P-028 ドワーフの作った水中銃(2)
2匹目の獲物は大きなブラドだった。
引き上げた獲物を見て、タツミちゃんがちょっとがっかりした表情をしているんだけど、前のフルンネ達はどこかに行ってしまったようだ。
3匹目のブラドを突いたところで、カヌーのアウトリガーに腰を下ろして休憩を取る。
「バゼルさんが休憩を終えて漁を始めたにゃ。他の船は未だ休憩に入らないにゃ」
「2番目なら上等かな。バヌトスがいたから、今度はそれを突いてくるよ」
「今度の獲物は良いところに銛が刺さってるにゃ。これならトーレさんも満足してくれるにゃ」
「手銛よりも、素早く打ち出せるからだろうな。手銛だったら、今夜のおかずが増えたかもしれないよ」
ハーブティーのようなお茶は、クーラーボックスで冷たく冷えていた。
少し甘く感じるのは、何時ものことだ。
できればコーヒーを飲みたいところだけど、ここではそんな飲み物はないんだろうな。
ゆっくりとお茶を飲み終えたところで、再び素潜り漁を始める。
作って貰った水中銃は、少し使い辛い気もするけど、性能的には満足できる出来上がりだ。
当初心配したスピアの強度も問題はないようだ。1mを越えるフエフキダイを引き上げても曲がることは無かったからね。
鉄ではなく鋼で作ったと言っていたから、かなり強度が高いんだろう。
新たに3匹を追加したところで、再び休憩を取る。
素潜り漁は、動と静の繰り返しだ。
50cmを越えるバヌトスをカヌーに引き揚げたところで、タツミちゃんが漁の終了を教えてくれた。
水中銃をアウトリガーの横木に結わえ付けて、カヌーを押すようにカタマランへと向かう。
「だいぶ大きいのを突いたようだな」
「やはりドワーフ族の職人は良い仕事をしてくれました。狙い通りに真っ直ぐにスピアを放てます」
「細いから大物はダメだと思っていたが、あのフルンネを突けるなら問題ない。その仕掛けも商船で作った物なら、ずっと使い続けられるだろう」
「あの大きさを突けるなら、ハリオも突けるにゃ。ハリオを突けるのがトウハ氏族だけでないことを知らせるにゃ!」
ちょっと興奮気味のトーレさんの話だが、こんな奴だとバゼルさんが話してくれた魚はシマアジのようだ。
大きくなるとは知ってるけど、あまり大きいと毒があるんじゃなかったかな?
この世界のシマアジにはないんだろうか? それにイシダイだって持っているのがいるはずなんだけど……。
「この海の魚は毒はないんですか?」
「ん? 急にどうしたんだ。バヌトスのヒレは刺さると痛いぐらいだ。ウミヘビはかなり痛いが、そもそも掴まなければ噛まれることは無い。唯一、リードルの毒槍がきけんではあるな」
食中毒は起きないってことか、それなら大きいのを突いても問題はないんだろう。
「釣りでなら話を聞いたことはありますが、そんな魚を銛で突けるんですか?」
「ああ、突けるぞ。トウハ氏族の婚礼の航海は、これを突くことができるかを試す場でもあるのだ。昔ほど意味合いが無くなってはきたが、3日の漁で、1、2匹を突くと聞いたぞ」
「突けたら、長老が記念品をくれるにゃ。氏族総出の宴会の席で皆が祝ってくれるにゃ」
トウハ氏族の男達にとって一生に一度の大イベントってことかな?
単なる通過儀礼とも異なるようだ。その結果が後々の氏族内の立ち位置まで変えるのかもしれない。
「まあ、シドラ氏族も似たことはしているが、ハリオでなくとも大きければ問題はないぞ。息子達が持ち帰ったフルンネは、ナギサが突いたフルンネよりは小さかったが、皆が称賛していたくらいだからな」
シドラ氏族では、若者が立派な漁師になった事を確認する行事という感じだな。
カイトさんやアオイさんはそんな行事に参加したんだろうけど、かなりのプレッシャーがあったんじゃないか?
