M-247 砂浜での宴会
ネイザンさんの予想よりも少し遅れたが、俺達4隻のカタマランがトウハ氏族の入り江に入ったのは漁場を離れてから2日目の昼を少し過ぎた頃合いだった。
島に荷を運んできた商船が荷下ろし用の桟橋に停泊していたのも都合が良い。
1隻ずつ荷下ろし用の桟橋に停泊したところで、バレットさんの指図に従いマーリルを保冷庫より引き出していく。
「やはり商船のクレーンは便利だな。あれが無ければ桟橋に人を集めるしかなかったぞ」
「尾にロープを巻き付けるだけで引き上げられるんですから、たいしたものです。そう言えば俺のカタマランにもその機能があるんでした。あの騒ぎで忘れてましたよ」
「たまにしか使わんのだから、仕方がない話だ。それにしても、4匹だからなぁ。長老達もトロッコで身に来る始末だ」
ちょっとした足代わりということなんだろう。
前に突いてきたときには、長老達が住む小屋の前んオ広場から眺めているだけだったらしいが、近場で見るとその大きさに圧倒されるからな。
「これが、マーリルを釣り上げた証か!」
「そうだ。長老の小屋い飾ってあるぐらいだからな。かなりの硬さがあるから、釣り上げた人物の名を刻んでおくといいぞ」
「そうだな。俺の生きた証となるだろう。そうさせてもらうよ」
ワインを飲みながら自分達が釣り上げたマーリルを運び上げるのをグリゴスさん達が見上げている。
確か1YM(30cm)ごとに銀貨1枚だったはずだ。十分に分配できるんじゃないかな。
やがて大きな歓声が上がった。
商船のクレーンが少し悲鳴を上げているようにも思える。あれはバレットさん達の獲物だが、やはり16YM(4.8m)を越えているな。
次のマーリルが俺達の獲物だけど、バレットさん達の獲物を見た後だから、何となく小振りに見えてしまう。それでも14YM(4.2m)は超えているんだよな。
「さて、嫁さん達に任せて俺達は桟橋に向かえばいい。今夜は宴会だ。酒は俺達が用意するから、変に気を回すんじゃねぇぞ!」
バレットさんの言葉に頷いたところで、マリンダちゃんの操船でいつもの桟橋にカタマランを停泊させる。
桟橋とにロープを結ぶのをアキロン達が手伝ってくれたところで、ココナッツを割って皆で乾杯した。
ネイザンさんとアキロン達は荷物だけ置いてきて、再びカタマランに戻ってきた。
宴会というからにはそれなりの準備もいるのだろうが、それはナツミさんがトリティさんから聞いてきてくれるに違いない。
それが分かるまでは一緒にいた方が良いからね。
俺達の帰りを知ってラビナス達がやって来た。その後ろにはグリナスさんもカリンさん達と一緒にいるようだな。
嫁さん達は家形の中に入り、俺達は甲板で車座になって座り込む。
今夜はたっぷりと飲まされそうだから、お茶で我慢だ。
「あの一番でかいマーリルが父さん達の成果だって!」
「あんなおお気いのがいるんですね。小型のカタマランよりも大きいんじゃないですか!」
保冷庫から引き上げたところを見てたらしいな。
俺達だってあれを見た時には驚いたけど、今日もう一度驚かされた感じもしないではない。
「俺達だって半日は道糸を3人で押さえてたんだぞ。どうにか引き上げて様子を異に行ったんだが……。そこで見たのはザバンに乗ったバレットさん達がマーリルに引き回されてる姿だったよ」
「昼過ぎに掛かったらしいけど、俺達が引き上げたのは翌朝だったからね。その間、、ずっとザバンを引いていたようだ」
俺達の話を聞いて、2人の目が大きくなっていく。
確かに、あの小説の通りだな。ナツミさんがパクリ出版したいのも分かる気がする。
「あら? 皆来てたの」
「それで、どうすればいいのかな?」
「バレットさん達が仕切るらしいわ。私達は必要ないから、夕暮れになったらやって来いと言われちゃった。それで、売り上げが銀貨14枚。氏族に1割だから、残金が1260D。3家族で分けると、420Dね。ティーアさんとナディに渡しますよ」
「そうしてくれ。それにしても10日も掛からずに1カ月の収入になってしまったな」
ネイザンさんに言葉に笑みを浮かべながらナツミさんが頷くと、家形の中に入って行った。皆が揃ってるからお菓子を食べながらスゴロクでも始めるんじゃないかな。
「今回は上手く釣りあげられたけど、マーリル漁は余り勧められないな」
「確かに、それは言えそうだ。上手くすれば1匹だが、場合によっては10日を棒に振りかねない。雨期の漁となると問題だな」
「だけど俺達だって釣りたいところだ。その辺りを長老会議で上手く調整して欲しいな」
グリナスさんの言葉にラビナスも頷いている。やはりあの獲物を見れば血が騒ぐだろうな。
「ナンタ氏族の海域におもしろい場所があったんだ。5YM(1.5m)を越えるフルンネがたくさんいる。あの場所をナンタ氏族に開放してもらえば曳釣りの腕を上げられると思うな」
「それで、ナンタ氏族の腕自慢がやって来たんだな? 下地があるってことなんだろう。腕を磨くならナンタの漁場、それを確かめられるのがトウハの漁場ってことか」
そう言ってネイザンさんが大声で笑い出した。
確かにおもしろい関係になりそうだと俺も笑い声を上げる。
