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P-005 バゼルさん達の驚き


 ありがたいことに、夕食をご馳走してもらった。

 食器はココナッツの椀に真鍮の大皿等だけど、手掴みではないんだよね。先割れスプーンが出てきたときには驚いたけど、なるべく余分な食器を持たない工夫なんだろう。

 味は少しスパイシーなところがあるけど、暑さがそうさせるのかもしれない。日中の日差しはかなりなものだ。

 バゼルさんのもう1人の奥さんも、夕食時には操船を止めて甲板に降りてきた。

 トーレさんと同じ年頃に見えるけど、2人ともに今でも十分にきれいだ。お袋よりも少し若い感じだけど、容姿の開きは大きいな。

 若いころにはさぞかし美人だったに違いない。


「明日には氏族の島に着くが、本当に俺達のところに住みたいのか?」


 バゼルさんの話に、2人の奥さん達が興味深々な表情で俺を見ている。

 バゼルさんから聞いた話では、大陸に人間族という、俺と容姿の同じ連中が住んではいるらしいんだが、ネコ族達の暮らす島にたびたびちょっかいを出しているらしい。

 王政も敷いているらしいから、どこから来たのかわからないような俺に、満足な暮らしができるとは思えないんだよなぁ。

 この海域に迷い込んだカイトさん達は、ネコ族と一緒に幸せに暮らしたらしいから、俺もそうありたいと願うところだ。


「可能であれば……。ということになります。バゼルさんの話では、その裁可を下すのは長老達ということですから」

「確かにそうなるだろうな。カイト様達は『聖痕』を持っていたということだ。『聖痕』はネコ族以外では持つことができん。お前にはそれがないからな」


 何らかの印を彼らは持っていたということなんだろう。

 あの海霧によってここに迷い込んだようなものだから、そんなものは持ってないし、だいたい『聖痕』がどんなものか見当もつかない。


「断られたら、商船で雇ってもらいますよ。あまり賑やかなところは俺には向いてなさそうですから」

「そうなるしかなさそうだな。だが、少しは漁が出来るなら我らの仲間になれるかもしれん。明日の朝にも腕を見せてもらおうか。島に着くのが少し遅れるが、構わんだろう?」

「たくさん魚を突くにゃ! シドラ氏族はトウハ氏族と銛の腕を競ってるにゃ」


 素潜り漁ということか。となれば、親父から貰った銛よりも、伯父さんの水中銃の方が良さそうだ。


「ところで、どんな魚を突くんでしょう?」

 

 俺の問いに呆れた表情を3人が見せたけど、トーレさんが立ち上がり舷側近くの甲板を開いた。


「これにゃ! できればこっちにゃ! これでも良いにゃ」


 次々と掲げてくれた魚は、ブダイに石鯛、最後はカサゴになるようだ。

 港町でも見る魚だから問題はないな。

 

「3番目の魚は突いたことがあります。漁場次第ですね」


 水中銃なら命中距離は2m近くある。銛でカサゴは付いたことがあるけれど、さすがに石鯛は無理じゃないかな。


「小さな漁場が近くにある。明日はそこで腕を見せてくれ」

 奥さん達も頷いてるから、やはり決定事項なんだろうな。力強く頷いて了承を伝えた。


 翌朝早くに起こされたのは、漁師生活ならではのことだろう。カタマランの屋形の中に張ったハンモックで寝ていたんだけど、トーレさんに体を揺すられて起こされてしまった。

 眠い目をこすりながら、甲板にあった桶を借りて海水を汲み顔を洗う。

 生温い海水だけど、少しは目も冴えてくる。そんな俺を面白そうに3人が見ている。


「漁師になるなら、先ずは早起きから学ばねばならんな。素潜り漁は、もう少し太陽が昇ってからだが、その前に朝食を食べて体を休めねばならん」


 朝食を取って直ぐに漁をするわけではなさそうだ。

 4人で甲板に輪を作り、朝食が始まった。夕食の焼き魚を解してご飯に炊き込んだ感じだけど、ちょっとご飯が柔らかめだ。バゼルさん達は、ご飯の入ったココナッツの椀に、スープを入れて食べている。

