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P-029 俺達のカタマラン


 大きなハリオを突いたことで、シドラ氏族の男達の態度が変わったように思える。

 何となく尊敬のまなざしを感じるんだよなぁ。


「あのハリオを突けるのはトウハ氏族でも10本指で数えられる程だろう。シドラ氏族の半分はトウハ氏族の出身だから、銛の腕を誇る者がシドラ氏族でも多いのだ」

「銛というわけではないんですけどねぇ……」


「仕掛けを作ったのはナギサだろう? それを使いこなせる者はいないだろうし、スピアと呼んでる短い物も、銛の一種であることに変わりはない」


 おもしろそうな顔を俺に向けながら、バゼルさんが話を続ける。


「長老達も喜んでいるようだ。『聖姿を背に負うだけのことはある』と言っていたぞ」

「あまり期待されても困ります。至って普通の男ですし、漁の経験はこっちに来てからですからね」


「それも評価しているようだな。昼寝をしている間にグルリンを4匹釣ると聞いたのだろう。カルダスがだいぶご執心だ。ガリムと一緒に漁をさせたいと言っていたぞ」

「ガリムも大きくなったにゃ。この間まで浜で遊んでいたにゃ」


 いつまでも子供だと思っているんだろうな。

 氏族の子供達は氏族の皆が見守って育てているに違いない。


「ガリムは幼馴染の友人達と腕を競っている。ナギサが加わるのを長老連中も楽しみにしているらしいな」

「ザネルでは少し年上になってしまうにゃ。今年カタマランを手に入れる夫婦の指導はガリムになるのかにゃ?」


「オルバンの長男がカタマランを購入したらしい。確かライネスだったかな。今年18と聞いたぞ。ナギサと同じ歳になるな」

「ライネスの相手はケニーにゃ。この間、嫁さんと一緒に買い物をしてたにゃ。タツミもうかうかしてられないにゃ。トウハ氏族の誇りを示すにゃ!」


 トーレさんもトウハ氏族出身だったから、競争心がやたらと高いということらしい。

 普段通りで十分だと思うんだけどねぇ……。


「渚達のカタマランが来てから、具体的な話を持って来るだろう。漁場の案内はガリムがするだろうから、その後ろに付いて行けば良い。

 ガリムも船団を率いる練習ということだから、お前以上に緊張してるだろうな」


 友人達と腕を競い合うばかりでなく、後輩の指導も行うということになるのだろう。

 そうなると、バゼルさん達と一緒の漁は限られてくるということになるんだろうか?


「月に何度かザネルから誘いがあるはずだ。少しずつ若者の中に溶け込んで行けるはずだ」

「新たな船団が、直ぐにできるわけではないんですか?」

「そうは無謀だろう。ガリムにそこまでの責任を負わすことは長老もできんよ」


 それで、月に1、2度から始めるということか。

 氏族の漁場をどのように巡って漁をするのかは、船団を率いる者の勘と経験次第ということになるんだろう。

 不漁が続くようなら船団を率いる資格を問われかねない。

 カタマランを手にしたばかりの俺達相手なんだから、苦労するんじゃないかな。

 とはいえ、ある意味ではガリムさんの実績作りともいえる。

 上手く俺達に漁果をもたらしてくれるなら氏族内での評価も上がるし、それなりの発言力を得ることができるのだろう。


 何度か漁をすると、あまり頻度は良くないがハリオを島に運んでくることができるようになった。

 やはり水中銃は銛を上回ると思っていたのだが、バゼルさんは俺の素質が大きく影響していると教えてくれた。


「ハリオを突くのは待つことが大事だ。それができるのは長く水中に潜っていられることが前提でもある。ナギサの潜水時間は俺達の中でもずば抜けているからな。その身体能力が、ハリオがやってくる時間までお前を水中に置いてくれるのだ」

