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P-013 どこを突いても良いわけではない


 翌朝、まだ薄暗い中でタツミちゃんに起こされた。ゆさゆさとハンモックを揺すられたからあわてて上半身を起こしたのが問題だった。くるりとハンモックが反転して床に落ちてしまった。

 まあ、一発で目が覚めたことも確かだ。背中をしたたかに打ったけど、床に敷いてある竹を編んだような敷物が少しは衝撃を和らげてくれたんだろう。しばらくすれば痛みも治まるに違いない。


「ハンモックから落ちたという話はあまり聞かないな」

「アオイ様はよく落ちてた、とお祖母ちゃんが話してくれたにゃ。案外ナギサも似たところがあるかもしれないにゃ」


 今日から3日間の漁が始まる。昼食前は素潜り漁で、日が傾き始めるころからは底釣りが始まる。

 昼食は南中を過ぎてからだから、素潜り漁は長くても5時間というところだろう。


「できるだけ突いてみろ。ガリムと比較されるのは不本意だろうが、氏族の誰もがその結果を知りたいはずだ」

「水中銃なら確実なんですが……、がリムさんは銛なんですよね? それなら俺も銛で挑んでみます」

 

 俺の言葉に、バゼルさんがにやりと小さな笑みを浮かべる。


「銛は経験が大事なんだが、先ずはやってみろ。芳しくなければあの変わった仕掛けを使うんだな」


 かなり魚体が大きいから銛を当てることはできるだろう。問題は銛が刺さる位置だ。なるべくエラの近くということになるんだろうけどねぇ。


 トーレさん達が作ってくれた朝食を頂き、お茶の冷めるまでの間に、カヌーと銛の準備をしておく。

 温くなったお茶を飲んでいると、タツミちゃんが水着姿で屋形から現れた。麦わら帽子のように見える大きな帽子は、ココナッツの葉で編んであるようだ。日差しがきついから帽子は必需品ということなんだろうな。

 サングラスは真ん丸だけど、トーレさんも同じようなのを使っているからこの世界の標準品ということに違いない。


「ナギサも帽子を被るにゃ。休憩したときに無いと困るにゃ」

「そうだね。俺のはこれなんだ」


 タツミちゃんの帽子に比べると、格段に周囲のドーナツ状のつばが小さい。それでも被らないよりは良さそうだ。


「それじゃあ、あまり役に立たないにゃ。島に戻ったら手に入れてあげるにゃ」

 

 呆れたようなトーレさんの言葉だけど、皆が同じような帽子を持っているところを見ると、島の誰かの手作りなのかもしれない。


「とりあえずは、それを被っておくんだな。雨もあるから帽子は大きい方が良いぞ」


 傘代わりということなのかな?

 とんでもない大雨が降るからねぇ。


 そんな話をしながらもタツミちゃんたちは準備しているようだ。大きなカゴに氷を入れてカヌーに乗り込むと、クーラーボックスの中に押し込んでいる。

 サディさんから、俺のステンレス製の水筒とココナッツのカップを受け取るとカタマランからカヌーを漕ぎだした。

 同じようにトーレさんがザバンを漕ぎだしたところで、装備を整えた俺とバゼルさんが銛を持つ。


「どっちに行くんだ?」

「南に行ってみます」

「頑張れよ!」と言って背中を強く叩かれたから、そのまま海に落ちてしまった。

 

 さて、先ずは偵察からだな。

 シュノーケリングをしながら海底の崖を見つける。

 すぐに急な段差を見つけたから、あれが崖ということなんだろう。海底がはっきりとは見えないから、かなりの深さがあるに違いない。

 

 ゆっくりと崖に傘を伸ばす大きなサンゴを目指して潜っていく。

 サンゴの大きさと魚体は比例するんじゃないかな? 何となくそんな感じがしてきた。

 一旦、サンゴの下まで潜ると、今度は浮き上がりながらサンゴの裏をじっと見つめる。

 いた!

 やはり思った通りだ。大きなカサゴが俺を見ている。

 銛の柄に着いたゴムを伸ばして左手でしっかりと握り、銛をカサゴに向かって近づけた。

 2m……、1m……、まだ俺を見ているだけで逃げようとはしないようだ。

 エラよりも頭寄り、自分に言い聞かせながら狙いを修正して左手を緩める。

 銛が伸びてカサゴの頭に命中した。銛先が1本だから深く刺さってみたいで、2、3回体を痙攣させるとカサゴの動きがなくなる。

 ヨォーッシ! と思わず声を出したから、口の中から泡が海面に上っていく。


 サンゴに引っ掛けない様にカサゴを抜き出して海面に向かう。

 シュノーケルから海水を噴出して、新鮮な空気を吸い込みながらタツミちゃんを探した。

 どうやら向こうの方が早く見つけてくれたみたいだ。カヌーが海面を滑るように近づいてくる。


「大きいバッシェにゃ! バヌトスの2倍の値が付くにゃ」

「なら頑張らないとな!」


 銛からカサゴを外してカヌーに投げ込むと、タツミちゃんがカサゴの口に指を入れて持ち上げるとクーラーボックスの中に入れて氷を追加している。タツミちゃんも魔法が使えるんだ。ちょっと驚いてしまった。


「次も大きいのを突いてくるからね!」

 

 手を振るタツミちゃんに銛を掲げて答えると、再び大きなサンゴを探してシュノーケリングを始めた。

 うん! あれが良さそうだな……。

 銛のゴムを引いて、海底に向かってダイブする。


 そんな素潜りを繰り返し、3匹目の獲物をカヌーに持ち帰る。

 素潜りにむりは厳禁。ここらでちょっと休憩だ。カヌーのアウトリガーに付けた浮きに腰を下ろして休息を取る。

 タツミちゃんが渡してくれた冷えたお茶を飲むと、しょっぱくなった口の中をさっぱりとしてくれた。


「バゼルさん達はどんな感じ?」

「バゼルさんも休憩みたい。ガリムさんは、まだ休憩してないよ」


 3匹突いたら休憩が、暗黙のルールのようだ。となれば、普通に銛を使ってもそこそこ人並みってことなんだろうか?


