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P-009 啓示があったらしい


 サディさんがココナッツを割って、中のジュースを取り出している。真鍮の容器に入れると、それに混ぜたのはガラス瓶の中身だ。


「ココナッツ酒だ。あれは蒸留酒だぞ。俺達はワインも飲むが、ココナッツ酒は口当たりが良いからな」

 

 興味深々に眺めていた俺に笑みを浮かべてバゼルさんが教えてくれた。

 そういえば、夕食後にやってくると言っていた。そろそろということなんだろうか?


「やってきたにゃ。しばらくは一緒に暮らすにゃ」

 

 桟橋を眺めていたトーレさんが、俺達に顔を向けて教えてくれた。

 ちらりとバゼルさんを見ると、小さく頷いてくれた。この辺りはネコ族の風習に絡むところなんだろう。しばらくじっとしてれば良いのかな?


 桟橋を歩く音が近づいて、足音が止まる。

 ヒョイと、バゼルさんより年かさの男性がカタマランの甲板に飛び乗ってきた。その後に中学性ぐらいの女の子が下を向いて甲板に乗ってくる。


「待たせたな」

「先ずは座ってくれ。義兄弟に遠慮はいらん」


 男性がバゼルさんの隣に腰を下ろすと、その後ろに女の子が座った。トーレさんが笑みを浮かべて俺達に先ほど作ったココナッツ酒を出してくれる。

 ココナッツを半分に割って作ったお椀にたっぷりと入ってるから、これを飲むのはちょっと問題が出てくるなぁ。


「彼がそうか?」

「長老が俺達の氏族に加えてくれた。背中に変わった傷跡があるのだが、カヌイの婆様達は聖姿に次ぐものと言っていた。ナギサ、背中を見せてやってくれ」


 話の流れでは見せるしかないと思っていたけど、案外早かったな。

 Tシャツを脱いで背中を見せると、ため息とも取れる声が聞こえてきた。


「なるほどな。タツミの言う通りかもしれん。タツミの望みはこれで良いのだな?」

「龍神様のお告げ通り。ここで暮らします」


「私がいるにゃ。レイネ姉さんに心配ないと伝えてほしいにゃ」


 ココナッツのカップに酒を注ぎながらトーレさんが伝えている。

 そろそろTシャツを着ても良さそうだな。Tシャツを着こんだところで話の輪に体を向けた。


「それもあるから、連れてきたんだ。シドラ氏族とトウハ氏族は兄弟のようなものだからな。タツミの望む相手が異なればトーレに預けてシドラ氏族の若者と一緒になるのもレイネは考えていたぞ。だが、タツミが思う相手ならナギサの嫁にしてほしい」


「まだ若いと思うんですが……」

「何を言う。カイト殿は若くして3人の嫁を貰っているのだ。1人目を早く貰っても問題あるまい。それで、漁の腕はどうなんだ?」


 先ずはそっちが大事じゃないのかな? 暮らせるだけの生活力がなければ苦労するだけだと思うんだけどねぇ。


「俺達の漁に慣れていないことは確かだ。だが、銛の腕は中堅といえるだろう」

「バゼルがそう言うなら、中堅の上に当たるな。すぐにカタマランを持てるだろう。一応仕込んではあるが、それまではトーレ達がナギサに恥をかかせんだけにしてくれよ」


「姉さんが仕込んでるなら、私がとやかく言えないにゃ。でも任せるにゃ」


 姉さんには頭が上がらないということかな?

 だけど、まだ中学生にしか見えないんだよねぇ……。結婚は早いと思うんだけどなぁ。


 ココナッツ酒を飲みながら、コネルさんが経緯を話してくれた。

 10日程前に、目の前の少女に啓示があったらしい。


『10日後にシドラに龍神が男子を運んでくる』という内容だったが、1人の少女だけなら親が笑いとばしてそれで終わりだったに違いない。


「カヌイの婆さん達の何人かが、同じような啓示を受けたとなれば、夢だと笑う訳にも行くまい。

 期日を指定しているともなれば、確認は容易だからな。タツミを連れてやってきたのだ」


 俺がやってきたのは4日前だから、その前に啓示はあったということか!

