P-019 得られた魔石は21個
「リードルを8個運んで、全てが魔石入り。しかも1個は中位ともなれば、聖姿は伊達ではないということになるな」
「たまたまかもしれません。今日も頑張りますよ!」
「俺達も頑張らないとな。3日間で中位は2個取れれば上等だ。今日は何としても手に入れたいところだ」
リードさんの言葉に、ザネルさんも頷いている。兄貴には負けられないってことかな?
「無理は厳禁だ。魔石を得られるだけ、俺達は恵まれていると思わねばならんぞ!」
息子さん達に注意しているけど、あんまり聞いてはいないようだ。
トーレさん達が苦笑いをしているぐらいだからね。
そんな話で盛り上がっての2日目のリードル漁の成果は、全員が1個ずつ中位魔石を手にすることができたみたいだ。
やはり模様が濃い奴を選ぶことが大事らしい。
とは言っても、海底に群れているリードルを見ると目移りしてしまうんだよなぁ。
リードル漁の最終日。
昨日とは全く表情が異なったバゼルさん達を目にした。
厳しい表情は、今回の漁が上手く行かなかった訳ではないのだろうが、原因がわからない。
「何時もと違う漁になるんでしょうか?」
「ああ、そうじゃない。今日は、大型のリードルが出てくる。二回りほど大きいのだが、上手く捕えれば上位魔石が手に入る。上位でなくとも中位は確実なんだが、大きければそれだけ毒槍も伸びるのだ。
昨日までよりも注意するんだぞ。それとだ……、突いてみろ!」
その為に頑丈な銛を作ってくれたんだ。
俺に突ける技量があると思って作ってくれた以上、期待には応えたい。
「頑張ってみます!」
俺の言葉に、リードさん達までも肩を叩いて頷いてくれた。
島に渡ってゆっくりと朝食を取り、お茶を飲みながら漁の開始を待つ。
笛の音が浜に何度も聞こえた時、銛を手にカヌーへと走り出した。
騎士から100m程漕ぎ出したところで、装備を整えて海に入る。
シュノーケリングをしながら水底を眺めると、ところどころに大きな塊が見えた。動いているから岩ではないし、この海の水底は一面の砂泥で岩もサンゴもない。
あれを突くんだ……。
どう見ても2倍はあるんじゃないかな。
その中で一番模様が濃い個体を見付けたところで、息を整えると銛を下にして一気に潜っていった。
潜る勢いで銛を殻の付け根に突き入れる。
グニュっとした感触が手に伝わるが、貫通はしていないようだ。その場でフィンを使いながら力づくで銛を突き入れる。2度繰り返したところで銛の柄を持って海面を目指したのだが、やたらと重く感じる。
大きいから、それだけ水の抵抗があるんだろうな。
どうにか海面に頭を出して息を整えたところで、カヌーの先端に付けた銛を置く台に、柄を梃のようにしてリードルを水中から引き上げた。
しっかりと銛の柄を足元の竹筒に入れたところで、岸に向かってカヌーを進める。
すれ違う男達が、俺の獲物を見てパドルを停めて目を丸くしてるんだよなぁ。
やはり突くのは難しいということになるんだろうか。
引き摺るようにして、どうにか焚き火の場所に持って行くと、トーレさんが目を丸くしながら急いで場所を開けてくれた。
「ここに置いておくにゃ。じっくりと炙ればだいじょうぶにゃ」
「良い匂いがしてるんですけど、食べられるんですか?」
「食べた人はいないにゃ。毒があるかもしれないにゃ」
良く分からないってことだな。だったら止めておこう。魚醤を付けて焼いたら美味しそうなんだけどねぇ。
一休みして、再び海へ向かう。
大型のリードル漁は、昨日までと違って重労働に思える。
このペースで行くと、5個突ければ良いところじゃないかな。
日が傾き始めたところで、今回のリードル漁が終わりになった。
浜から続々と皆が引き上げていくけど、トーレさんは最後に取ってきた大きなリードルを入念に焼いている。
どうにか作業が終わった時には、浜にいるのは俺達だけになっていた。
「やはり大きい奴は焼くのに時間が掛かるようだな。次は、無理せずに最後のリードルは小さいものを突いた方が良いのかもしれん」
「急いでカタマランに戻るにゃ。だいぶ日が傾いてるにゃ」
リードルの残骸を入れた穴に砂を掛ければ作業は終わる。
持ってきた荷物を何度かザバンを往復させてカタマランに運び終えると、カタマランの甲板でワインを皆で飲むことになった。
無事に漁を終えたことを祝うのだろう。
結構、酒を飲む機会が多いようだ。このままこの世界で暮らせば、親父以上に大酒飲みになってしまうんじゃないかな。
「これがリードの分にゃ。ザネルはこれにゃ。ナギサはこれになるにゃ」
トーレさんが小さな革袋を配ってくれた。
確か魔石3個を渡さないといけないんだったな。
「これはタツミちゃんに渡しておくよ。魔石2個をバゼルさんに、トーレさんには1個渡してくれないかな」
「すでに頂いてるにゃ。それにしても上位が3個に中位が5個は凄いにゃ」
俺が運んだリードルは大きい奴が5個と普通サイズが16個だ。全てに魔石が入っていたらしい。残り13個は低位の魔石なんだろうけど、3個引いても10個が残っている。
手元にある金貨を足せばもう1度リードル漁をすることで、カタマランが現実の物になって来た感じがするな。
「もう1回やれば間違いなくカタマランが手に入るぞ。さすがは聖姿を背に持つ奴だ」
リードさん達が頷きながら褒めてくれるけど、それって取らぬタヌキって奴かもしれないぞ。気を付けて漁をしなければなるまい。
「長老達も喜ぶに違いない。そうすると、雨期の漁もいろいろと教えねばならな」
「タツミにも教えないといけないにゃ。まだまだ料理を覚えて貰わないといけないにゃ」
リードル漁が一段落したから、明日は帰るだけになるそうだ。
途中で漁を、なんて考えるのはネコ族にはいないらしい。
「雨期は毎日のように雨が降る。この前降ったような雨が半日は続くから、ザバンを使った漁ができない。曳き釣りに延縄ということになるんだが……」
「手伝いながら仕掛けを作るんだな。屋形での生活になるが、このカタマランは俺達の船より大きいからそれほど不自由は感じないと思うぞ」
この間の雨と言うと、あのとんでもない土砂降りのことかな?