「どういうことです?」
アキロンが急に笑い出した俺達を見て首を傾げている。グリナスさん達も同じ思いのようだな。ちらりとネイザンさんに視線を送ると、頷いてくれたから説明は任せておこう。
「要するに、仲良くしないとマーリルを釣ることが出来ないってことだ。4YM(1.2m)程度のフルンネなら俺達の海域にもいるだろう。だが、5YM(1.5m)を越えるフルンネは稀だ。それがナンタ氏族の海域にいるってことは、大物を相手にする曳釣りを練習できると言うことになる。それで満足するならそれまでだが、さらに大きなマーリルは俺達の漁場が一番だろう?」
たぶん長老同士で協定が結ばれることになるんだろうな。ケネルさんのように、互いの氏族に移住する者も出るかもしれない。
それで、氏族の特徴が守れるのなら、その交流は互いの氏族に取って有効ってことになるんだろうな。
「色々あるんだろうが、トウハ氏族であれば何度かマーリル漁の機会を持っても良いと思う。だが、毎年ともいかんだろうな? アオイの言うように、釣れない時の方が多いように思える。俺達全員がマーリルを釣り上げられたのは、ほとんど偶然といっていいんじゃないか?」
「あの豪雨が無かったら、全員気落ちして帰って来たと思いますよ。リジィさんが龍神様に助けて貰ったと言ってましたが、俺もそんな気がします」
滅多に起こることが無いことがあった場合、それが自分達の利になる時は、龍神の加護となり、その反対の時は見放されたということになるらしい。
実に分かりやすい考え方なんだが、ネコ族はその宗教感を持っているんだよな。
「アオイとアキロンを連れて行けば、間違いないところだと俺達は思っていたんだ。だけど、アオイ達よりも大きなマーリルを父さん達が釣れたとなると、リジィさんの言う通りかもな」
「いつも俺達を見てるんでしょうか?」
「ちゃんと見てるぞ。カヌイの婆さんに聞いたことがある。龍神は聖印を持つ者の目を通して俺達を見ているってな。アルティ達の目を通して俺達を眺め、耳を通して他の氏族の行いも知ることになる」
かなり疑わしい話だが、カヌイのおばさん達の話をネコ族の人達は信じるからね。
龍神様が見てる! ということで子供達のケンカやイジメが減ったらしい。
夕暮れが近づいて来た時だ。
パタパタと桟橋を駆ける音が近づいてきた。
「父さん、始まるそうよ。早くおいでとトリティお婆ちゃんが言ってたよ!」
桟橋から甲板に飛び乗って来たのはマルティだった。
すでに母親なんだけど、行動は子供の時と変わらないな。トリティさんと仲が良いのも良く分かる。
「待たせたら、カップで何杯も酒を飲まされそうだ。どれ、出掛けるか!」
家形からも、ナツミさん達が顔を出した。マルティに教えて貰ったんだろう。マリンダちゃんと手を繋いだマルティが直ぐ後ろにいたからね。
大きな焚き火を島にいた連中が囲んでいる。長老達も俺達の傍にベンチを据えて座っていた。人数が多いから、砂地に座り込んでいる者も多い。
簡単な長老の挨拶は、龍神への感謝の言葉だった。
滅多に獲れないマーリルを4匹も持ってきたんだから、俺達の腕というよりは龍神の加護によるものと長老達も考えたのだろう。
それが終わったところで、全員にココナッツのカップに入れた酒が回され、バレットさんの短い挨拶でカップを星空に掲げる。
「まったく驚くような漁だったことは確かだ。俺達3人が一晩中、ザバンで引き回されたんだからな。あの引きは一生忘れんだろうよ。今はナンタ氏族となったケネルがいたから釣れたようなものだ。やはり最後は友人が頼りとつくづく思ったぞ。俺達に出来るのはそこまでだな。その後は龍神の御心次第だ」
バレットさんの大声が俺達の席まで聞こえてくる。
まったくその通りということだ。となると、グリナスさんやラビナスも友人を誘って出掛ける時がやって来るに違いない。
そこでどんなドラマがあるのか……、友情を深める展開に期待したいところだ。
「まだまだたくさんあるにゃ! お代わりはいらないのかにゃ?」
「もう若くは無いんですから……」
トリティさんが真鍮の皿に料理をたくさん乗せて俺達のところに持って来てくれた。
世話になった当初は、トリティさんの料理が美味しくていつもお代わりをしてたんだよな。
それが嬉しかったんだろうか? 今でも一緒に食事をするときは大盛りに御飯を盛ってくれるし、スープが無くなると直ぐにお代わりを用意してくれる。
「まだまだ力を付けないと苦労するにゃ。オルバスは1晩掛けて釣り上げたけど、アオイ達にはもっと大きなマーリルを釣り上げて欲しいにゃ」
「それは俺達全員が挑戦することです。オルバスさん達の記録が破られるのは遠い話ではないと思いますよ」
俺の話を聞いている内に、トリティさんの笑みがだんだんと深まってくる。
トウハ氏族の誇りを俺達がきちんと踏襲してると感じてくれたんかもしれない。
「頑張るにゃ!」
そう言って、空になったお皿を持って帰って行ったけど、また大盛りの料理を運んでくるかもしれないぞ。
互いに視線を交わしながら、目の前の料理の山をどうやって片付けるかを考えることにした。