 真似してみると、汁気の多いリゾットに似た感じで食べられる。

「これも食べるにゃ!」と言って俺の前に出てきたのは、真鍮の皿に乗った漬物だった。

 スプーンで1切れ取って食べてみると、キュウリに似た食感がある。どこかで食べた記憶もあるんだけど……。


 朝食が終わると、お茶が出てくる。ハーブティーのようなお茶なのは、お茶の葉が手に入らないからなんだろう。

 苦味はほとんどないし、少し甘くてほんのりとハーブの香りがするお茶だ。

 そういえば、昨日からバゼルさん達は水を飲んでいないようだ。生水を避けてお茶にしてるんだろう。


「今朝早くに漁場に着いたから、すぐにでも漁が出来るぞ。早めに準備をしといたほうが良いな。このあたりなら、これよ少し大きなブラドがいるはずだ。バルタックもいるが、出来たら突いてみろ」


 ブラドがブダイで、バルタックは石鯛だと、昨日教えてもらったからね。変な魚を突いて来ない様にとのことだろう。

 屋形の隅に置かせてもらった荷物を広げて、マスクにシュノーケルとフィンを用意した。水中銃は銛と一緒にカヌーに乗せてあるから、ラッシュガードを脱いだところで、海に飛び込む。

 一応、銛も外しておこうか……。銛を舷側から外したところで、水中銃をカヌーのへこみ部分から取り出す。全く伯父さんにも困ったものだな。水中銃の形に合わせてカヌーの一部を削ってるんだから。

 とはいえ、へこみを利用して収納してるから、邪魔にはならない。カヌーを見ただけでは水中銃を持ってるなんて思わないんじゃないか?

 取り外した水中銃の下から、スピアが2本出てきた。予備ということなんだろう。


 カタマランの甲板に戻ってくると、3人がじっと俺を見ている。

 何か変わったことをしたのかな? この世界では水中銃は珍しいのかもしれないけど……。

 

「ナギサ、その背中にあるのは……」

「これですか? 小さいころ事故に遭ったらしいんですが、その時の傷跡なんです。ここに来る前から少し疼きだしたのが、気にはなってたんですけど」


「聖姿……、なのかにゃ?」

「分からん。誰もがそれと分かるとは聞いてはいるが、カヌイの婆様達なら判断してくれるだろう。聖姿でなくともそれに近いものであるなら、我等氏族の宝にもなるはずだ」


 訳の分からないことをバゼルさん達が言ってるけど、背中の傷跡が原因なんだろう。宝になるわけはないと思うんだけどねぇ。


「トウハ氏族のアオイ殿の長男は、背中に聖姿を持って生まれたと伝えられている。ナギサの背中にある傷跡は、長老からの話にそっくりだ」

「ただの傷跡ですよ。たまたま似ているだけだと思います」

「直ぐにわかるだろう」


 俺に笑みを浮かべると、バゼルさんは銛を手に海に飛び込んだ。

 早速始めるみたいだ。

 俺も頑張らないといけない。漁果が多ければ漁師仲間に入れてもらえそうだ。


 フィンを履いて水中銃を手に海に飛び込んだ。

 海面に頭を出して、シュノーケルの具合を確かめながら、水中銃のゴムを引いておく。セーフティを掛けておけば、スピアが飛び出すことはない。

 スピアに結ばれた組紐のような細いロープが、水中銃の下にあるリールにしっかりと付いていることを確認しておく。

 

 さて、漁を始めるか。

 親父の実家にやってきた目的は、大きな獲物を突くことだったんだよなぁ。

 ここで、同じことを行うとは思わなかったけどね。


 息苦しさを覚える前に、いったん海面に上がり息を整える。

 素潜り漁は、短時間の潜水が繰り返し行われるのだ。海中での活動時間はせいぜい1分程度にしておかねば、いざという時に無理がきかないだろう。


 再び潜っていく。海底までは数mほどだ。海底に身をかがめて、サンゴの下に潜む魚を探す。


 いた!