「獲物的には問題ないかな?」

「バッシェが2匹に、ブラドが1匹。どれも大きいからこれで十分」


「少し平べったくて、硬そうな口をした奴がいたんだけど……」

「突いてきて! ある程度大きければ売れると思うし、ダメな魚を聞いたことがないもの」


 要するに、なんでも良いってことかな?

 最初にそんなことを言ってたけど、潜っている途中で見かけた魚は、石鯛だったと思う。あまり大きな石鯛は食べると食中毒を起こすこともあると、親父が話してくれたから突かなかったんだよな。


「数匹で群れてたんだ。最初に突いてくるよ」


 十分に休息を取ったところで、再び銛を手にシュノーケリングでポイントを探す。

 見掛けたのはイシダイだと思うんだけどね。いたのは崩れたサンゴが折り重なったところだ。過去に大きな地震でもあったんだろうか?

 

 たぶんあれがそうかな? イシダイを見かけたサンゴの残骸を見つけた。

 急いで銛を準備したところで再度目標を確認する。サンゴの近くで何かが動いた。魚が動いたんだろう。イシダイでなくとも、獲物はいるようだ。

 少し離れた場所にダイブする。

 銛を前に出してゆっくりとサンゴに近づくと……、いたぞ。間違いなくイシダイだ。50cm近いんじゃないか。


 スレていないから、近づいても逃げることはない。

 ゆっくりと銛を伸ばして、一番近くで泳いでいる大きな奴に狙いを付ける。

 銛を放つと、狙い通りにエラの近くを貫通した。血を周囲に拡散しながら体を痙攣させているので、群れが散ってしまったのが残念だ。


 銛の先に獲物を付けたまま海面に浮上して、タツミちゃんを探す。

 やはり俺が見つけるよりも先にカヌーを漕いでいる。

 銛から石鯛を引き抜いて、近づいてきたカヌーにポイっと投げ入れた。


「これなんだけど、だいじょうぶかな?」

「バルトスにゃ。めったに取れないと父さんが言ってたにゃ」


 貴重種ということかな? そう考えると群れを散らしてしまったのが残念だ。

 タツミちゃんに手を振って、再びシュノーケリングを始めた。

 次は何が突けるかなぁ……。


 形の良いブダイを2匹突いて小休止。次は大きなカサゴを突いた。

 そんな素潜り漁を続けていると、コンコンと何かを叩く音がする。

 海面に浮上すると、手を振らなくてもタツミちゃんがカヌーを漕いで近づいてきた。


「昼食にゃ。今日の素潜り漁はこれで終わりにゃ」

「そうなんだ。……なるほどね。パドルでカヌーを叩いたんだ」


 ちょっとした伝達手段ということなんだろう。海上で大声を出しても海中では聞こえないけど、カヌーを叩く音ははっきりと聞こえたからね。

 カヌーに掴まってカタマランへと向かうと、トーレさんの漕ぐザバンが近寄ってきた。


「どうだった?」

「突いてはみましたけど……」

「たくさん突いたにゃ。お父さんを超えてるにゃ!」


「ほう!」俺達の話に割りこんできたタツミちゃんの報告に、トーレさんまで笑みを浮かべる。


「聖痕の上にゃ。中堅を超える結果は見えてるにゃ」

「突ければ良いというわけではないでしょう? 頑張ってみましたが、狙いが反れたのが何匹かいます」


 俺の言葉にバゼルさんが苦笑いを浮かべた。

 突いてその場で料理するなら問題はないんだろうが、一夜干しにしてさらに燻製にもするらしい。魚が傷まない様に突くというのは、簡単ではないことを知っているんだろうな。


「大きな傷の魚は今夜頂くにゃ。ナギサと一緒に漁をするならいつでも美味しいものが食べられるにゃ!」


 トーレさんが嬉しそうに話してくれたけど、それって俺の銛の腕が下手だということなんだろうな。島で広めない様にお願いしたいところだ。


 そんな話をしながらも、トーレさん達は突いてきた魚を開いてザルに並べている。

 手伝おうとしたら、「女性の仕事にゃ!」と言われてしまったから、ネコ族の中で男女間の仕事の役割が決まっているのだろう。いわゆる風習とかいうやつだ。

 風習にはあまり口を出さないでおこう。他にもいろいろとあるに違いない。


「7匹突けるなら大したものだ。とはいえ、銛の経験があまりないのが問題だな」

「明日は、水中銃を使ってみます。少しは良くなるかと」


 漁師であれば売れる魚を突けということなんだろうな。

 銛はほどほどにして、水中銃をメインにしてみるか。予備のゴムもあるし、スピアも3本あるからしばらくは使っていけるだろう。

 こちらの世界にも、ガムと呼ばれるゴムと同じようなものがあるから、自作してみるのも良いかもしれない。

 

 早めの夕食が終わると、夜釣りが始まる。

 胴付き仕掛けで底物を狙うんだけど、トーレさん達がたまにランプに照らされた水面を見ているのが気になるところだ。

 その意味を知ることになったのは、翌日の夜釣りだった。


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