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P-006 シドラ氏族の暮らす島


 午前中の素潜り漁を終えて、カタマランは北西に向かって速度を上げる。

 昼食は蒸したバナナだったけど、結構甘いんだよね。ハーブティのようなお茶と一緒に頂いたけど、これを毎日食べてたら、たちまちメタボになりそうだ。

 ちょっと驚いたのは、食事中でもカタマランを進めていることだ。昼食ぐらいは停めてもよさそうな気もするな。


 ネコ族の人達は、男性が漁をして女性が操船を行うらしい。とはいっても、明文化されているわけでもなく、場合によっては女性達も銛を使うらしい。


「昔からすれば、かなりあいまいになってきたことは確かだな。その原因は、かつてトウハ氏族にいたナディ様になるんだろうな」

「トウハの筆頭よりも魚を突くにゃ。アオイ様がいろいろ苦労したと聞いたにゃ」


 ナディ様とは、『聖姿』と呼ばれる痣を背中に持った若者に嫁いできたらしい。

 2人が出漁すれば必ず大漁となるため、同行する漁船が多かったというのも頷ける話だ。

 聖姿を持った男性の姉達は、『聖印』と呼ばれる不思議な宝石が額にあったそうだ。

 難産を助けに来た龍神のひげが貫いた跡らしいんだけど、本当だったら死んでしまうんじゃないかな?


「トウハ氏族のカイト様、アオイ様、ナツミ様はすでに過去の人ではあるが、いまだに彼らの影響が残っていることも確かだ。俺達が漁に使うカタマランもそうだし、カゴ漁や引き釣りもそうだな。マーリルに至ってはアオイ様に教えてもらわねば、いまだに誰も姿を見ることは無かったんじゃないか」

「私はカイト様の子孫になるにゃ。サディはアオイ様の方にゃ」


 サディさんと操船を変わったのかな? トーレさんが操船をする少し高い櫓から降りてきて俺達にお茶を入れてくれた。


「トウハ氏族はそうなるだろうな。氏族間の婚姻で他の氏族にもカイト様達の血が広がっている。現在の聖痕の保持者はオウミ氏族とホクチ氏族にいるが、先祖を辿ればカイト様につながるそうだ」


 ネコ族の人達は、大陸の南に広がる大きな群島をニライカナイと呼んで自分達の勢力下においているらしい。

 ニライカナイという広大な海域をいくつかの区画に分けて、サイカ、オウミ、ナンタ、ホクチ、トウハという5つの氏族を作って暮らしていたらしいのだが、50年ほど前に新たな氏族『シドラ』を作ったらしい。

 氏族ごとに大きな島で暮らしているのであれば、人口増加は問題になるんだろう。

 アオイさんとナツミさんが暮らしていたトウハ氏族からの分割というのも、なんとなく理解できることではある。

 それだけ生活が豊かになったに違いない。


「あの島が見えれば、氏族の島はすぐそこだ」

 

 バゼルさんが咥えていたパイプを使って、右手に見える島を教えてくれた。今まで見た島よりも数倍大きな島だ。こんもりとした山が2つ重なっているから、お供え餅みたいな島だ。一度見れば忘れないだろう。


 お供え餅の島を通りすぎたところで大きく北に進路を変える。

 遠くに大きな島が見えてきたから、あれがシドラ氏族の暮らす島なのかな?

 それにしても大きな島だ。丸い島に見えるが直径は2kmぐらいあるかもしれない。

 やや西寄りにそびえる山も300mほどの標高があるんじゃないかな。


「あれが俺達の島だ。トウハ氏族のアオイ様が見つけてくれた島だ」

「大きいですね。あれなら水も豊かでしょうね」

「水場が3つあるのは、氏族の住む島ではあの島だけだ。他氏族の母船がたまに水を補給するために寄ることもあるぞ」


 母船を使った大掛かりな漁もしているってことなんだろうな。

 だんだんと大きくなる島は、南西方向に大きな砂浜を持っていた。木製の桟橋がたくさん突き出しているし、その桟橋に何隻ものカタマランが停泊しているのが見えてきた。

 一番北側に大きな船が停泊しているけど、あれで漁果を運ぶのだろうか?


