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M-239 大物を釣ろう


 リードル領を終えて数日後。

 オルバスさん達を俺達のカタマランに乗せて、ナンタ氏族の島に向かう。

 現在はトリティさん達がカタマランを動かしているんだろう。

 不安気な表情で操船楼を見上げているマリンダちゃんだが、その隣ではナツミさんが俺達の会話に加わって次の漁の話をしている。


「いよいよ、カリブの海の再現ね。漁師がオルバスさんやバレットさんなら役にも合ってるんじゃないかしら?」

「ナツミさん。小説じゃないんだから」

「それぐらい分かるわよ。でもねぇ……」


 ナツミさんの脳裏では、オルバスさん達が巨大なカジキと死闘を繰り返しているのかもしれない。

 あれはあれで、こっちは現実の世界なんだよね。3時間ほどで勝負は付くんじゃないかな。


「アオイよりも俺達が相応しいと?」

「やはり、マーリルを釣り上げるのはアオイ君にはちょっと早すぎるんじゃないかと」


 ナツミさんは、どうしても小説の再現をしたいみたいだ。

 そんな小説など、この世界には無いからねぇ。オルバスさんは釣りの腕が俺を越えているとナツミさんが評価してくれたと勘違いしているんだよな。

 嬉しそうにどこから取り出したのかワインのボトルをラッパ飲みだ。


「期待に応えたいものだな。問題は、ケネル達だが……」


 昔からのライバルをどうやって蹴落とすかを考え始めてようだ。

 今頃はバレットさんも似たようなことを考えてるんだろうな。ケネルさんが盛大なくしゃみをしてるんじゃないか?


 カタマランは2日目には南の水道を通過して、ひょうたん島で一夜を明かす。

 南東はるか遠くに、漁火が見える。

 大型船団の灯りなんだろうな。あの明かりの近くで十数隻のカタマランが漁をしているのだ。


「明かりが広がっているから燻製船団ではないな。トウハ氏族の大型船団に違いない」

「結局、2割増しは何とかなりましたね」

「ああ、2割を大きく上回っているそうだ。それでも3つの王国の領民へ供給される魚は少ないのだろうな。アオイの交渉結果である協定書は将来にも有効なんだろうが、俺達の人口が急に増えるわけではない」


 そのためのサイカ氏族による漁の指導だ。沿岸漁業に従事できる人数がどれぐらい増えるかにもよるが、2、3の漁師村は出来るかもしれないな。

 サイカ氏族の半分でも漁果を得られるなら、だいぶ事情も変わるだろう。

 俺達は、ニライカナイの海域を侵さない限り、協力してあげればいい。


 ヒョウタン島から速度を上げて西に向かい、3日目の昼にはナンタ氏族の島に到着した。

 不意の訪問なんだけど、挨拶に出掛けたオルバスさんが言うには、歓迎してくれるらしい。


「どうせならと、曳釣りの指導を頼まれた。同行はケネルにグリゴスだ。かなりの大型がいるらしい。釣りあげたいが、ケネルの仕掛けでは難しいとの話だった。夕暮れ前にはやって来るだろう」

「マーリルがいるというわけではありませんよね?」

「フルンネだと言っていたぞ」


 大型と言っても5YM(1.5m)にはならないんじゃないかな。いつもの仕掛けで何とかなりそうだ。

 ケネルさん達が難しいと言っているのは、取り込みが上手く行かないということなのかもしれない。ケネルさんなら、気が付いても良さそうなものだけれどね。


 夕暮れ近くになって、ケネルさんがグリゴスさんを連れてカタマランを訪ねてきた。ケネルさんの嫁さんはトリティさん達と家形の中でおしゃべりに興じている。

 その笑い声を聞きながら、俺達は甲板に腰を下ろして再会の酒を酌み交わす。


「急にやってくるとはなぁ。だが、アオイが来てくれたのは、俺達にとってありがたいとこだったぞ。大物が釣れる場所を見付けたんだが、獲物が大きすぎて困ってるんだ。曳釣りはアオイの得意な漁法だからな。4YM(1.2m)を越える獲物さえ氏族の島に持ち帰っていたんだよな」

「平均で4YM(1.2m)だ。5YMを越えるフルンネさえ掛かるのだが、やはり最後の取り込みが上手く行かん」


 上手く取り込めれば、ナンタ氏族の曳釣りの腕が称賛されるはずだ。それをケネルさん達はずっと考えていたんだろう。


「まったく、情けないぞ、ケネル。トウハの誇りは忘れたのか!」

「あれを突こうとしても、場所が場所だ。素潜りで付けるものでない」

「オルバスさんが言ったのは、突く場所が違うと言ってるんですよ。大型の獲物は早々引き上げられるものではありません。向こうだって、最後の力は残しているはずですからね。たぶんギャフを使っていると思いますが、引き寄せたところをハリオ用の銛で甲板から突くのはケネルさんなら容易いと思うんですが?」


 俺の言葉に、ハッとした表情で俺に顔を向けた。ゆっくりとオルバスさんに顔を向けると、2人で頷いている。

 できる! ということなんだろうな。


「そんな取り込みがあるんですか?」

「大物相手ならな。ナンタ氏族も銛は使えるだろう。俺にはギャフよりも容易に思えるぞ」

 

 その後は、明日の同行者の話になる。

 ケネルさんは俺のカタマランになるらしい。グリゴスさんも銛の得意な一家を同行させると言っていた。


「ケネルの銛を貸してやるんだぞ」

「それぐらいは分かってるさ。ハリオ狙いの銛の使い方も一緒に教えてやらんとな」


 銛先の外れる回転銛だからね。それと、銛の柄にも細いロープを付けとくぐらいは教えておいた方が良いんじゃないか?


