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P-030 引っ越しと買い出し


 ゆっくりとカタマランを動かして、バゼルさんのカタマランの隣に停泊する。

 俺達の船は近づくと、バゼルさんがカゴを布で包んだようなものを舷側に落とし込んだ。

 互いの船がうねりで舷側を擦らないようにとの配慮だろう。

 魔道機関が停止したところで、船首と船尾をロープで固定する。

 どうにか終わって額の汗を拭き取っている俺を、バゼルさんが手招きしている。


「まだまだ終わらんぞ。屋根裏の銛と竿を移動して、お前の荷物も下ろさねばならん。それにお前のカヌーも船首に積んであるんだからな」

「そうですね。早速移動します」


 色々と世話になった船だけど、自分の船での暮らしはどうなるんだろう。

 ちょっと想像ができないけど、やってみれば何とかなるんじゃないかな。

 案ずるより生むがやすしとも言うぐらいだからね。


 銛が3本に水中銃が2つ、釣竿はオカズ用を含めて5本もある。

 ダイビングの用具が入ったカゴに、クーラーボックスと防水袋が2つ。こんな物だな。

 

「大工道具は必要だな。それと斧は買ったのか?」

「一応、揃えてあります。でも、大工道具は必要なんですか?」


「船の修理を行う時だってあるんだ。数枚の板と、防水用の塗料も必要だぞ」

「大工道具と一緒に見繕ってもらったんですが、船底を損傷したら俺に修理ができるとは思えないんですけど」


「俺にも出来んだろうな」とバゼルさんが呟いた。

 どうやら、標準的にカタマランに搭載しておく物のようだ。ある意味保険的な意味合いなのかもしれない。備えがあれば、それだけ心強いということになるんだろう。

 

 たまにロクロを使って浜にカタマランを引き上げているのを見るのだが、修理というより防水塗装をしているようだ。

 塗料ぐらいなら素人でも何とかなるかもしれないけど、船底に板を打ち付けるのはねぇ……。やらない方が沈まないんじゃないかな。


「銛は移し終えたのかにゃ?」

「ええ、終わってます!」


「なら、これを持って、カゴと炭を買って来るにゃ。場所はトロッコの線路を辿っていけば分かるにゃ。ギョキョーの坂を上って一番奥にゃ」


 トーレさんが2つの包を渡してくれた。

 これはタバコの包みたいだな。後でお礼をしないといけないだろう。


「確かに必要だろう。初めてカタマランを持ったと言えば、必要なカゴやザルを渡してくれるはずだ」

「それじゃあ、ちょっと出掛けてきます」


 カタマランの煮炊きは炭を使うんだった。それに一夜干しや保冷庫での貯蔵にカゴがいくつもいるのを忘れてたな。

 ひょっとして、まだまだ足りないものがあるかもしれない。今夜もう一度考えてみよう。


 桟橋を渡って岸から少し離れた場所を、渚沿いに走るトロッコの線路沿いに歩いていく。

 トロッコはお爺さん達が動かしてるんだけど、歩くぐらいの速度だから事故は無さそうだ。

 

 ギョキョーの小屋の脇を島の中に向かって坂が延びている。緩やかな坂だからそれほど苦労せずに登れるけど、上り切った高台からは浜の様子が手に取るように分かる。

 見晴台のような場所にいるお爺さんは長老みたいだな。

 軽く頭を下げて挨拶すると、片手を上げて応えてくれた。


 長老の小屋までは来たことがあるけど、その先は始めてだ。

 ヤシの林が並んでいる小道に沿って線路が延びている。


 200mも歩くと終点になった。小屋が3つ立っているけど、その中の1つ空は煙が上がっている。

 炭を焼いているんだろう。


 ヤシの木陰に縁台を出して3人の老人がカゴを編んでいた。

 先ずはカゴを手に入れよう。


「こんにちは。ここでカゴを買えると聞いてやってきたんですが」

「おう、売ってやるぞ。どんなカゴが欲しいんだ?」


「初めてカタマランを手に入れたので、ここに来れば必要なカゴを見繕ってくれると、バゼルさんが教えてくれました」

「何だと! あのカタマランの持ち主ってことか。バゼルがそう教えるなら、あんたがナギサということか? できれば背中を見せてくれまいか」


 俺達の話を聞いて、小屋から数人のお爺さんが顔を見せる。

 あまり見せるものではないと思うんだけど、老人の言うことは聞いておくべきだろうな。

 Tシャツを脱いで背中を見せる。

 何の言葉もないので老人達に振り向くと、目を丸くして俺の背中を眺めていた。


「まさしく聖姿じゃな。一目で分かると聞いてはいたが、確かに龍神のお姿じゃ」

「シドラ氏族は新規の氏族じゃ。他の氏族に蔑まれぬように龍神様がこの若者を使わして下さったに違いない」

「直ぐにシドラの名前が話題になるじゃろう。長生きはするもんじゃなぁ……」


 色々と言ってるけど、悪い印象は無いようだ。

 脱いだTシャツを羽織ると、再度カゴを売ってくれるようにお願いした。


「そう、慌てるもんではない。となれば炭も必要じゃろう。……ほれ! 炭をこれに入れてこんか。初めてとなれば少しは大目に入れてやるんじゃぞ」


 お爺さんの1人に手籠を渡して、そんなことを言っている。

 本人も「ヨイショ!」 と言いながら縁台から立ち上がり小屋に向かって行った。

 作り置きのカゴを保管しているのかな。


 しばらくすると、大きなカゴの上にいくつものカゴを重ねて運んできた。

 炭を取りに出掛けた老人も、手籠に山盛りの炭を入れて縁台の隅にひょいと乗せる。


「色々とあるが、何に使うのかはトーレが教えてくれるだろう。最初は炭の量が分からんだろうからこれぐらいあれば1航海には十分じゃ。慣れればそれだけ炭を使わなくなる。せっかく来てくれた嫁なんじゃから、飯の出来栄えに文句を言ってはいかんぞ」


