表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
421/654

P-035 的中したのか、たまたまなのか


 今回の漁は、3晩続けてシメノンの群れがやってきた。シメノンだけで50匹以上釣り上げたんだから、大漁と言って良いんじゃないかな。

 氏族の島に帰るカタマランの舵輪を握っていても、いつの間にか笑みが浮かぶほどだ。


「中堅でもこれだけ獲れないにゃ。皆が驚くにゃ」

「シメノンだけじゃないからね。だけどギョキョーに運ぶのは大変だよ」

「何度も往復するにゃ」


 嬉しそうにタツミちゃんが呟いた。

 何度も往復するということは、それだけ島の小母さん達に漁果を誇れるということになるんだろうな。

 それが続けば、小母さん達との会話での発言力が強まるのだろうか?

 親父が「〇〇の部長婦人は……」なんて言っていたのを思い出してしまった。

 虎の威を借る何とか……、ということではないのだろうが、氏族の島は小さな社会だからなぁ。あまり波風を立てないようにしないと皆から反目されそうだ。


 帰投時には夜釣りもせずに、夕食後はランプの下でココナッツ酒を頂く。

 今回の漁を肴に笑い声が海面に広がっていく。


「ハハハ……。確かに大物は引き上げるのが面倒だ。だが、あの滑車を使うことで上手く行ったんじゃなかったのか?」

「そこまでは上手く行ったんですが、大物を捌くとなれば別のようです。タツミちゃんが苦労してました」


「ちゃんと出来てるにゃ。エラと内臓を取って保冷庫に入れてあれば問題はないにゃ」

「2YM(ヤム:60cm)を越えたら、そうしろって母さんが教えてくれたにゃ。開いても一夜干しにはならないにゃ」


 小さな魚はオカズになるけど、60cm以内の魚は一夜干しということか。タツミちゃんが用意した板で十分ということになる。

 

「しかし、3枚用意したザルが足りなくなりそうだった。場合によってはこれ以上の漁果も得られるに違いない。もう1枚用意しておくか。ナギサの分もだ」


 老人のところから買い込むのかと思っていたら、バゼルさんが編むとのことだった。

 小さいころから見様見真似で覚えたということだから凄いとしかいうことがないな。

 俺には無理だろうと言外に匂わせてるけど、その通りだから素直に「よろしくお願いします」と頭を下げる。


 漁場を離れて2日目の昼下がり。俺達は氏族の島に帰ってきた。

 先に桟橋に横付けしたバゼルさんのカタマランの舷側に、ゆっくりとタツミちゃんが船を近づける。

 カタマランの船首ではサディさんが、俺の持っているロープを投げるのを待ち構えている。

 2mほどに近付いたところでロープを投げると、急いで船尾に向かった。

 甲板には、すでにバゼルさんの投げたロープがあったから舷側に縛りつける。

 船首の方からドボン! と音がしたのはアンカーを落とした音に違いない。

 操船櫓にはタツミちゃんがいるから、サディさんがやってくれたのかな?


「まだまだ横付けは難しいにゃ」

「ちゃんと出来てるじゃないか。十分だと思うけどなぁ」


「慣れればもっと上手くできるにゃ。でもちゃんと出来てるから問題ないにゃ」


 トーレさんが甲板から甲板に、ポンと飛んでやってきた。

 保冷庫を覗き込んで、笑みを浮かべながら頷いている。


「大漁にゃ。手伝わないといけないにゃ」

「申し訳ありません。何分2人なので」

「手伝いがいる時には、周りに声を掛ければ良いにゃ。大漁なら皆が喜んでくれるにゃ」


 相互扶助ということになるんだろうか?

 たぶんそれだけではないんだろうな。どこでどんな漁をしたかを聞いて、夫達への情報提供という面もあるのだろう。

 2番煎じになりかねないけど、漁に向かう1つの目安になることは確かだ。

 漁場の様子は漁師と長老の間で毎夜確認されているらしいが、小母さん達の世間話の方がより詳細な状況が分かるのかもしれない。

 新聞も、テレビもない世界だからねぇ。世間話は重要な情報共有の場であるのだろう。


 タツミちゃんがシメノンを背負いカゴに入れて、一夜干しの魚をその上に乗せている。

 まだまだあるようだけど、とりあえず獲物を背負ってトーレさん達と桟橋を歩いていく。


「今夜長老達のところに行ってくる。ナギサのことを気にしているようだからな」

「至って普通の男ですよ」


「お前の考えではそうなのだろうが、氏族の連中は異なる。まあ、それなりの成果を出してくれたということは伝えねばなるまい」


 ハリオにフルンネを突いたということなのかな?

