P-017 リードル漁をする島
リードル漁の漁場に向かって2日目の朝。少し大きな島の砂浜に第3陣の船が停泊した。
焚き木を取るとのことだから、バゼルさんに連れられてザバンで島に渡る。
ジャングルのような場所に分け入るから、靴をしっかりと履いたんだが、バゼルさんは底の分厚いサンダルを履いている。
足を切るようなことは無いと言っていたけど、ちょっと心配になってしまう。
生えている木の名前は分からないけど、根が太い広葉樹だからガジュマルの親戚なのかもしれない。
バゼルさんは名前は気にもしないようだ。焚き木の木と言ってたぐらいだからね。
片手斧で、腕ぐらいの枝を切り取り、90cmほどの長さにする。俺はそれを枝に絡みついた蔓で焚き木の束を作る。
生木だから、あまり纏めすぎると重いので、適当な束を作りザバンを使ってカタマランに運んだ。
「ナギサも手伝ってたのか! 俺達も一緒だから早めに終わりそうだな」
焚き木の束をザバンに積み込んだリードさんが声を掛けてくる。
片手を上げて、挨拶したところで、まだまだたっぷりと焚き木があることを教えてあげた。
「親父のことだからなぁ。余れば島に持ち帰るつもりだろう。俺達はこれで終わりにしてココナッツを集めるよ」
「3日間の焚き木と言われても、どれぐらいの量になるのか皆目見当が尽きません。運ぶだけですから、楽な仕事ですよ」
「頑張れよ!」と言葉を残して先にカタマランへと向かっていく。
ザバンは始めて使ってみたのだが、カナディアンカヌーのようなパドルだから、上手く進めないんだよな。
沖に停泊しているカタマランから、俺の様子を見ているのはトーレさんだろうけど、付いたらお小言がありそうだ。
どうにか焚き木を甲板に山積みしたところで昼食を取る。
焚き木をとっている間に、タツミちゃんが釣り上げたカマルという魚が。焼き魚として並べられた。
カマスの小さいのかな? 大きいのは燻製にして売れるらしいけど、30cmを越えたものが対象らしい。
真鍮の皿に乗っていたのは、20cmを少し超えたぐらいだから、売り物にはならないのかな?
昼食はリードさん達もカタマランを並べて一緒に取る。
明日のリードル漁について、リードさん達からも注意されてしまった。
「リードル漁は素潜りには違いないが、確実に突き通すことが大事だ。一度銛を打ってから、再度力一杯銛を押せばだいじょうぶだ」
「それほど硬いんですか?」
「いや、どちらかというと弾力があるんだ。1度では中々突き通せないんだよなぁ……」
バゼルさんから頂いたリードル漁の銛先は中指よりも太い。バゼルさんが使う銛先の太さは小指ほどだから、2回りは大きく見える。
ちゃんと突き通せるんだろうか?
誰も見てないだろうから、2度でダメなら、3度力を込めて銛を押すか……。
ゆったりと昼食後の休憩を終えたところで、バゼルさんが屋形の屋根に上がって笛を吹いた。
ゆっくりと東に向かって進み始める俺達が乗ったカタマランの後に、他の船が合流して船団を組み始めた。
2時間程進んだろうか? まだ夕暮れには程遠い頃合いに、前方に島が見えてきた。
これまでは島を避けての航海だったのだが、今見えている島を目指してカタマランが進んでいるように見える。
「あの島を拠点にリードル漁を行うんですか?」
「そうだ。あの島から少し沖に出ると、急深の砂泥になる。そこにリードルが集まるんだ。不思議なことに雨期明けと乾期明けの満月にな」
集団行動ということか。産卵のためかもしれないな。
それを獲ることになるんだけど、種の枯渇にはつながらないのだろうか?
