M-236 長老達への報告
協定書にサインをした翌日。
3王国に招かれての昼食会に、ナツミさんとマリンダちゃんを連れて出席する。
さすがにソリュードの巫女は1人だったけど、ノルーアンとネダーランドの交渉人は奥さんを連れてきたようだ。
緊張しっぱなしの食事が終わると、ナツミさん達は奥さん達と別室に下がって世間話をするみたいだな。
残った俺達は、交渉の残務整理となるのか、それとも新な交渉が始まるのか……。
「それほど緊張なさらずともよろしいですよ。新たな船団の装備、漁果の分配はすでに終わっております」
「次の要請が無いことを祈るばかりです。我等ネコ族の総人口が増えればさらにもう1つぐらいは船団を増やせるでしょうが、それは早くて数十年後になるでしょうから」
俺の言葉にソリュードの巫女が笑みを浮かべる。
「我等も、沿岸と内陸の漁を考えねばなりません。ですが、領民が肉を口に出来る機会が少ないことも確かです」
やはり牧畜産業は頭打ちということなんだろうか? ならば魚は貴重なたんぱく源ということになる。
「肉を毎食食べられる暮らしは、憧れではあるんだが高位貴族でもなければ難しい話でもあるのだ。名ばかりの貴族では年に1、2度かも知れんな」
「港から王都までの輸送をトロッコが行いますから、大量に魚を運べます。一時は値も下がったようですが、近頃再び根を上げています」
買う人間が増えたということなんだろう。王都を拠点に、さらに内陸部にまで加工した魚を運んでいることも考えられる。品薄になれば必然的に値は上がるものだからね。
「とはいえ、これで少しは魚も増えるでしょう。ところで、今年はグルリンを大量に準備していただき私の面目も立ちました。一応、私でどうにか……、と王宮には伝えてありますから、早々、同じ依頼が舞い込むことは無いでしょう」
「その話は私も大神官より伺いました。宴席の全てにグルリンが乗せられたと……。やはりアオイ殿のお力でしたか」
「俺が突いたわけではありません。その方法は教えましたが、20年先で同じ方法が取れるとは思いませんから、あれで最後と考えています。個人的にはグルリンよりもロデニルの方が宴席に相応しいと考えましたが、これは風習にもよりますから」
青魚よりはイセエビの方が良いと思うんだけどね。珍しさでがグルリンなんだろうけど。
「宴席にロデニルですか?」
「茹でると赤くなります。赤は吉兆の色ですから」
「なるほど、風習ということですな。ですがそれも使えそうですね」
ロデニル漁は今でも続いているからね。宴席に大きなロデニルが乗ったら、さぞかし見ごたえがあるだろうな。
翌日、3王国の交渉人に見送られながら、カタマランを出航させる。
さぞかし長老達が心配して待っているに違いない。
これで、しばらくは平和に過ごせるだろうから、またオルバスさん達と大物相手に銛の腕を競い合いたいものだ。
「今度の船団は大型商船にスクリューを付けるわ」
「速度が大事ってこと?」
「少なくともトウハ氏族の島より5日以上先の海域で漁をするんだから、速度は積載量の次に重視することになるわ」
色々と考える項目がありそうだな。全てナツミさんに丸投げすることが申し訳ないところだ。
だけど俺が考えるのはねぇ。変なところに目が行って、全体を考えることができない。
「北と南の王国の漁民の指導は俺の方で長老にお願いするよ。これで、しばらくは何もないと良いんだけどね」
「しばらくはこのままなんでしょうね。ベンチで眠り込んで落ちないでね」
船尾側には背もたれがあるから、落ちるとすれば甲板側だ。たまに横になって寝てるんだけど、落ちたところを見られたかな?