 やはりこの世界には神が実在してるということなんだろうな。

 一度見てみたい気もする。


「よろしく頼む」と言い残して男性が去っていった。

 残った女の子をサディさん達が背負いカゴ1つの荷物とともに屋形の中へ案内している。


 茶色の髪を肩で切り揃えたタツミちゃんは、聞いた通り俺と容姿が変わらない。このまま、前の世界に行ったとしても誰も気が付かないだろう。

 バゼルさんの話では、ネコ族は14歳で半人前、16歳で1人前として扱われるらしい。そうなると16歳で結婚できることになるのだが、タツミちゃんは未だ15歳らしい。


「自分の船を持ち、漁で暮らせるだけの収入がなければ親が許さん。それ以外であれば、当人同士の話だ。たとえ親が反対しても長老が間を取り持ってくれるぞ」

「カタマランを持って、暮らしていけるだけの収入ですか……」


 どれほどの値段で魚は売れるんだろうか?

 漁師さんが市場に下ろす値段はそれほど高くないと聞いたことがある。


「何度か漁に出れば、どれぐらいの値で魚が売れるかも分かるだろう。そうだな……、しばらくは一緒に漁をすることになるから、売値の三分の一をナギサに渡そう。食事等は心配するな」

「たぶん自分の船を手に入れるのはかなり時間が掛ると思いますけど」


「それも心配ない。リードル漁で魔石を手に入れれば良いのだ。シドラ氏族のリードル漁を行う漁場はここから東に2日ほどのところにある。雨期と乾期の終わりに行われるのだが、今は乾期の終わりに近い。漁が近づいたら詳しく教えてやろう」


 魔石? と聞いて頭をひねってしまったが、このカタマランの動力にも魔石が使われているらしい。

 これだ! と言って船尾のベンチの腰板を開いてくれた。

 中に入っていたのは真鍮製のからくり仕掛けのようなものだ。直径50cmほどのはずみ車のようなものが付いているのが印象的だな。


「明日はのんびりしていれば良い。明後日の朝に漁に出掛けるぞ」

「やはり素潜りですか?」

「素潜りと底釣りだ。南に向かうから、運が良ければシメノンの群れに出会えるかもしれん」


 どの魚が高価なのかまるで分らない。突いてきた都度、釣れた都度に確認するほかになさそうだ。


 翌日は、サディさんに細身の竿を手に入れてもらった。2本あるから、1本はタツミちゃんの分で良いだろう。

 タックルボックスの道糸と釣り針を使って、ウキ下60cmほどの仕掛けを作る。竿の長さが4mほどだから、おかず用にちょうど良い。

 出来上がった竿を使って午後は船尾に2人並んでおかずを釣る。


「また釣れたにゃ! これで10匹目にゃ」

「もう少し釣って欲しいにゃ。明日の釣り餌を用意しとくにゃ」


 トーレさんの言葉を聞いて、さらに釣果を伸ばす。

 数匹追加したところで、獲物をトーレさんに預けると、釣り竿を屋形の屋根裏に押し込んだ。

 

 シドラ氏族の暮らしは、5日程の漁を終えると2日間島で休息を取るようだ。

 5日間の漁も、漁場によっては2日程カタマランを走らせるらしい。いつも同じカタマランが島の浜にあるとは限らないとサディさんが教えてくれた。


「明日は南東に向かうにゃ。1日半カタマランを走らせて3日間漁をするにゃ」

「狙いは何でしょうか?」


「ブラドにバヌトスにゃ」


 ブラドがブダイで、バヌトスがカサゴだったな。シメノンというコウイカも釣れるらしいから夜釣りも行われるんだろう。

 

「大きさは?」

「これくらいにゃ。たまに、もっと大きなのがいるにゃ」


 サディさんが両手を広げて、これくらいと教えてくれた。おおよそ40cmというところだ。ブダイの動きはそれほど速くはないから、親父に貰った銛を使ってみるかな。親父から渡された防水袋に1本物の銛先が入っていた。

 水中銃がいつまで使えるかわからないから、シンプルな漁具の使い方を今の内に学んでおこう。

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 翌日。朝食前に水を運んだ。まだカタマランの水ガメにかなり残っているようで、1回で満タンになったようだけど、運搬用の水ガメにも水を満たしておく。10ℓ近く入りそうだから、これだけで1日は持つんじゃないかな。

 朝食は、リゾット風のご飯にスープを掛けて頂く。

 1日中、航海を続けるようだから朝食とは別に料理を作ってあるみたいだ。魔法で作った氷をたっぷり入れた保冷庫に真鍮の蓋つき容器に入れて保存している。食べる前に温めるってことなんだろうな。


