに視線が集まる。

 少しでも上手く突けるようにアドバイスを求めているのだろう。


「そんな目で見なくとも、俺の時のことを話してやるよ。

 とはいえ、俺はフルンネを3匹だけだったんだよなぁ。3YMを越えていたから、世間体が保てたようなものだが、突き方は何時もと同じだ。

 ゆっくり近付いて、銛を打つ。狙いはエラの上部の頭よりだ。これは銛の基本だから

お前達も分かるはずだ。

 2YM(60cm)程度のブラドならこれで終わりだが、フルンネはそうではない。かなり暴れるから急いでサンゴから引き離すんだ」


 参加する連中が真剣な表情でガリムさんの話を聞いている。

 普段突くことは無いんだろうか? 面倒な事は確かだけど、それほど難しい魚とも思えないんだけどね。

 

「暴れるフルンネを銛に付けたまま浮上することになる。息が苦しければ、一端銛を手放して再び潜れば良い。フルンネの大型を突くのはそんな感じだ。

 それでだ。上手く行けば、ハリオの群れに会うかもしれない。俺と俺の友人達には無理だったし、いまだに突くことができないでいるんだが……、1年で3匹を突いた男がここにいる。

 ナギサに、どんな風に突いたのかを教えて貰おうじゃないか!」


 突然に話を振られたから、ココナッツ酒を噴き出すところだった。

 少し気管に入ったかもしれないな。喉の奥が焼けるようだ。残ったココナッツ酒を少し飲み込むと、少し楽になったように思える。


「俺ですか? 確かに3匹突きましたが……。ある意味、運が良かっただけだと思っています……」


 突いた状況はいずれも同じだ。海底に潜んで銛を掲げ、ハリオが銛先を通る直前に銛を打つ。

 実際に使ったのは水中銃だけど、銛を使っても同じことになるんじゃないかな。

 どうも銛の狙いが今一だから、水中銃を頼ってしまってるけど、小さいころから銛に慣れ親しんでいるガリムさん達ならそれで何とかなるだろう。

 水中銃を教えても良いんだけど、ドワーフの職人を乗せた商船が来ていない。

 

 それに、これから長く付き合うことになるなら、俺の使う水中銃を知る機会もあるだろう。

 2日間の素潜り漁であるなら、2日目は、俺も銛で挑んでみよう。

 ハリオは無理でも、フルンネなら何とかなるかもしれない。

 売り物にならなければ、戻って来た時に皆で食べても良いだろう。


「潜って待つのか……。チャンスは少ないし、その時に銛の上を通るハリオとなると、確かに運次第になりそうだな」

「潜水時間はそれほど長くはない。だが、何度かチャンスはあるんじゃないか?」


 ガリムさんの友人達が、腕を組みながら考え込んでしまった。

 慣習で、婚礼の航海の案内人は素潜りはできるが、フルンネとハリオを突けないらしい。

 今回、参加しない友人達に先を越されそうだと目配りしてるんだよなぁ……。


「お前等、約束してくれよ! 俺達には制限があるんだからな」

「安心しろ。先ずはお前達が帰って来てからだ。同じ漁で競うことで腕を誇ることにするさ」


 笑みを浮かべた男性がガリムさんに言葉を掛ける。

 たっぷりと練習する気があるみたいだから、ガリムさんの方は気が気ではない様子だ。


「ちゃんと教えて貰ったかにゃ? 料理を運んで来るにゃ」


 俺達の様子を見にきたのだろう。エミルさんがガリムさんに確認している。


「ああ、運んでくれ。やはりハリオは難しそうだ。だが、運の漁であるなら、俺にも突けそうな気がするぞ」


 夫の話を聞いて、うんうんと笑みを浮かべながら頷いている。

 やはり嫁さん達も夫の腕が気になるようだ。

 俺も今回の出漁でまるで突けないとなれば、その後のタツミちゃんの態度が変わってしまうかもしれない。

 単なる慣習化と思っていたけど、船を手に入れた男性達にとってはかなりのプレッシャーになるんじゃないか?

 普段の実力が出せない、なんて状況になる人も出てこないとは限らない。


 バナナの葉で包んだ蒸したご飯には、色々の具材が入っているし、ちょっとエスニックなスープにはパイナップルが浮かんでいた。

 焚き火を囲みながら、銛や釣りの話で盛り上がりながらの食事だ。

 食べ終えると、次々に運ばれてくる。あまり酒を飲まないで料理を味わおう。


 深夜まで、漁の話で盛り上がる。

 すでに焚き火は小さくなって、チロチロと小さな炎が上がるだけだ。

 最後にガリムさんがもう一度席を立ち、豊漁を祈っての乾杯をしたところでお開きになった。


 互いに手を振ってそれぞれのカタマランを停泊した桟橋に歩いて行く。

 南に向かって歩くのは俺達だけのようだ。

 停泊した、カタマランの甲板でパイプを楽しむ連中が、俺達に手を振ってくれる。

 豊漁を期待しているのかな?

