M-248 海人さんへの感謝 (END)
島を上げての宴会だけど、適当に切り上げて帰るに限る。
ナツミさんが迎えに来てくれたところで、皆に退席することを告げた。
200人近い人達がまだ焚き火を囲んでいる。さすがに長老は帰ったみたいだな。
カタマランに戻ってベンチに腰を下ろす。
マリンダちゃんが持ってきたココナッツを割って、酔い覚ましのジュースとして頂くことにした。
「まだ騒いでるにゃ。明日は出掛ける船が無いに違いないにゃ」
「あれだけのマーリルを見たからねぇ。それにたまに騒ぐのも良いんじゃないかな。他の迷惑になるわけでもないし」
「美味しい料理も食べられた。次はいつになるのかしら」
ナツミさんは、浜辺でみんなで宴会をするのを、定例化しようなんて考えてるのかな?
それはどうかな? 漁の成果を皆で感謝しようと宴会をしてるわけだからね。
定例化というなら、婚礼の航海の打ち上げが似た感じだ。
たまに酒を持って行くんだけど、あれも楽しい宴会に違いない。
「どうにかここまで来たわね」
「大陸の要求を上手くかわせたし、津波の被害も何とか乗り切れた」
「次はどうするにゃ?」
「そうね……、色々と計画してるんだけど」
ナツミさんの目指すのは、商会ギルドへの組合の参加ということらしい。単に参入するのではなく、理事の椅子を勝ち取るということだ。
大陸の王国からの干渉を速く察知し対応を取るには、大陸の王国に大使を常駐出来ない以上、それが最適と判断したようだな。
「生産地を丸ごと抱えた理事となる以上、発言力は大きくなるわ。私達が大陸の庶民を支えているようなものだから。でもね、取引の金額となるとそれほど大きくはないの。その辺りで何かないかと思ってたんだけど、マーリル釣りをイベント化することでなんとかなりそうよ」
やはり、計画は進んでたんだな。
それによる利益の活用は、学校を作るのが最初になるらしい。
老後の保障はカヌイのおばさん達が昔から取り組んでいたから、組合としては援助に止めると言ってるけど、組合そのものがカヌイのおばさん達の運営組織だと思うんだけどなぁ。
「私達はどうなるにゃ?」
「今まで通り。数隻の船団を伴って漁をしていくわ。グリナスさんやラビナス君達もそろそろお役目を終えるころでしょうから、新たな漁場を探る漁になるんでしょうね」
それに、長老達の依頼も入るんだろうな。長老の末席にバレットさんが着いたから、気軽に頼まれるかもしれない。
俺の席も用意されてるんだが、あまり出向くことが無いようにしよう。
「とりあえず、海人さんの撒いた種を育てることが出来たかな? 刈入れが出来ないのは残念だけど、それは次の聖痕の持ち主に期待しましょう」
「ん? 俺達のように向こうからまたやって来るってこと?」
「2度あることは3度ある、ということわざだってあるでしょう。私はやって来ると思っているわ。その来訪者がネコ族として歓迎されるように私達も努力しておかないとね」
海人さんと俺達は同じトウハ氏族の仲間として迎えられたけど、次の来訪者がトウハ氏族とも限らないってことか。
ナツミさんがカヌイのおばさん達を組織化しているのは、やはり氏族間の垣根を低くしてニライカナイの防壁を高める構想とリンクしているに違いない。
「大陸の3王国も、どうやら落ち着いたみたいね。ソリュード王国のラミネスさんに感謝しきれないわ」
「確か巫女さんだったけど? ナツミさんと会ったの」
「買い物してる時に、招待されたの。その後は商会を通じて色々とね」
確か火の神に仕えてると言ってたけど、カヌイのおばさん達は龍神だから水の神ということになるはずだ。本来なら仲が悪いんじゃないか?
その辺りに疑問は残るけど、ナツミさんが感謝したいというぐらいだから、かなりの行動を伴ったということになるのだろう。
巫女さんがそんなに行動的だと王国が困るんじゃないかな。
「ソリュード王国が乱れてるわけじゃないから、安心していいわよ。火の神の神殿に仕える巫女の目指すのは領民の安寧であり心の支えだから、カヌイの組織に似たところがあるわね。政治に対しての影響力はあるけど、それは求められた時だけみたい。あの時だって、国王の依頼があったと言ってたわ」
「何を始めたのかにゃ?」
「沿岸漁業よ。陸からあまり離れずに、小型の動力船でサビキ漁をしているみたい」
始めたんだな。族長会議が了承したとは聞いたけど、そうなるともう1つの方も動き出すことになりそうだ。
「サイカ氏族も忙しくなりそうだね」
「ちゃんと船団を作っているらしいわよ。引き渡しは先になるんでしょうけどね」
「私達の漁場にやって来るかにゃ?」
「トウハ氏族の漁場の外側になるわ。トウハ氏族の大型船団も活躍してるから、そのさらに外側ね」
マリンダちゃんが安心したように、俺達にワインのカップを手渡してくれた。散々飲んできたんだけど、やはり寝る前にはワイン1杯が習慣になってしまったようだ。
こちらの世界にやってきて、すでに20年以上の年月が経っている。
向こうで暮らしていた17年間が、今では夢のようにも思えるんだよな。
漁師暮らしはまだまだ続くんだろうけど、ナツミさん達がいれば楽しくやっていけるだろう。
単調な暮らしになりがちだけど、バレットさん達がいる限り、色々と掻き回されそうだ。
「どうにかなって来たのかな? ナツミさんがいてくれたおかげだよ」
「アオイ君がいてくれたからよ。そしてマリンダちゃん達が一緒だったからかな」
顔を見合わせて、笑みを浮かべる。
そう思っていてくれるなら嬉しい限りだ。
「これで、『この世はことも無し……』になるのかな? 気になるのはアキロンだけになってしまうけどね」
「マーリル釣りの航海で、夢を見たの。たぶんそれが2人の未来なのかもしれないわ」
「どんな夢にゃ?」
「それはね……」
ナツミさんの話す夢は、ちょっと信じがたいものだったけど、ナディと暮らすアキロンを見てると何となく真実味を帯びてくる。
「氏族を去ってしまうのかにゃ?」
「氏族を見守ってくれるのよ。いつまでもね」
パイプに火を点けて、ふと空を見上げた。
満点の星空に銀河が鈍く道を作っている。まったく異なる星の配置だけど、今は見慣れた星空だ。
龍神の見守る世界で漁をして暮らす俺達。
これからは、すこしずつ文化的なものが出来ていくに違いない。
だけど、それは純朴なネコ族の暮らしに役立つものに限定されていくのだろう。
ナツミさんの、手段のためには目的をい問わないという考えも、だんだんと過激なものではなくなってきた感じだからね。
決して急がず、ネコ族の将来にわたって龍神の加護が続くようにしなければなるまい。
アルティ達の目を通して俺達の様子を常に見ているはずだ。
「のんびり暮らしましょう」
「明後日に出発と母さんが言ってたにゃ」
「となると、明日は忙しいわね……」
2人が家形の中に入っていく。
今度はどこに行くんだろう? リードル漁が迫っているから、それほど長い漁には出られないだろうけどね。
だけど、それが俺達の暮らしなのだ。
ワインのカップを持つと、東に向かってカップを捧げる。
たぶん東の海のどこかで、3人の嫁さんと一緒に眠っているはずだ。
俺の銛の師匠であり、俺達が暮らしやすいように孤軍奮闘してくれた海人さんに感謝しよう。
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― END -