苦笑いを浮かべた俺に手を振ってナツミさんが家形の中に入って行った。操船楼には家形の中のハシゴで上るんだろう。
やがて船速が上がり、スイっと体が浮く感触が伝わってくる。水中翼船モードに変わったのだろう。それでも、トウハ氏族の島に到着するのは明後日になってしまいそうだ。
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氏族の島に到着すると、いつもの桟橋にカタマランを繋ぐ。
ナツミさんはカヌイのおばさんのところに向かい、マリンダちゃんは桟橋の反対側に停めてあるオルバスさんのカタマランに向かった。トリティさんにお土産を渡すんだろう。大きな商店でナツミさんと買物を楽しんでいたからね。
さて、俺は長老のところに向かおうか。
族長会議での報告は長老に任せたいし、何よりサイカ氏族の漁が大きく変わることは早めに話しておいた方が良いだろう。
もしも、サイカ氏族が俺の案に同意しなければ、新たなニライカナイの共同船団を作ることになりそうだ。
「上に行くなら乗せてやるぞ!」
「良いんですか! ありがとうございます」
林に近い砂浜を南北に結ぶトロッコを運転していた爺さんが俺に声を掛けてくれた。
礼を言って、荷台に飛び乗ったんだが、結構揺れるし、座る場所も無いんだよな。空き箱を椅子代わりにして座ると、麦わら帽子を被った爺さんに使い心地を聞いてみる。
「これかぁ? 中々おもしろい代物じゃよ。2台あるんだが、海岸からの荷運びが格段に楽になったよ。積み下ろしの爺さん連中と交替で運転してるんだが、来月は炭焼きの番になるんだよなぁ。まぁ、あれはあれでおもしろいんじゃが」
饒舌な爺さんのようだ。どうやら10人ほどで交替しながらトロッコを使っているらしい。少ないながらも給料も出るようだから、他の老人達もその役目を狙っているらしい。
「カヌイの婆さん連中も、組合というもので島を助けているからのう。ワシ等爺さん連中だって負けるわけにはいかん」
「無理だけはしないでくださいよ。便利なようでも、人にぶつかれば跳ね飛ばすだけの力があるんですから」
「ちゃんと前をみとるわい。それに、魔道機関を乗せたトロッコの前には鈴が突いとるからのう。煩いぐらいじゃから、後ろを見ずともトロッコの接近に気が付くじゃろう」
それで気が付かない時には、首から下げた笛を吹くんだろうな。
もっとも歩くより少し早いぐらいの速度だから、ぶつかっても大怪我はしないかもしれない。
入り江の真ん中付近に作られた2階建てのログハウスで、トロッコは島の中央部に向かって進路を変える。
進路変更のポイント操作部分だけは鉄の線路で作られているから錆が心配だな。一応、毎日のように、油を浸みこませた布で掃除をしているみたいだけど。
島の中央に向かって上り坂になるのだが、魔道機関で動くトロッコの車輪の動きに合わせて下部の歯車が動く。この動きで斜路でもトロッコは進むことが出来るのだ。
200mほど入ったところにある小さな広場でトロッコが速度を落としてくれた。
どうやら、この先にトロッコは進むようだな。
木箱から腰を上げると、爺さんに礼を言って、トロッコを飛び降りる。
直ぐ目のまえが、長老達のログハウスだ。
開け放たれた扉を潜り、長老達とその前に座った男性達に軽く頭を下げる。
俺の姿を見て、全員の目が俺に注がれるのが分かる。とりあえず、定められた場所に腰を下ろすと、3王国との約定の話をして約定書を長老に手渡した。
「ネダーランド王国が相手じゃと思っていたが、北と南の王国も使者を出してきたのじゃな?」
「先を見た商会ギルドが動いてくれたようです。ネダーランドの恫喝に、我等との同盟を一方的にほのめかしてくれました。一応、落としどころとしての1割を考えていたのですが、新たな船団の取り分で十分とのことです。その代わり、北と南の王国の漁民を育てることになりそうです」
「何だと! 大陸は船の島で漁をするってことか?」
バレットさんが大声を上げる。せっかく長老に名を連ねることになったんだから、少しおとなしくしていようなんて考えは無いんだろうな。
「沿岸漁業ですから、俺達の海域に姿を現すことはありません。それはよくよく注意しておきました。大陸の騎士が見える場所なら、島1つという距離でしょう。それぐらいなら許容すべきです。それに、彼等に漁をしてもらうことで俺達の漁果も見返上増えるんですから」
「だが、元はサイカ氏族の漁場だ」
「それはネダーランドの東沿岸、あの汚染された海域の筈です。海図を出してくれませんか? ……この辺りでの漁なら、元々ネコ族が漁をしていたとは思えませんが?」
海図を出して、大陸の漁師の漁場を示したところで、どうにか納得してくれた。
サイカ氏族の説得もしないといけないんだろうか? その辺りは、まとめて長老にお願いしたいところなんだけどねぇ。
「確かに、この辺りなら問題ねぇだろうな。で、向こうはアオイの提案を飲んでくれたのか?」
「大型商船と同型船を2隻、それと中型カタマランを30隻。これで、トウハ氏族の島より5日以上離れた海域で漁をします。獲れた魚は全て燻製。そのための船と保冷庫ですね。2隻あれば氏族の半分ぐらいは獲れるんじゃないかと……」
「それを全てサイカ氏族に渡すんだな。たぶん同行は20隻ほどになるんだろうが、それにしても大船団だな」
サイカ氏族がトウカ氏族になりかねないけど、色々と問題もありそうだ。
それでも、長老達はバレットさんを除いて穏やかな笑みを俺に向けてくれる。どうやら、大役をやりおおせたというところだろう。
「我等では、この約定を手に出来なかったかもしれんのう。さすがはアオイじゃ。後は我等に任せるがよい。サイカ氏族の説得など、アオイに負わせた役目からすれば軽いものじゃ」
「ですが長老。サイカ氏族に銛は使えんのではないですか? アオイの話を聞く限り、大物を相手にする漁に思えてなりません」
「アオイ達が鍛えておるじゃろう? あ奴等なら、銛も釣りもできるじゃろう。1年ほど一緒に行動してやるぐらい、同じネコ族であれば当然じゃと思うが?」
オルバスさんが笑みを浮かべ、反対にバレットさんが悔しそうな表情を浮かべている。
たまに代わってあげなければ、長老の座を降りたいとわがままを言いそうだな。




