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P-018 目標は1日に8個


 朝食はチマキのようなバナナの葉で包んだご飯だっだ。魚肉団子のスープを一緒に頂きながらのんびりと浜の様子を眺める。


「かなりの人数ですね」

「ニライカナイのリードル漁場はどこもこんな感じだそうだ。もっともサイカ氏族の漁場は小さいから、1年ごとに順番が回ってくるそうだ」


 氏族が必ずしも良い漁場を持っているわけではないらしい。

 それでも、氏族にあった漁をしながらニライカナイ全体が纏まっているとするなら、同族意識が強いということになるんだろう。

 

「かつては悲惨な時期もあったらしいが、それをアオイ様とナツミ様が上手く仕組みを作ってくれたのだ。

 氏族を越える課題は長老会議が裁可を下してくれる。大陸の王国との付き合いは、海産物の商会ギルドに理事を送っているカヌイの婆さん達が仕切ってくれる。氏族は互いに若者の交流を図っているから、だんだんと氏族の垣根が低くなっている」


「他の氏族を羨ましがるということがないなら、十分じゃないですか? しかし、大した人物なんですね。アオイ様は?」

「トウハ氏族の漁師が漂流しているのを助けたらしい。それを忘れずにトウハ氏族の暮らしばかりでなくネコ族全体を導いてくれたと言われている。

 ナギサに期待を持つ者も多いが、あまり気にせずに暮らすことだ。そして余裕ができたなら、その時はシドラ氏族に尽くしてくれれば助けた甲斐があるというものだ」


 苦笑いを浮かべるしかないな。それほど人物が出来ているわけではないし、俺にできるようなことは未だ思い浮かばない。

 とりあえずは、バゼルさんの顔に泥を塗るようなことをしないようにしなければなるまい。

 そして目の前のリードル漁をきちんとこなすことを心がけよう。先ずは氏族の一員として頑張ることからだ。


 食事を終えると、リードさんを見習って銛を1本手元に置いて、お茶飲みながら漁が始まるのを待つことにした。

 日差しが強いからラッシュガードを着て頭に麦わら帽子を被っているけど、潜る時にはマスクなどを入れてあるカゴに放り込んでおこう。

 マリンシューズと運動靴を履き替えるのが面倒に思えるけど、安全には代えられない。

 長年のリードル漁の経験で裏打ちされた注意事項は守らねばなるまい。


 突然、笛の音が何回も浜に鳴り響いた。

 焚き木やベンチに腰を下ろしていた男達が、銛を掴んでザバンへと走り出す。

 

「さて始まるぞ。先ずは1匹突いてこい!」

「了解です! なるべく模様の濃い奴ですよね!」


 バゼルさんの声に返事をしながら、リードさん達の後を追う。

 先ずは、どの辺りまでカヌーを漕いでいくのかを知ることだ。皆の後に付いて行けば、その場所が分かるだろう。


 カヌーに乗ると、銛を舳先に着けた銛受けにおいてパドルを握る。

 ザバンより軽快に進めるから気負わずに後を追うことにした。

 やがて、たくさんのザバンが渚から100mほどの距離で動きを止める。

 下を見ると、水底が見えないからかなり深いということになるんだろう。

 次々と銛を手に海に飛び込んでいく。

 

 俺も見とれている場合ではないんだよな。

 運動靴をマリンブーツに替えると、フィンとマスクを着ける。グンテは既に付けているから銛を手に海に飛び込んだ。

 シュノーケルで息を整えながら水底を見ると、不気味なほどおびただしい数の巻貝が動いていた。


 あれを突くのか……。

 銛の後方を持ちながら、突くべき獲物を物色する。

 模様が濃い奴ということだから……、あれになるのかな。


 海面付近からでも殻の模様がくっきりと見える個体を見付けて、銛先を下に向けながら水底を目指す。

 突くべき箇所は貝の付け根だ。

 フィンで水を蹴りながら、力一杯銛を突き刺した。


 グニュ……、と突き刺さる感触が手元に伝わる。

 さらに力一杯、海底に縫い付けるように銛を突き刺して海面に戻った。


 銛先がリードルの向こう側にまで出ているから、いくら暴れても銛から逃げることはできないだろう。

 カヌーに体を乗せながら、銛を引き上げて銛先を固定する。銛の柄は手元の竹筒の中に入れたから少々荒い操船でも銛が動くことは無い。

 