 その期待に応えられるかどうかは行ってみないと分からない。


「明日はゆっくり休んでいてもだいじょうぶにゃ。でも、明後日の昼過ぎには、水を運んでほしいにゃ」

「出発は明後日の比が昇る頃だと言ってたよ。寝ていたら起こしてくれないかな。たぶん寝てるんじゃないかと思うんだ」

「任せるにゃ!」


 大きな声で俺に顔を向けて了承してくれた。

 出発までに男性がすることは特にないんだけど、世間体は大事らしい。

 ベンチに腰を下ろしていれば格好がつくんじゃないかな。

                 ・

                 ・

                 ・

 宴会の翌日は、朝食と昼食が一緒になってしまった。夜遅くまで騒いでいたからだろうな。

 特にすることが無いから、2人でのんびりと時を過ごす。

 

 明日は出発という日になって、タツミちゃんがカゴを背負って買い出しに出掛けた。

 生憎と商船が来ていないから、ギョキョーへ向かうとのことだった。

 お米はあるらしいから、野菜とココナッツ辺りを買い込むのだろう。

 

 買い物から帰ってくると、保冷庫や家形の床下収納に食料を入れている。野菜用の保冷庫に大きなツララを2つ入れておけば、しばらくは新鮮に保存できるみたいだな。

 冷蔵庫みたいなものかもしれない。


「蒸留酒は1本残っていたから、ワインを1本買ってきたにゃ。ココナッツは10個買ったけど、トーレさんに4個貰ってるから十分にゃ」

「銛は研いであるけど、釣りはしなくて良いんだよね?」

「オカズは別にゃ。シメノンの群れが来ても釣りはしちゃいけないにゃ」


 持ち帰る獲物は全て素潜りの成果ということか……。

 7人で競うことになるんだろうけど、どこまでシドラ氏族の若者達に迫れるかと考えるとちょっと不安になってくる。


 夕暮れ前にオカズのカマルを3匹釣り上げると、タツミちゃんが綺麗に開いて魚醤を付けて焼いてくれた。

 食後のワインをゆっくりと飲んで、今夜は早くにハンモックに入る。何と言っても明日は朝が早いんだよなぁ……。


 翌日。不思議なことに起こされずに目を覚ますことができた。

 タツミちゃんは隣のハンモックでもぞもぞと体を動かしているから、そろそろ起きるんじゃないかな?

 Tシャツに短パン姿に着替えて甲板に出る。

 桶に海水を汲んで顔を洗っていると、タツミちゃんが甲板に出てきた。


「今朝は早いにゃ!」

「上手い具合に目が覚めたよ。いつもこれぐらいなら良いんだけどね」


 雨でも降るんじゃないかと、タツミちゃんが空を見上げているけど、たまたまだからね。いつもこれぐらいに起きられるなら、トーレさんも安心できるんだろうけど。


「直ぐに朝食を作るにゃ。昼食はバナナを蒸かしておくにゃ」

「あまり急がなくても良いように思えるけど?」

「だいぶ東が白んでるにゃ」


 薄明の時間はあまり長くはないのだろう。

 タツミちゃんが手際よく、鍋を使って朝食を作り始めた。保冷庫からご飯を取り出したから、昨日の夕食尾ご飯の残りを入れておいたのだろう。

 スープを作って、ご飯を入れると調味料と香辛料で味を調えれば完成だ。

 ちょっと熱いから、椀に入れて冷めるの待つ感じだな。

 スープを作った鍋を【クリル】で綺麗にすると、今度はカップ1杯程度の水を入れて、バナナの葉で包んだバナナをカゴに入れて鍋に入れている。

 それが終わるとお茶を作るのだろうけど、お茶が湧くころには船を出すことになるだろう。

 朝食後のお茶は、ココナッツジュースで代用することになりそうだ。


 少し冷めたリゾット風の朝食を頂いていると、他の桟橋で船が動き出しているのが見えた。

 まだ太陽が顔を出す前だけど、沖で待機するのだろう。


 食事を終えたところで、慌ただしく出発の準備を始める。

 昼食のバナナを入れたカゴを鍋から取り出して、ポットをカマドに掛ける。残り火が少ないようだから炭を追加したけれど、炎が出ないから火事になる恐れは無さそうだ。たっぷりと入った水が沸騰するころには、煮だしのお茶が出来るに違いない。


「船尾のロープを解いて操船櫓に上がるにゃ!」

「船首のロープを解いて、アンカーを引き上げたら何時ものように手を振るよ」


 役目を確認し合って、作業を始める。

 俺が操船櫓に手を振る頃には、沖で待機するカタマランの数が増えていた。

 最後になるのも問題だけど、まだ太陽は上がっていないんだよねぇ。

 とはいえ、水平線の一角が赤くなってきたから、調度頃合いでもありそうだ。


 ゆっくりと、カタマランが桟橋を離れていく。船尾に戻りながら、舷側に下ろした緩衝用のカゴを引き上げた。



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