「それこそ、海底の砂泥地に無数のリードルが群れている。その中で模様が明確なものを突くんだぞ!」
「何とかやってみます。注意点は散々に聞かされましたけど、危険な漁だと肝に銘じておきます」
うんうんとバゼルさんが頷いてくれた。
それでも、最初の獲物を見るまでは心配してくれるんだろうな。
「島に着いたらやることがある。手伝ってくれよ」
「良いですよ。ところで何を?」
バゼルさんの話では、焚き木の運搬と穴掘り、それに石を集めて炉を作るらしい。
穴掘りは息子さんに任せるようだから、俺は石集めということになりそうだ。
炉の大きさは、左右1.5m、奥行きは1m近くなるらしい。
かなり大きなものだけど、獲物のリードルの殻の大きさが25cmほどあるらしい。安全にリードルを焼くことが大事だということなんだろうな。
到着した島は起伏のあまりない島だった。
東西に長く伸びた砂浜の東端にカタマランを進める。
すでにカタマランが20隻近く停泊しているけど、そんな船団から200mほどの距離を空けてトーレさんがカタマランを停めた。
バゼルさんのカタマランの両側に、リードさん達がカタマランを横付してロープで互いを固定する。
「先に行ってくるよ。焚き木も少し運んでおくから」
「頼んだぞ。穴は少し大きめに掘っておいてくれ!」
ザネルさんがザバンを漕いで船尾に近付いてくると、リードさんが器用に焚き木の束をザバンに放り込んでいる。
2人がカタマランを離れると、バゼルさんが俺を呼んだ。
「出掛けるぞ。グンテは持ったか?」
「こちらでもグンテと言うんですね? ちゃんと持ちました」
砕けていても、サンゴは鋭いからね。手を切らないようにとのことだろう。
バゼルさんの操るザバンに乗って、砂浜を目指す。
「毎年2回リードル漁を行うから、前の炉がまだ残っているはずだ。とはいえ、砂で埋もれているだろうし、皆が大きな炉を作るわけではないからな」
「使えるものは使って良いということですね。それなら、あまり石を運ばなくとも良さそうです」
作った炉は、そのまま残っているということか……。
だけど家族単位で作る炉の大きさはまちまちらしい。バゼルさんが作ろうとしている炉は、少し大きなものになるようだ。
ザバンから下りて砂浜を歩く。
安物の運動靴だけど、ヒールは厚い。素足で履いているから、直ぐに中に砂が入ってしまうのは諦めるしかなさそうだ。
砂浜の一角にバゼルさんが竹竿を立てた。2mほどの長さだけど、赤と白のリボンが巻かれている。
目印ってことになるのかな?
「この辺りで良いだろう。砂浜ではあちこちに炉が作られているから、紛らわしいんだ。これが目印だからザバンの上からでも良く分かるだろう」
どれぐらい目立つかは明日にならないと分からないな。
たぶん周辺に作られる炉も似たような目印を立てるはずだからね。
「これが前期の炉ですか?」
「だいぶ砂に埋もれているから、掘りださねばならないが、少し小さいことは確かだ。石かサンゴのかけらを探してきてくれ」
炉の近くにリードさん達が焚き木を積み上げ、穴掘りを始めた。
バゼルさんが木切れで石を掘り出し始めたから、俺も渚に向かって石を探し始める。
少し海に入ると、ハンドボールほどのサンゴが転がっていた。サンゴは死んでしまうと白くなるらしい。
見付けたサンゴは白いからこれを持って行けば良さそうだ。
2個のサンゴのかけらを持ってバゼルさんのところに向かう。
「手ごろなのを見付けてくれたな。もう10個ほど欲しいところだ」
「了解です!」
あの大きさで良いらしい。
再び海に入ってサンゴのかけらを探す。
何度か往復していると、リードさん達もサンゴのかけらを探してくれている。
穴掘りは終わったということになるんだろうな。
どうにか作業を終えると、夕暮れが近付いていた。
バゼルさんの指示で直ぐにカタマランに戻る。
甲板でお茶を飲みながらバゼルさんが話してくれたことによると、リードル漁の期間は、夜の海をザバンで動くのは危険らしい。
「リードルは、夜になると海面付近まで浮かぶんだ。足を広げて海面付近の潮流に乗って移動する。俺達はその姿を『渡り』と呼んでいる。物騒な槍をもって海面近くまで来るんだから、日が暮れる前にカタマランに戻らねばならん」
「今夜見られますか?」
「岸近くだからなぁ……。リードルは浅い場所には来ないんだ。だけど全く来ないということは無いだろうから、運しだいだろうな」
そんな話をしながら夕食を待つ。
夕暮れが終わるころに夕食になったのだが、何時もより豪勢な感じがする。奥さん達が多いのと、明日は氏族総出の漁になるからかな?
