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P-002 カヌーを漕いで出掛けよう


 伯父さんの家に着いたら、他の親戚まで集まっていた。

 伯父さん達に肩を叩かれ、頑張れ! と励まされたんだけど、従兄の一郎さんは苦笑いをしながら頭をゴシゴシとやってくれた。

 裏事情を知っているのかな? 昔ほど魚がいないとも聞いていたからねぇ。


「これで、鏡家の男で残っているのは、次郎だけになるな。この町の伝統行事でもあるし、俺達の代で終わるのも考えものだ。一郎達も男が生まれたら、きっとやらせるんだぞ」


 伯父さん達は既に出来上がっている。

 苦笑いを浮かべながら頷くと、早々に部屋に引きあげた。

 明日は準備で、明後日が出発だ。

 お菓子が無かったから明日にでもコンビニで手に入れようかな。


ナギサ、入るぞ!」

「どうぞ! って、もう入ってるじゃないか」


 従兄の一郎さんがやって来た。手にはコーラ缶を2本持っている。1つ頂いて、早速口を開けた。

 途中で夕食を食べてきたんだけど、到着したらたっぷりと食べさせられたんだよね。お腹がいっぱいだけど、水分が欲しかったのも確かだ。


「港を出たら、左手の島を目指すんだ。その南側に岩礁がある。この間潜ったら、大きいのがたくさんいたぞ。これを貸してやる。お前の時計は生活防水だろう? これは20気圧防水だ」


 時計には気が付かなかったな。

 高校の入学祝いに親父に買ってもらったのは、薄型の小さなデジタルだ。俺が陸上部に入部することを知ってたのかな? ストップウオッチ付きだから、長距離の自主練習に最適なんだけど、さすがに海にはねぇ……。


「ありがたくお借りします。それで、一郎さんはちゃんと突けたんですか?」

「ここだけの話だぞ。水中銃で獲った魚に銛を刺した。銛先が1本なら気付く連中はいないよ」


 なるほどねぇ。だから伯父さんが貸してやると言ってたんだな。

 親父がくれた銛も、銛先が1本物だから案外2人で申しわせているのかもしれない。

 先ずは、手銛で挑んでみて、ダメなら水中銃を使ってみるか。

 一応、底物仕掛けも用意してあるから、3通りの方法を試してみれば1匹ぐらいは何とかなるだろう。


「明後日、船出をするのは10人近いだろう。一番でかいのを持ってこいよ!」


 俺の頭をポンと叩くと、部屋を出て行った。

 少し気が楽になった。一郎さんも奥の手を使ったということか。

 だけど、それでもダメな男もいるんじゃないかな?

 俺はこの町で暮らすわけじゃないけれど、この町で暮らすとなると手ぶらで帰ったりしたら、一生後ろ指を差されるに違いない。

 単に風習と親父達は言ってるけど、結果は残酷な面も持っているようだ。


 翌日は、伯父さんの持っているカヌーに荷物を積み込むことで半日が過ぎてしまった。

 小さなアウトリガーを持っているから転覆することはないと教えてくれたけど、見た感じではカヌーというよりもサーフボードに見えるんだよね。


「夏だからこれで十分だろう? 浮体で作られているようなものだから沈むことは無いし、荷物はたっぷり積めるからな」

「まあ、落としても浮く品ばかりですからね。パドルはこれですね?」


 積んであったパドルは俺の身長よりも少し長い。


「シーカヤック用のパドルだ。外洋に出るわけじゃないが、こっちの方が操作しやすいし、ナギサは去年使ったよな?」

「ええ、大丈夫です。紐が付いてるし、流されることはありませんよね」

「あまり心配するな。アンカーはこれだ。浜で見つけた石だが、十分に使えるぞ」


 最後に、伯父さんのトラックにカヌーを乗せてたところで、汗を拭った。

 親父から貰った銛は横に取り付けてあるし、竿は畳んで荷物の下だ。同じように水中銃も荷物の下になっている。


「一郎の時よりも荷が増えたなあ、このままだと次郎の時にはカヌーを替えねばならんぞ!」


 伯父さん達がそんなことを言って笑ってるんだけど、荷が増えていくのは親の心配がそれだけ増えたということなんじゃないかな?