 カヌーの向きを変えて、砂浜へと向かう。

 途中で何隻ものザバンにすれ違う。浜にリードルを届けて、次の獲物に向かう連中なんだろう。皆が笑みを浮かべ、片手を上げて挨拶してくれる。

 やはり仲間意識が強いんだろうな。

 初めてのリードル漁をきちんとこなすことができる奴だ、ということでもあるのだろう。


 砂浜に乗り上げるような感じで、カヌーを止めると、運動靴に履き替えてリードルをトーレさん達のいる焚き火へと運ぶ。


「ちゃんと突けたにゃ。ここに乗せてくれれば、後は私達の仕事にゃ」

 

 焚き火の上でリードルが炙られていた。

 同じように銛先のリードルが炎の中に入るように銛の位置を調整する。


「次を運んできます!」

「無理したらダメにゃ。のんびり突くにゃ!」


 砂浜を駆けだした俺の後ろからトーレさんの声が聞こえてきた。

 そうは言ってもねぇ……。やはり数が勝負じゃないかな?

 リードルには必ずしも魔石があるとは限らない、と言ってたぐらいだ。どれぐらいの魔石が取れるか分からないから、何度も往復することになるんだろうな。


 3個目のリードルを運んでくると、バゼルさん達がベンチに腰を下ろして休憩を取っていた。

 リードルの付いた銛を焚き火に掛け終えるのを待って、俺を手招きしている。


「頑張ってるな。あまり根を詰めずにお茶でも飲め。まだまだ今日の漁は続くんだからな」

「リードルを2回運んだら一休みと覚えておけば良い。最初は3回目だけどな」

「はあ、でもこの漁は、日暮れまで続くんですよね?」


 言われるままに、バゼルさんの隣に腰を下ろすと、タツミちゃんがお茶を運んでくれた。

 口の中がしょっぱかったから、お茶の甘みが心地よい。


「日暮れまでではなく、日が傾くまでだ。リードルを薬には時間が掛かるからな。全て取り出したところでカタマランにもどる」

「リードル8個が目標だ。それで3日間だから、魔石が20個前後手に入るぞ。15個以下という話は聞かないからな。少ない者でも18個を下ることは無いはずだ」


 今日のノルマは残り5個ということかな?

 8個を目標にしているのは乱獲を避けるためなんだろう。ここは無理をしてもいいことは無さそうだな。


 15分ほど雑談をしながら体を休めると、再び漁に出る。

 2個突いたところで一休みを繰り返して、8個目を運んだところで今日の漁は終わりになる。

 かなりの暑さだからたまに海に入って体を冷やす。

 トーレさん達は焚き火を使っているから、かなりの頻度で海に入っているようだ。

 熱中症は怖いからね。湿気が無くてそよ風が吹けばそれなりに涼しい気もするんだけど、やはり日光を直に浴びると体が焼かれるような日差しだ。


「終わったにゃ!」


 トーレさんが最後のリードルから魔石を取り出して、今日の作業の終了を告げた。

 長い棒の先に付けた石でリードルの殻を破り、小さな網で魔石を取り出す作業は、トーレさんとサディさんの仕事のようだ。

 やはり危険な作業なんだろうな。真っ黒になるまでリードルを焼いているんだけど、最後のあがきで槍を伸ばす個体もいるらしい。

 