シドラ氏族にとっても重要な行事ということになるのだろう。
「ナギサ! あれが渡りだ。見えるか?」
リードさんが俺の肩を叩いて海面の一角に腕を伸ばして教えてくれた。
座布団が浮かんでいるようにみえるけど、あれがリードルが足を広げた姿に違いない。
かなり大きいな。
俺にちゃんと突くことができるんだろうか?
夕食後はココナッツジュースではなく、ワインを頂く。
この世界にもあるんだな。白ワインだけど甘さが結構ある。あまり飲むと明日の漁に差し支えそうだから、カップに半分ほど頂くことにした。
タツミちゃんも少し頂いて満足げな顔を見せてくれた。
明日は炉で火の番をするらしい。重要な仕事だとトーレさんが言ってたけど、少女たちの仕事になるのかな?
夜は早めにハンモックに入る。
明日はどうなるのか、期待と不安で中々寝付けない。
それでも、小さなうねりが眠気を誘ってくれるのがありがたい……。
「起きるにゃ! 今日はリードル漁にゃ」
ゆさゆさとハンモックを揺すられて目が覚めた。
起こしてくれたのはタツミちゃんだけど、呆れた表情をしてるんだよね。甲板に出ると、ようやく朝日が昇り始めたところだった。
「起きたな。ナギサのカヌーは下ろしておいたぞ。銛の保持はあれぐらい頑丈なら問題は無さそうだ。渡りは終わっているから、銛を積んでおくんだ」
「いよいよですね。これで突けるかどうか少し心配です」
「2度でダメなら3度突くんだな。とにかく貫通させることだ」
バゼルさんの忠告を背中に聞きながら、屋形の屋根裏から俺の銛を引き出していると、リードさん達がバゼルさんのカタマランに乗り込んできた。
「凄い銛だな。俺達よりも柄が太いぞ!」
「ナギサは体格が良いからな。3日目が楽しみだ」
あれなら突けるんじゃないか? とバゼルさん達が話し始めたので、そのまま銛を持って船尾に繋いであるカヌーの舷側に繋いでおく。
小さいアウトリガーが付いているから、その横梁を使えば簡単に乗せられる。
もっとも、ザバンなら投げ込んでおくだけで十分なようだ。
朝食を終えたところで、全員が浜に向かう。
留守番はマイシャさんとファンナちゃんになるらしい。ファンナちゃんがまだ小さいからだろうね。
色々と浜でも注意することがあるみたいだから、ファンナちゃんにはまだ早いということになるんだろう。
俺のカヌーにはタツミちゃんを乗せられないから、リードさんとバゼルさんが何度か往復してトーレさん達と焚き木を浜に運んできた。
「いつもより大きいにゃ。ナギサが今年から加わるからこれぐらいで良いかもにゃ」
「ベンチも2つ運んできたぞ。ナギサの保冷庫が使えるから、お茶と昼食はそれに入っているはずだ」
バゼルさんが俺のクーラーボックスを運んできた。
鍋だって入る大きさだからねぇ。昼食は簡単なものになるだろうけど、お茶はほしいな。だんだんと暑くなってきたし、今日は一日良く晴れるに違いない。




