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M-237 長老の手足と言えば聞こえも良いが


 雨期前のリードル漁に出掛ける前には、氏族の入り江がカタマランで埋まるように思えるほど賑やかだ。

 久しぶりに遊びに来たアルティ達やアキロンの嫁さん達は家形の中で昼間から騒いでいる。

 グリナスさんやラビナスも嫁さん達を連れてきたし、トリティさんとリジィさんも一緒だからなんだろうな。


「まったく賑やかだな。それでグリナス達はちゃんと指導をしてるんだろうな?」

「今のところは問題ありません。マルティ達も手伝ってくれますからね。不漁とは今のところ無縁です」

「俺んところも、問題なし。獲物は中型だけど、銛を使うのも上手くなってきたな。雨期に入ったら、曳釣りを教えるつもりだ」


 ラビナス達の話を、頷きながらオルバスさんが聞いている。

 トウハの伝統が、しっかりと受け継がれたと感じているんだろう。

 たまに近くで様子を見ることもあるらしいが、大物狙いの連中だって、将来のライバルの育ち具合を見たいのかもしれないな。


「それで、アオイさん達は、今でも大物狙い何ですか?」


 羨まし気に、ラビナスが聞いてきた。

 思わず、オルバスさんと顔を合わせてしまったが、どちらかというと雑用係になった感じもするんだよな。


 先の3王国との調整もそうだし、その後のサイカ氏族との調整までやらされてしまった。サイカ氏族の説得は族長会議に預けたんだけど、その真意を確認したいとサイカ氏族が言い出したらしい。

 そんな役目を受けてサイカ氏族に出掛けたんだが、帰って来れたのは一昨日だったからね。今回のリードル漁を危うく逃しかねないところだった。


「アオイは長老の手足となって働いているぞ。その褒美としての大物狙いだから、本人にとっては余り嬉しくはないだろうな」

「聖痕の加護は偉大ってことか! まあ、そんなことなら諦めるんだな。新たな船団を大陸の王国に作らせたんだろう? そんな交渉は俺達では無理だ」


 グリナスさんが、苦笑いの表情でラビナスに顔を向けていた俺の肩をポン! と叩く。

 首を振りながら、パイプに火を点けた。

 こんな気配りが出来るのがグリナスさんなんだよな。


「俺達の漁場と、新たな船団は重なるんでしょうか?」

「仮にも中型カタマランが20隻を超える船団だ。俺達の漁場を遠く離れて漁をすると聞いたぞ。2つの大型商船を改造して燻製小屋を乗せるらしい。全て燻製で商会に届けるとのことだ」


 ほっとした表情のラビナスを見ると、今の答えが一番知りたかったんだろう。

 今までの豊漁が突然不漁に変わることを考えていたようだ。


「以前、大型船団の為にアオイが先行して漁場を調査してくれた。海図でその場所が明確になっているから、その外側で新たな船団は漁をすることになるだろう。ラビナスの心配も理解できるが、ニライカナイの海は広いんだ。昔、アオイが作った船でさえ果てまで10日も掛かったのだからな」


 確かに広い。皆が使っている中型カタマランでは20日近い距離じゃないかな。

 俺達ネコ族が漁で暮らしている海域は、まだまだ限定された海域だ。これからはどんどん漁場を広げて漁をすることになるのだろう。


「俺達も自分達の海域を、あまり意識するようではダメなんだろうな。しばらくは若手の指導を続けることになるのだろうが、また昔のように仲間と遠くを目指したいな」

「大物もですよ。俺もマーリルを1度は釣り上げたいですからね」


 ガルナックはたまに運ばれてくるけど、さすがにマーリルとなると、ここしばらくは見ていないな。

 

「今度の雨期は、バレットとマーリル狙いだ。まったく長老がほいほいと島を開けてどうするんだ」

「他には? ネイザンが一緒だ。3隻あれば十分だろう。1匹でも釣れてくれれば、バレットもおとなしく席に座ってくれるに違いない」


 かなり希望が混じってるな。

 それって、バレットさんに釣れない内は名偉い続けるってことじゃないのか?

 そんな話を聞いた、2人の目が輝いているのも問題だ。確かに、長く若手の指導をしているんだから、そろそろ他者と交替しても良いと思う。

 次の指導者を長老達は考えているのだろうか? 後でオルバスさんに確認した方が良さそうだ。


 やがて夕暮れが訪れると、オルバスさんのカタマランと俺のカタマランのカマドを使ってナツミさん達が料理を作り始める。

 トリティさんやリジィさんがいるから、今夜は期待できるんだけど俺達の居場所がない。

 ワインのビンを持って、夕食が出来るまで砂浜で焚き火を囲むことにした。

 そんな連中がいくつも砂浜で焚き火を作っているのもこの季節ならではのことだ。その焚き火を渡り歩いて飲む連中だっているんだよな。

 その筆頭が、オルバスさんの隣に腰を据えたバレットさんだ。

 長老の1人なんだが、本人はまだまだ自覚が足りないらしい。今度のリードル漁にも同行すると言って、オルバスさんを呆れさせている。


「長老なんて、なるもんじゃねぇな。一日中、小屋で座ってるのは年寄りには良いかもしれんが俺には苦痛以外の何ものでもねぇぞ。まだ、トロッコを動かしている方が性に合っている」