 一郎さんの子供の代にでもなれば、船外機の付いたボートになるかもしれない。

                ・

                ・

                ・

 翌日の朝早く、家を出て港へと向かう。時間は10分も掛からない。

 朝霧が残った港は、漁船を下ろす斜路の周りにトラックが何台も集まっている。

 漁師の小父さん達に助けられながら、1艘、また1艘とカヌーが斜路に下ろされている。


「昼飯はクーラーボックスの中だが、水筒は出しておいた方が良いな」

「防水袋の予備を持ってきて良かったですよ。氷があんなに大きいとは思いませんでした」

「夏だからなぁ、だがあまり冷たい物を飲むんじゃないぞ。あの氷は獲物用だ」


 長距離走と一緒だな。伯父さんの忠告に小さく頷いた。それにしても大きな氷だ。俺の頭2つ分はあるんじゃないか? おかげで、せっかく積み込んだ荷物を防水袋に入れてクーラーボックスの上に乗せることになったしまった。

 紐でしっかりと結んであるから、転覆しても荷が流されることはないだろう。


 周囲を見ると、俺と同じように漁に出掛ける少年達が不安そうな表情で海を眺めていた。

 たぶん俺も似た表情をしてるに違いない。


 しばらく海を眺めていると、親父達が俺のカヌーに日本酒を注いでいるのが見えた。他のカヌーも同じように酒が注がれている。しきたりということになるんだろう。

 一升瓶に残った酒を、見物にやってきた漁師のおじさん達と一緒に飲んでいるんだけど、あれもしきたりなんだろうか?

 単なる酒好きが集まってるようにも見えるんだけどねぇ……。


「さあ、行ってこい。でかいのを突いて来るんだぞ!」

「ああ、突いて来るさ!」


 親父の声に負けないような大声で叫ぶと、カヌーに乗り込んだ。

 パドルを手にしたところで、親父が力任せにカヌーを押し出してくれる。そのまま滑るように数mほど岸から離れたところでカヌーを漕ぎだした。

 先ずは漁港を出ないとな。

 俺達の出航は漁師さん達も協力してくれるらしく、今朝は漁船が港を離れることがない。


 先に出たカヌーの後を追う様にカヌーを進めていく。

 ふと後ろを振り返ると、お袋と妹が手を振っていた。

 出発時にはいなかったんだけど、来てくれたんだ。パドルの手を休めて手を振ると、向こうも大きく手を振ってくれる。

 妹達の為にも、大きいのを突かねばならない。兄貴の辛いところだ。


 港を出ると、カヌーが少しずつ離れていく。

 これは! という場所を、各人が教えて貰ったんだろうか?

 俺の場合は……、確か左に見える島の南側だったはずだ。

 あの小さく見えるのが目標の島に違いない。カヌーだから速くはないが、確実に進んでいることは確かだ。2kmはないはずだし、昼前には到着できるんじゃないかな?


 島に近付くにつれ、その姿が異様に見えてくる。

 いつも伯父さんに連れられて行く釣り場近くの島は砂浜があるんだけど、この島には全くない。

 ごつごつした岩が島の周りで海の中から突き出している。

 上陸は出来ないんじゃないかな? それとも、島の南と北では様相が変わるのだろうか?


 島にあまり近づかずに、南へとカヌーを漕いでいく。

 南の海が見えた途端、ここは外洋か? と勘違いするほどだ。島の数が極端に少なくなり、湾を形作る突先が遠くに見える。

 うねりも少し出てきたんじゃないか? 早く、今夜の野営地と漁場を見付けなければいけない。


 島の南側に出ると、1枚の板のような大きな岩が斜めになって島に続いている。

 砂浜ではないけれど、これなら岩伝いに島に上陸できそうだ。

 大岩の先には、波と風で削られた窪みがあるようだ。今夜はあの中で夜を過ごそう。


 野営地の目星が着いたところで、今度は漁場を探す。大物が潜んでいると言ってたからには、大きな岩の裂け目でもあるのかもしれない。

 島の南側を東西に移動しながら岩の裂け目を探していると、南東に続く大きな溝を見付けた。

 これが一郎さんの言っていた場所なんだろうか?