「さすがは背に聖姿を刻むだけのことはあるにゃ。おかげで不漁が無いにゃ」


 何時もそれなりに銅貨を貰っているけど、確かに貰わない時は無かった気がする。

 この海域は豊穣の海だと思ってたんだけど、不漁という言葉はあるみたいだな。


「不思議なことにサディが言った通りだ。俺でさえも、年間では魔石2個分を取り崩して生活していたのだが、今ではそんなことがない」

「聖痕を持った者が船団にいると不漁が無いと聞いたことがあるにゃ」


「聖痕の上を行くと、婆様達が言っていたのは本当かもしれん。だが、それはナギサがそれだけ頑張っているからなんだろう。噂に惑わされずに漁をするんだぞ」


 確かにバゼルさんの言う通りかもしれない。聖痕という印を貰った漁師が、それに恥じないように努力したことが、そんな逸話を生んだんだろう。

 無理をせず、出来る範囲での努力が肝心なんだろうな。

                 ・

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                 ・

 リードル漁が終わって2度目の満月を過ぎた頃。

 漁を終えて島に帰ってくると、真新しいカタマランを繋いだ商船が桟橋に停泊していた。

 2隻あるようだけど、俺が注文したカタマランもあるんだろうか?


「操船櫓の後ろに柱が立ってるにゃ。あれが私達の船にゃ!」


 嬉しそうにタツミちゃんが甲板の上でぴょんぴょん跳ねている。

 確かに柱がある。他のカタマランにはそんな柱が無いから、まさしく俺達の船になる。


「バゼルさん。どうやらあれが俺の船になるようです。引き取ろうと思いますが、隣に停泊させても良いでしょうか?」

「もちろんだ。なるほど、柱が立ってるな。この船より小型だからタツミも操船が容易だろう。直ぐに引き取って来い。今夜は宴会だ!」


 新しい船が出来たら皆で祝うと、伯父さんから聞いたことがあるから、この世界も似たようなお祝いをするんだろう。

 そう言うことなら、ワインを何本か買い込んでこよう。


「私達も一緒に行ったげるにゃ。獲物をギョキョーに運んだ後で一緒に行くにゃ」


 先ずは漁果を運ぶのが優先ということだろう。

 船は逃げないんだから、それまで待っていよう。


 3人が背負いカゴに漁果を入れて桟橋を歩いて行くんだけど、トーレさんのカゴから大きなフルンネの尻尾が飛び出している。

 同じ桟橋に船を泊める連中が桟橋まで出てきて後ろを見送っている。トーレさんは狙ってて尻尾を出してるのかな? 何となく確信犯に思えてきた。


「あれだけ大きなフルンネだ。トーレも見せびらかしたくなるんだろうな」


 パイプを咥えながらバゼルさんが呟いている。


「俺にも突けと煩いぐらいに煽ってくれるのはありがたいが、すでに最盛期は過ぎている。どうにか3YM(ヤム:90cm)が良いところだ」

「まだまだですよ。確かについた瞬間から腕を持っていかれそうになりますけど、こっちだって力づくで引き上げますから」


 俺の言葉に笑みを浮かべて,ポン! と肩を叩いてくれた。

 さらに腕を上げろと言うことなんだろうか?


 3人がギョキョーから帰ってくると、真新しい背負いカゴが1つ増えていた。

 預けていた荷物を引き取って来たのかな?

