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P-024 売れるように銛を突く


 シドラ氏族の漁は、5日を1つの区切りにしているようだ。

 島を出港して4日目の朝には、島に向かってカタマランが進んでいく。

 さらに遠くに向かう時もあるようだけど、そんな場所に向かうのは2人目の嫁さんを貰ってからになるらしい。

 操船を交代しながら船を進めるんだろうな。

 それを考えると、バゼルさん達もそんな船の仲間入りをしても良さそうなんだが、片道を1昼夜が良いところだ。

 遠くに行けばそれだけ大物が獲れるらしいけど、無理をしないで漁をする姿は俺も見習いたいところだ。


「船で1日と言ってもこの海は広い。有望な漁場が、それこそたくさんある」


 シドラ氏族の島を中心に半径100km圏内ということになるんだろう。その中にある島だけでも100個近い数があるようだ。俺なら迷子になってしまいそうだから、カタマランを1時間も走らせて漁をするなんてことになりそうだ。

 タツミちゃんに期待しておきたいけど、ちゃんと氏族の島が分かるのかな?


「同じ漁場で漁をすることは余り無いのだが、ナギサはネコ族に入って間がないし、タツミもトウハ氏族の出だ。船を持ってもしばらくは同じ漁場を狙っても文句は言われまい」

「船を持っても、しばらくはバゼルさんと行動を共にしたいと思っているんですが?」


「そうだな。それなら他の若者もその時は同行させよう。昔はカタマランを手に入れる前から指導をしていたようだが、今では船を手に入れてからになっている。ちゃんと言うことを聞かないと、嫁から文句を言われるから指導は楽になったんじゃないかな」


 要するに、嫁さんの前で怒られないようにしろということかな?

 その辺りはやってみないと分からないけど、場合によってはタツミちゃんが援護してくれることを期待しておこう。


「先のリードル漁でナギサの技量が分かったつもりだ。次のリードル漁を終えたら直ぐにカタマランを手に入れても問題はあるまい。

 商船のドワーフに頼めば、造船時に改造もしてくれる。言い伝えではアオイ様が船を頼む時には改造が多くて船の値段が倍になったそうだ。あまり、変な改造をすると値段がかさむぞ」

「はあ、とりあえずは始めての船ですから、ほどほどにしておきます」


 船の値段が倍になるような改造なんて思いつかないけどなぁ……。だけど、船尾の擁壁が取り外せるようにすることと、曳き釣りの時に舷側から張り出す竿は少し改造したいところだ。

 後は、甲板の屋根だけど、タープのように帆布で必要時に甲板の上に張れないかな?

 甲板全体に張らずとも、甲板の三分の二程度でも良さそうだ。

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 雨期の漁は、豪雨をいかにやり過ごして漁をするかという判断が一番大事らしい。

 その辺りの見極めを直ぐにできるとは思えないから、しばらくはバゼルさんと一緒に漁をすることになりそうだ。

 トーレさんが言うことには、『西の空を注意すればだいじょうぶ』ということなんだけど、何度か東からも豪雨がやってきたんだよね。

 タツミちゃんに聞いてみたら、『ちゃんと西を見てる』と言ってたから、観天望の常識なんだろう。その上で他の方角も見ておくということになるのかな?


「晴れなら素潜り、雨が降れば釣りをすれば雨期でもそこそこの漁果を得られる。それより数を出そうとするなら、曳き釣りと延縄を使うことになるな」

「雨期でも素潜りを行う漁師がいると?」


「ああ。多くは若い連中だ。ザバンを使わずにカタマランを使いながらだ。その時の注意は、船尾のスクリューに巻き込まれないようにすることだ。一応、スクリューの周囲には太い金属製の網が付いているが、腕や足を切るようなことだってあるからな」


 ガード付きのスクリューなんだ!

 確かに金属製の回転体だからねぇ。船尾は危険と覚えておけば良いか。

 突いた獲物も、甲板からカギ付きのロープを投げて貰って、それに引っ掛けて渡せば良いんじゃないかな。

 乗り降りする時は、魔道機関を停止して貰えば、更に危険が少なくなる。


「いろいろやってみます。その内に、季節に合った自分の漁ができるようになるんじゃないかと」

「そうだな。確かに色々とやって見るべきだろう。だが、3つ漁に関わる掟がある。1つは、リードル漁は年に2回。2つ目はロデニルを取るのは家族で食べるだけ。3つ目は龍神と龍神の使いである神亀に敬意を払う。以上の3つだ」


 リードル漁は季節の変わり目の満月と覚えておけば良いし、何と言っても氏族の皆が一緒に漁をするんだから、その通りにすれば問題はないはずだ。

 2つ目のロデニルという魚が分からない。その内に教えて貰えるなら、俺にも分かるだろう。

 問題は3つ目だ。龍神と新亀と言えばネコ族の信仰の対象の筈だ。

 見たことがあるような話を聞いたけど、この世界では神が姿を現すということなんだろうな。

 神々しい姿だろうから、その時は頭を下げて祈ることになりそうだけど、どうやって祈れば良いんだろう?


「近頃は神亀の話を聞くことは無いが、ナギサが現れたからには神亀も遠からず姿を見せてくれるに違いない」

「実在する神であるなら、早く見たいですね」

「昔は神亀の甲羅に乗った者達もいるらしい。カイト様達の娘御達はそうであったらしいぞ」


 海の向こうを懐かしむような表情で眺めながら、バゼルさんが呟いた。

 神と共に戯れる。

 そんなことがあるんだろうか?