昼食はお団子の入ったスープだった。
香辛料がたっぷりと入っているから、暑さの中でも美味しく頂ける。
夕暮れまでお昼寝するようだけど、俺には昼寝の習慣は無いからね。
溝の上に船を停めているから、五目釣りを楽しむことにしよう。
上物も狙える仕掛けを落として当りを待っていると、直ぐに強い引きが伝わってきた。
皆が寝てしまったから、タモ網を使わずに甲板にゴボウ抜きにしたところで、棍棒で頭をポカリ。おとなしくなった魚を保冷庫のカゴに入れておく。
開くのはできないから、トーレさん達が起きたらやって貰おう。
カンパチに良く似た魚だ。ちょっと緑がかっているから、グルリンという種類なんだろう。
次の獲物は2匹続けてシーブルだった。
下張りには掛からずに上針ばかりだから、仕掛けを変えてウキ釣りを始める。
ウキ下1m程なんだが、次々とグルリン交じりでシーブルが掛かった。
そんな釣りが2時間程で、当りが全くなくなる。
回遊魚だからだろうな。たまたま竿を出したころに群れが通り掛ったに違いない。
仕掛けを基に戻して、根魚を狙うがなかなか食い付いてこないようだ。
やはり昼間は根魚は余り動かないんだろう。バゼルさん達はそれを知っているから昼寝をしているのかもしれない。
だいぶ日が傾いてきたころに、皆が起きてきた。
保冷庫の蓋を開けてトーレさんが吃驚して俺に顔を向ける。
「グルリンにゃ! 4匹上げてるにゃ」
保冷庫からヨイショ! とカゴを取り出して獲物を確認しているトーレさんの周りに集まっているけど、それほど驚くことなのかな?
「良い型だな。……ナギサよ。今度グルリンが釣れた時には皆を起こしてくれ。グルリンは良い値で売れるからな。シーブルもこの型なら喜んでくれるだろう」
「分かりました。次は皆を起こします」
グルリンはシーブルの仕掛けで釣れるようだが、あまり数が出ないようだ。
俺が釣った数は12匹だけど、グルリンが4匹混じるのは稀も良いところだ、とバゼルさんがパイプを手に教えてくれた。
「シーブルもグルリンも群れで移動するからなぁ。釣り手の数が多い程良いんだ」
「夜釣りではほとんど出ませんよね」
「たまに掛かるが、滅多にあることではない。夜釣りは底物が狙いだからな」
バゼルさんが割ってくれたココナッツジュースを飲みながら、トーレさん達が手際よく獲物を捌いている様子を眺める。
どうやらタツミちゃんの捌き方を確認しているようだ。
失敗したら今夜のおかずになるのかもしれないな。
日が落ちる前に、バゼルさんが甲板に2つのランプを作る。
少し離れた海上にもランプの明かりが見えるけど、今日の漁果はどうだったんだろう。大量であることを祈るばかりだ。
いつも通りの焼いたカマルだから、タツミちゃんは失敗しなかったのかな?
スープを手にとると、白い切り身が浮かんでいた。
1匹は失敗したらしいな。
「タツミの腕はそれなりにゃ。後は慣れれば問題ないにゃ」
「まあ、昼の釣りはオカズ釣りとして大目に見るんだな。魚の種類も多いし、それなりの捌き方もあるからなぁ」
タツミちゃんが ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしているけど、15歳で魚を捌ける人はそうそういないんじゃないかな。
お袋は何時も切り身を買ってきてたし、妹なら包丁を持って途方に暮れるはずだ。
あれから1年が経とうとしているけど、向こうの家族は元気にしているだろうか?
