M-240 やはり手ぶらでは帰れない
「ありゃ便利だな。残してくれるとありがたいが、そうもいかねぇだろう。何個か作って俺達の島に送ってくれるとありがてぇ」
小さな小島の浜辺で焚き火を囲んだ俺達だが、さっきから漁の話題に事欠かない。
ケネルさんはギャフは見たことがあるけど、フライングギャフは初めてのようだ。
「俺達も、銛で突いて引き上げたぞ。確かにあれなら、外れないからな。長老達も喜んでくれるだろう」
グリゴスさん達は大物を銛で突いて引き上げたようだ。
銛の腕がそれだけあるな素潜り漁だって出来るんだろうな。
それにしても、1.5m越えのフルンネが7匹も上げられたし、それ以外の魚だって1mを越えている。確かに良い漁場に違いない。
嫁さん達が出来た料理を運んでくる。
夕闇の中で焚き火を囲んで食べる食事も、中々に風情があるんじゃないか?
「だが、マーリルを釣るなんて、本当に出来るものなのか?」
「何匹かをすでに釣り上げている。だが、俺達の狙うのは15FM(4.5m)クラスだ。かつて、アオイが1度突いているが、上げるまでに半日はかけたんじゃなかったか?」
「そこまでは掛かってませんよ。ですが時間を掛けたのは確かです。その時のカタマランはこの前の型なんですが、それほど大きさは変りません。そのカタマランを奴は曳いてましたからね」
ナンタ氏族の腕が鳴るということなんだろうか? グリゴスさんが真剣に俺達ンお話を聞いてるんだよな。
「ケネルよ。基本は曳釣りに同じだ。だがかなり頑丈な仕掛けらしい。それはアオイに任せてるんだが、役目は順番だぞ。必ずしも自分の番でマーリルが掛かるわけはないからな」
「それで、俺達3人ということだろう? 良いことも、いたずらも一緒にやってたからなぁ。だいじょうぶだ。任せとけ」
グリゴスさんが羨ましそうな顔でケネルさんを見てるんだよなぁ。
後で恨まれないかと心配になってしまう。
「トウハの海よりも大物にゃ。こんなフルンネは島を5日も離れないと無理にゃ」
「やはり、火山の影響かもしれないにゃ。南はもっと釣れそうにゃ」
トリティさん達の話が聞こえてくるから、俺達は顔を見合わせて苦笑いだ。
グリゴスさん達も、それは分かっているんだろうが、あの火山の惨劇を知っている以上、なるべくなら近づかないことが暗黙の了解事項なんだろうな。
「それにしてもサイカ氏族に大型船団を用意してやるとは……、俺なら自分達の島で使うことを考えてしまうな」
「中型カタマランが30隻ですよ。島の三分の一近くがそれに従事することになってしまいます。ですがサイカ氏族ならば……。それに大陸の漁師達の指導もサイカ氏族ならば行うことができます」
「まあ、それは認めるけどなぁ」
確かに中型カタマラン30隻だけを考えるとは魅力ではある。
それを新たに投入する漁場を考えると、課題が色々とあるんだよなぁ。サイカ氏族の南で中型カタマランの運用を学び、ある程度カタマランを動かせるようになったならトウハ氏族の外側で漁をすることになる。
アルティ達の孫が一人前になるころには、ニライカナイの氏族の位置が少し変わるかもしれないな。
その時には、リードル漁で得られる魔石の数が5つの氏族で均等になるよう考えれば良いだろう。
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2日間の曳釣り漁を終えてナンタ氏族の島に帰島した翌日。
ナンタ氏族の人達に見送られて俺達は、トウハ氏族への帰路についた。
「絶対行くからなあ! 待ってるんだぞー!」
桟橋の突端で大声を上げるケネルさんに、オルバスさんが黙って手を振り続ける。
本当に来るかな? ちょっと心配になってしまう。
「絶対にやって来るよ。だって、お友達なんですもの」
「やはり昔からの友人は良いね。向こうの世界にもそんな連中はいたんだけど……」
「ネイザンさんや、グリナスさん達がいるじゃない。私にもカリンさんや、ナリッサさん、それにマリンダちゃんもいるのよ」
ナツミさんが笑みを浮かべて俺に顔を向ける。確かに良い友人達だが、ラビナスを含めて俺には兄弟に思えるんだよな。
友人よりも親身になって互いに支え合う連中だからね。
「アキロンも友人を大切にするんだぞ」
「分かってるさ。漁はたまにしかできなくなったけど、今でもたまに集まってるんだ」
アキロンにはちゃんと友人がいるんだな。ちょっと安心した思いで、もう一度桟橋を振り返る。
まだ、手を振ってくれる。水路を囲む岩壁が桟橋を隠すまで、オルバスさん達は桟橋に向かって手を振り続けた。
水路を出ると、カタマランの速度が一気に増していく。200mも進まずに水中翼船モードに変わると、さらに速度が上がって行った。
操船は嫁さん任せだからなぁ。ベンチに腰を下ろしてパイプを楽しみながら、近づきやがて後ろに消えていく島を眺めて時間を潰す。
