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P-034 長老達の思惑


 二日目は俺が潜り、タツミちゃんは甲板から釣りをすることになった。

 大きなフルンネ、またはハリオと言うことなんだけど、早々突けるとも思えない。

 昨日の漁果が良かったから、今日はちょっと冒険ということになるんだろうな。

 素潜りが振るわなければ、夜釣りに力を入れれば良いぐらいの気持ちで漁をしよう。


 甲板に手を振りながら、30m程離れたところでシュノーケリングをしてフルンネを探す。

 昨日も見掛けたのだが、少し距離があったからなぁ……。大物を1匹突くよりも、中型を2匹突いた方が疲れないこともあるから、積極的にアプローチはしなかったんだが今日はそうもいくまい。

 

 5分ほど探していると、数匹のフルンネの群れを見付けた。

 1mには満たないけど、やはり大きいことは確かだ。


 少し距離を置いて、呼吸を整えながら水中銃を確認する。手にしたのはドワーフ製の水中銃だ。この世界の品なら無理をして壊れてしまっても再製ができるし、スピアに付いた組紐も丈夫だからね。

 

 息を半分ほど吐いたところで海中にダイブする。

 水中銃を左手で前に突き出しながら右手でセーフティを解除した。

 フィンを使い、右手で微妙な方向修正を行いながらゆっくりと近付く。少し獲物より深い位置だが、魚の目は広く物を見ることができるから、死角というわけにはいかないんだよなぁ。


 明鏡止水の心境を得るには修業が足りないけど、心を無にしてスピアの狙いだけに集中する。

 距離が3mほどに迫っても、フルンネ達は俺を気にせずにサンゴの奥を突いている。

 一際大きな魚体に合わせてゆっくりと姿勢を修正する。


 さらに近付き、比距離が1mほどになった時、トリガーを引いた。

 エラの右上にスピアが命中した途端、フルンネが暴れ始める。

 貫通しているから、魚体の両側からの出血でフルンネの周りが赤く染まる。水中銃を力任せに引きながら海面へと浮上しても、まだ獲物が暴れるのは止めないようだ。

 カタマランの方向を確認して泳ぎ始めると、タツミちゃんが帆桁の先から滑車の付いたロープを下ろしているのが見えた。


「フルンネだ。型は、まあまあかな?」

「口からロープを通してエラに抜いて欲しいにゃ。輪にしてフックに掛けてくれたら後は私でも引き上げられるにゃ」


 言われる通りにフルンネの口からロープを通した。もう暴れることは無いけど、まだエラが動いてる。

 スピアを引きぬいて水中銃にセットしていると、タツミちゃんがロープを引いて獲物を引き上げていた。


「後は任せたよ!」

「もう1匹突いたら休憩にするにゃ!」


 さすがに大物は疲れるからね。

 2匹で止めといた方が良いのかもしれないな。


 昼過ぎに素潜り漁を終えたのだが、ハリオ1匹、フルンネ2匹、それに少し大きなバヌトスが1匹の4匹だった。

 やはり大物を突くとなると数は出ない。

 これが氏族の島の平均なら良いんだけど……。


「ハリオは4YM(ヤム:1.2m)もあるにゃ。フルンネも3YM(90cm)近いにゃ。トーレさんも驚くにゃ」


 タツミちゃんは嬉しそうに獲物を捌いている。これも開くのかな?

 箱の上の板からハリオがはみ出しているから、甲板で捌くみたいだ。

 どうにか終わると、笑みを浮かべて操船櫓に上がっていった。


「バゼルさんの船に着けるにゃ。アンカーを引き上げて欲しいにゃ」

「直ぐに引き上げるよ!」


 船首に向かってアンカーを引き上げる。

 細長い石の真ん中をロープで結んだだけだけど、海に落とし込んでおけば船が流されることも無い。海流の動きがそれほどないからなんだろうな。

 引き上げを終え手を振って知らせると、直ぐにカタマランが動き出した。


 2隻のカタマランをロープで結ぶよりも先に、トーレさん達が保冷庫の見分にやってきた。

 タツミちゃんが誇らしげな表情で蓋を開けて2人に説明している。

 トーレさん達も笑顔だから、あれぐらい突ければ十分という事かもしれないな。

 バゼルさんが手招きしながら、カップをこちらに向けている。

 一緒に飲め! ということなんだろう。半分ぐらいなら良いんだけどねぇ。


 バゼルさんの隣に腰を下ろすと、カップを渡され半分ほどココナッツ酒を注いでくれた。

 とりあえず、軽く一口。


「突けたのか?」

「ハリオを1匹、フルンネが2匹でした」


「嫁達があれほど騒いでいるということは、かなり大型ということだろう。さすがは聖姿を背負う若者だ」


 笑みを浮かべて、ポン! と俺の肩を叩いてくれた。

 とりあえずは合格ということなんだろう。


「ですが、大型を突くと数が出ないのが問題です」

「それが分かれば十分だ。だが、たまには自分を誇るのも必要だろう。今回の漁の成果を一番喜んでくれるのは長老だろう。筆頭並に大型を突けるとなれば、若者も穏やかではないだろうからな」


 煽るということなんだろうか?