「どれ、かなり焚き木が残ったが、明日も運ばねばなるまい。先ずはトーレ達をカタマランに戻すぞ」


 それほど荷物はないんだけど、バゼルさんは2往復していた。

 カタマランに戻ると、先ずはワインで無事に漁ができたことを祝うようだ。

 俺達は残ったワインを飲みながら夕食ができるのを待つ。

 まだまだ夕暮れには早いけれど、リードルの渡りが始まる前にカタマランに引き揚げるのが習わしらしい。


「今日は8個捕れたにゃ。2個は中位魔石にゃ!」

「ほう! 幸先が良いな。明日も頑張れよ」


 ポンと俺の肩を叩いてバゼルさんが祝ってくれた。


「偶然かもしれませんよ。何度か同じことがあってこそ実力だと思います」

「そうかもしれんが、先ずはリードル漁を無事にこなせたことが大事だ。もっとも、真価は3日目になるがな。

 それとだ。まだ言ってなかったが、リードル漁で得た魔石は自分のものになる。たとえ他のカタマランに同船していてもだ。

 得られた魔石の数を問わずに、氏族に2個。焚き火で魔石を取り出してくれたトーレ達に1個を渡すことになる」


 魚の漁で得た分配と異なるようだ。

 それでも3日間で得た魔石から3個だけでは、だいぶ安い税にも思えるんだけどね。


「トーレ達のことだから、船で留守をしていたマイシャにも分けるに違いない。それは女衆で決めれば良いことだ」

「氏族にもたくさんの魔石が入るんですね」


「実際に使うのは1個だ。残り1個はニライカナイで使うのだ。前に話した通り、氏族の誰もがリードル漁ができるわけではない。そんな氏族への補填や、氏族を結ぶ定期船の購入などにも使われている」


 かなり福祉を重視している感じに思える。

 ニライカナイが1つの国家ならばm軍隊に維持費に使いそうなものだけど……。


「それと警備隊の維持もだ。俺も来年には行けそうなんだ」

「漁業指導ができることが条件だ。王国の漁師を指導することになるのだからな」


 リードさんが目を輝かせながら教えてくれたのは、警備隊というニライカナイの防衛組織のことだった。

 カイトさんが作った組織らしいのだが、驚くことに大砲を搭載したトリマランを持っているらしい。

 大陸の王国は未だに火薬を知らないらしいから、海戦では一方的な戦いをかつて行ったらしい。


「何度か大陸からニライカナイを属国化しようとする動きがあったのだが、今ではそれもない。とはいえ、ニライカナイの版図となる海域の警備は我等ニライカナイで暮らす者達の勤めだからな」

「領海の外れを監視しながら、大陸の漁民に漁の仕方を指導するのが主な仕事になっている。だが、万が一の事があれば、リーデン・マイネを押し出すことになる」


 リーデン・マイネを作ったのはカイトさんらしい。4門の大砲を搭載したニライカナイの軍船ということになる。


「大陸の不穏な動きは商会を通して知ることができる。ナツミ様が努力してくれたおかげで商会の理事席の1つがニライカナイの席となった。カヌイの婆様達が良いように使っているらしい」

「先を見据えて座っているにゃ。未だにナツミ様の言葉が掛かれた本を大事にしているにゃ」


 館の扉が開いて、トーレさんがバゼルさんに抗議している。

 分かった、分かったと手を振って降参しているバゼルさんを見て、屋形の中に入っていった。


「まあ、そう言うことだ。ナギサを奇異な目で見る者がいないわけではない。だが、それはナギサと同じようにネコ族として暮らした3人が、我等に多大な恩恵を与えてくれたからだ」

「俺は至って普通の男ですよ。あまり期待されても……」


 分かっているという表情でバゼルさんが俺の肩を叩く。リードさんも苦笑いで応じてくれた。

 俺なりに頑張るしかないんだけど、どう頑張っていいのかまだ分からないんだよなぁ。

 とりあえずは、明日もリードル漁を頑張ることになるのかな?

 目立つことなく、シドラ氏族の一員としてのんびりと漁暮らしが出来れば良いんだけどねぇ……。



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