「ケネルは間違いなくやって来るだろう。それで、アオイにマーリル用の仕掛け作りを頼みたい」
「このカタマランに2式ありますが、いくつ作るんですか?」
「もう1隻分頼むぞ。俺達だけで曳釣りをしたいからな」
「バレットさん達とですか?」
「アオイだけでは心配だから、ネイザンを連れて行けば良いだろう。アキロンを含めて男3人なら条件は同じだ」
俺達と張り合うってことか? これはうかうかしてられないな。
「トウハの島に着いたら準備します。カゴを2つ手に入れてください」
家形の屋根裏から、仕掛けを入れたカゴを取り出してオルバスさんの前に置いた。
道糸の太さに驚いているけど、タコ糸を作った組紐みたいな代物だからなぁ。少し驚いているようだ。
「弧の太さで50FM(150m)というところか。カゴに入れる外にないだろうな。了解だ。直ぐに届ける」
「ルアーは、これを使います。3個作りましたから、同じ色で新たに3個作ります。それで、条件は同じとなります」
「引き上げ用の、先端が外れるギャフはケネルも欲しがっていたな。2本もあれば十分だろう」
大物にしか使えないと思うんだけどねぇ。まあ、いつ、どんな獲物が掛からないとも限らない。準備は必要だろう。
2日目に南の水路を抜けて、カタマランのアンカーを下ろした。
明日は1日中、根魚を釣ろうと思う。昼過ぎから降り出した豪雨は水路の目印を隠すほどだ。
雨期の豪雨は中々止まないんだけど、明日の朝には止むだろう。上手く行けば素潜り漁も出来るかもしれない。
「晴れたなら、アキロンと素潜りに出掛けるにゃ!」
「構いませんが、神亀を呼ばないでくださいよ。仮にも神亀なんですからね」
俺の言葉に、ちょっと俯いてるトリティさんを見て、オルバスさんが首を横に振っている。すでに諦めてたのかな?
「神亀は向こうの都合に任せて、私達の漁をしましょう。保冷庫に何も入ってないなんて、バレットさんの苦笑いが浮かんできます」
ナツミさんは生まれた時からトウハ氏族のような口ぶりだけど、俺達の気持ちは皆同じだ。ワインのカップを皆で掲げて、明日の漁が上手くいくように龍神に願いを立てる。
翌日は朝から青空が広がっている。
朝食を食べながらも、どの辺りで銛を使うかと、たまに海へと視線が動いてしまう。
「空気が湿ってるにゃ。昼には再び雨がやって来るにゃ」
「午前中だけってことですね? なら、ザバンは使わずに漁をしましょう。タープもこのまま広げておけば雨がいつやってきても安心です」
食事が終わると、お茶の冷める時間を使って、家形の屋根裏から銛を取り出す。
それほど大型がいないから数の勝負になりそうだ。
アキロン達も夫婦で参戦するらしい。家形にはリジィさんとマリンダちゃんが残るみたいだけど、マリンダちゃんはナツミさんと交替するんだろうな。
「行くぞ! やはり雨が降りそうだからな」
「「オオォ!!」」
次々に銛を片手に甲板からダイブする。俺も遅れを取らないようにしないとな。
銛を持って飛び込むと同時に海底まで潜って行った。
何度も漁をした場所だから、カタマランの位置さえ分かれば、魚の潜む溝やサンゴの場所は脳裏にナビのように映し出される。
泳ぎながらゴムを引いて、腕を伸ばしながらサンゴの裏を覗き込んだ。
やはり……、大きなバルタックだ。
そのまま泳いで近づいたところで。左手を緩める。
するすると手に中を銛が滑り、狙いたがわずバルタックのエラ付近に命中した。
力任せに、サンゴの裏から引き出して、海面に向かって泳ぐ。
勢いよくシュノーケルから海水を噴き上げて新鮮な空気を吸う。辺りを見渡してカタマランを見付けるとゆっくり泳ぎだした。
「大きいにゃ! ナディの突いてきたバルタックより一回り大きいにゃ」
「えっ! すでに突いてきたんですか?」
「アオイは3番目にゃ。ナディの次にアキロンがブラドを持ってきたにゃ」
「あら? やっぱり負けちゃった!」
後ろからの声に振り返ったら、30cmを越えるバッシェを銛先に掲げたナツミさんだった。
危うくナツミさんにも負けるところだった。
これは、うかうかできないな。
笛の合図でカタマランに戻ると、甲板でナツミさん達が魚を捌いている最中だった。
数十匹は突いたんだろうか?
誰もが銛の腕を自慢できる人物だからねぇ。マリンダちゃんからココナッツジュースを受け取ってベンチに腰を下ろすと、オルバスさんが空を見上げていた。
釣られて上を見ると、空の半分が真っ黒な雲で覆われている。
「もう直ぐ、あれが来る。トリティ達はその前に片付けたいんだろうな」
「かなりの豪雨ですね。根魚釣りは止めといた方が良さそうです」
滝のような豪雨が西からゆっくりと近付いてくる。
この世界の雨は、とんでもないからねぇ。
近づく豪雨を眺めながら、ジュースのカップに口を付けた。




