M-242 ケネルさん達がやって来た
早朝に下弦の月が見えるころになって、トウハ氏族の島に2隻のカタマランが入ってきた。
乗って来たのはナンタ氏族のケネルさんだけだと思っていたんだが、グリゴスさんに他の男達の姿も見える。
オルバスさんが双胴の魔道機関付きザバンを操って、2隻のカタマランを俺達の桟橋の一角に案内している。
「まさか2隻で来るとはな」
「ナンタ氏族では曳釣りが盛んでしたからねぇ。5YM(1.5m)近いフルンネをたくさん釣ってましたよ。やはりマーリルと聞いて黙ってはいられなかったんじゃないかと」
「となると、何としてもナンタ氏族より大きい奴を釣らねばトウハ氏族の先祖に申し訳が立たんぞ!」
バレットさんが息巻いているけど、ナンタ氏族にしたって同じことが言えるんじゃないかな?
まして、今回は曳釣りという同じ土俵に立てる漁法で釣るのだ。
バレットさんがナンタ氏族なら、間違いなくあの男達の中にいるんじゃないか?
「もう直ぐ、アキロン達が帰って来るにゃ。今夜の宴会用に先に貰ってくるにゃ」
トリティさんがカゴを背負って荷下ろし用の桟橋に駆けていく。まったく歳を感じさせない行動力だと感心してしまう。
「私も出掛けて来るね。お酒が心もとないから」
ナツミさんも出掛けたようだ。
そうなると、俺は浜で焚き火の準備になるのかな?
俺の肩をポンっと叩いてバレットさんが桟橋を歩いて行った。先ずは長老達への挨拶に付き合ってやろうということなんだろう。
俺もベンチから腰を上げると、焚き火の準備に取り掛かることにした。
砂浜の一角に流木を集めていると、ネイザンさん達が大きな流木を担いでやって来た。
その後ろに、グリナスさんの姿も見える。
「始めるなら、声を掛けてくれよ。ケネルさんなら、俺達と一緒に漁をした仲間だからな。ナンタ氏族に出掛けて、初めての帰島じゃなかったか?」
「次は必ず声を掛けますよ。それにしても、それだけで十分じゃないですか?」
話を聞くと、入り江の外側から運んできたらしい。入り江では頻繁に焚き火を作っているから、焚き木になる流木は少ないだろうと考えてくれたらしい。
「今回はグリナスを連れて行けないが、次の雨期にはラビナスを供なって出掛けよう。アオイに5日付いてマーリル漁を学べば俺達だけでも漁が出来るだろうからな」
「ラビナスにも伝えておきます。小さいのは釣ったらしいですが、長老の小屋にある吻を見ると、釣ったとは言えないといつも嘆いてますからね」
釣るんじゃなくて、銛を打とうとは考えないんだろうか?
まあ、あのスピードで泳ぐんだからナツミさん以外には銛で突こうなんて考えは無いんだろうけど。
夕暮れが近づいてくると、トリティさん達がカゴを背負ってやってきた。
早速、串に刺した魚を焼けと指示されたので、ワインを飲みながらのんびりと焼き始める。
たまに良い匂いがするんだけど、先に食べたら怒られそうだ。
「これで、我慢するにゃ。少し焼けばもっと美味しくなるにゃ」
リジイさんが俺達に串団子を渡してくれた。米粉の団子で魚肉団子を上下に挟んである。一度焼いたところに魚醤を塗ってもう一度焼いたみたいだな。
焚き火の傍でしばらく炙ったところで、早速頂くことにした。
「こりゃあ、中々だ!」
「カリンは作り方を習ったんだろうな? 今度頼んでみるか」
「でも、面倒そうですよ。漁の途中だと難しいかもしれません」
話しながら団子を食べるのは行儀が悪いんだろうけど、焚き火を囲むならそんな話も料理の内なんだろう。
リジィさんのことだからたっぷりと子の団子を作ったはずだ。少しお腹を空かせて待つ方が良いのかもしれないな。
日が暮れたところで、焚き火を少し大きくする。
オルバスさん達がナンタ氏族の家族を引き連れて焚き火の周りに腰を下ろすと、ナンタ氏族を歓迎する宴が始まった。
「あの吻を見るだけでマーリルの大きさが分かる。その下の銛を使ったと聞いたが、あれは俺達では使えんな。さすがはトウハ一番の銛打ちだけのことはある」
「ちょっと待った! グリゴスよ。確かにあのマーリルを突いたのはアオイだが、トウハ一番というと、この場で騒ぎだす連中も多いぞ。俺もそうだからな」
「まったく昔と変わらんな。とりあえずアオイの腕がそれなりだということだ。グリゴスに悪気はねえんだが、ネイザンやグリナスには済まなかったな」
「俺には?」
「本来なら近場で釣りをする歳だろうが? まったく何時までもこうなんだからなぁ」
酒が入ってるし、同じ獲物を釣ろうというんだから、少し場が荒れるのもしょうがないところかな?