 翌朝早く、俺達はグリゴスさんのカタマランとともう1隻を引き連れて、漁場へと向かう。ナンタ氏族の島から南西に1日半。

 少し遠いけど、大物が掛かるなら行ってみる価値はある。

 ナツミさん達が交代で操船しているのを見ながら、俺達4人は船尾の甲板でパイプを楽しむ。

 そんな退屈な時間が過ぎている時に、オルバスさんがケネルさんに顔を向けた。


「ケネル、トウハ氏族に遊びに来れるか? マーリルをバレットと一緒に釣ろうと思うんだが……」

「何だと!」


 ケンカ腰の口調でケネルさんがオルバスさんに噛みついた。

 俺が間に入らないとダメなんだろうか? 2人とも腕っぷしが強そうだからなぁ。


「マーリルを最初に突いたのはアオイだ。15YM(4.5m)を越えていたぞ。今でもその角と、マーリルを突いた銛は氏族会議の小屋に飾っている」


 ケネルさんの顔が俺に向けられたけど、驚いたというよりは呆れた表情だな。


「トウハの聖痕の持ち主だけのことはある。だが、あのマーリルがそんな魚だったとはなぁ……。それで?」

「小さいものは、曳釣りで釣りあげてはいるが、10YM(3m)というところだ。俺達もだいぶ老いたからなぁ。バレットもマーリルだけが心残りらしい」

「それで俺ってことか! 長老の許可を貰って必ず行くが、時期は?」

「雨期の終わりだ。俺達はリードル漁の前を計画している」

「今回はトウハ氏族のリードル漁に混ぜて貰わんといかんな。それはバレットに頼んでおいてくれ」


 大物を釣りたいのもあるのだろうけど、昔の友人を忘れずに誘ってくれたことが一番嬉しいんだろう。オルバスさんと一緒にワインを飲みだした。

 ここは、少し離れてアキロンとココナッツジュースでも飲んでいよう。


 大型が釣れるという海域は、南へと深い溝が続いている。

 溝の先にあるのは火山島かもしれないな。 前回の大噴火で出来たにしては崖にサンゴが密生している。

 あの大津波でかなり損傷は受けているけど、良いダイビングの場所になるんじゃないかな。


「ここか?」

「ああ、ここだ。南に向かって仕掛けを曳いていく。大物ばかりだから、準備をしといてくれよ」


 時刻は昼過ぎだ。漁の時間は十分にある。

 用意したプラグと弓角は、少し大ぶりの物を選んである。飛行機にハリスを結んでリール竿から伸ばした道糸に仕掛けを取り付けた。

 左右の竹竿を横に伸ばして、選択バサミに挟んだ道糸を滑車を使って竿先に延ばしていく。


「グリゴス達は仕掛けを下ろしたぞ!」

「こっちも準備できてます。仕掛けを投げ込んでください!」

 

 オルバスさんが仕掛けを投げ入れるのを操船楼の窓から見ていたマリンダちゃんが操船している誰かに合図を送ったようだ。途端に船足が遅くなる。


「10FM(30m)で良いのか?」

「少し伸ばしてみましょう」


 リール竿から出す道糸は10YMの個所に赤い糸を結び付けている。その目印から両手2回分の道糸を引き出して、後はアタリを待つだけになる。

 

 ベンチの座って、パイプを楽しみながらも、視線は左右の竹竿の動きと右手を並走するグリゴスさんのカタマランに行くのは仕方のないことだ。

 たまに、マリンダちゃんが俺達の様子を窓から見てるんだよなぁ。


 バチン! と選択バサミがはじけ飛んだ。

 3人同時に立ち上がると、リール竿に飛びついたのはオルバスさんだった。俺は、もう片方の仕掛けを急いで引き上げ、ケネルさんはギャフを持って成り行きを見守っている。


「かなりの引きだぞ。ケネルが大物ばかりというのも良く分かる!」

「道糸を緩めないでくださいよ。船尾の取入れ口を開いときます」


 左右のベンチの間が1.5mほど開くようになっている。固定用のクサビを外せば斜路のようになって開く。


「大きいぞ。まだ道糸が出ていく」

「50FM(150m)巻いてますから、まだまだ大丈夫ですよ」

「50FMだと! 俺達は精々20FM(60m)だ」

「相手が大物だと、一気に道糸を引いていきますからね。20FMは少し短い気がします」

「相手が4YM(1.2m)ほどなら、十分なんだがなぁ。だが、まだ道糸が出ていくとなると5YM(1.5m)を越えてるかもしれんぞ」


 やがて、少しずつオルバスさんが道糸を巻き取り始めた。向こうも力が尽きたということかな?

 だが、最後の取り込みがもう一つの課題でもある。


「アオイよ。このギャフは変ってるなぁ。先端のカギにロープが結んであるぞ」

「フライングギャフという代物です。力いっぱい引っかけてください。柄からギャフが取れますから、ロープを引いて取り込めます」

「まったく、色々と考える奴だ。使い方は同じで良いんだな?」


 ギャフを打って、それでも暴れるなら銛で止めを刺すことになるだろう。それはオルバスさんに頼むとするか。


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