 思わず笑みが浮かぶ。大きな傘のような形で広がったサンゴの下をゆっくりと動いている。

 トーレさんが「できればこれにゃ!」、と言っていたイシダイだ。体長は40cmを超えていそうだな。

 

 ゆっくりと近づきながら水中銃のセーフティを外すと、前に突き出した。水中銃から発射されるスピアの飛距離は20mぐらいあると聞いてるけど、そんな距離では当たるはずもない。

 まだまだ、距離がある。さらにゆっくりとした動作で近づき、獲物とスピアの距離が2mほどになった時、水中銃のトリガーを引いた。


 一瞬で石垣鯛の頭にスピアが貫通した。

 獲物が暴れる感触がライン越しに腕に伝わってくる。あまり暴れてサンゴの奥に入られると面倒だから、力任せに引きだして海面を目指した。


 海面に頭を出して勢いよくシュノーケル内の海水を噴出した。シュノーケルを咥えながら周囲を見渡していると、サディさんが漕いでいるカヌーを見つけた。獲物を高く掲げるとすぐにこちらにやってくる。


「大きいにゃ! 次も大きいのを突くにゃ」

「任せてください!」


 獲物のイシダイからスピアを引き抜いてカヌーの中に放り込むと、再び海面付近を泳ぎながら獲物が付いていそうな大きなサンゴを探し始める。

 あの辺りなら……、狙いを定めて再び水中銃をセットして海底にダイブする。

 今度は、ブダイのようだな。色鮮やかな体色だけど、美味しく頂ける魚でもある。ゆっくりと近づいて水中銃を獲物に向かって伸ばしていく。


 これを持ち帰ったなら親父達が大喜びしそうだ。ブダイをカヌーに放り込んで、次の獲物を探す。


 何度かカヌーに獲物を運んでいると、「これでおしまいにゃ。カタマランに戻るにゃ!」と教えてくれた。

 サディさんが腕を伸ばしてカタマランの方向を教えてくれたので、すぐにカタマランへと泳いでいく。


 カタマランの舷側に卸された梯子を使って甲板に上ると、トーレさんがココナッツを割って渡してくれた。

 口の中がしょっぱいから、ちょうどいい。飲みながら装備をかたずけていると、バゼルさんが俺の横にどかりと座り込んだ。


「バルタックを2匹含めてこの時間で5匹突けるなら俺達の島で十分に漁で暮らせるぞ。漁にはいろんなやり方があるが、大物を得るなら素潜りが一番だ」

「マーリルは手釣りにゃ。でもなかなか釣れないからにゃあ」


 ネコ族だけあって、語尾に「にゃ」が付くみたいだ。でもバゼルさんにはそんなことがないのを見ると、女性だけなのかもしれないな。

 突いた魚はトーレさん達が巧みな包丁さばきで処理すると、甲板の板を外した倉庫のような場所に入れている。


 なんだと!

 トーレさんが腕を伸ばして何かつぶやくと、腕の先に大きな氷柱が現れた。先が尖っているからツララなんだろう。

 

「なんだ? そんなに保冷庫を見て?」

「いや……、いきなり氷柱が現れたんで驚いてたんです」


「アイレスの魔法を知らないほうに驚く限りだな。俺達は魔法を使う。といっても、限られたもので、使える回数も少ないんだが、氷を出す【アイレス】、汚れを取る【クリル】、光球を出す【リトン】は夫婦で分担して持つことになる。商船に乗ってくる巡回神官が授けてくれるから、自分の船を持つ前には手に入れねばならん」


 バゼルさんの話では、漁師必携ということになるんだろう。となれば俺も持てるんだろうか? 魔法の種別に関係なく1つが銀貨2枚だと教えてくれたけど、手に入れられないときは氷だけ作ってもらって近場で漁をすることになってしまいそうだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今回の彼は聖姿もちなんですね!! 普段は服着てるので目立ちませんけど、でも仕事中はよく目立ちますねぇ!! そういえばこの家族には子供がいませんね!? もう巣立った後なのかな?
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