「一番北の桟橋は石造りだ。丁度商船が停泊しているな。桟橋に沿ってトロッコがある。獲物を運ぶのがだいぶ楽になったと妻達が話してくれたよ」


 トロッコねぇ。砂浜にそんなものを作ったら、線路が直ぐに錆びてしまいそうだ。

 スクリューで進むカタマランやトロッコの文化と魔法がうまく結びつかないな。やはり俺が暮らしていた世界と異なる、独自の文化を持った世界ということになるんだろう。


 カタマランが速度を落として、浜の真ん中近くにある桟橋へと近づいていく。

 桟橋に横付けする前に、クッションのようなものを舷側に下ろしている。接岸すると、同時にバゼルさんが桟橋に飛び降りて、トーレさんの投げたロープを桟橋に結びつけた。

 それが終わると、俺を呼び寄せて船尾のベンチでパイプに火を点けた。


「ここまでが男達の仕事になる。獲物を市場や商船に運ぶのは女達の仕事だから、お前が漁師になった時もそうするんだぞ」

「はあ、役割分担ということですね。そうすると、漁を終えた男達の仕事は?」

「次の量の準備だな。銛を研いで、釣りの仕掛けを作る。餌木も作らねばならんから、それなりに忙しくはあるのだ」


 トーレさん達が、カタマランの保冷庫を開けて背負いカゴに獲物を入れている。

 手伝おうとしたら、バゼルさんに腕をつかまれた。

 運搬は女性の仕事と聞いたけど、獲物の取り出しから始まるみたいだ。


「さすがに大物は手伝うこともあるが、片手分の大きさなら手伝うことはないんだ」

「気を付けます。ところで……、俺のこれからは?」

「夕食が終わったら、長老に挨拶に向かおう。長老の裁可は絶対だからな」


 長老政治ということらしい。話を聞くと、5人の長老の多数決で採決をするらしいけど、普段の話し合いでは、長老全ての意見が一致するとのことだ。


「ネコ族は排他的なところもあるが、困った人間を見捨てるようなことはしない。たぶん、長老たちもナギサが島で暮らすことを認めてくれるに違いない」

「よろしくお願いします」


 改めて頭を下げると、気にするなと小さく頷いてくれた。


 トン! と甲板に足音がした。

 音の方向を見ると、バゼルさんと同じ年代に見えるネコ族の男性がいた。


「トーレから話を聞いたんだが、そいつがそうか?」

「ナギサという名だ。見ての通り人間族だが、あの変わった船で漂流していたところを保護して連れてきた」


「カイト様達の先例があるからなぁ。まさか聖痕はないだろうな」

「さすがにそれはない。ネコ族に2人の聖痕の保持者は、長老やカヌイの婆様達の伝承通りということなんだろう。だが、少しそばに寄ってくれ」


 首をひねりながらも、やってきた男性がそばに寄ってくると、俺を掴んで背中を向けさせ、ラッシュガードをめくりあげた。

 すぐに、ラッシュガードを降ろしてくれたんだけど、背中の傷跡に意味があるとも思えないんだよな。


「聖姿……、長老が小躍りしかねんぞ!」

「似ているだけかもしれん。長老の前にカヌイの婆様を訪ねるつもりだ」


「……だな。俺も賛成だ。それで、腕は?」

「若い連中よりはましというところだ」


 バゼルさんとやってきた男が微妙な表情を見せる。

 もう少し腕が立つと思っていたのだろうか? だけど、俺は漁師じゃなくて高校生だからねぇ。親父の実家に帰るたびに伯父さんや従兄と潜ってはいたけれど、銛で魚を突くなんてことは、2,3度経験したぐらいだ。

 

「長老が許可してくれたなら、俺が仕込むしかなさそうだ」

「子供達はすでに一人前だからな。俺の方はもう1人残ってるから,奴と競わせてもおもしろそうだ」


 男はそう言って、バゼルさんの肩を叩くとカタマランから去っていった。


「今の男はカルダスと言って、シドラ氏族の筆頭だ。5人の子供を持っているが、ナギサと同じ年代の末の息子がまだ一緒に暮らしている」

「船を持つと家族から離れるんですか?」


「男はそうなるな。早くて18、遅くても25前にはこの船より小さなカタマランを持てるようになる。女は20前に嫁に行くのがほとんどだ」


 といっても、一夫多妻なんだよな。

 働き者の嫁さんが2人となると、どんな暮らしになるんだろう。


 桟橋をトーレさん達が歩いてくる。背負ったカゴは獲物を運んだ時のように重そうだから、商船で買い物をしてきたのかもしれないな。


「終わったにゃ。次は明後日かにゃ?」

「そうなるな。夕食が終わったところでナギサを長老のところに連れて行くが、その前にカヌイの婆様のところに連れて行ってくれないか? 婆様達の意見も聞いておきたいからな」