思わず島が沈没するんじゃないかと心配になるほどの降りだった。1時間降水量としたら200mmぐらいあるんじゃないかな?
今まで経験したことがない降りだったんだけど、1時間もせずにからりと晴れたから南国のスコールという奴かもしれない。
でも、あの降りが半日とはねぇ……。叩きつけるような猛烈な雨だから、甲板で釣りもできないんじゃないかな?
米粉の団子と魚肉の団子が入ったスープが夕食だった。
蒸かしたバナナが付いてきたから、結構お腹が一杯になる。
リードル漁の様子や、焚き火で魔石を取り出す中でのちょっとした出来事が披露されるから、それを聞いているだけでも楽しめる。
「まだ残ってるにゃ。お椀を出すにゃ!」
「それで3杯目になりますよ。さすがにもう食べられません」
何だ、2杯も食べたのか? とリードさんが笑みを浮かべている。
大鍋に残ったスープの最後は、黙ってお椀を差し出したザネルさんが頂いた。俺がいたから遠慮してたのかな?
食事が終わると、ワインが出てくる。
何時もより分量が多いけど、漁を無事に終えたという事を祝うのかもしれない。
とはいえ、ココナッツのカップに並々と注がれたワインを手に、バゼルさんの合図でカップを空に掲げた。
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ワインは1杯で止めておくべきだった。
タツミちゃんに起こされたんだけど、頭がガンガンしてるから、そのままハンモックで横になってしまった。
しばらくすると、心配そうな表情をしたタツミちゃんがカップを持ってやってきた。
「これを飲むの?」
どうにか体を起こしてカップを受け取ったんだけど、中には緑色の何かが入っている。お茶にしてもこんな色にはならないと思うんだけどなぁ……。
じっとタツミちゃんが睨んでいるのは、早く飲め! という無言の圧力なんだろう。
思い切って、一息に飲んではみたものの、とんでもない苦みが口の中に広がった。
顔をしかめる俺に、タツミちゃんが水筒を渡してくれた。
そのままゴクゴクと飲んだけど、普段飲んでいるお茶が甘く感じるほどだ。
「ありがとう。それにしても苦かったよ」
「ちゃんと飲めば昼には起きられるにゃ」
笑みを浮かべて、タツミちゃんが屋形を出ていく。
やはり、1杯で止めておこう。
まだ17歳なんだから、本当は飲んじゃいけなかったんじゃないか?
いつの間にか一眠りしていたようだ。
体を起こすと、あれほど痛かった頭がすっきりしている。あの物体Xが効いたのかもしれないけど、あれを飲むことになるんだったら、酒は控えるべきだろうな。
甲板に出ると、バゼルさんが笑みを浮かべている。
やはり飲ませ過ぎたと思っているのかもしれない。次は控えてくれればありがたいけどね。
「どうやら起きられるようになったな。次は1杯で止めておけば寝込むことにはならないだろう」
「そうします。ところで、かなり船団がバラけていますけど……」
「島に帰投するだけだからな。とはいえ、夜に航行する船はいないはずだ。商船が何隻か俺達の帰りを待っているはずだ。早めに戻れば高値で売れるというわけではないんだが」
商船は魔石を買い取るだけではなく、ネコ族の暮らしに必要な品も運んでくる。
たぶんそっちが目当てかもしれない。
「トーレがタツミを連れて競売に向かうと言っていたぞ。任せておけば問題ないだろう。それで、次の漁なんだが……」
基本的には俺が改めて用意する物はないらしい。
何回か、漁に出て漁に必要なものは自分で手に入れることになるんだろう。
ちゃんと漁の仕方を見ておかないといけないな。
「今使っている竿はそのまま、お前にやろう。それを参考に釣竿を1つ作れば、タツミも漁ができるぞ」
「そうですね。1本手に入れときます」
夜釣りをしていても、何時シメノンの群れが来るか分からない。
来たら直ぐに竿を替えることもできるだろう。シメノンように1本作っておくか……。