 リードル漁の成果を切り崩せば、それ頬苦労なく暮らせるのは気が付いたけど……。

 そんな生活に満足したなら、日々の漁暮らしに手を抜くことにも繋がりかねない。

 1日に獲るリードルの数を8個と制限したのは、自らの退廃を防ぐための措置だったのかもしれない。

 俺という外乱を上手く利用しようと考えているのかな?

 世話になっているぐらいだから、それぐらいは構わないけどねぇ。


「まあ、そんな顔をするな。確かに煽るということになるんだろうが、他の氏族のような矜持を、若者に持たせたいのだろうな」

「反感を持たれるのは構いませんが、タツミちゃんまでとなると……」

 

 俺の言葉の途中で、バゼルさんが笑い出した。

 

「ワハハ……。いやすまん。若者達の反感はあり得ないだろうな。人間族なら秀でた者を羨み追い落とそうとする者達が大勢いると聞いたことはあるが、ネコ族にそのような者はおらん。秀でた者を尊敬し、その者に迫ろうとするだろう。

 長老が企んでいるのは、そう言うことだ」


 目標が不安定な若者達に、模範を示せと言うことになるんだろうか?

 だけど、俺自体が新米も良いところなんだけどなぁ。


「漁場を知らぬが、腕は良い。そんな評判がシドラ氏族内に立てば十分なはずだ。ナギサを中心に若者達が漁に勤しむことになるだろう。一か月後には、ガリムが誘ってくれるだろう」

「それまでに腕を上げておかねばなりませんね」


「あの仕掛けでそれなりに漁ができるなら問題はないだろう。曳釣りや延縄は場所次第だ。あまり腕の差は出ないだろうな」

  

 俺達の話は、トーレさんの「昼食にゃ!」の言葉で終わりになる。

 焼き魚を解してご飯に混ぜてあるけど、バナナも入っているんだよね。

 向こうの世界では味わえない味覚がこの世界では楽しめる。


「それにしても大きなハリオにゃ! あれが突けるなら、カルダスも満足するにゃ」

「4YM(ヤム:1.2m)を越えてるにゃ」


 トーレさんとサディさんが褒めてくれる。

 あまり褒められると、その気になってしまいそうだ。


「ほう、それほどの奴か。なら、婚礼の航海に向かっても問題はあるまい。夜釣りをせずに素潜り漁だけだが、オカズとシメノンは別だ。もっとも、あの漁場でシメノンの話を近頃聞かないのだが」


 バゼルさんの話に、トーレさんが首を傾げている。

 かつては、たくさん獲れたということなんだろうか?


「良くない前兆なのかもしれないにゃ……」

「あまり心配するのも問題だ。シメノンの群れは動いているからだと思うな」


 回遊しているということなんだろうが、シーブル達も同じなんだろうか?

 漁場が荒れると、魚がしばらく獲れなくなるという話は聞いたことがあるが、この海域で底荒れするような嵐を経験したことは無い。

 あの豪雨には驚いたけどね。


「島2つ先の漁場では、毎回のようにシメノンの群れに遭遇していると聞いたぞ」

「なら、婚礼の航海もそこにすれば良いにゃ」


 トーレさんの提案に、バゼルさんが困った表情をしている。

 漁ではあるが、目的はそれだけではないということになるのかな?

 若い猟師の門出を氏族で祝うのが目的のようだから、行事は一応の流れを昔から踏襲しているに違いない。急に内容の変更ができないところが伝統行事の難しいところだ。

 全く獲物が獲れないわけでもないし、元々は他氏族の行事を真似た大物狙いの素潜り漁になる。

 元祖のトウハ氏族では対象がハリオということになっているけど、シドラ氏族は一段下げて、大ものであれば種類を問わないという形で運用している。

 トウハ氏族に一歩譲った形であるなら、元祖の方もとやかく言うことは無いんだろうな。


「狙いはフルンネだからなぁ。大きさを競う場であって、漁果を誇るものではない。1航海の収入が無くとも、問題はないはずだ」

「そうなんだけど……」


 トーレさんがちょっと口を濁している。

 トーレさんにとっては漁は生活の糧を得る手段という認識なんだろう。

 そのためには、出来るだけ多くの漁果を得るということになるはずだ。


「急に行事を変えることはできないでしょうね。シドラ氏族の行事ともなれば長老達も慎重になるでしょう」

「その通りだ。だが、手抜きはするなよ。前回は、3隻で向ってフルンネが2匹だったからな。それも3YM(90cm)に届かないものばかりだ」


「カヌイの婆様達が、トウハから若者を呼ぶことを考えてたにゃ。元トウハ氏族であっても銛を誇れぬとは情けないと漏らしてたにゃ」

「確か婆様の2人はトウハ氏族の出だと聞いた。そう言うことになるだろうな」


 大きな獲物がいなくなったわけでは無いらしい。

 となると、それを突く技量が育たないということになるのだろうか?

 漁での暮らしを考えれば、大物狙いを優先することにも問題があるように思える。

 とはいえ、たまに冒険してみるのもおもしろそうだけどね。


「参加する時には、率先して大物を狙うことにします。上手く突けたなら、後に続く者達も出て来るでしょうから」


 そんな事を言ったもんだから、バゼルさんが慢心の笑みを浮かべてココナッツ酒をカップに注いでくれた。

 全部飲み干したら、夜釣りに支障が出るんじゃないかな。


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[気になる点] 最後のバゼルさんが慢心してますが、満面の笑みとかの間違いかな?
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