 それぐらいなら、バゼルさんでも容易だと思うんだけどねぇ……。


「今回のシメノンは、お前が位置を予想してくれたおかげだ。先を見て漁をするということは余りなかったからな。少しは頭を使えと、若い連中に告げねばなるまい」

「たまたまということかもしれません。何度か繰り返すことで予想ができると思うんですが」


「そのたまたまを皆で試す。上手く行けば氏族の漁果が上がるだろう」


 そういうことか。先ずは試してみるのも悪くない。

 その結果が楽しみだな。


 頂いたパイプにタバコの葉を詰めて口に咥える。

 火を点けることは無いんだけど、ニッキに似た香りが伝わるんだよなぁ。タバコの葉とは少し違うのかもしれない。


「ヨォッ! 大漁だったようだな」

 

 片手を上げて桟橋から甲板に乗り込んできたのは、カルダスさんだった。

 甲板にあぐらを書いて座り込むと、パイプを取り出す。

 バゼルさんが煙草盆をカルダスさんの前に置くと、炭火でタバコに火を点けている。

 お茶は無いから、ココナッツを割ってくるか。

 自分の船に戻ってココナッツを2個割り、ジュースを真鍮のポットに入れてくる。

 バゼルさんが座っていたベンチから立ち上がると、ベンチの蓋を開けて蒸留酒を取り出してポットに注ぐ。

 ココナッツのカップ3個に酒を注ぐと、俺達の前に置いてくれた。

 とりあえずカップを掲げて一口飲む。龍神への感謝という意味があるらしい。


「まだまだある、とトーレが教えてくれたぞ」

「素潜りだからなぁ。先に運んだのはシメノンだ。3日連続で釣れたぞ」


「良い場所に巡り合えたようだな。それも聖姿のおかげということか?」

「聖姿の恩恵というよりも、ナギサの読みが当たったということになる。シメノンの群れの移動を予想して漁場を決めた。

 聖姿の恩恵は、ハリオとフルンネになるんだろうな。ハリオは4YM(ヤム:1.2m)を越えている大物だ」


 カルダスさんが驚いたような表情で席を立つ。

 俺のカタマランにポン! と飛び移ると保冷庫の蓋を開けて中を覗いている。

 何度か頷いて戻ってくると、一息にカップのココナッツ酒を飲みほした。


「3日で3匹か?」

「1日で3匹だ。あれなら、婚礼の航海に出す意味さえないように思えるな」


「そうも行くまい。氏族の行事だからな。だが結果いかんでは、長老達が小屋の中で踊り出すんじゃないか?」

「銛を持ち出さねば問題あるまい。元気なら長く長老に納まってくれるだろう」


 そんな話をしながら、上手そうに酒を酌み交わしている。

 俺は、これ1杯で十分なんだけどなぁ。長くこの場にいると酒を注がれそうで、明日が心配になってくる。


「帰ったにゃ! また運んで来るにゃ。カルダス見たかにゃ?」

「見たぞ! 稀に見る大物だ」


 カルダスさんの言葉を聞いて、トーレさんが自分のことのように笑みを浮かべている。

 

「タツミを手伝うにゃ。タツミだともう2回運ばないといけないにゃ」


 バゼルさんの漁果の残りはサディさんで十分ということなんだろう。

 タツミちゃんが運べる漁は、トーレさんと比べれば少ないからなぁ。トーレさんが手伝ってくれれば、次を運ぶことで終わるということになるんだろう。

 

 再びカゴを背負って桟橋を歩いて行ったんだけど、ハリオが半分近くカゴから飛び出している。途中で落とさないかと心配になってしまう運び方だ。


「腕の良い漁師なら、氏族の連中から尊敬されるだろう。先ずは婚礼の航海だな。その後を、どの船団に含めるかが問題になりそうだ」

「妻がタツミ1人だから遠くには行けまい。となると……、確かにいくつかありそうだ」


 俺のような初心者を船団に含めてくれるのかな?

 何度か漁に行ったら、船団から叩きだされそうな気もするんだけどねぇ……。


 その日の夕食時にタツミちゃんが報告してくれた売上金は銀貨2枚に銅貨が12枚だった。

 銀貨1枚を越えれば大漁らしいから、今回はそれを大きく上回ったことになる。


「十分にやっていけるにゃ。ご飯も炊けるようになってきたし、一か月に2回漁に出れば暮らしていけるにゃ」

「いくら何でも、そんなことにはならないと思いますよ。一か月に4回は出漁することになるでしょう。遣り繰りが上手くできないと思いますから、とりあえずの目標は一か月に銀貨3枚以上を稼げるようにしたいと思っています」


 運不運もあるだろうからねぇ。1回の出漁で銅貨80枚……。ブラドなら20匹というところなら何とかなるんじゃないかな。


「若いのだから目標は高めで良いぞ。だがむりはするな」

「ザバンを使わずに漁をするんですから、数はでないと思います。ですが、停泊する場所を上手く選べばそれなりに突けるのではと」


 場所と道具と腕が揃えば、漁果は必然的に上がるだろう。

 場所を上手く選んで船を停める。これが2人で漁をするときに一番大事なんじゃないかな。


 食事が終わると、バゼルさんは長老の住む小屋に向かった。

 タツミちゃん達はトーレさん達とスゴロク遊びをするために館の中に入っていく。

 1人残された俺は、次の漁に備えて銛とスピアを研ぐことにする。

 研げば研ぐほど良く刺さる。それだけ漁の失敗を予防できる。

 バゼルさんの話では、銛を打っても銛を貫通することが出来なくて逃げられたという話は結構あるらしい。

 一撃必殺ではないが、魚体を傷つけて逃げられたのでは漁師失格と言われかねないからね。


 研ぎ終えてココナッツジュースを飲んでいると、タツミちゃんが戻ってきた。

 次の漁は3日後だから、明日はのんびりと寝ていよう。

 ランプを持って家形に入り、ハンモックに入った。


 次はどこに向かうんだろうな。いずれにせよ素潜り漁には違いないが、あちこちの漁場を巡っているから、海中の光景もいろいろとあるのが分かってきた。

 一番獲物を突きやすいのはサンゴ礁の末端にある崖なんだけど、何時もそうではないんだよね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