「ハドレイ爺さんの言葉は説得力があるのう。ワシのところも最初は酷かったからのう。何度、腹を抱えたか分からんぞ」

「なぁ~に、おかゆのようなご飯なら、問題ないぞ。だが、芯のある飯は食えたもんじゃなかったなぁ」


 老人達の間で笑いが起こる。

 新婚当時の黒歴史ということなんだろうな。今では笑い話になっているけど、当時は切実な問題だったに違いない。


「あのう……、お値段は?」

「カゴが一揃いで銅貨10枚。炭はカゴに一杯で銅貨5枚じゃ。不漁の時は焚き木を運んで来い。買い取るからな。もっとも聖姿を背に持つ若者じゃ。不漁とは縁がないじゃろう」


 とは言ってもねぇ……。漁には運不運が付き物だと思ってるんだよなぁ。

 焚き木を運べというのは、そんな時の救済策ということなんだろう。

 なるべくそんなことにならないように努力しなければなるまい。


 小さな革袋から銅貨を15枚取り出して、トーレさんが渡してくれたタバコの包を傍に置く。


「皆さんで楽しんで下さい」

「ありがとうよ。アンタも頑張ることだ。ワシ等も期待しているからのう」


 背中に背負えるように縄で縛って貰い、炭の入った手籠を持って老人達に別れを告げる。

 とぼとぼと歩きだした俺を、手を動かしながらずっと見ているんだよなぁ。

 少し離れたところで、振り返って手を振ると、老人達も手を振ってくれた。

 何となく親近感のあるお爺さん達だった。

 漁を止めても、ああやって漁を支えてくれてるんだ。


 バゼルさんのカタマランに戻ると、船にいたのはバゼルさんだけだった。

 首を傾げながら、炭とカゴを購入してきたことを告げる。


「カゴは自分で編むこともできるんだが、ナギサにできるとは思えんからなぁ。老人達に頼めば色々と作ってくれるぞ。そして炭の購入は老人達のところと、ギョキョーだけだが、最初は挨拶代わりだと思えば良い」

「色々と渡されたんですが、これを全て使うんですか?」


「ザバンに積み込むカゴや保冷庫、それに野菜を入れるカゴもあるはずだ。トーレ達が食料の買い出しに出掛けたから、それを入れるカゴだと思えば良いだろう。平たい大きなザルは一夜干し用だ。3枚あれば十分だろう」


 とりあえず自分のカタマランの甲板に荷物を下ろしておく。

 かなり日が傾いてきたから、オカズ用の竿を出して船尾で釣りを始めた。

 餌はバゼルさんの船の保冷庫にいつでも入っているからね。


「俺も1本作らないとならんだろうな。ナギサ達といつでも一緒という訳にも行くまい」

「しばらくは、一緒に行動させてください。直ぐにガリムさんからお誘いがあるとは思えませんから」


「案外早いかもしれんぞ。ずっと待っていたらしいからな。もっとも、1度は一緒に漁をしてからで良いだろう。2人で漁をするとなると今までとは勝手が違うからな」


 どうやら、ザバンをあまり使わないらしい。

 カタマランから直接漁をするとのことだ。広範囲に漁ができないのはちょっと問題だと思うな。

 ザバンを使わないもう1つの理由が、女性も素潜りをするとのことだった。

 海の民だから、女性だって漁ができるのは当然だけど、素潜りもするとはねぇ。


「妻が1人であればそうなってしまう。2人目を貰えばザバンが使えるんだがな」

「タツミちゃんに銛が使えるんでしょうか?」

「トウハ氏族の娘だ。中型までなら突けるだろう」


 そうなると銛が不足してしまう。

 水中銃を使えれば都合が良いんだけどねぇ……。


「銛は心配ないぞ。すでに用意してある」


 そう言って、屋形の屋根裏から持ち出してきた銛は、全長が2mほどの銛だった。

 返しの小さな銛だが、作りは男達の使う銛と変わりない。


「これを使え。銛先はタツミの親父がくれたものだ。銛を作るのは面倒だが、ナギサも作れるようにしておくんだぞ」


 ありがたく受け取って、屋根裏に仕舞いこむ。

 丁寧に作ってあるのは、それだけバゼルさん達にとってもタツミちゃんが可愛いということになるんだろう。

 仲良く暮らせれば良いんだけど、漁暮らしがちゃんと出来るか不安になってくる。


「不良続きでも、年に2回のリードル漁があるんだ。俺もトーレと暮らした当初は不漁が続いたが、今では良い思い出になってるからなぁ」

「少し安心できました。外に何か注意することは?」


「そのぐらいか……。そうそう、もう1つあった。カマドの横に海水を入れた桶を1つ置いておくんだ。船での火事は何より怖い。確か桶は2つ付いていたはずだ。もう1つの桶は雨が降ったら甲板に出しておけば真水が手に入るぞ。雨だけはそのまま飲めるが、氏族の水くみ場で汲んできた水はお茶にして飲むんだ」


 雨は天然の蒸留水と聞いたことがある。

 雑菌も入ってないということなんだろう。それに対して水くみ場の水は少し怪しいということなんだろうな。

 真水を飲まずに、お茶を飲むのは生活の知恵ということになるのだろう。


 トーレさん達が帰ってくると、直ぐに宴会の準備が始まった。

 新しいカタマランのお披露目は見知った連中がやって来るとのことだ。

 俺に友人はいないから、バゼルさん達の知り合いになるんだろうな。



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