P-008 姪御さんが来るらしい
バゼルさんが釣り竿をもって帰ってきた。
「これを使え!」と渡してくれたんだが、リールを見て驚いた。取付軸と糸巻きが90度回転する代物だ。
「昔はこんなリールがあったんだ」と伯父さんが見せてくれたリールにそっくりだ。投げる時には糸巻きが釣り竿のガイドと同一方向を向くから、遠投ができるんだよね。
「頂いて良いんですか?」
「手釣りでもできるんだが、数を上げるとなれば竿とリールは欠かせんからな。面倒を見るからには、不足するものを揃えてやるのも俺の義務だ。それと、トーレよ。タツミが乗り込んでくるぞ」
「タツミ……。ナギサと似てるし、ザバンも使えるから丁度良いにゃ」
「トーレの姉の娘にゃ。ナギサにちょうど良いにゃ」
どういうことなんだろう?
昼食を頂きながらバゼルさんに聞いてみたら、トウハ氏族で暮らしている娘さんらしい。
「どうしてもシドラ氏族の島に行くと駄々をこねていたらしいんだが、カイト様の子孫でもあるからナギサのことを龍神に告げられていたのかもしれんな。
ナギサよりは年下だが、トウハ氏族の娘として一通りのことはできるとコネルが言っていたぞ」
「いまいち娘さんが必要な理由がわからないんですが?」
俺の問いに、3人とも呆れた表情を見せてくれた。
それでも、俺がネコ族の暮らしを知らないということを思い出したらしく、バゼルさんがパイプを楽しみながら説明してくれた。
「シドラ氏族、いやニライカナイに住むネコ族は漁で暮らしを立てていることは話したと思う。漁の種類は大きく分けて素潜りに釣り、そしてカゴ漁だ。シドラ氏族は素潜りと釣りで漁を行う……」
素潜り漁は、ザバンと呼ばれるカヌーのような小舟を使って、男達の突いてきた獲物を集める。カタマランを停泊させた場所からかなり離れても素潜り漁が出来るようにとのことらしい。
そのザバンを操作するのは女性の仕事ということだ。
バゼルさんが漁をするときにはトーレさん達が交互にザバンを使っている。素潜りを行うものが複数いると、ザバンを広く動かすことになるわけだ。
「ナギサが使っていたカヌーは俺達のザバンと少し異なるが、同じように操作することができるだろう。ナギサと組んで広く漁をすることができるというわけだ」
「気に入ったら嫁にすればいいにゃ。親戚だから私もうれしいにゃ」
トーレさんの言葉は聞かなかったことにしよう。
そういうことなら、カヌーにクーラーボックスを取り付けておけば良いだろう。小さなアウトリガーがあるから、桁に銛を載せることもできそうだ。
昼食後に、荷物を降ろしたカヌーにクーラーボックスだけを載せて、クーラーボックスの両サイドに付いた取っ手をロープでカヌーに固定する。
パドルはザバンに乗せてあったパドルとそれほど大きな違いはない。パドルが流されないように付けてあったひもはそのまま残しておこう。
「ザバンの保冷庫よりも少し大きいな。使い方は同じなんだろう」
バゼルさんがクーラーボックスの蓋を開いて確認している。ザバンと同じであれば問題はないんじゃないかな。
「前回はこれを使ったんですが、銛を使わないといけないんでしょうか?」
水中銃をバゼルさんに見せると、しばらく使い方を考えている。
「ガムの弾力を使って銛を打つのなら、俺達の銛と相違はないはずだ。とはいえ、この銛は小さいんじゃないか? 相手が大きければこっちの銛ということで、使い分ければ良いだろう。俺達も獲物の大きさで銛を使い分けているからな」
バゼルさんの話では、俺の持っている銛は1m未満の獲物が対象ということのようだ。
肘2つ分以下なら水中銃、それを越える獲物なら俺の持ってきた銛ということになるらしい。
「さらに大きな肘4つ分以上もある獲物もいるのだ。それは少し変わった銛を使う。銛の先端部分が外れるのだ」
柄から外れた銛は、柄と結んだ細いロープで繋がっているということだから銛先が回転する仕組みに違いない。
叔父さんの見せてくれた銛の種類に似ているのは気のせいなのだろうか?