 バゼルさん達は正直ものだから、噂話を俺にしているわけではないようだ。

 ましてや神話の類ではない。

 かつてネコ族が目にしたことを、語り繋いでいるということなんだろうけど……。


「神亀は龍神の眷属であり、使いでもある。神亀の目を通して龍神は我等を見守ってくれているのだ。

 かつてのように、その姿を直接拝むことはできぬが、今でも船の下を動く巨大な影を見ることがあるようだ。ナギサがそんな事態に出会ったなら、酒を1杯海に捧げてくれ。それが習わしだ」


「分かりました。とはいえ、どこで見られるかは分からないんですよね?」

「それが分かれば、漁の前に詣でるよ。神亀を見た時は大漁になると言われてるからな」


 俺に顔を向けて、笑みを浮かべている。

 それは経験則なんだろうか? 神亀を見たということで、漁を頑張るから大量になるんじゃないかな?


「しばらくはバゼルさんに付いていきますから、その辺りのことは追々学んでいきます」

「その他にもあるんだが、とりあえずは先ほどの3つを守れば問題ないだろう。たまには若い者達と一緒に出掛けるのもおもしろいぞ。そうだなぁ……、船を持って一か月程経ったなら、末っ子のザネルに頼んでやろう」


 とりあえず頷いておく。

 若手と言っても、子供の内から親の漁を見て育ってきた連中だ。

 俺が参加することで足手まといになるようなら、恨まれかねない。

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 漁から氏族の島に帰投すると、2日の休養を取って、再び5日間の漁に出ることを繰り返す日々が続いている。

 不漁か放漁果の判断は、漁果の売買が銀貨1枚になるか否かで判断しているようだ。

 今のところ、不漁はないとのことらしい。

 

 それを知ってのことか、バゼルさんの漁に同行する船がいつもあるようだ。

 トーレさんの話では、シドラ氏族でも腕の良い漁師の1人に数えられるらしい。

 その中でも、カルダスさんは筆頭と言われる人物なんだが、バゼルさんも同じぐらいの腕だと思うんだけどなぁ……。

 よくよく話を聞いてみると、筆頭の座は腕の良い5人の漁師の中から、クジ引きで決めたらしい。


「考えてもみろ。長老の話を聞かねばならんし、氏族全体の漁も気に掛けねばならんのだ。5人とも辞退したところ長老達がクジ引きを提案したんだ」

「重責ということですか……。漁がおろそかになりかねませんね」


「まあ、そういうわけだから、俺達も可能な限り手伝っている。奴にだけ責任を負わせるのはしのびないからなぁ」


 北の桟橋に顔を向けながら、パイプを楽しんでいる。視線の先はカルダスさんのカタマランがあるのだろう。


「ナギサの指導をするはずだったが、同行する船がいつもいるからなぁ。あまり面倒を見てあげられずに申し訳なく思っている」

「その都度、教えて頂いていますから、ありがたく思っています。とはいえ、いまだに銛の狙いが安定しないんですが、やはり経験不足ということになるんでしょうか?」


 俺の問いに、顔を戻して少し考え込んでいる。

 たぶん、自分の若いころの様子を思い出しているのかもしれないな。


「一言で言えば、その通りなんだろう。何故、それができるようになったかを考えている。……そんなことを考えることも無かったのだがな」


 いつの間にかできるようになっていた……、ということなんだろうか?

 それだったら、ある日突然にできるようになるまで待つことになってしまいそうだ。


「距離が関係してくるのかもしれないな。ナギサはどれぐらいの距離で銛を打つのだ?」

「水中銃であるなら、両手ほど。銛なら片腕より少し長めになります」


「俺より距離が長いな。次は片腕で試してみろ。近づくと逃げられてしまうと思って、若い連中はどうしても距離を取ってしまう。銛を打ってから命中するまでのわずかな時間に獲物が姿勢を変えてしまうんじゃないか?」


 もっと近くで銛を使えってことか……。次の素潜りで試してみよう。

 水中銃のスピアは距離があっても、速度が段違いだし、全体が細いから魚に取って脅威と映らないのかもしれない。

 とはいえ、あまり銛を近づけると逃げられてしまいそうだ。

 数を上げるのではなく、銛を的確に打てるように、雨期の合間の素潜り漁で練習してみよう。


 その結果は、次の漁で確認することができた。

 獲物にゆっくりと銛を近づけるなら、50cmほどまで接近できるのが分かった。

 この距離なら、目標を大きく反れることは無い。

 突くことができた数は減ったけど、夕食のオカズになる魚は無くなったようだ。


「やはり、銛を魚体に近付けることで、失敗は無くなりました」

「ただ突くのではなく、売れるように突くのだ。それが分かれば、問題はないが……。よくも息が続くものだな。感心してしまうぞ」

「向こうの世界では長距離を走るのが得意だったんです。長く走るために呼吸が鍛えられたのかもしれません」


 自分でも驚いたんだよなぁ。時計で計ってみたら、1分30秒以上潜っていられたんだからね。

 夏のプールの授業で、50mプールを無呼吸で往復できたぐらいだから、心肺能力は他の連中よりも高かったんだが、それがこの世界で役立つとは思わなかった。


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