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M-244 豪雨が呼んでくれた


 豪雨は翌日になっても、降り続いていた。

 とはいえ、これまでの滝のような雨ではないから、遠くを見通すこともできる。向こうの世界の雨みたいだな。

 こんな雨はメリハリがつかずに長引くかもしれない。


「まだ続いてるのか。だが、これぐらいなら暑さを凌げるから丁度良さそうだ」


 たまにシャワーを浴びると思えば良いのだろうか? ネイザンさんは素潜りの出で立ちだ。逞しい筋肉だから自分が貧相に見えてしまう。

 ナツミさん達も水着姿で朝食の準備に忙しそうだ。ナディとマリンダちゃんが上部の操船楼に上って海面を見張ってるんだけど、今見付けたとしても直ぐに出航は出来そうもないな。

 先ずは腹ごしらえだ。

 昨日釣り上げたシーブルの半身を使った炊き込みご飯を頂いたところで、お茶を飲みながら出漁の合図を待つ。


 鋭い笛の音が2回聞こえたところで、船首に向かいアンカーを引き上げる。

 操船楼に片手を振ると、ティーアさんが片手を上げて答えてくれた。上の操船楼に乗ったマリンダちゃんとナディは海面に目を光らせている。この辺りにいるとは思えないけど、すでにマーリルの回遊する漁場であることも確かだからな。


 カタマランがゆっくりと東西に延びる大きな溝に進み始めた。

 いつも通りに左右の竹竿を張り出して、竹竿に備えた洗濯バサミを使って道糸を竿の先端まで移動させておく。


「さて、今日はどうかな? 海鳥なんて、今までは見かけなかったが、今朝はだいぶ見掛けるぞ」

「マーリルは海鳥の下とも言われてます。大きな海鳥の群れを見付ければ期待できそうですよ」


 昨夜の豪雨のせいなんだろうな。まだ雨が残っているけど、昨日とは全く漁場の雰囲気が異なっているようだ。

 これは期待できるんじゃないか?


 東に向かって横1列に並んだカタマランだが、今日の俺達の位置は北から二番目だ。

 ゆっくりと進み始めたところで、仕掛けを放り込み、道糸を40m近く伸ばすことにした。

 ルアーは大きな釣り針にひょうたん型の弓角を取り付けたような代物だが、ひょうたん部のくびれを利用して30cmほどの長さに短冊をたくさん縛りつけてある。鳥の羽や絹の切れ端、魚の皮やビニル紐までも使ってるんだけど、これをどんな獲物っだとマーリルは思うんだろうか?

 最初は魚に似たプラグを使おうとしたんだけど、ナツミさんはマーリルにはこれだと言って形を教えてくれたんだよな。

 これで釣りあげたことは全くないけど、ちゃんと掛かってくれるんだろうか?

 トウハ氏族の1隻とナンタ氏族のグリゴスさん達は魚の形をしたプラグを使うらしいんだけどねぇ。

 弓角にもシーブル達が掛かるんだから、これにも掛るかもしれないけど、吹き流しはどうなんだろう?


「南の船が速度をおとした!」

「掛ったのか!」

「まだ、分からない。母さんが確認してる!」


 甲板から雨の中にでて南を眺めた。確かに船足が鈍ってだんだんと後ろに置いて行かれているが、止まったわけでは無さそうだ。


「黄色の旗にゃ! マーリルにゃ!!」


 上の操船楼からマリンダちゃんが大声で教えてくれた。俺達からは旗の色までは分からないが、マリンダちゃんはオペラグラスを持って上がったみたいだな。


「先を取られたな。だが……」

「そうです。これからですよ。左右の道糸の長さを少し変えますよ」

「道糸の長さが変わればプラグの深さが変わるか。そうだな、そうしてくれ」


 色々とやってみるべきだろう。それより、あの位置だとしたら、トウハ氏族の大物釣りを楽しんでる連中の筈だ。上手く取り込めれば、一躍有名人だな。


 3隻でひたすら東に向かう。最初にマーリルを掛けた連中のカタマランはすでに見えなくなってしまった。

 マーリルでなければ、急いで取り込みを終えたところで俺達に追い付いてくるだろうから、やはり獲物はマーリルだったのだろう。

 ジッと左右の竹竿を睨む。

 隣のネイザンさんも俺と同じだ。パイプを咥えてはいるんだが火を点けているわけではない。


「今度は北の船にゃ!」


 マリンダちゃんの大声に慌てて横を見ると、必死に道糸の出を押さえようとしているグリゴスさんの姿があった。

 かなりの大物らしいが、後ろにどんどん離れていくから状況が分からないな。


「黄色の旗が上がりました。やはりマーリルの様です!」

「了解だ。これはちょっと問題だな」

「だいじょうぶだって。まだまだ昼前なのよ。雨もだいぶ納まって来たから、これからが勝負だと思うけど?」


 操船楼の窓から顔を出したのはナツミさんだった。

 俺達がナツミさん考案のプラグを疑いだしたのが分かったのかな?