「そうは言っても、トウハ氏族の長老の総意でもある。アオイが色々と動いてくれているが、本来は長老の役目じゃないか?」

「まあ、それは感謝してるさ。俺の長老職は、アオイのいる限り心配はねぇんじゃないか? 心配するならその後の連中だな」


 お使いぐらいは構わないけど、交渉は俺には荷が重すぎるんだよな。

 ネコ族の人達は、現実主義だから、将来を見越した計画をあまりしないということが分かってきた。

 強いて言うなら、カヌイのおばさん達の方が前を見ているように思える。

 この頃は、店の近くに小屋を作って貰って、子供達に文字と計算を教えているぐらいだ。

 3日おきの教室らしいけど、文字が読めて計算が出来るなら商人達との交渉にも役立つに違いない。

 そんな考えの出所は、ナツミさんだろう。組合の活動を行う上で、読み書き計算が必要だと説いたに違いない。


「それにしても、トウハの島はどうなるんだろうな? カヌイの婆さん達は商会との交渉を一括して行うための組合を作ったようだが、さらには学校まで作ったぞ。読み書きを覚えるのは良いことだと長老達は言ってるが、婆さん達ばかり動いているように見えるのが気に入らねぇんだよな」

「トロッコを作って、新たな燻製小屋まで作ったじゃないか。何が気に入らん?」

「氏族を纏めてるのは長老達だということは理解してるんだが、なんか、少しずつ俺達の動きを操られているように思えてな」


 思えるんじゃなくて、操ろうと動いてるんじゃないかな?

 カヌイのおばさん達の隣にはナツミさんがいるんだからね。理論武装は完璧な人だし、実行力があるから始末に負えないところもある。

 だけど、目指す先は、ネコ族の安寧だから、あまり文句も言えないんだよな。


「表立っては、長老の助けになってくれてるじゃないですか。形になったものは少ないですし、カヌイのおばさん達はネコ族の女性達の苦労を少しでも減らそうとしてるんだと思いますよ」

「まあ、商船に買い出しに行くのは嫁さん達だからなぁ。店も出来たし、トロッコで荷運びも楽になったようだ。となると、男達の苦労を減らすのが俺達だということになるな。……うん、それなら俺達も頑張らないとな」


 何を始めるんだろう?

 あまり奇を狙わないで欲しいところだ。


「それで、アオイはマーリル釣りに同行できないと言ってたな? どこに向かうんだ」

「ナンタ氏族を訪ねてみようかと。火山の近くは青物の宝庫です。曳釣りを思い切りケネルさん達と楽しんでみたいと思ってます」


 俺の話に焚き火を囲む連中が、大きく目を見開いた。

 漁場と魚については、ずっと昔に話してあげた気もするんだが、忘れていたのかな?


「確かにおもしろそうだ。マーリルは曳釣りだとアオイが言っていたぞ。その練習には丁度良さそうに思えるんだが?」

「ケネルの奴に合うのも久しぶりだ。昔の悪ガキ同士で腕を競うのも悪くはないな」


 ひょっとして、同行しようというのかな?

 まったく、自分達の役目をきちんと理解して欲しいところだ。グリナスさんですら呆れた目で自分の父親を見てるぐらいだからねぇ。


 リードル漁に向かう朝。

 ネイザンさんの法螺貝を合図にカタマランが次々と入り江を出ていく。

 いつの間にネイザンさんは法螺貝を練習したんだろう? いつもは笛で合図をするんだけど、やはり大船団の出発は法螺貝が風情があるね。

 

「準備は出来たかな?」

「桟橋のロープは解いたし、アンカーも引き上げたよ。いつ動かしてもだいじょうぶだ」


 操船楼の後ろの窓から顔を出したナツミさんに答えると、手を振って中に入って行った。

 いつも通り、俺達のカタマランは後ろから2番目の位置になる。

 次席が殿だから、本来ならこの位置はネイザンさんの友人が着くのだろうが、俺達に任せて貰ってるんだよな。


 ゆっくりと横滑りをするような動きでカタマランが桟橋を離れ始めた。

 いよいよ、俺達の出発の時間がやって来たみたいだ。


「ようやく動いたにゃ。ネイザンには荷が重いのかにゃ?」

「そんなことは無い。それだけ動力船が増えている。俺達の時代よりも20隻は増えているぞ。リードル漁の島が小さいから、焚き火の数を制限しようと長老達が考えているぐらいだ」


 今でもオルバスさんの焚き火に俺達は集まるんだよな。オルバスさんに、俺とラビナス。それにアキロンとラディットが加わる。焚き火も大きくなったようだし、嫁さん達も賑やかに仕事をしてくれている。

 アルティはネイザンさんの焚き火で仕事をしているから、たまにトリティさんと一緒に遊びにいくらしい。

 それが出来るのも、オルバスさんの家族が立派に成長したからなんだろう。俺もその中に含まれているんだと思うと、ちょっと鼻がむず痒くなるな。


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