魚を捕らえる漁であれば、必然的に似てくるのかもしれないな。
「ナギサの持つ素潜り漁の道具と同じ代物を持つものはいないだろうが、話には聞いたことがある。俺達の水中メガネはこれになるが、カイト様やアオイ様が使っていたものはナギサと同じように大きなものだたらしい。水面下で泳ぐときの呼吸の棒や、足に付ける大きなヒレもそうだ」
「この地で揃えたほうが良いということでしょうか?」
俺の言葉にバゼルさんが首を振る。
「そうではない。使えるまではとことん使うべきだろう。何度か似たものを作ろうとしたようだが、あいにくと上手くいかなかったようだな」
性能は認めるけど、作れないとなれば問題だな。
俺も挑戦してみるべきかもしれない。バゼルさんの使う水中メガネは競泳用の眼鏡みたいな代物だ。1つはバッグに入っているはずだ。
バゼルさんから頂いた釣り竿の道糸に、タックルボックスから取り出した餌木を取り付けて準備をしておく。道糸の先端にスナップ付きのより戻しをつけたから、餌木の先端の丸い金属製のリングにスナップを通すだけでいい。餌木は色違いだから、少し派手なものを選んでおいた。
「バゼルさん。釣りは、底を狙うんですか? それとも海面近く?」
「夜釣りは底だ。海面近くを狙う場合もあるんだが、あまりそのチャンスがないな」
銛を研いでいるバゼルさんが教えてくれた。
なら、胴付きの2本針仕掛けで十分だろう。サンゴの海域だから根掛かりはしょうがないかもしれない。改めて2式を作って、小石で作った錘も用意しておく。
「小石を使うということを知っているんだな。あまり根掛かりがないようにサンゴの崖近くで底釣りをするのだが、錘を取られることはままあることだ」
急深の砂地ということだろう。なるべくサンゴ礁から離れないということは、砂地には漁の対象となる魚がいないということになる。
漁師暮らしはその日暮らしの安易な仕事だと思っていたけど、いざ見知らぬ土地で漁をすることになると、いろいろと覚えなければいけないようだ。
日が傾き始めた時に、サディさんからおかずが釣れないかと頼まれてしまった。
「子ども達が桟橋で釣りあげてるにゃ」
「サディさんが指さした桟橋の先端で子供達が竿を伸ばしている。4m程度の竹竿だけど何が釣れるんだろうか?
偵察に出掛けてみると俺より2つほど年下に見える男の子が竿を出している。
「釣れるのかい?」
「今日はこんなに釣れたんだ。いつもは2、3匹なんだけどね」
少年が見せてくれたカゴの中には10匹近くのカマスが入っていた。20cmを少し超えたぐらいだから、おかずにちょうど良いということなんだろう。
仕掛けを見せてもらったけど、まるでフナ釣りの仕掛けだな。玉ウキの下50cmほどのところに釣り針が付いていた。
釣り針の形に見覚えがあるんだよな。同じ釣り針を俺も持っているはずだ。
エサは、魚の皮を短冊状に切ったものらしい。
これなら、バゼルさんに貰った釣り竿が使えそうだな。仕掛けの全長が1mにも満たないから、反転するリールを使えば少し遠くまで投げられそうだ。
カタマランに戻ったところで、タックルボックスを開くと簡単な仕掛けを作った。
コウイカ用の釣り竿から餌木を外して仕掛けを取り付ける。
「できたかにゃ? これがエサにゃ」
サディさんが渡してくれた魚の切り身を釣り針に付けて、カタマランの船尾から外に投げてみた。
10mほど先に赤い丸ウキが浮かんでいる。
さて、上手く食いついてくれるかな?
リール竿は俺の身長より少し長いから、2mというところだろう。糸ふけを取って、いつでも辺りを取れるように待っていると、ピクピクとウキが動き始めた。
じっとウキの動きを見て、ウキが海中に引き込まれたときに手首を返す。
グイグイと魚の引きが竿に伝ってきたが、それほど大きな引きではない。リールを巻いて最初の1匹を釣り上げた。
「釣れたにゃ! 5匹は欲しいにゃ」
「了解です!」
サディさんが釣り上げた魚を直ぐに捌いている。三枚におろすのではなく、頭を落として開くだけのようだ。
次々とカマスが掛ってくる。この場所は良い釣り場なんだろうな。5匹釣り上げたところで、仕掛けを畳んでリールにゆっくりとカップ1杯の水を掛けて塩抜きをしておいた。
サディさんは2つあるかまどを使って、夕食の準備を始めた。途中からトーレさんも参加してるから、サディさんが食事当番というわけではなさそうだ。
「後でおかず用の竿を作ると良いにゃ。リール竿よりも使い勝手が良いと聞いたにゃ」
「そうですね。頂いたリール竿は少し硬めですから」
もう少し大物を狙った竿ということなんだろう。シメノンとかいうコウイカ専用にしてもよさそうだ。向こうから持ち込んだリール竿を根魚用にと使い分けても良いのかもしれない。
荷物を解いて、胴付き竿にリールを取り付けておく。ドラグ付きだから、かなりの大物も釣り上げられるだろう。
「やってるな。今夜、コネルがタツミを連れてくるぞ。そのまま嫁にと、背負いカゴ1つを持ってくるそうだ」
「まだあったことも無いんですけど、それで良いんですか?」
俺の問いに笑みを浮かべながら隣に座り込んだ。
「向こうの親が許してるんだ。トウハ氏族の娘であれば長老達も喜んでくれるだろう。ましてや、ナツミ様と同じ姿なのだからな」
そういえば、俺に似た姿らしい。
トーレさん達もうれしそうに、出来た料理を甲板に並べ始めた。俺の釣り上げたカマスの開きが焼かれて出てきたんだが、その上にかけた魚醤が美味しそうなにおいを出している。
「できたにゃ。早く食べてやってくるのを待つにゃ!」
サディさんの言葉にバゼルさん達が頷いている。
真鍮の食器に乗せられたご飯を先ずは頂くとするか。




