M-238 ケネルさんを誘いに行こう
リードルが銛先に付いた状態で、ナツミさん達の待つ焚き火まで運ぶのは俺達の仕事だ。
無事に焚き火に到着したところで、リードルを焚き火に向かってトリティさんに差し出す。
「次も頑張るにゃ!」
トリティさんの言葉に、受け取った銛をちょっと上げて答える。俺に笑みを返してくれたから意思は伝わったようだ。
これも長い付き合いがあるからなんだろうな。
ザバンに向かって歩き出そうとしたら、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「こっちだ! 皆で一休みしてるところだ」
「まだまだたくさんいるんですから、慌てることもありませんよ」
銛を持ったままオルバスさん達のところに向かい、並べられた銛に合わせて俺も銛を置いた。
カタマランから持ち出したベンチに腰を下ろして、ココナッツジュースを飲んでいる。
「トリティの話しでは例年通りということだ。無理をせずに漁をすることが大事だぞ」
「これで動力船を新調しようとなれば、無理も出てくるんだろうな。ラディットはそろそろなんじゃないか?」
「まだまだですよ。マルティがもう少し時間が掛かると言ってましたからね」
ラディットの話が終わった途端に、皆の視線が俺に向く。内情を知っていると思ってるのかな?
「マルティなりに考えるところがあるんでしょうね。俺もナツミさんの改良には色々と苦労がありましたから」
「近頃はおとなしいと皆が言っているぞ。トリティはそれだけネコ族に溶け込んだといっているな」
今思えば、色々と船を改造してたからねぇ。おとなしく思えるのは、大型商船の改造を考えているからだろう。
それに目途が立てば、新たなカタマランを作ろうなんて言い出しかねないからな。
「それほど変わったとは思えませんから、次も何かあるんじゃないかと思ってますよ。今のカタマランは大きいですけどおとなしい造りですからねぇ」
「だが、他の氏族の島に容易に向かえるのも確かだ。案外、ナツミは氏族の中でのアオイの動きに合わせてカタマランを作っているのかも知れんな」
オルバスさんの言葉に皆が考え込んでいる。俺もそうだけど、思い当たる点が色々とあるんだよな。
「トリティが将来のカヌイと言っていたが、カヌイの婆さん連中も待ち望んでいるかもしれんなぁ。だが、ナツミはまだまだカタマランの生活を楽しみたいようだ」
「俺もそうですよ。努力しただけ収入になります。努力と言っても能力的には限りがありますからね。それを工夫で補わなければなりません」
「その工夫が俺達には苦手なんだよなぁ。ということで、腕を磨くことしかできないんだが」
「まったく、困った連中だ。アオイ、こんな連中だが、今後もよろしく頼んだぞ」
オルバスさんの言葉に頷いたけど、それって変なフラグじゃないよな。
頃合いを見たグリナスさんが、ベンチから腰を上げて銛を掴む。
「さて、先ずは出来ることからだ。リードル漁には工夫はいらないからな。距離を取っても世の濃い奴を狙おうぜ!」
「「オオ!」」
声を上げて俺達も立ち上がる。
まったくその通りだと思うな。工夫をする必要のない漁だってあるんだ。そんな漁は、確実性と安全性を考えれば良い。
常に初診で挑むのが、俺に取ってのリードル漁の基本だからね。
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3日間のリードル漁は、季節が替わることを実感できるお祭りにも思える行事だ。
無事に漁を終えて氏族の島に帰ると、数隻の商船が桟橋に停泊している。
組合活動を活発化させる目的で、獲れた魔石の半数を組合で一括販売し、残った半分が氏族の島に訪れた商船に売られるのだ。
氏族に上納される魔石や、トリティさんに各自が渡した1日1個の魔石も、15個になるからな。低級魔石ではあるけど、嫁さん達が別に取り出す魔石は全体で500個近くにもなるようだ。直ぐに換金されるから商船達も嬉しいに違いない。
「今回も少し残しておくの?」
「上級魔石1個と、中級魔石2個は残しておこうと思うの。動力船を新たに作るのはもう少し先で良いけど、その時の足しにしたいわ」
その辺りはナツミさんにお任せだけど、隣でマリンダちゃんが頷いているところをみると、すでに次の動力船の仕様が固まりつつあるってことだろう。
案外、操船楼でカタマランを動かしている時に、そんな話を2人でしているのかもしれないな。
「アキロンが次のリードル漁をすれば、カタマランを作れると言ってたにゃ。ナディが考えてると言ってたのが気になるにゃ」
「ナディなら安心じゃないのか? 少し変わっていても、アキロン達がそれなりに考えた形なんだろうからね。俺達船だって、氏族の人達からみれば代わってる船だと思われてるに違いないよ」