「おお~い! 準備は良いのか」


 カタマランの甲板から大声を上げたのは、カルダスさんだ。隣にいるのが末っ子なんだろう。俺達に手を振っている。

 腕試しということになるんだろうが、本職に勝てるとは思えないんだよなぁ。

 

「さて、出掛けるぞ!」


 そういって、俺の肩をポンとバゼルさんが叩く。

 バゼルさんの声にトーレさんが、操船櫓と呼ばれる屋形の後ろに設けた1段高い櫓のような場所に上っていった。

 桟橋の柱に結んだロープをサディさんが解いて、操船楼のトーレさんに片手をあげている。屋形の屋根を歩いてカタマランの船首に向かったのはバゼルさんだ。錨を上げたみたいだけど、鉄製ではなくて枕のような石が錨代わりだとタツミちゃんが教えてくれた。


「私も操船楼に上がるにゃ!」

 

 俺に言葉を掛けると屋形に上がる梯子を上っていった。甲板に残ったのは俺だけになってしまったけど、すぐにバゼルさんが屋形の屋根から降りてきて、船尾にあるベンチに腰を下ろす。


「操船は女の仕事だからな。漁場に着くまでは漁具の手入れぐらいが俺達男の仕事になる。こっちに来て座ってみてればいい」


 バゼルさんの隣に腰を下ろそうとした時、急にカタマランが動き出した。危うく船尾から海に落ちるところだったけど、どうにか踏ん張って持ちこたえる。

 ゆっくりとカタマランが桟橋を離れ始めた。

 大きく右手に回りながら島を離れていく。

 桟橋から500mほど離れると、少しずつカタマランの速度が上がり始めた。速度は自転車よりも速いぐらいに思えるな。これで1日半航海するとなれば、島から300km近く離れてしまいそうだ。


 あちこちに大小の島が点在してるからまっすぐに進む時間はあまりなさそうだ。トーレさんは緊張して舵を握っているに違いない。

 左舷には並走しているカルダスさんのカタマランがいる。

 このまま、漁場まで並走するんだろうな。

 

「たくさん島がありますが、迷うことはないんですか?」

「一応、海図があるし、島のいくつかには目印を設けてあるんだ。迷うことはないな。トーレもトウハ氏族からやってきた嫁なんだが、すぐにシドラ氏族の漁場に慣れたからなぁ」


 目印と海図が頼りのようだ。コンパスぐらいはあるんだろうけど、俺なら迷子になるのは確実だな。


 昼食は適当な島に近づいて錨を降ろす。

 海流は穏やかだし、海にはうねりさえない。小さな波がたっているだけだ。こんな海だから、このようなカタマランに乗っての漁ができるんだろうな。

 夕暮れまでカタマランを走らせ、夕暮れ前に近くの小島に停泊するのは昼食の時と同じだ。

 竿を取り出してカマルを狙うと、すぐに釣れる。氏族の島もそうだったけど、島の周囲にはカマルが群れているようだ。


「夜釣りはしないんですか?」

「航行途中だからなぁ。漁場に着いたら夜も漁をすることになるぞ」


 魚の日持ちを考えてるんだろうか? 干物にして帰還すると言ってたけど、せいぜいが一夜干しだからねぇ。氏族の島に大きな保冷庫があるのも何となく頷ける話だな。


 食事が終わると、ココナッツ酒を飲むのが習慣らしい。もっとも、俺とタツミちゃんはココナッツジュースになってしまう。


「そろそろナギサもココナッツ酒を飲み始める歳じゃないのか? 自分のカタマランを貰う前には少しは飲めるようにしとくんだぞ」

「はぁ……。ネコ族の成人は16歳なんですよね? とうに過ぎてはいますけど、今まで酒を飲んだことはなかったですから」


「なら覚えるにゃ。集まればこの酒がつきものにゃ。コップに半分ぐらいは飲めるようにしておくにゃ」


 空になっていた俺のカップに、トーレさんがココナッツ酒を三分の一ぐらい注いでくれた。

 恐る恐る飲んでみると、ココナッツジュースの甘みでかなり飲みやすい。親父のビールを飲んだ時には、こんなまずい飲み物をよく飲めるものだと思っていたけど、これは全く違うな。

 だけど……、だんだんと顔が火照ってきた。

 アルコール濃度はビールより高そうだ。これをカップ1杯も飲んだら、明日は1日寝込むことになるんじゃないかな。


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