 競泳用の眼鏡を着けて、海の中を覗いてみる。

 深さは6m近くあるんじゃないかな? 底は砂が溜まっていて、まるで道のようにおきに向かって続いている。

 

 ゆっくりと溝に沿ってカヌーを進ながら、時々海中を覗く。

 どうやら所々に大岩がゴロゴロしている。何となく怪しく思えてきたな。大物が潜んでいてもおかしくない場所に見える。


 場所はここで良いんじゃないか? 目印の浮きを投げ込んでおけば、明日は朝早くから漁ができそうだ。

 大物が突けたなら、すぐに帰っても問題は無いだろう。漁の期間が3日と定められているようだけど、それは『最長でも』という言葉が続くに違いない。


 浮きの竹竿の先に赤いリボンが付いているから、遠くからでも見付けられる。

 時計を見ると、3時を回っているのに驚いてしまった。昼食も食べずに探していたことになる。

 

他の連中はどうしてるんだろうと、カヌーから周囲を眺めてみた。

 10人はいたはずなんだが、こんな場所に来たのは俺だけみたいだ。

 少し心細くはあるけど、結構疲れたな。早めに野営地に戻って食事にしよう。


 島に寄り掛かるように斜めになった大岩を伝って、島にカヌーを着ける。

 潮に流されないように、舳先のロープをしっかりと岩に結び付けたところで、伯母さんの持たせてくれたおにぎりと水筒のお茶を頂くことにした。

 大きなおにぎり3つは普段なら食べられないだろうけど、昼食を抜いた感じだからぺろりとたいらげてしまった。

 夕日がまだ残ってるところで、小さな焚き火を作る。

 遠くに見えた漁船には、この明かりが見えるに違いない。町の風習がいまだに続いていると思っているに違いない。


 夕暮れが終わると急に辺りが暗くなる。

 町の光が全くないから銀河が綺麗に見える。都会では目にできない光景だ。妹にも見せてあげたいけど、女性達にはこんな風習が無いと親父が言ってたな。

 ビニルシートを敷いて、ジャージの上着を羽織る。

 夏だからこれで十分だろう。かなり沖に出たから蚊に悩まされることも無い。

 疲れは最高の睡眠薬だ。普段使わない腕の筋肉だけでなく足腰も疲れが出ているように思える。カヌーを漕ぐのはやはり体力が必要なんだろうな……。


 翌日。朝日の眩しさで目が覚めた。

 まだ6時前なんだけど、起きてしまったのは仕方がない。

 軽く屈伸をしたところで海水で顔を洗う。風が無い穏やかな海は、素潜りをするには絶好の条件だ。

 思わず笑みが浮かぶ。

 

 食事は、携帯食料のビスケットなんだけど、調理がいらないから俺には丁度良い。

 水筒のお茶の残りを焚き火で温めて、出掛ける途中で買い込んだペットボトルの水を入れておけば良いだろう。1.5ℓものだから今日中に飲みきれるものでもない。


 シェラカップに入れたお茶が沸騰したところで、焚き火から遠ざけておく。まだ涼しい朝だけど、猫舌だから仕方がないところだ。


 朝食を終えたのが6時半。カヌーを出す前に、漁の準備に取り掛かる。

 儀式とは言え、最初から水中銃も考えものだ。先ずは銛を使って獲物が無い時は……、と作戦を再確認する。


 親父のくれた銛は柄がカーボンロッドの2本繋ぎ、ゴムは2本を使う強力な奴だ。柄の接続はネジが切ってあるから、確実に1本の柄として機能するようだ。

 柄の後ろには2本の長いゴムが付いているし、先端に取り付ける銛先もネジが切ってある。柄を回しながらしっかりと30cmほどありそうな銛先を取り付けると、全体の長さは2.5m近くになりそうだ。

 一体どれだけ大きな獲物を親父は想定したんだろう?

 これなら、50cmを越える獲物も楽に捕えることができそうだ。


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