ネコ族の人達は余り動力船にこだわらないことも確かだ。
海人さんがやって来たことでそれまでの外輪船からスクリューを使ったカタマランになったらしいけど、まだまだ他の氏族では外輪船を使っている人達もいるらしい。
「でも、それほど魔石を貯めていたのかしら?」
「真珠をたくさん取ったみたいにゃ」
「となると、中型ってことかな? でも2人だけだからねぇ。どんな形になるのか楽しみだね」
真珠は盲点だったな。まるで半魚人と人魚みたいな夫婦だから、素潜りをしながらコツコツと貯めこんでいたに違いない。
それに、今回のリードル漁では、海人さんの銛を1つ貸してあげたぐらいだ。体格が俺に似ているから、ネコ族の姿で初めてあの銛を使える者が現れたと、バレットさんまで両手を打って騒いでたからね。
少なくとも、上級魔石は2個手に入れたはずだ。それでも、動力船をリードル漁を1つ遅らせて作るのか……。なるほど、ナツミさん達も気になるところだな。
ナツミさん達が魔石を売りに出掛けると、俺の船をいつもの連中が訪ねてくる。
バレットさんまで、ネイザンさんを誘ってやって来た。
しばらくは嫁さん達も帰らないから、俺達だけで酒盛りをしても問題は無いだろう。
かつて知ったる……、というところなんだろうな。ラビナスがココナッツを割り、グリナスさんがポットに蒸留酒をコップで量りながらココナッツ酒を作り始めた。
甲板の上にはタープが張ってあるから、入り江を渡る風が心地よい。
車座になったところで、アキロンがココナッツの殻で作ったカップを入れたカゴを持ってきた。
「いつも通りだが、このいつも通りをいつまでも続けることがネイザンの務めだ。無事に終わったことに先ずは乾杯だ!」
手早く配り終えたココナッツ酒のカップを、バレットさんが手にして乾杯の挨拶をする。
俺達はカップを高く掲げて龍神に感謝をささげたところで酒を飲み干す。この後は、各自の好みで飲めばいい。
アキロンが皆のカップにポットから酒を注いで一巡している。
「オルバス、俺の代りを頼めんか?」
「諦めるんだな。長老の裁可も下りてるんだぞ。次の機会だってあるはずだ。それに雨期の終わりの漁は、お前が長老達を納得させたんだろう?」
「だから、無理が利かねぇんだよな。まったくあの頃の3人に戻れるかと思ったのに」
最後はボヤキが入ってるな。
それほど行きたかったということは、やはり小さなころからの友人は大切だということなんだろう。
「その代案と言っては何ですが、ケネルさんに雨期の終わりにトウハ氏族を訪ねて貰うのはどうですか? ナンタ氏族になりきるための努力は俺達が知る由もありませんが、生まれはトウハ氏族、銛の腕を誇る氏族の出でもあります。一度ぐらい、ここに戻ることがあっても良さそうに思えるんですが」
「来るだろうか?」
バレットさん達も散々誘ったに違いない。何度かナンタ氏族の島にはでかけているからねぇ。
「マーリルを狙う! と伝えてみます。トウハの血が騒ぐんじゃないかと」
いきなり、バレットさんが俺のところにやってきてココナッツのカップに並々と酒を注いでくれた。
「やって来るぞ! 確かに良い手だ。場合によっては、ナンタ氏族の大物狙いの連中が来るかもしれん。……おもしろくなってきたぞ。お前らも、参加できるよう長老達の裏打ち合わせにはかってみよう。長老達も、元は大物を狙ってた連中だからな。案外すんなりと許可が出るかもしれん」
そんなことを言うもんだから、甲板の上が途端に賑やかになってしまった。
相手は少なくとも8YM(2.4m)を遥かに超える上物だからねぇ。今までの漁の常識が通用しないところもある。
ギャフに銛、丈夫な曳釣り用具……、色々と揃えねばならない。
たまに曳釣りのルアーに食いつく、大型のフルンネを軽く取り込める位の技量は要求されるんだよな。
「動力船1つに、男は何人いるんだ?」
「最低でも3人ですね。釣り人、ギャフ、それに棍棒です」
「棍棒? 嫁さん達じゃだめなのか」
「氏族会議の部屋に飾ってあるマーリルの槍を見たろう? あれはアオイが15YM(4.5m)のマーリルを突いた時のものだ。あれをふりまわされてみろ、怪我じゃ済まんぞ。アオイ、今でも持ってるんだろう?」
「ちょっと待ってください、持ってきます」
しばらく使わないから、倉庫の奥にしまってあったはずだ。
ガサゴソと道具を退かしながら、野球のバットより少し長めの棍棒を取り出した。
「これです。できれば海面に頭を出したところで一発殴って、甲板に取り込んだところでもう一発ですかね」
「それで殴るのか! 嫁さん達に仕えるとは思えないから、誰か役目を負わねばならんか。それにしても、改めて作るしかないぞ」
バレットさんとオルバスさんが、隣同士で話を始めた俺達を笑みを浮かべながら酒を飲んでいる。
トウハ氏族の将来は明るいぐらいに思ってるのかもしれないな。