 ネイザンさんと思わず顔を見合わせてしまったが、互いに頷いたのはナツミさんを信用しようという暗黙の了解だったのかもしれない。

 

 これで、東に進むのは俺達とオルバスさん達の2隻になってしまった。

 隣の様子をマリンダちゃんに聞いてみたら、皆で酒を飲んでるみたいだと教えてくれた。

 結構楽しんでるみたいだな。漁は二の次で古い友人同士の再会をいまだに祝ってるんだろうか? あの船に乗ってなくて良かったとつくづく思ってしまう。


 ネイザンさんも苦笑いをしながら隣のカタマランを眺めている。

 どれ、一服でも楽しもうか……。タバコ盆の熾火を使ってパイプに火を点けると、ベンチに腰を下ろす。

 やれることはやっているから、結果を待つだけなんだけどなぁ。

 

 俺の姿を見たネイザンさんが、パイプに火を点けようとした時だった。

 バチン! という音がしたかと思うと、甲板に出しておいたザルから道糸が勢いよく伸びていく。


「ネイザンさん!」

「任せろ!」


 ネイザンさんが延びていく道糸を掴んでブレーキを掛ける。その間に、もう1つの仕掛けを急いで手繰り寄せるのが俺の仕事だ。早くしないと絡まってしまうからね。

 カタマランがブレーキを掛けたように遅くなり、ティーアさんが操船楼の窓から顔を出して俺達の状況を見ている。

 マリンダちゃんは上の操船楼から、ナツミさんに伝声管で状況を教えているんだろう。アキロンが黄色の旗を嬉しそうに掲げてくれた。


「後はネイザンさん次第ですよ。アキロン、ギャフと、銛の準備だ。かなりの大物だから銛が先になりそうだ」

「とんでもない引きだぞ。まるで浮いてる丸太にでも仕掛けを引っかけた感じだ。丸太じゃないのは、たまに道糸を引き出していくから分かるんだがな」


 まだまだ余裕があるな。これから何時間掛かるか分からない死闘が始まる。

 スポーツなら最後まで交代せずに釣り上げるんだけど、俺達は漁師だからね。途中交代は考えの内だ。


「お爺ちゃん達が、残念そうな顔をしてた」

「まだまだ分からないよ。これからどんな魚が掛かるかもしれないからね。やはりプラグが悪かったわけでは無さそうだから、オルバスさん達にもチャンスはあるはずだ」


「まだまだ道糸が出ていくぞ。残りは?」

「半分以上ありますから、道糸をにブレーキを掛け続けてください。絶対にハリスが切れることはありませんから、乱暴に扱っても大丈夫ですよ」

「出て行くの抑えるのか! ならもう少しは頑張れるな。アキロン、次は頼んだぞ」


 ネイザンさんの次はアキロンの番だ。これで100mほどに出ていく道糸を押さえてくれるなら楽なんだけどね。

 道糸が常に船尾方向になるよう、ナツミさんがまるで見ているかのように操船してくれる。上で見ているマリンダちゃんの指示がそれだけ適切なんだろう。


「んっ! 緩んだぞ?」

「急いで道糸を手繰り寄せてください。こちらに移動してるんです!」


 ネイザンさんが両手で道糸を手繰り寄せる。

 ともすれば緩みがちだが、あまり緩ませると釣り針が外れてしまいそうだ。暴れるほど釣り針の傷口が広がるからね。向こうだって必死になって動いているはずだ。


「また引き出し始めた。これの繰り返しになりそうだな」

「トウハの伝説になるぐらいの大きさかもしれませんよ?」

「そこまでは無いと思うが、これは一度経験しただけで俺には十分だ。確かに漁師が相手にする魚ではないかもしれん」


 ある意味、自分の矜持を世間に知らせるため。自分の満足ということもあるかもしれない。釣りあげれば誰もが称賛してくれるだろうが、10日で1匹釣り上げられば良いぐらいの魚だからな。

 専業で行うのは問題があるだろうし、誰もがこの漁をするようでも困る。

 やはり、趣味の世界の対象魚ということになるんだろうな。


「アキロン! 交代だ」

「はい。任せてください」


 すでに皮手袋をして、待機していたアキロンが素早くネイザンさんの後ろで道糸を握り、右手でネイザンさんの肩を叩く。

 横に転ぶようにしてネイザンさんがアキロンに道糸を託すと、後ろでジッと状況を眺めていた俺のところにやって来た。

 ポンと俺の肩を叩く。


「まったくとんでもない魚だな。ガルナックの方が遥かに容易く感じるぞ」

「それが分かるのは針掛かりしたマーリルの引きを実際に手にしなければ分かりませんよ」

「あの引きは別格だ。どちらかというと舷側に道糸を括りつけたくなったぐらいだ」

「それも有ですよ。ザバンに乗ってマーリルの引きに合わせれば海面をあちこち引き回されるんじゃないでしょうか? 俺が銛で突いた時は、カタマランを引いてくれましたから」

「カタマランを停めたなら、こいつも引いていくかもしれないな」


 かなりの引きということか。アキロンも頑張ってるな。

 後ろでナディが見守ってるから頑張るしかないだろうけどね。


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