急にいなくなってしまったから、いまだに俺を探しているのかもしれないな。
とはいえ、向こうを心配しても替える手段がない。
カイトさんもアオイさん達もこの世界で暮らして亡くなったらしい。
食事が終わると、何時ものお茶をココナッツのカップで頂く。
つくづくココナッツは万能の実だと考えてしまう。外側の繊維は煮炊きに使えるし、中身はジュースで頂ける。白いところをスプーンで掻き取れば料理の味付けや日焼け止めにもなる。残った殻はこうやってカップとしても使えるんだからね。
お茶が終わると、何時ものよう竿を出す。
タツミちゃんはサディさんと一緒に釣竿を使うようだ。
反対側で俺とバゼルさんが仕掛けを落とす。
甲板の真ん中で、トーレさんがタモ網を持って仁王立ちしているのが、ちょっとしたプレッシャーなんだよなぁ。
「昼はシーブルなら夜も期待できそうだが……」
「早々、良いことばかりはありませんよ。……きた!」
竿先がグイグイと引かれる。軽く合わせて、どんどんリールを巻いていく。
それほど大きくはないが幸先は良さそうだ。
トーレさんがタモ網を持ち上げて、棍棒でポカリ! これで1匹だな。
「こっちにも来たにゃ!」
次はサディさんだ。仕掛けが絡まないようにタツミちゃんが慌てて船尾に竿を移動している。
4人で釣るには少し甲板が狭い感じがする。
この間注文したカタマランはこれよりも小さいから、甲板も一回り小さくなるはずだ。
ちゃんと漁ができるかなぁ……。
そんな不安も、次々と釣れるバヌトスの姿にいつの間にか薄れていく。
3時間程の夜釣りが終わると、トーレさん達が忙しそうに魚を捌いて開きにしている。
バゼルさんが屋形の屋根裏から取り出した浅いザルに綺麗に並べているから、一夜干しをするのだろう。
3つの大きなザルに並べられた開きを、バゼルさんを手伝って家形の屋根に並べる。
屋根の勾配が気になるところだけど、屋根の上に渡せた板の両側にフックが何本か打ってあるから、ザルを紐で結べば落ちることは無いと教えてくれた。
作業が終わったところで、【クリル】で体の汚れを落とし、ココナッツ酒を皆で頂く。
これで今日の仕事は全て終わる。
後は、ハンモックで寝るだけだ。
翌日も、何時も通りにタツミちゃんに起こされてしまった。
もうこれは、タツミちゃんの仕事と言っても良いのかもしれないな。
その日の素潜りをしている時だった。
何時ものように海中でサンゴの裏を探っていると、ゴォ―という音が聞こえてきた。
何だろう? と周囲を見回していると、直ぐ俺の上を大きな魚の群れが通り過ぎて行った。
何の魚だろう?
形からすればシーブルのようでもあるけど、見上げた魚は横幅が少なかったようにも思える。
再び、似た音が聞こえてきたので、海底の岩に片足を引っ掛けるようにして体を保持すると、上を通り過ぎる魚の群れに向かって水中銃のトリガーを引いた。
グンと体を持っていかれそうになって、慌てて岩から足を話すと、そのまま数mも水中を体が引かれていく。
水中銃に結んだ組紐は延縄に使う丈夫なものだ。どこに刺さったか分からないけど、これだけ強い力でも外れないなら貫通してるのかもしれないな。
力任せに海面に泳ぎながら、片手を上げてタツミちゃんを呼ぶ。
シュノーケルをしているから良いようなものの、たまに体が沈むほどまだ暴れている。
それでも、だいぶ引きが収まってきたようだ。
もう少しで絶命してくれるに違いない。
「何を突いたにゃ!」
「大きい奴だ。かなり暴れてたけど、どうにか治まったから引き上げるをの手伝ってくれ」
「ヨイショ!」と声を出しながら引き上げたのは、どう見てもシマアジだった。
体長1.3mはあるんじゃないかな?
タツミちゃんが驚いて目を丸くしてたけど、直ぐにカヌーの上に乗せて紐で縛りつけている。
あの大きさだからなぁ……。クーラーボックスには入らない。
「トーレさんが吃驚するにゃ! 運んでくるにゃ」
離れていくカヌーに手を振って、次の獲物を探してシュノーケリングを始める。
かなり大物だったけど、結構この水中銃は使えるぞ。さすがにスピアは曲がってしまってるかと思ってたけど、全く異常が無かったからね。