ネイザンさん達はまだまだ未熟と主張してるから、ナンタ氏族の男達も単なる酒の上の話しと割り切っているようにも思える。
焚き火で炙られた魚を食べながら、ココナッツ酒を酌み交わす。このままでは二日酔い確定コースとなりそうなので、パイプを使いながら酒のカップを砂の上に置いた。
皆の昔の思い出話が終わると、明後日に出航する船をバレットさんが話してくれた。
ナンタ氏族からの1隻にトウハ氏族から3隻だ。
どうやら、腕自慢達が名乗りを上げたらしい。
その話を聞いて、ナンタ氏族の中堅が挑発的な目をしてるけど、まあ、腕は自分が上だと思っているのは皆同じなんだろう。ケンカにならなければ何の問題もない。
「2日掛けて漁場に向かう。かなり速度を上げるから、ちゃんと付いてきてくれよ。漁場で5日曳釣りを行うが、マーリルが釣れた船は直ぐに帰ることになる。グリゴス達は単独で戻れるか?」
「海図がある。俺達の嫁も長い航海には慣れているから心配は無いぞ」
「なら、最後に1つ。マーリルを釣るには海鳥を探すことだ。海鳥が群れているなら、その下に必ずマーリルがいる」
これで、俺達の持つ情報は共有化したことになる。あの海域で上手く見つかれば良いのだが……。
翌朝。ガンガンする頭を抱えながら甲板に出ると、数隻のカタマランが入り江を出てくのが見えた。
明日の朝が出発なんだが、準備をするのは昼からになりそうだな。
「準備は終わってるよ。ラビナス君達が果物を仕入れてくれると言ってたし、水汲みは私とマリンダちゃんで行うからね」
「申し訳ない。ちょっと飲み過ぎたみたいだ」
「2つの氏族で漁をするんですもの。前祝って感じね。カヌイのおばさん達も、氏族の垣根が低くなったと喜んでたわ」
それは長老達も同じだろう。
だけど同族意識の高まりで、氏族を軽んじるようでも困るだろうな。
アキロン達にも、トウハの誇りをいつも胸に置いておいて欲しいところだ。
食欲がない俺に、ココナッツの実を割って渡してくれた。その前にマリンダちゃんが渡してくれた渋いお茶を飲んだから、いつもよりココナッツジュースが甘く感じるほどだ。
俺に笑みを見せながら手を振ると、2人で水汲み用の容器を持って桟橋を歩いていく。
「起きたな? まったくあれぐらいで翌日に残るとは困った奴だ」
「バレットさん達と飲んだら、漁が出来なくなってしまいます。少しは抑えたんですが、この通りです」
「明日はいよいよ出発だが、あの仕掛けは貰っていいのか?」
「ええ、使ってください。基本は俺の仕掛けと同じです。リールは使えませんからカゴに道糸がはいってます。それと、グンテは必要ですよ。俺は革手袋を使うぐらいですから」
「石組に使った皮手袋があったはずだ。それほど引きが強いと?」
「絶対に素手で道糸を握らないでください。銛を握れなくなりますからね」
俺に頷いたバレットさんが、腰を上げると桟橋を歩いて行った。替えの皮手袋を買い込むのだろうか? それともグンテをたくさん買い込むつもりなのかな?
俺の皮手袋も痛みは無いんだろうか?
座っていたベンチの腰板を上げて中に入れてある手袋を確認すると、専用に用意したものだから痛みがほとんどない。たまに焚き火で使うぐらいだったからね。
グンテも5人分は用意してあるからこれで十分のはずだ。
ついでにと、道具箱の中身を整理しながら時間を潰していると、ナツミさん達が帰って来た。
昨日の内に船内の水瓶に水を満たしてあるから、ナツミさん達が運んできた水は予備ということになる。都合10日間の漁にもなりそうだからね。雨期とはいえ、晴れが続くことだってある。
「これで全部かな? 途中でバレットさんに会ったわよ。グリゴスさん達のカタマランに手袋を届けるみたい」
「さっき、その話をバレットさんにしたんだ。最低でもグンテをした方が良いとね。あの引きだからなぁ。できれば皮手袋が欲しい」
「ちゃんと皮手袋も持ってたにゃ。カタマランを引っ張るぐらいの魚だから、素手で道糸は持てないにゃ」
バレットさんの気配りはそこまでするのか。なるほど筆頭漁師を長く続けた男だと感心してしまう。
ネイザンさんの方も、だんだんと様になってきてはいるけど、気付かない部分は俺達が頑張るしかないだろうな。
バレットさんだって、オルバスさんやケネルさんに支えられていたに違いない。
とはいえ、気配りが出来るのは性格じゃないかな。その辺りは俺達も見習わねばなるまい。
「夕食後にネイザンさん達はやってくるそうよ。アキロンは夕食前だから少し賑やかね」
「道具は全てこの船にあるけど、シメノンの仕掛けは用意して欲しいな。あの海域だ。案外シメノンが回遊してるかもしれないよ」
「それに夜だから、マーリル漁とガチンコもしないか……。昼食後に知らせて来るわ」
上手く群れに当たれば釣る人数が多い程数が上がる。
マーリル漁は骨の折れる漁だけど、シメノンなら見まで楽しめるんじゃないかな。