「分かったにゃ。なら、すぐに連れてくにゃ!」


 トーレさんが籠を甲板に下ろして、俺の腕をつかんだ。慌ててたちあがると、帽子を取って、腕を引っ張るトーレさんに付いて桟橋を歩き始めた。

 歩くたびに、桟橋がギイギイ音を立てる。丸太を打って板を並べただけの桟橋だから、大波が来たら直ぐに壊れてしまいそうだ。

 

 桟橋を降りると、木製のレールがナギサに沿って敷かれていた。木製なら錆びることはないだろうけど、あまり重いものは運べないんじゃないかな?


「浜を北に向かって歩けば、いろんな建物があるにゃ。あれが水場で、あれが獲物を卸す市場にゃ。その隣にある森に続く道を歩けば長老達の住む建物があるにゃ。カヌイの婆様達が暮らすところは一番北になるにゃ」


 まだ、島の住人になれるかどうかもわからないのに、トーレさんは島の施設をいろいろと説明してくれた。

 カヌイの婆様というのは、ネコ族の精神的な支えということらしい。 宗教的なものも含まれているようで、龍神というこの海域を守る存在に日夜氏族の安全を祈っているとのことだ。


「見た人達が大勢いるにゃ。神亀という龍神の使いもいるにゃ」


 この世界では神を見ることもできるということなんだろうか?

 疑問を浮かべながらもトーレさんに手を引かれて、カヌイの住むログハウスに足を踏み入れた。


 土間に作った小さな焚火が数人のお婆さんを照らしている。

 婆様達と呼んでいたけど、本当にお婆さんだったんだな。


「トーレにゃ。何かあったのかにゃ?」

「漁をしてて、若者を保護したにゃ。行く当てがないならバゼルが漁を仕込むと言ってたにゃ」


 トーレさんの話に、お婆さん達が顔を見合わせている。


「カイト様やアオイ様もトウハ氏族の者達が保護したと聞いたにゃ。問題はないと思うにゃ」


 お婆さん達は肯定してくれたようだ。

 カイトさん達に感謝だな。

 ネコ族の女性達は皆語尾に「にゃ」が付くんだな。ちょっと賑やかになるんだけど、俺はネコ派だから問題はない。


「カヌイの婆様達に見てほしいにゃ。この若者の背中が問題にゃ」


 俺の背中に回ったトーレさんが、ラッシュガードをめくりあげた。


「この傷跡にゃ。氏族に加えて良いものかどうか、バゼルが悩んでいるにゃ」


 御婆さんが、小さな言葉を発すると、直径20cmほどの光球が現れた。かなり明るいな。10畳ほどの空間を明るく照らしている。


 グイっと俺の肩に手を掛けて、カヌイの婆さん達に背中を見せると、驚いたような表情で身を乗り出している。


「聖姿……。ん? 少し形が変わっているにゃ」

「聖姿では無いにゃ……。でも、似てるにゃ。聖姿に次ぐ印と見るべきにゃ」


 それって、やはり問題になりそうな感じだよな。

 考え込んでいると、カヌイのお婆さん達の一人が俺の肩をポン! と叩いた。


「安心するにゃ。シドラ氏族にちょうど良いにゃ。聖姿は聖痕の上になるにゃ。でも、本来の聖姿とは少し違うから、島の娘を貰ってずっと暮らせばいいにゃ」

「アキロン様のようなことにはならないと?」

「龍神の眷属が嫁に来ることはなさそうにゃ」


 意味不明なことをお婆さん達が話しているけど、かつてあった出来事だということなんだろうか?

 とりあえずは、カヌイのお婆さん達の賛同が得られたことは確かなようだ。


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