 甲板に背負いカゴを下ろすと、タツミちゃんは屋形の中から小さな布製のポシェットを持ってきた。


「準備出来たにゃ。トーレさん達も買い物をすると言ってたから、帰りは一緒にカタマランで帰って来れるにゃ」


 今度は俺も一緒になって桟橋を歩くことになったけど、何も荷物は持たないのがちょっと気になるところだ。

 ポケットには銀貨が入った小さな革袋があるから、ワインぐらいは買えるだろう。


 石造りの桟橋に停泊した商船の中に入ると、トーレさん達と別れて、先ずは店員にカタマランの引き取りを告げる。


「ナギサさんですね。確かに曳いてきた船の1隻がそうです。一緒に船に来てくれませんか? 改造箇所の確認をお願いします」


 最終確認ということなんだろうな。

 タツミちゃんと一緒に店員の後に付いていき、ザバンより少し大きなボートでカタマランに横付けして乗り込んだ。


 操船櫓の真後ろにある柱と船尾に伸びた帆桁、それを支える太い添え木。更に家形の左右までロープを伸ばして帆桁を固定している。

 帆柱も単純に立てただけかと思っていたら、操船櫓の梁と組み合わされていた。組木のようにな組み合わせはかなり頑丈に思える。

 桁の先端には既に滑車が取り付けられており、動滑車に付けたフックが柱に巻きつけられたロープの輪を掴んでいた。

 これなら邪魔にならないな。

 舷側の曳き釣り用の竿も、竹を割りばしのように長くしたものを組み合わせて作ったものだし、竿の先端には輪がつくられて手元まで丈夫そうな組紐が延びている。

 組紐に付けた洗濯ばさみを素早く先端まで移動できそうだ。

 船尾の板は外れる構造ではなく、外側に倒れるように作られている。左右のロックを外せば外側に倒れて斜路になるから引き上げる時に便利に違いない。

 船尾にハシゴが付いている?

 これはサービスなのかな? ハシゴを下ろすガイドの枠があるからそこにはめ込むようにして使うのだろう。

 帆桁を使って帆布をテントの屋根のように張れるよう、帆布が巻き付けてあった。

帆柱の近くにある2本の竿を使えば、船尾で帆布の屋根をピンと張ってくれるはずだ。


 俺の改造点の確認をしている間に、タツミちゃんがあちこちの備品を調べている。

 リストを見ながら1個1個確認してるようだ。


「船首にザバンが乗せてあります。屋形の中から行って確認してください」

「ありがとう見て来るよ」


 ザバンはアウトリガーを付けられるようになってたし。結構丈夫そうな浮体だ。

 太い横木で固定できるようになってるし、細めのロープまで用意されている。

 確かコロも付いてるはずだと、下を覗いてみると舷側と一体化したコロが左右に付けられている。

滑車とロープが置いてあるのは引き上げ時を考慮したものだろう。

 太めのロープは何の目的だと考えて辿っていくと、漬物石より小さめの石が先端に結んであった。これがアンカーということになるようだ。


 さすがはドワーフ族の職人が作っただけのことはある。飾ることなく頑丈さを前面出してカタマランが作られていた。


「俺の方は問題ない。タツミちゃんの方は?」

「全部付いてたにゃ。ちゃんと箱まであったにゃ」


 魚を捌く台ってことだな。板は2枚だからテーブル代わりのも使える優れものだ。


「確認できました。問題ありませんので引き取りたいのですが、最終的な値段に変更はありませんか?」

「契約書は絶対ですから、変更はありませんよ。魔道機関2基共に魔石は6個を使っています。塗装は2度塗りですから数年は持つでしょう。それでは、商船で金額を受け取ります」


 商船の2階にある小部屋で引き渡し書にサインを書いて、金を手渡す。

 これで、俺達があの船の持ち主になる。


「ついでにワインを3本ほど欲しいんだけど?」

「祝いの席ですね。承知しました。良いワインを用意してありますよ」


 1本が銀貨1枚なんだから、かなり高いワインということになるんだろうな。ついでに蒸留酒も2本買い込んでおく。

 とりあえず、これで終わりかな?


 外に出ると、俺達のカタマランにトーレさん達がすでに乗り込んでいる。

 早くしないと、トーレさん達が動かしてしまいそうだ。近くを通りかかったザバンにお願いしてカタマランに乗船する。


「やっと帰ってきたにゃ? あんまり遅いから私達で移動しようとしてたにゃ」

「やはり最初が肝心ですから、タツミちゃんに操船してもらいます。トーレさん達はタツミちゃんの操船を見てあげてください」


 渋々ながらトーレさんが納得してくれた。

 嬉しそうに操船櫓に上がったタツミちゃんの後に付いて行ったから、ちゃんとアドバイスやフォローをしてくれるに違いない。


「船首のロープを解いて欲しいにゃ!」

 

 直ぐに指示が飛んできた。言われるままに商船と繋がれたロープを解いて、操船櫓に手を振る。


 ゆっくりとカタマランがバックしていく。

 動き出すとやはり船を持ったという実感がわいてくる。

 このまま船首に立って、数百mの航海を楽しもう。


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